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魔物ハンターと人族の守護者

 イルムハートが帰還したことにより、一行は旅を再開した。

 現在いるサウワズ王国から隣国ブラースラ公国へと抜けた後、東に向きを変え大陸中央部へ至るルートの旅だ。

 本当ならブラースラからさらにその北方のカイラス皇国まで足を運びたい気持ちもあったのだが、種々の状況を鑑みそれは断念することとしたのだった。

 4月も半ばを過ぎた頃、イルムハート達はブラースラ公国の首都ネウリンへと到着した。

 ブラースラ公国はかつてカイラス皇国の一部ではあったが様々な歴史の変遷を経て現在は独立国家となっている

 しかし、実情としては未だ皇国の政治的経済的影響は大きくほぼ衛星国と呼んで良い状態だ。

 尤も、これはブラースラに限ったことではない。

 全盛時のカイラス皇国は現在の3倍近い領土を持ち、ブラースラ公国を含む周辺各国はもとより今は小国家群となっている大陸中央部すらもその版図としていた。

 生憎と長い年月の間にその勢力を弱めてしまったせいでいくつも領土が新しい国として独立していったものの、それでもまだ”大陸の三柱”と呼ばれるだけの力は残っている。

 そのため完全には皇国の影響力を排除出来ずにいる国も少なくはなく、特に直接国境を接している国々においては独立国とは名ばかりの隷属にも近い状況にあるのだった。

 そして、ブラースラ公国もまたカイラス皇国と国境を接する国のひとつであり、その命運を皇国に託さねばならない状態となっているのである。


 ブラースラ公国はそれほど大きな国でもないため、ネウリンも首都の割にはこじんまりとした街だった。

 ただ、今まで見て来た国々に比べて町のそこここには宗教的な意匠を感じさせる建物が多く建っている。

「なんか独特な雰囲気よね。

 綺麗に整えられてはいるんだけど、どうにも落ち着かない感じだわ。」

 それがメインの大通りを歩いた際のライラの感想だった。

 確かに、大きな建物の並ぶ通りには多くの人々が行き交っているにもかかわらず喧騒は無く妙に静かだった。

 よく言えば上品、悪く言えば生活感に欠ける、そんな感じだ。

 勿論、庶民街の方へ回れば彼等にとって馴染み深い活気が溢れた場所も多くあるし、行政や日常生活などその区画の用途によって雰囲気が変わるのはどの国でも同じだろう。

 だが、それでもどこか違和感はある。

 やがて彼等はその違和感の原因が色彩のせいだと悟った。街並みは清潔で上品ではあるものの”色”が無いのだ。

 普通なら大きな街の主な通りは華やかな色彩で溢れている。建物も歩く人々の服装もだ。

 しかし、この街にはそれが無い。

 いや、あるにはあるのだがそれは圧倒的に少なく、どうしても無機質な街に感じられてしまうのだった。

「この国の人間、特に上流階級の人々には敬虔なカイラム教徒が多いからね。

 多分、そのせいなんじゃないかな?」

 カイラム教派は最高神を”光の神”として崇める教派で、カイラス皇国の国教と言っても良い。

 通常、この世界の人々は最高神と共にそれぞれが信じる神を崇めていた。

 と言うより、各々の神への信仰の方がメインであり最高神はそれと”セットで”崇められているに過ぎないのが実情だった。

 だが、カイラム教派は違った。他の神々への祈りを禁じるほど狭量ではないが、あくまでも最高神への信仰が優先されるのである。

 しかし、こう言っては何だが他の神々に比べ最高神には特徴が無さ過ぎた。

 勿論、この世界を創ったとか全ての神々の父であるとか最高位の神として扱われてはいるのだが、逆に実生活において”身近さ”を感じさせないのだ。

 相応しい”色”というのは対象へのイメージから生まれる。神々に対してもそうだ。

 ところが前述の理由により最高神への明確なイメージが定着せず、結果他の神々に比べ地味な色合いで連想される存在となってしまったのである。

「最高神って一番偉い神様のはずなのに地味な扱いってなんか不憫だよな。」

 ジェイクの言うことも解らないではなかった。

 しかし、宗教とは身分の差など無く謙虚に神と向き合うものなので、過度な派手やかさなど必要としないのが本来の姿なのかもしれない。

「まあ、華美に祀ることが必ずしも信仰の強さを表す訳じゃないからね。

 質素さをもって神と向き合おうとする人たちだっているのさ。」

「そういうもんかねえ?

 もし俺が神様だったら派手に祀ってもらったほうが嬉しいけどな。」

「何言ってんのよ?

 アンタと一緒にされたら神様だって迷惑でしょう?

 身の程をわきまえなさいよね。

 ホント、バカ丸出しなんだから。」

「もしそうだったらって話なんだから、何もそこまで言わなくてもいいだろうが?」

 いつものごとくジェイクとライラの言い合いが始まりかけたその時、ケビンが何かを見つけたように声を出した。

「でも、そうでない人もそれなりにいるみたいですよ。」

 そう言われケビンの視線の先を追ってみると、そこには鎧や大剣で武装した集団の姿があった。

 派手に着飾っていると言う訳ではないが、静かで落ち着いたこの場所においてはあまりにも場違い感がいなめない。

 しかも、防具に統一感は無いので軍人や警備隊と言うわけでもなさそうだ。

 となると……。

「あの人たちって、もしかして冒険者なの?」

「どう見ても正規の兵士には見えませんからね。

 それ以外で街中堂々と武器を携帯しているとなると、そう考えるのが妥当と思いますよ。」

「あんなのに冒険者をやらせてるなんて、この国のギルドは一体何考えてるのかしら?」

 ライラは深くため息をついた。

 いくらこの世界がイルムハートの元居た世界と比べ危険に満ちているとは言え、それでも平時大ぴらに武器を携帯することはさすがに禁じられている。

 特例として許可されているのは軍人や警備隊、そして冒険者くらいなものだ。

 だが、冒険者の場合はいくら許可されているとは言え出来るだけ悪目立ちしないよう心掛けるのが普通だった。余計な威圧感を与え、住民から不興を買うのを避けるためである。

 なのに、彼女の目に映る集団はこれ見よがしに武器をひけらかし、しかも安全な町中を歩くのに必要があるとは思えない鎧まで身に着けていた。

 ライラが呆れ返るのも無理ない事であろう。

「あれが恰好良いと思ってるじゃないのか?

 初めて武器や防具を手に入れた時はお前らだってついつい身に付けたくなっただろ?

 そんな感じなんじゃねえの?」

「でも、そこまで駆け出しって感じにも見えないけど?」

「見た目はともかく頭の中がガキのままなんだよ。自分じゃそれが分かってないんだろ。

 そう言う傍迷惑な奴ってのはどこにでもいるもんさ。」

 お前が言うか?と言った感じではあるが、ジェイクの言葉が正しいのだろう。

 肩を怒らせ周囲を威圧しながら歩くその集団を見て皆はそう思った。

「とにかく、下手に関わり合いにならないほうが良さそうな相手ね。」

 そんなライラの言葉に一同は同感し頷くと、足早にその場を後にしたのだった。


 翌日、イルムハート達はネウリンの冒険者ギルドへと足を運んだ。

 時刻は既に昼近くとなっており依頼の受注もひと段落ついたようでホール内の人影はまばらだった。

「なんか、ここにいる人たちはまともみたいね。」

 昨日、町中で見かけた冒険者らしき集団を思い出しながらライラはそう呟いた。

「どうやらあれは一部のちょっと拗らせてる人達なのかもしれませんね。」

「ほらみろ、俺の言ったっ通りだろ?

 あの連中がイカレてるだけだって。」

「さすが、同類なだけあって良く解るんですね。」

「お前なあ……。」

 既に日常の一部と化したジェイクとケビンのやり取りの中、それを軽くスルーしてイルムハートは滞在報告のため窓口へと向かった。

 旅をしている冒険者は万一のことが起きた際にその足取りを辿れるよう訪れた先のギルドで報告を行うのが常識となっているのだ。

 ギルドとしてもそれを推奨しているため、報告自体はすんなりと終わった。

 すると、その後に受付の事務員からちょっとした警告を受ける。

「この国で活動するつもりでしたら魔物ハンター連中には気をつけたほうが良いですよ。」

「魔物ハンター……ですか?」

 その言葉にイルムハートは戸惑いの表情を浮かべた。

 と言っても、その名を知らなかったからではない。まだ存続していたことが意外だったのである。

 過去、冒険者ギルドとカイラス皇国との間には様々な軋轢が生じていた。

 冒険者ギルドは魔族にも門戸を開き職員や冒険者として積極的に雇い入れているのだが、反魔族主義の皇国にとってそれはあまり面白いことではない。

 加えてギルドの財力や魔道具技術に目を付けた皇国は再三に渡って干渉を続けて来たのだが、それらはことごとく撥ねつけられてしまっていた。

 やがて冒険者ギルドが自分達の意のままにならないと悟った皇国は次にギルドの弱体化を図り、そのために設立されたのが魔物ハンターギルドだ。

 冒険者ギルドと競合させ仕事を奪おうと考えたのだろうが、結果として皇国の目論見は大きく外れてしまう。世の中が受け入れてくれなかったのだ。

 冒険者ギルドは政治的中立を守り、長い年月をかけてその信用を築いてきた。故に武力を持った集団でありながらも各国は受け入れてくれているのである。

 しかし、魔物ハンターギルドは違う。何しろカイラス皇国がそのバックに付いているのだから政治的に中立であるはずがない。

 そんな()()()()の武装集団を受け入れる国がどこにあると言うのか?

 そして、それは国だけに限ったことではない。商人達にしたところで政治的な思惑に巻き込まれるような状況は極力避けようとするだろう。

 結局、魔物ハンターギルドはカイラス皇国とその衛星国内でしか活動出来ず、しかも当の皇国内に於いてさえシェアの点で冒険者ギルドに大きく水を開けられてしまうという散々な結果となったのだった。

 そんな状態のため既に解散してしまっているのかと思いきや、どうやらまだしぶとく生き残っていたようである。

「昨日、街中であからまに武装した集団を見かけたのですが、もしかするとあれが?」

「多分、と言うか間違いなくそうでしょう。

 彼等は冒険者ギルドへの対抗心から過度に力のアピールをしてきますからね。

 あと、魔物ハンターには軍から転属させられて来た人間も数多くいるらしく、気性の荒い連中も少なくないと聞きます。」

 現状、既に傾きかけている組織に入ろうとする一般人などそう多くはあるまい。

 そんな中、カイラス皇国はその面子を保つため軍から人を回しているようだが、移動させられた方はたまったものではあるまい。それは事実上左遷でしかないのだから。

 だとすればヤケになって言動が粗暴になるのも仕方ないのかもしれない。

 或いは、元々軍でも手を焼いていた連中を厄介払いのため送り込んでいる可能性もある。

 いずれにしろ、あまり関わり合いになりたくはない相手だった。

 だが、そう簡単にもいかないようである。

「出来るだけ関わらない方が良いのですが、向こうから因縁を吹っかけて来ることもあるらしいですからね。

 見かけたらさっさと逃げてしまうのが賢明ですよ。」

 まるで魔物に遭遇した際の注意を受けているようだ。

「魔物ハンターギルドとはそんなに仲が悪いのですか?」

「以前はそんなこと無かったんですけどね。

 ところがここ最近、トラブルが急増するようになったんです。」

「何か原因となる出来事でもあったのでしょうか?」

 まあ、元々冒険者ギルドに対抗して造られたのが魔物ハンターギルドだ。友好的でないとしてもそれはそれで納得はいく。

 なので、それほど深い意味で問い掛けたわけではなかったのだが、戻って来た答えにイルムハートは驚くことになる。

「それが、噂によるとどうやら近々カイラス皇国において”勇者”が正式に認定されるとのことらしいんですよ。

 そのせいで皇国関係者の気が大きくなっているのかもしれませんね。」


「随分と時間がかかったわね?

 何かあったの?」

 窓口での用事を終えたイルムハートが休憩所で待つ仲間の元へ戻るとライラがそう声を掛けて来た。

「ああ、ちょっと昨日見た集団について話してたんだよ。」

「それならアタシ達も聞いたわ。

 あの人たち、魔物ハンターなんですって?」

 どうやらイルムハートが窓口で話し込んでいる間、ライラ達は他の冒険者からいろいろと情報を集めていたようだ。

「そのようだね。

 冒険者には異常な程の対抗心を見せるらしく、出来るだけ関わり合いにならないほうが良いと忠告されたよ。」

「そう言えば、最近特に酷いって聞いたわ。いきなりケンカを仕掛けてきたりもするわしいわよ。

 一体、何考えてるのかしらね?」

「それなんだけど……。」

 イルムハートは近々勇者が認定されるらしいことを皆に話す。

「ゆうしゃ?何だ、それ?」

 聞きなれない言葉にジェイクは思わず首を傾げた。

 無理も無い。”勇者”と言う単語はそれほど一般的なものではないのだ。

 すると、その疑問にケビンが答える。

「人族の守護者にして邪を祓う者、だそうですよ。」

「そうなのか?

 初めて聞いたぞ?」

「まあ、カイラム教派や他の一部教派の教えや伝承の中に出て来るだけの存在ですからね。

 宗教学か民俗学を履修していなければ知らないのも当然でしょう。」

「あー、その辺りの授業は退屈そうなんで選択しなかったんだよな。

 で、その”ゆうしゃ”ってのはどんな活躍をしたことになってるんだ?

 大災厄や大災禍の時に魔物と闘ったりしたのか?」

 その手の話が大好物なジェイクはそう言って目を輝かせたが、残念ながら戻って来たのは期待外れの答えだった。

「いえ、どちらの際にも勇者が活躍したと言う伝承はなかったですね。」

「なんだそれ?

 ”人族の守護者”とか言いながら、実際には全然役に立ってないんじゃね?」

 実に的確過ぎるジェイクの論評には一同も思わず苦笑してしまう。

 だが、それに答えたケビンの言葉はさらに辛辣だった。

「ですから、教義や物語の中にしか出て来ないと言ったでしょ?

 所詮は伝える側にとって都合の良い形に脚色されただけの存在なのですから、細かいところを突っ込むのは無意味ですよ。」

「でも、近々認定だか何だかがされるってことは適当な作り話ってわけでもないんだろ?」

「”勇者”の名前を授けられたからと言ってそれが伝承通りの力を持っているとは限らないですよ?

 単なる信者向けのアピールなんじゃないですか?」

「そうは言っても、もしハンター連中が大きな顔をするようになったがその勇者のせいだとすれば、ただそれだけってことでもないんじゃない?

 ある程度影響力のある存在だからこそ、その力を後ろ盾にして気が大きくなってる可能性もあるんじゃないかしら?」

 その予想は正しい。イルムハートはそれを知っている。

「ライラの言う通り、勇者は決して架空の存在じゃない。

 強大な力を持った実在の人物なんだよ。」

 皆に向けそう言いながら、イルムハートは龍の島で聞いた天狼の話を思い浮かべていた。

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