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友の帰還と居るべき場所

 ガガウでの盗賊討伐が終わって2日後、イルムハートが龍の島から無事バンデルへと戻って来た。

 彼が留守にしていたのは僅かひと月ほどではあるが、仲間達からしてみれば思った以上に長く感じられた一か月だった。

「イルムハート!」

 元気そうな友の姿を見て感極まったジェイクは思わずそう叫びながら抱き付く。

「いやー、ホント無事で良かった。みんな、心配してたんだぞ。」

 これにはイルムハートも苦笑いである。

「そんな大袈裟な。ちょっと訓練をつけてもらっていただけじゃないか。」

「でもよ、なんかスゲー化け物と闘ったんだろ?

 龍族からは無事だと聞いてたけど、それでもやっぱり不安になるだろうが?」

「まあそれは……心配かけてすまなかった。ありがとう。」

 龍族がジェイク達にどんな説明をしたのか知らないが、伝説上の怪物相手に闘ったとなればそれは心配もするだろう。

 なので、そこは素直に謝罪し感謝した。

「ほらほら、親を見つけた迷子じゃあるまいし、いい歳してこんなとこで甘えてるんじゃないわよ。」

 ライラやケビンにしても嬉しいのは同じなのだが、ここまで開けっ広げな反応を見せられてしまうと逆に気恥ずかしさが先に立ってしまう。

 で、結局はいつものようにジェイクへ突っ込みを入れてしまうのだった。

「なんだよお前ら、イルムハートが返って来たのに嬉しくないのかよ?」

「それは嬉しいけど、場所をわきまえなさいってことよ。

 こんなところでアンタみたいなむさい男に抱き着かれたらイルムハートだって困るでしょうが?」

 ライラのその言葉にジェイクはここが宿屋のホールであることを今更ながらに思い出した。

 既に夕方近くになり宿泊客の姿もちらほらと見える中、確かに男2人が抱き合う姿というのは周囲の目を引くものではあろう。

「あ……。」

 はっと我に返るジェイク。その顔は羞恥に赤く染まる。

「全く、なんでいつもアンタは考え無しに動くのかしらね。

 そんなんだから能天気男って呼ばれるのよ。」

「それにしても会った途端いきなり抱き付くなんて、まさかジェイク君にそっちの趣味があったとは知りませんでしたよ。」

「……お前ら、もうちょと俺に優しくしてくれてもバチは当たらないと思うぞ?」

 そう言いながら同情を誘うような目でライラ達を見つめるジェイクだったが、残念ながらその手は通じなかった。

「何、甘ったれたこと言ってるの?

 それじゃアンタが図に乗るだけでしょ?

 そもそもアンタは……。」

 滾々と続くライラの説教にすっかり項垂れてしまうジェイク。そして、それを面白そうに見つめるケビン。

 そんないつもの風景にイルムハートは自分が本来居るべき場所に戻って来たのだと、改めてそう実感したのだった。


「それにしても、天狼様だけでなく神龍様に怨竜ですって?

 なんかもう、現実と物語の区別がつかなくなってきちゃったわよ。」

 早めの夕食を取り部屋に戻った4人の話題は当然龍の島での出来事についてとなる。

「しかも神獣様と同格である怨竜と闘って倒しちゃうなんて……アナタの出鱈目っぷりもここに極まれりって感じね。」

 イルムハートの話を聞き、ライラは思わず声を上げた。

 今更何を聞いても驚かないつもりではいたものの、相変わらず予想の遥か上を行くイルムハートにはさすがのライラも唖然とするばかりである。

「まあ、怨竜を倒せたのは天狼や神龍が力を貸してくれたおかげなんだけどね。

 僕ひとりじゃ到底敵わないよ。と言うか、実際ちょっと危ない場面もあったんだ。」

「天狼様の力を借りたってことはあれか?狼の姿に変身して闘ったりしたのか?

 ガオー!とか吠えながら?」

 何やら興奮しながらそう言って身を乗り出すジェイクにはイルムハートも苦笑するしかない。

「いや、さすがにそれはないよ。

 天狼の力を借りることで僕自身の能力が上がったと言う感じかな。」

 すると、そこでただひとり冷静に話を聞いていたケビンが至極当然の疑問を口にする。

「でも、どうして天狼様はイルムハート君の手を借りようとしたのですか?

 怨竜を封じ込めるための結界を張っているせいで天狼様自ら動くけず、誰かの手助けが必要だったということは解りました。

 ですが、何故それがイルムハート君なのでしょう?

 別に他の誰かでも良いはずですし、何なら龍族の中から選んでも良かったはずですよね?

 なのに、わざわざイルムハート君を呼び出した理由は何なのでしょうか?」

 まあ、不思議に思うのも無理はない。

 いくら腕が立つとは言え、イルムハートは(見た目)ただの少年なのだ。

 勇猛な騎士や戦士は他にいくらでもいるはずなのに何故イルムハートが選ばれたのか、その理由を知りたいと思うのは当たり前だろう。

「天狼は数百年の眠りからつい10年ほど前に目覚めたばかりでね。

 その後は各地をふらふらしてたみたいで、僕の他に知り合いと言える相手がいなかったらしいんだ。」

 さすがにこの答えは想定外だったらしく、ケビンは意外そうな顔をする。

「それだけの理由で?」

「そう、それだけの理由でだよ。」

 まさか自分が”神気持ち”だからだと答えるわけにはいかなかった。

 出来るだけ仲間達に嘘はつきたくないのだが、かと言って全てを話してしまうことが必ずしも彼等のためになるとは限らないだろう。

 秘密を知ると言うことは同時にそれに関わるリスクを負うことにもなるのだ。

 いずれは真実を話すことになるとしても、今はまだその時ではない。

 イルムハートはそう考え、自身の秘密を胸の奥へしまっておくことにしたのである。


 ひと通り怨竜との闘いの話が終われば話題は自然とその後の話に移った。

「で、このひと月、天狼様とはどんな特訓をしてたんだ?

 やっぱ、アレか?「俺に一太刀でも浴びせてみろ」とか、そんな感じでやってかのか?」

 そう言ってジェイクは剣を構える真似をしてみせたが、イルムハートにあっさり否定されてしまう。

「じゃあ、何やってたんだよ?」

「主に魔力制御の訓練かな。

 天狼には僕の魔力制御がまだまだ未熟なのでもっと精度を上げる必要があると言われたんだ。

 だから、ほとんどの時間はそれに費やしてた。

 まあ、他にいろいろと魔法を教えてもらったりもしたけどね。」

 本当は魔力ではなく神気の制御についてなのだが、そこは誤魔化すしかない。

 すると、その言葉を聞いたケビンが何やら唖然とした表情になる。

「イルムハート君の魔力制御が未熟?それでですか?

 だとしたら僕達なんか初心者とすら呼べないレベルと言うことになりますね。」

「そんなことはないさ、君もライラも十分上級魔法士に匹敵するレベルだと思うよ。

 そもそも天狼から見れば人族どころか龍族ですら未熟者扱いだからね。言われたことをいちいち気にするだけ無駄だよ。」

「確かにそうかもしれないけど……でも、アナタは今回の修行で天狼様に認められるだけの力をつけたわけでしょ?」

 そんなライラの言葉にイルムハートは少しだけ首を傾げると

「うーん、どうなんだろう?認められたのかなぁ?

 まあ、どうにか初心者レベルにはなっただろうとは言われたけどね。」

 そう言って苦笑いを浮かべた。

 実際、神気については封印する程度なら何とか出来るようになったものの、いざ解放した場合のコントロールにはまだまだ不安定な部分がある。

 経験さえ積めばいずれ完璧にコントロール出来るようになると天狼には言われたが、その”経験”を積むのが難しいのだ。

 何せ下手をすれば街ひとつ消し去りかねない程の力であるため試しに使ってみるという訳にもいかない。

(当面は神気を体内に循環させてみる程度の訓練しか出来ないだろうな。)

 それはまるで魔法を習い始めた頃をイルムハートに思い出させ、正に”初心者”だなと彼を苦笑いさせた。


「でもよ、ひと月も島にこもって修行してたわりには見た目あんまり変わって無いよな?」

 何か思いついたのか、ふとジェイクがそんなことを言い出す。

 しかし、イルムハートにはその意味が良く解からなかった。

「変わってない?

 それはひと月しか経ってないわけだからそうそう変わりはしないと思うけど?」

「そうじゃなくてだな、何ていうかこう「修行してました」って感じがあんまりしないんだよ。

 てっきり髪はボサボサで服もボロボロみたいな恰好になってるのかと思ってさ。」

「ああ、そう言うことか。」

 どうやらジェイクは人里離れた山奥にでもこもって修行しているようなイメージを抱いていたようだ。

「別に龍の島は何もない辺鄙な場所というわけでもないよ。

 龍族の居住地だけじゃなく人族が暮らせるような建物だってあるんだ。」

「そうなのか?」

「うん、ずっと昔古代文明人によって造られた施設らしいんだけどまだ十分に使える状態で保存してあるんだよ。

 僕はそこで寝起きしてたのさ。

 あと、食料や日用品などは龍族が分身体を使って人族の街から買い入れて来てくれたから特に不自由は無かったし。」

「なんだよ、思ってたより全然居心地良さそうじゃないか。」

 何故かちょっと不満そうな表情になるジェイク。

「なんでそんな顔になるわけ?

 快適に過ごせたのなら別に良いじゃない?」

「でもよ、それなら俺も連れてって欲しかったなってさ。」

 これにはライラも呆れてしまう。

「あのね、イルムハートは遊びに行ってたわけじゃないのよ?

 それに、龍の島は魔力嵐が凄いって言ってたでしょ?

 イルムハートだから耐えられたようなもので、もしアンタだったらあっという間にヤラれちゃうわよ?」

「まあ、それはまた別の機会にね。」

 龍の島へ行ってみたい。ジェイクがそう思う気持ちはイルムハートにも良く解った。

「今はまだ魔力嵐の影響が残っているから難しいだろうけど、いずれそれも収まるさ。

 龍族のみんなも君達なら招待しても構わないと言ってくれていたし、その時はみんなで行こうよ。」

 神龍を救った恩人ということで龍族のイルムハートに対する好感度は限界突破していた。それはもはや好意と言うより崇敬にも近いほどだ。

 さすがに神殿を造って祀るようなことまではしなかったが、それでも”イルムハート様”呼びだけは何度やめるよう言っても頑として譲らないのである。

 そんなイルムハートの仲間を龍族が拒否するはずもない。

『イルムハート様の御友人であればいつでも歓迎致します』

 族長もそう言ってくれたのでいずれは皆を連れ再び島を訪れたいとイルムハートも思っていた。

「ホントか?絶対だぞ?」

 その言葉にジェイクのテンションが上がる。

 ジェイクだけではない。ライラもケビンもこれには自然と目を輝かせた。

 人族にとって未知なる地である”龍の島”。

 そこには一体どんな驚きが待ち構えているのか?

 それを考えたた時、興味と期待に彼等の胸は大きく高鳴るのだった。


 イルムハートの話がひと段落付けば、次はジェイク達の報告になる。

 このひと月で彼等が経験したことを話し始めたわけだが、そうなると当然一番の話題になるのはやはり盗賊討伐の件だった。

「このサマーズってオッサンがまた凄くてな。

 まあ、お前ほどじゃないがやたら腕が立つんだよ。

 鉄で出来た頑丈な門を軽々と細切れにしちまうんだぜ。

 あと、元騎士っぽいヤツもいたんだけど、そいつ等もあっさり倒しちまったんだ。

 いやー、ほんとすげーオッサンだったよ。」

「ジェイクの言う通りで強いのは確かだったけど、どうにも不思議な感じの人だったわよね。

 何せ人を殺すのが趣味だとか平気で言っちゃうんだもの。

 それでいて本業は医者で、しかも教会の事業にも携わってるみたいなの。

 正直、話を聞いてて何が何だか解らなくなっちゃったわ。」

「そうですか?

 僕は好きですよ、サマーズさんの考え方。

 命を奪って良い相手と駄目な相手をちゃんと切り分けているんですから、あの趣味自体別に悪いことではないと思いますけどね。

 むしろ、僕としてはあの人の言葉に目からうろこが落ちる思いでした。」

 それぞれが好き勝手に想いをぶちまけるせいでイルムハートとしては整理が追いつかない。完全に情報過多である。

 尤も、一部ケビンの過激な発言については意図的に聞き流しはしたが。

「えーと、そのサマーズさんって人が何やら変わった人物だってことは解かったよ。

 確かに人殺しが趣味だなんて穏やかな発言じゃないけど、でもそれって本心から言ってるのかな?

 話を聞く限りでは結構人懐っこい性格の様だし、そんな悪い人にも思えないけど。

 世の中にはわざと悪ぶった物の言い方をする人もいるから、おそらくその人もそうだったんじゃないかな?」

 例え本性がそうでなくとも照れや虚勢から敢えて偽悪的な言動をする人間はいる。

 イルムハートの知る中にも程度の差こそあれそういったわざと悪ぶっている感じの人間はいたし、ジャックまた同じなのではないかと考えたのだ。

 だが、その言葉は驚くべき速さであっさりと否定されてしまう。しかも、全員に。

「いえ、多分あれは本心だと思うわ。

 まるでオモチャを貰った子供みたいに生き生きした顔で人殺しの話をするのよ?

 まあ確かに普段は気さくで面白い人だったけど、あれには正直ドン引きしたわ。」

「そうそう、最初は俺も単なる戦闘狂かと思ったんだけど、アレは違うな。

 なんせ、自分より強いヤツとは絶対に闘わないとか平気で言うくらいだぜ?

 マジで闘うことより殺すことを楽しんでるんだよ、あのオッサン。

 オッサンのことは別に嫌いってわけじゃないし、どっちかと言えば一緒に居て楽しい感じだけど、そこだけはさすがにな。

 あのイカれっぷりはケビンといい勝負だぜ。」

「サマーズさんからは常に本音で生きている感じを受けましたね。見栄や虚勢とは無縁の人だと思います。

 だからこそ僕達もそこを信じて一緒に行動したんですよ。

 ですので、あの発言もまた偽りの無い本当の気持ちだと僕は思っています。

 あとジェイク君、これから夜中トイレに行くときは背後に気を付けた方が良いですよ。」

「……意味分かんねえけど、なんか怖いからやめてくれ。」

 結局、各々が言いたいことを言うせいで更に会話が混沌として来る。

 ただ、ジャック・サマーズという人間に対して皆好意を抱いている事だけはイルムハートにも良く解った。”人殺しが趣味”と公言している相手にも拘わらずだ。

「僕も会ってみたかったな、その人に。」

 自然とそんな呟きがイルムハートの口から漏れる。

 尚この後、話が大きく脱線していったせいでジャックの持つ不思議な”何か”について語られることは無かった。

 もしこの時点でイルムハートがその話を聞いていればひょっとしたらジャックの正体に気付けていたのかもしれないが、今更それを言っても仕方あるまい。

 尤も、彼が”再創教団”の幹部である以上いずれ相まみえることになるわけだが、それはまだずっと先のことなのだった。

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