刀剣女子と魔法少女 Ⅱ
(読みが甘かった!)
ニナは自分自身の油断を後悔していた。
散策を再開してしばらく後、彼女は自分達の後を付けている者の存在に気付いたのだった。
そこまでは想定内なのだが、問題はその人数だ。
すぐに集まって来られる地回りの数はせいぜい数人、多くとも10人程度と予測していた。
だが、実際に集まってきているの者の数はその倍はおり、しかも次第に増えてゆく。
先ほどの成金男は思った以上に裏社会で力を持った人間だったのだろう。
仮に地回り達に遭遇したとしても軽く威嚇すればその場を逃れられるだろうと考えていたのだが、どうやらそうもいかないようだった。
他の2人の同僚も既に気付いており、緊張した面持ちで辺りを警戒している。
そしてイルムハートも。
「すみません、ニナさん。僕の考えが甘かったみたいですね。」
どうやらイルムハートも地回りの存在に気づき、その上おおよその人数まで把握しているような口ぶりに、ニナは驚きを隠せなかった。
「お判りになるのですか、イルムハート様?」
「ええ、何となくですが。」
ニナは、イルムハートが剣術において優れた素質を持っていることは知っていた。
だが、相手の気配が感じ取れるまでに成長しているとは、正直思っていなかったのだ。ましてや人数まで判るなどとは。
しかし、それならそれで話は早い。
「連中はここで私が食い止めます。イルムハート様とエマさんはこの2人に付いてこの場から離れてください。」
ニナは2人の同僚を目で示しながら、そう言った。
だがイルムハートはその言葉を否定する。
「相手のテリトリー内で戦力分散するのはどうかと思います。待ち伏せを仕掛けてくる可能性もありますから。
それに、ここで戦うと無関係の人々まで巻き込むことになります。」
予想外の正論に返す言葉に困ったニナに対し、イルムハートはさらに言葉を続けた。
「この辺りに突き当りの路地はありませんか?人が2人並んで戦えるほど広さが理想的なのですが。」
ニナは瞬時にしてイルムハートの意図を悟ると、「こちらです」と言って先頭に立ち、足を速めた。
尾行がバレた事を相手に悟らせてしまうが仕方ない。5人は徐々に速度を上げ、ついには走るようにして目指す場所へと向かった。
後を付けて来た連中もそれに気付くと、周りの仲間に声を掛けながら一斉に走り出した。
その頃には既に30人を超える大人数となっており、そんな彼らが走り抜けた街路は一気に騒然とし始める。
やがてイルムハート達がとある角を曲がって姿を消すと、地回り達は走るのを止め、後続の者たちが到着するのを待ち始めた。イルムハート達が入っていったその先が、袋小路になっているのを知っていたからだ。
やがて人数が集まり切ったところで、追い詰められた正に袋の鼠を狩るべく、路地へと足を踏み入れる。
だが・・・そこには追い詰められた鼠などいなかった。それどころか、2頭の虎が待ち構えていたのだ。
しかし、地回り達にとって不幸なことに、彼らはその事実に気が付いてはいなかった。
「来たな、慮外者共が。」
ニナともう一人がイルムハートとエマを庇う様に通路に立ち塞がり、スラリと剣を抜いた。
そう、今ここには4人しかいなかった。残りの1人は騒ぎに紛れてイルムハート達のもとを離れ、増援を要請しに行ったのだ。
地回り達はそのことにすら気づきはしない。いや、気付いてはいるのかもしれないが、さして気に留めた様子もなかった。
単に臆病者が1人逃げ出したとでも思っているのかもしれない。あるいは、そもそも何も考えていないのか・・・。
答えはどうやら後者の方だったようだ。
ニナは戦いの前に何らかの口上、というか啖呵を切ってくるものと思っていたのだが、地回り達は怒声を発しながらいきなり襲いかかってきたのだ。単に群集心理で増幅された暴力衝動だけで動いているようにしか見えない。
(まるで獣だな。)
ニナは最初に突っ込んできた男の太ももを剣で突き刺すと、邪魔だとばかりに蹴り倒し、続くもう一人の肩口を切り付けた。同僚も同じようにあっと言う間に2人を倒してゆく。
実に他愛のない相手である。剣術のけの字も出来ていないような連中だ。
しかも、狭い路地では相手も一斉に襲い掛かって来ることが出来ず、ニナたちはひとりひとり確実に無力化していけばいいだけだった。
後は増援が来るまで、そうして時間を稼げばいい。
イルムハートがこのような場所を指定したのはそれが狙いである。
戦法としては極めて常道の手段なのだが、イルムハートに言わるまでそれに思い至らなかった事が、少しだけ悔しいニナだった。
ニナたちは決して勢いに任せて押し出すような事はせず、余裕を持って立ち位置を保ったまま淡々と相手を倒していった。
だがそれは、相手には違う光景に見えたらしい。
「奴らは思う様に戦えずにいるぞ!数で押し込め!」
身の丈は2メートル以上あり、まさに筋骨隆々と言った感じの大男が後ろの方でそう叫んだ。
彼が地回り達のボスかどうかは判らないが、少なくともこの集団のリーダーであることは間違いなさそうだった。
(何をどう見ればそうなるのだ?)
ニナは現状も理解出来ないようなリーダーに、いいように使われる地回り達を少しだけ哀れに感じた。
だが、それも束の間、大男の次の言葉がその場の空気を一変させる。
「男は殺しても構わん!女とガキは生きたまま捕らえろ!上玉だ、高く売れるぞ!」
言うに事欠いてイルムハート達を売り飛ばすなどという言葉を吐いた。
それは悪党の台詞としてはあまりにもテンプレ過ぎて、イルムハートは吹き出しそうになるのを堪えるがやっとだった。
しかし、他の者にとっては笑い事ではない。
「特にガキは極上だな。まずは俺様が可愛がってやるぜ。」
その瞬間、その場の温度が急速に下がっていくのを皆が感じた。
ニナたちのモードが変わったのだ。
いくら相手のほうから仕掛けて来たとは言え、それでも今までは致命傷を与えないように加減して戦っていた。相手の実力があまりにもお粗末すぎて、本気で戦えば一方的な虐殺になってしまうからだ。
言ってみれば弱いもの虐めであり、さすがにそれは騎士団員としての矜持が許さなかった。
しかし、大男がイルムハートへの害意を明確に言葉にした今、地回り達は確実に排除しなければならない敵となった。
戦闘のモードが制圧から殲滅へと変わり、ニナたちは凄まじい殺気を放つ。その殺気が、あたかも周りの温度が下がったかのように皆に感じさせたのだ。
それに気圧されて動きを止めた地回り達を睨みつけながら、ニナたちは一歩、また一歩、ゆっくりと彼等との間合いを詰め始める。
「馬鹿な事を・・・本気で怒らせちゃったじゃないか。」
その後方で、呆れ顔のイルムハートがぽつりとそう呟いた。
こうも実力差に気づかない愚かさに、呆れすら通り越して憐みさえ感じてしまう。
だが、さすがに目の前で大勢の人間が殺されてゆくのを見過ごす気にはなれず、ニナたちに自制するよう声を掛けようとしたその時、イルムハートは自分のすぐ横で凄まじい魔力が湧き上がるのを感じた。
「エ、エマ!?」
見ると、今までイルムハートを庇う様に寄り添っていたエマが、いつの間に彼の側を離れ前へと歩き出していた。
その眼にはニナたちにも劣らない程の激しい怒りを湛え、その全身には強烈な魔力を纏わせている。
「ただでさえイルムハート様に剣を向けておきながら、加えてのその暴言!決して許すわけにはいきません!」
エマがそう言って右手を突き出すと、それに合わせて身に纏う魔力は魔法へと変換してゆく。
そしてそれは、イルムハートですら背筋に冷たいものを感じるほどに強力な風魔法を収縮させた球となって地回り達の頭上に発現する。
(あっ、これ、マズいやつだ!)
イルムハートはエマを止めようとしたが既に遅く
「みんな!今すぐ伏せて!!」
そう怒鳴るのが精一杯だった。
次の瞬間、彼等のいる路地には凄まじい轟音が轟き、激しい暴風が全ての者を巻き込んで荒れ狂った。
エマ・クーデルは領都ラテスで商会を営むクーデル家の第2子・長女として産まれた。
家はフォルタナ領でも有数の規模を誇る商家であり、幼いころから何不自由なく育てられた。
彼女が11歳になりラテスの高等学院に進んだ際、魔力検査により優れた魔法の資質を持っていることが判明する。
学院からは魔法科への転科を奨められたが、もとより魔法士になどなるつもりのないエマはそれを断り、当初の予定通り政治・経済の学科へと進んだ。
とは言え、水を出したり火を起こしたり、生活魔法くらいは覚えておいたほうが役に立つと思い、時々魔法科の授業を覗いてみたりもしたが、彼女と魔法との関りはそれだけだった。
やがて高等学院を卒業すると、領主であるフォルタナ辺境伯の家で働くことになる。
ただ、いずれは家業を継ぐ兄の補佐として商会に入るエマにとって、それはあくまで行儀見習いを兼ねた一時的なものになるはずだった。
新任早々、真面目で物静かな性格と高い教養が認められ、第3子であるイルムハート付きメイドの補佐役となり、その一年後にはお付きメイドの結婚退職に伴って正式なお付きとなった。
イルムハートは素直で優しい子であった。
彼の2人の姉もそうだが、話に聞く貴族の子女とは全く異なり、理不尽な我儘で使用人を困らせるようなことは無い。
そもそも、フォルタナ辺境伯アードレー家自体が貴族としては変わっている方で、例え使用人であろうと無下な扱いをされることはなかった。
エマはそんなイルムハートをすっかり気に入り、イルムハートもまたエマを良く慕ってくれた。
そしていつしか主筋と使用人の関係でありながらも、姉と弟のような感情を抱くようになっていった。
イルムハートが6歳になり剣術や魔法の授業を受けるようになると、エマもそれに付き添い騎士団や魔法士団へ出入りするようになる。
清楚な美少女という表現がピッタリのエマは、どちらの男性団員にもかなりの人気を博していた。
騎士団の団員は騎士道精神のたまもの・・・かどうかは判らないが、それほど露骨にはアプローチしてこないものの、魔法士団の場合は女性魔法士から白い目で見られるのもお構いなしに、それこそひとりでいる時間がほとんど無い程、誰か彼かが常にエマに纏わりついていた。
そんな日々を送っていたある時、ひとりの男性魔法士が「魔法を習ってみないか?」と提案してきたのだった。
エマが魔法の習得を勧められた話をすると、イルムハートもそれに賛成した。
下心があるのは明らかであり、多少複雑な気持ちではあったが、それでも自分の訓練中にエマが退屈しないようにと気を使ってのことだった。
別にエマとしてはイルムハートの姿を見ているだけで満足であり、退屈などしてはいなかったのだが、イルムハートがそう言うのであればと魔法を習うことにした。
最初は回復系の魔法を教えてもらうことにした。万一、イルムハートの身に何かあった時、対象出来るようにと考えてのことである。
元々、魔法に対する高い資質を持っているせいもあり、指導する魔法士も驚くほどのスピードでエマは魔法を習得していった。
エマの資質にお世辞無しに感心した魔法士は、次に攻撃魔法を覚えてみないかと勧めて来た。
メイドであるエマとしては、攻撃魔法に必要性を感じていなかったため一度は断ったものの
「もしもの時には、イルムハート様をお守りすることが出来ますよ。」
という言葉に少し心を動かされた。
イルムハートにその話をしてみたところ、苦笑を浮かべながらも反対はされなかった。
既に自分の身を守れるだけの魔法を習得しているイルムハートとしては、エマにそんな役回りをさせるつもりなど毛ほども無かったが、エマ自身の護身用として覚えておくのも悪くはないと判断したのだ。
こうしてエマは攻撃魔法をも習う事となった。
だが、ここでひとつ男性魔法士達には誤算が生じてしまう。
攻撃魔法を教えるに際しては、安全を考慮して魔法士団が正規にそれを指導し管理することとなったのだ。
つまり担当教官以外はエマに指導することは許されず、しかもその役目はベテランの女性魔法士に割り当てられてしまったのだった。
それにより、見た目にも判るほど落胆した男性魔法士と、それを冷笑する女性魔法士というお約束の風景が展開させることになる。
そんな中、当の本人は男性魔法士達の悲哀などには気づくはずもなく、淡々と攻撃魔法の訓練を続けていた。
エマが選んだのは風魔法だった。
おそらく初歩の生成魔法が使える火や水の方が攻撃魔法へと発展させるまでの時間を短縮出来るはずだったが、特に急ぐ理由があるわけでもないし、何より「エマには風魔法が似合うと思う」と言うイルムハートの言葉が彼女に風魔法を選ばせる動機となった。
本来、風魔法は他の属性魔法よりも難易度が高いと言われている。
火や水などと異なり風そのものは目に見えないため、イメージの作り上げに苦労するからだ。
エマも最初はなかなか上手くいかず苦労したのだが、一度コツをつかんでしまえばそれからは早く、そよ風程度の微風から始まり徐々に威力を上げ、人を吹き飛ばすまでの強風を操れる様になるまでさほど時間はかからなかった。
護身用であればその程度でも十分だったが、いつしかエマの成長を見るのが楽しみになっていた指導魔法士は、もう一段上の魔法を教えてみることにした。風の爆裂魔法である。
但し、爆裂魔法と言っても風魔法の場合は火魔法のそれと異なり、爆音と衝撃波で相手を行動不能かそれに近い状態にする程度の極めて殺傷力の低い魔法であった。
イルムハートからは内々に「危険なマネはさせないように」との要請が来ていたので、この魔法なら大丈夫だろうと判断したのだ。
指導魔法士の期待通り、エマは僅かな時間で風魔法を収縮させる球体を作成するまでの過程を習得した。
しかし・・・その後が想定外だった。
風魔法の “球” までは完璧に作れるようになったのだが、それを破裂させることが出来なかった。
正確に言えば破裂させることは出来る。だが、威力が全く無いのだ。
破裂の瞬間、圧縮された風魔法が一気に放出され、爆音と衝撃波を発生させるはずなのだが、何故かその前に魔法が霧散してしまうのだった。
何度やっても結果は変わらず、指導魔法士は頭を悩ませることになったが、やがてその原因はエマの気性にあることが判明する。
エマの場合、性格上攻撃的な部分が皆無に等しかったのだ。
相手を攻撃するという意思が欠けているため、最後の最後で不完全な魔法として終わってしまっていたのだった。
これには指導魔法士も苦笑いするしかなかった。
攻撃する意思のない人間に、いくら攻撃魔法を教えても使えるはずがない。
風を操れるようになっただけでも十分だろうとあきらめかけた時、最初に攻撃魔法をエマに勧めた男性魔法士が自分に妙案があると言い出した。
初めは怪訝な顔をしていた指導魔法士も、彼の自身たっぷりな言葉に押され、一度だけ任せてみることにした。
指導魔法士と交代した彼は、エマの耳元に口を寄せると何かを呟き始める。
「エマさん、イルムハート様が賊に襲われそうになっているところを想像してみてください。」
「そのようなことは、仮にでも想像したくはありません。」
エマはその言葉を即座に否定したが、彼は引き下がらない。
「気持ちは解ります。でも、万が一そのような事が起きて、その時、側にはエマさんしかいなたった場合、イルムハート様をお護り出来るのはあなただけなんですよ?」
その男性魔法士はかなり話術に長けているようで、元々素直なエマは次第に彼の作り上げた情景に引き込まれて行く。
護衛とはぐれてしまったエマとイルムハート、賊に追われ逃げる2人、そして追い詰められたイルムハートに賊の刃が・・・。
「さあ、エマさん!イルムハート様をお救いするのです!」
次の瞬間、魔法訓練場を轟音と暴風が包み込んだ。
もし防御魔法が張り巡らされていなければ周りの人間や建物に被害が出たかもしれない程に、それは凄まじいものだった。
魔法の使用者がいると思われる方向に皆が目をやると、そこには呆然とした表情でエマを見つめている男性魔法士の姿があった。
「ひょっとして、今のは・・・。」
あわてて駆け付けた指導魔法士が男性魔法士にそう問いかけると、彼はもう一度エマを見てからコクコクと言葉無く頷いた。
「私・・・みたいです。」
エマも驚いた表情でそう答えた。
そう、今のはエマが使った風の爆裂魔法だったのだ。
男性魔法士に誘導された怒りの感情により”敵” に対する攻撃の意志を持ったエマの魔法は、彼女の魔法センスに相応しい威力を発揮した。
「まさか、これ程とは・・・。」
それだけ言って、指導魔法士もまた言葉を失う。
威力だけを見れば上位魔法士にも匹敵する一線級の魔法だった。それ自体は称賛に値する。
だが、魔法制御の技術ではまだまだ初心者でしかないエマが、それだけの魔法を使えてしまうのは少々危険な事でもあった。
少し離れた場所で一部始終を見ていたイルムハートも、また同じ考えを抱いていた。
「すごいね、エマ。でも、そんな危ない魔法はエマには似合わないと思うよ。」
彼はそうフォローを入れながらも、さりげなく今後の使用に軽く釘を差したのだった。
そんな出来事があったその日の夜、魔法士団上層部は団員に対し2件の緊急通達を発した。
ひとつは、今後エマに対し魔法を教える場合は攻撃魔法以外の魔法を選択するように、という内容だった。
高い魔法の資質を持つ彼女が、正しい制御方法を学ばずに攻撃魔法を覚えてしまう事を憂慮してのものである。
そして、もうひとつ。こちらは先の件よりも更に重要度の高いものとして通達された。
その内容は単純にして明解。
「決してエマ・クーデルを怒らせるな!」であった。
轟音と暴風が収まった後の路地の景色は、それは惨憺たるものだった。
エマが使用した風の爆裂魔法は、路地と言う閉ざされた空間においてその威力を倍増させてしまったのだ。
本来なら爆発と共に四方へ広がってゆくはずの音と風は、逃げ場を失い路地の中でそのエネルギーが尽きるまで荒れ狂った。
エマと護衛の2人は、イルムハートの展開した防御魔法により何とか被害を免れたが、無防備だった地回り達は爆風に弄ばれて壁や地面に何度も身体を打ち付けられるはめになり、もはや全員がまともに動ける状態ではなくなっていた。
イルムハートが魔法で探ってみた限りでは、どうやら死人までは出ていなさそうだったが、正直な話、もし死んだ者がいたとしても同情はしなかっただろう。
「イルムハート様、お怪我はありませんか?」
ニナは真っ先にイルムハートに近寄ると、無事を確認してきた。もうひとりは倒れた地回り達の様子を確認している。
「大丈夫です。かすり傷ひとつありませんよ。」
イルムハートがそう答えると、ニナは安堵で胸を撫でおろす。
「ご無事でなによりです。それにしても今のはイルムハート様の魔法ですか?」
ニナもイルムハートが魔法においても優れた才能を見せていることは聞き及んでいた。
それで、てっきりイルムハートが先程の風系爆裂魔法を使ったものと思っていたのだが・・・。
「・・・いえ、今のはエマの魔法です。」
「エマさんの!?」
ニナは心底驚いたという表情でエマを見つめた。エマが攻撃魔法を使えるとは思ってもみなかったのだ。
尤も、それはニナに限ったことではないだろう。
魔法士団での一件は内密にされ、エマもそれ以降は使うことがなかったため、彼女が攻撃魔法を使えることを知る者は少ない。
そして、当のエマはと言えば、辺りの惨状にすっかりしょげこんでしまっていた。
「・・・申し訳ありません、つい魔法を使ってしまいました。」
消え入りそうな声で、エマはイルムハートに謝罪する。
その威力故に言外に使用を止められていた魔法だが、怒りのあまりつい使ってしまったことを後悔しているようだった。
「謝ることはないよ、エマ。僕のために怒ってくれたんだろ?ありがとう。」
少々やり過ぎ・・・という気はしないでもなかったが、かといってエマを責めるつもりなど毛頭無い。
彼らには明確な殺意があった。女子供は殺さず捕らえるつもりだったようだが、状況次第では躊躇うことなく命を奪ったであろう。
進んで彼らの死を望むわけではないが、かと言ってそんな相手に対してまで命の心配をしてやるほどイルムハートは聖人でもなければ偽善者でもない。それよりも仲間の命を護る方が遥かに優先されるのは当然であった。
そんなイルムハートの言葉にエマは少し元気を取り戻したようで、多少ぎこちなくではあるがようやく笑顔を見せてくれたのだった。
そうこうしている間に増援を呼びに行った団員が警備隊を連れて戻って来た。
彼は辺りの状況に驚きながらも、イルムハート達の無事を確認すると大きく安堵のため息をつく。
増援を呼ぶためとは言え、イルムハートの側を離れたことが彼の心に大きく不安として伸し掛かっていたのだ。
もちろん同僚達を信頼してはいたが、それでも自分がここにいない事に対しての罪悪感のようなものがあったのだった。
(皆にはいろいろ心配させちゃったな・・・。)
全てはイルムハートの我儘が引き起こしたことであり、自分の安易な行動が多くの人に迷惑を掛けてしまったのだと痛感させられた。
それと同時に、この後の事を考えると彼の憂鬱は更に深まっていく。
(いろいろ後始末が大変そうだし・・・さすがに今回はお父様にも怒られるだろうな・・・。)
縛り上げられ、次々と警備隊に連行されていく地回り達の姿を見つめながら、イルムハートはぼんやりとそんな事を考えていた。