若き冒険者たちと新たなる騒乱の始り
ライラ達の盗賊討伐は僅か一晩で完了した。
これは驚くべきことである。
賊の特定から始めなければならなかったにも拘わらず、これだけ短時間で目的が果たせてしまうとは正直誰も思ってはいなかったのだ。
だが、無事盗賊団を壊滅させたとは言え、残念ながらこれで全てが終わったわけでもない。まだ面倒な後始末が残っていた。
その後、ライラ達は騒ぎを聞きつけてやって来たこの町の警備隊に一時拘束され事情聴取を受けることになる。同時に、町中での刃傷沙汰についてもだ。
最初はまるで犯罪者のような扱いを受けたが、まあこれも仕方あるまい。
彼女達はあくまでも民間人なのだ。
いくら依頼による討伐とは言え、正規の警察権を持たぬ者が公然と暴力行為を振るったとなればただで済むと思う方がおかしいだろう。
だが、幸いにも彼女達が罰せられることは無かった。
この世界にも法はあり、それにより社会秩序をを維持する仕組みにはなっているが、正直それ程洗練されているわけでもない。
基本的には国家体制を維持する事が目的であり、庶民の生命や人権などは二の次なのだ。
結果として、(あくまで一般庶民に限り、貴族の場合は別ではあるが)個人間のトラブルは双方の罪の重さを比較して相殺され、その範囲内であれば暴力も容認されるのである。
要は「目には目を、歯には歯を」と言った考えに近い。
そのため今回の件も生き残った連中からの自白とギルドの所長の保証により、盗賊討伐における妥当な行為であると認められたのだった。
尤も、かなり派手に騒ぎを起こしたせいで警備隊には愚痴を言われることになってしまったが、それくらいは仕方ないだろう。
とまあ、そんな感じで色々ありはしたものの、最終的に出発してから僅か3日と言う極めて短い期間でライラ達はバンデルに帰還したのであった。
「これで無事依頼完了だな。
お前等のお陰でかなり早く終わったぜ。感謝するぞ。」
バンデルの冒険者ギルドで依頼の完了報告と承認を受けた後、ジャックは晴れ晴れとした顔でライラ達にそう言葉を投げかけた。
「まあ、ガガウの警備隊には散々文句を言われたがな。」
そうは言いながらも一切悪びれる様子の無いジャックにライラは思わず苦笑する。
「それはそうですよ、あれだけ大暴れしたんですもの。
警備隊としては面子を潰された気になるのも仕方ないと思いますけど。」
せめて事前にひと言報告を入れて欲しかった。
不満と諦念の入り混じった複雑な表情をしながらガガウの警備隊長が放った言葉をライラはふと思い出す。
いくら他国でのこととは言え、盗賊行為を働いてい者達なのだ。しかも、犯罪組織との繋がりもある。
状況からして本来ならば警備隊が対応すべきところを他所から来た冒険者にあっさり解決されてしまったのだから、それは彼等の心中も穏やかではあるまい。
実を言うと、それに関してはギルドからもやんわりとではあるが注意を受けた。協力出来るところは協力して事にに当たるようにと。
まあ、ギルドとしても行政府との要らぬ摩擦は避けたいと考えて当然であろう。
しかし、それに対するジャックの返答は相変わらず辛辣だった。
「だがな、結果的に連中を野放しにしてたのは警備隊の奴等なわけだし、今更面子がどうのこうの言ったところで結局は自業自得だろうが。」
尤も、ジャックならそう言うだろうとは思っていた。
むしろ警備隊からの事情聴取の際、面と向かってこの言葉を口にしなかっただけの分別が彼にもあったのだなと、ライラは妙なところで感心する。
ただ単に、余計な揉め事で無駄な時間を取られるのが面倒だっただけかもしれないが。
「それで、ジャックさんはこの後どうされるんです?
また別の盗賊討伐ですか?」
”盗賊狩り”の二つ名を持つジャックだ。また次の討伐依頼を求めて旅をするのかと思いきや、その質問に対する彼の返答は意外なものだった。
「いや、本職のほうで仕事が入ったみたいなんでな。そっちに戻る。」
どうやらジャックには冒険者とは別の本業があるようだったが、まあそれ自体は特に驚くことでもない。
そもそも盗賊討伐の依頼自体が少なく、それだけで生計を立てていくのは難しいのだ。他に仕事を持っていたとしても不思議ではなかった。
だが、その後の言葉がライラ達を驚かせた。正に驚愕させたと言っても良い。
「そうですか。
それで、ジャックさんの仕事って何なんですか?」
「医者だ。」
「えっ?」
一瞬、ライラはジャックの言葉が理解出来なかった。いや、言葉そのものは理解したのだがそんなはずはないと理性がそれを否定したのだ。
「えーと、今何て?」
「俺は医者だって言ったんだよ。」
「えーーーっ!?」
驚きに満ちたライラ達の声が見事にハモる。
常に飄々とした態度を崩さないケビンですらこれには目を見開き仰天していた。
「今、お医者さんって聞こえたような気がしたけど……アタシ、疲れてるのかしら?」
「オッサンが医者?
葬儀屋の間違いじゃなくて?」
「世の中には僕の知っている”医者”と同じ呼び名でありながら、それとは全く別の職業があるということなんでしょうか?」
「……お前等、随分と酷い事言いやがるな。
あと、俺はオッサンじゃねえと言ってるだろうが。」
余りにも失礼な反応にジャックは憮然とした表情を浮かべたが、まあライラ達の気持ちも解らなくはない。
人を殺すのが趣味だと公言する人間が命を救う仕事をやっているなど、例えブラックジョークであっても笑えない話である。
「まあ、医者と言っても自分で治療院を開いてるわけじゃないけどな。」
「じゃあ、どうやって患者さんを看てるんです?」
「教会が医者のいない僻地に人を派遣する事業をやってるんだが、俺はそれに登録してるんだ。
これだと必要な時にだけ声が掛かる仕組みになっててな、それ以外は自由に出来るから気楽でいいんだよ。」
その”自由”な時間に盗賊狩りをしていると言うことなのだろう。
「”医者”の次は”教会”かよ。全く、これほどアンタに無縁そうな言葉はないよな。」
「お前、終いにゃぶん殴るぞ……と言いたいところだが、実は俺もそう思う。」
ジェイクの悪態にジャックは怒りもせず、むしろそう言って笑って見せた。これを冗談として笑い飛ばせるほどに、彼はこの少年少女達を気に入っていたのだ。
「そんじゃ、ここでお別れだ。
元気でな。」
「今回はありがとうございました。サマーズさんもお元気で。」
「あんまり無茶し過ぎるなよ、オッサン。」
「実に貴重な経験をさせていただきました。次にお会いする時までどうぞご健勝で。」
名残惜しそうに別れの言葉を口にする4人。
お互いクセの強い者同士ではあったが、それが逆に気の置けないある種心地良い関係を作り上げていたのである。
この依頼を受けたのは正解だった。
ライラ達は心からそう思ったのだった。
「中々面白い連中だった。」
街の通りをひとり歩きながらジャックはぽつりとそう呟いた。勿論、ライラ達のことだ。
全員ひと癖もふた癖もあるかなり個性的なメンバーではあったが、あんな連中を部下に持つのも面白い。ジャックはそう考える。
「ライラの嬢ちゃんなら頭も切れるし、いろいろ面倒な雑務もさっさと片付けてくれそうだ。なんせ今、俺のところには脳筋しかいねえからな。
尤も、小言も遠慮くなく言ってきそうなのが難点だが。
それから、ジェイクの奴は一見ただの能天気に見えて案外真面目なとこもあるし、剣のほうも十分伸びしろがある。あれはまだまだ強くなるぞ。
あと、ケビンだが……。」
そこでジャックは盗賊団の生き残りを尋問するケビンの姿を思い浮かべ、思わず眉をひそめた。
「アレはマジでヤバイ。俺が言うのも何だが、頭のネジが2・3本外れてるとしか思えん。
あれだけの魔法技術があれば戦力としては申し分ないんだが、問題は俺に扱いきれるかどうかってとこだな。
そう考えてみると、アイツ等をまとめ上げてるイルムハートって奴はホント凄いな。」
ジャックの中で改めてイルムハートと言う人間への興味が湧く。
基本、他人に関してあまり関心を持たない彼にとってそれは珍しいことであった。
「そいつもひっくるめて全員部下に出来れば言うこと無しってところか。」
ジャックは自分自身の言葉に納得したように頷く。
まさかそのイルムハートが今や教団にとって最大の脅威となりつつあり、その上自分の同僚が同じように彼を狙っているなどとは夢にも思わずに。
そうこうしている内にジャックはとある教会へと到着する。
そこは地母神を崇めるケルティニス教派の教会だった。
ケルティニス教派とは最高神の妻である地母神ケルティアが他の全ての神々を産み出したとしている教派で、一応ケルティアを主神としてはいるがその子供である種々の神々をも祀っていた。
『地母神ケルティアへの信仰はその子供である神々への信仰であり、また神々への信仰はその母であるケルティアへの信仰でもある』と言うことらしい。
まあ、原理主義的な思想を持つ者からすれば節操のない異端な教派となるのだろうが、実を言うと人族の中では最も”信徒”の多い教派なのだ。
何せ対象となる神の数が多いのだからそれを信仰する者の数が多いのも当然だろう。
この世界の人間の大多数は己の生まれや職業、その他様々な理由から個別の神を信仰していた。
だが、それぞれの神毎にいちいち教会を造るわけにもいかない。土着信仰まで含めればそれこそ数限りなくあるのだから。
その点、ケルティニス教派は教義上全ての神を祀ることが可能なため、その土地土地のニーズに合わせた教会を建てることが出来た。
それが”ライトな”信者層を多数獲得する要因となり、勢力を拡大したのである。
教会の門番に医師派遣業務の件で来たことを告げたジャックは事務員室へと通された。
その部屋には男性がひとりだけ、机に向かって何やら書類の整理をしていた。
「ジャック・サマーズだ。」
ジャックはぶっきらぼうに名前だけを口にする。
それを聞いた事務員ははっと顔を向けてから慌てて立ち上がり、うやうやしく頭を下げた。
「お待ちしておりました、サマーズ様。」
そして事務員が机の上の何かに触れると、部屋には防音の魔法結界が張られる。
どう見てもそれは単なる派遣医師への対応ではなかった。
それもそのはず、彼もまたジャック同様”再創教団”の一員だったのだ。
と言っても、教団とケルティニス教派とが裏で繋がっていると言うわけではない。
彼は身元を偽ってケルティニス教派に潜り込み、この街で連絡係兼諜報員として働いているのだった。
「次の任務が入ったらしいな?」
来客用ソファに腰を下ろしながらジャックはそう尋ねた。
一方、事務員の方は座ることも無く直立不動のままだ。それを見るだけで教団内におけるジャックの地位の高さが判ると言うものである。
「はい、教主会よりエルフィア帝国において地方反乱煽動の指揮をするようにとの指示がございました。」
「反乱の煽動?」
それを聞いたジャックはあからさまに不満そうな声を上げた。
「地方領主に叛意を抱かせるようコソコソ動けって言うのか?俺に?
そんな面倒な仕事は”教授”にでもやらせておけばいいだろ?」
「”教授”?……ああ、ハイド様のことですね?」
「何せ奴はこう言った陰険な真似が得意だからな。」
そう言ってジャックは意地悪そうな顔でニヤリと笑った。
これには事務員も何と反応して良いのか解らずに黙り込むしかない。
例え今のが冗談だとしてもその標的となった人物はジャック同様教団の幹部であり、気安く「そうですね」と言う訳にもいかないのだ。
「生憎とハイド様は別の件で動いていらっしゃると聞き及んでおります。」
なので、そう話を逸らすのが精一杯だった。
「そうかい。」
そんな事務員の反応にジャックはつまらなそうな表情を浮かべる。
これがあの3人だったらどんな面白い返しをして来るだろうか?
そんなことを考えながら。
事務員はジャックの不機嫌そうな様子を見て不興を買ったのではないかと思わず顔を引きつらせる。そして、恐る恐るこう付け加えた。
「な、尚、今回の件については早めに結果を出す必要があるらしく、多少強引に事を進めても構わないとのことです。」
すると、その言葉を聞いたジャックは即座に機嫌を直す。
「つまり、ちまちま火種を蒔くんじゃなく、派手に火を点けて回って構わないということか?
となれば話は別だ。中々面白そうな話じゃねえか。」
ジャックは先ほどまでの仏頂面がまるで嘘だったかのように満面の笑みを浮かべる。
最早彼の頭の中では”多少”と言う単語はすっかり消し去られ、ただ”強引に”と言う言葉だけが残っていた。
それなら思う存分人が殺せるな。
そんな思いがジャックの邪悪な表情から溢れ漏れる。
俺は殺しても構わない連中しか殺さない。
ジャックがライラ達に言ったその言葉は決して嘘ではなかった。
だが、何もそれは相手が法を破った悪党だけに限られるわけではない。教団の目的を果たすためであれば、それを妨げる全ての相手が対象となり得るのだ。
何故なら、その者達を排除することは彼等の神の御心に沿う行為であって、つまりは「殺しても構わない」と神から許しを受けたも同然だからである。
勿論、教団以外の人間からすればそんなものは極めて一方的で無茶苦茶な論理でしかないし、実のところジャックもそう思っていた。
それは教団の一員としてあるまじき考えであるはずなのだが、正直彼等の教えなどジャックは端から信じてなどいないのだ。
新しく創り直すために世界を一度滅ぼさねばならないと言う教え自体、到底正気の沙汰ではないとすら思っている。
だが、ジャックにとってそんなことはどうでも良かった。人を殺す理由を与えてくれるのならばそれで満足だった。
(せっかく堂々と人を殺せる世界にやって来たんだ、存分に楽しませてもらうさ。)
それが彼にとっての全てなのである。
こうして若き冒険者達の新しい試みはひとまず満足のいく結果で終わった。
そして、それは同時に遠い国での新たなる騒乱の始まりでもあったのだった。