若き冒険者たちと彼等の長い夜 Ⅲ
「サマーズさん、ひとりで大丈夫かしら?」
ジャックが飛び込んで行った建物を見つめながらライラは心配そうにそう呟いた。
勿論、彼ほどの腕前ならそうそう遅れは取らないだろうとは解かっている。
しかし、相手は元騎士が2人。万が一と言う可能性だってあるのだ。
「まあ、あのオッサンなら大丈夫だろ。」
そんなライラはの気持ちを知ってか知らずか、ジェイクは気楽な口調でそう応えた。
ちなみに、敵の掃討は既に完了していた。今は、まだ息のある連中を拘束しているところである。
なので、闘いの最中に気を抜いている訳では決してないということだけはジェイクの名誉のために言っておこう。
「でも、相手は元騎士なのよ?
アンタだって騎士の強さは良く解ってるはずでしょ?」
「それでもオッサンなら勝つさ。」
自分の言葉に対し妙に自信満々のジェイク。それを見たライラは不思議そうに小首を傾げた。
「なんでそうだと言えるのよ?」
「そりゃお前、オッサンにはイルムハートと同じものを感じるからだよ。」
「はあ?サマーズさんとイルムハートが同じ?
何言ってんのよ、アンタ?」
意外過ぎるジェイクの答えにライラは驚いた。いや、驚いたと言うよりは腹を立てたと言ったほうが正しいだろう。
「サマーズさんのことを悪く言うつもりはないけど、あの人は人殺しが趣味だなんて言っちゃう人なのよ?
そんな人とイルムハートを同じにするなんて、アンタ頭おかしいんじゃない?」
すると、ジェイクはそんなライラの剣幕にたじろぎながら慌てて発言の意図を説明する。
「別に性格や言動が似てるとかそう言う意味で言ったんじゃないって。
ただ、サマーズのオッサンからはイルムハートと似たような”気”を感じるんだよ。」
「”気”?
それってアンタ達の言う闘気のこと?」
近接戦もこなせるとは言え基本的にライラは魔法士系である。剣士系の人間と違い”闘気”と言うものにはあまり詳しく無かった。
「でも、闘気なんて剣士なら皆使えるんじゃないの?」
「まあ、実際は闘気も人ぞれぞれ微妙に違いはあるんだがな。
けど、俺が言ってる”気”ってのはそれとは違う。魔力や闘気とは全く別の感じだ。
俺も上手くは言えないけど、常人よりも一段上の領域って言うか、剣を合わせていると「ああ、これは勝てないな」と思わせる圧倒的な威圧感を感じるんだよ、イルムハートからは。
それはただ強いとか腕が立つとかそういうことじゃなく、そこに存在してるだけでこっちを圧倒して来るのさ。
セシリアにも時々そんな雰囲気を感じる時があるな。
で、路地裏で闘っていた時にそれと同じものをオッサンから感じたんだよ。
おそらくあの人もイルムハートやセシリアと同じ特別な”何か”を持ってるんだと思う。
だから、相手が王国騎士団長やフランセスカさんレベルならともかく、そうでも無い限りはオッサンが負けることなんてないんだよ。」
「……何か良く解らないけど、アンタがそう言うならそうなんでしょうね。」
言っていることを完全に理解出来たわけではないものの、ジェイクがジャックに特別な”何か”を感じている事だけは解かった。
なので、ライラも無用な心配は止めることにする。
日頃その能天気な言動で周囲を呆れさせるジェイクも、こと剣術に関してだけは真摯で常に向上心を忘れない男だ。
それが分かっているからこそ、ライラも彼の言葉を信じることにしたのである。
イエルドとクラースからは凄まじい程の殺気が放たれていた。
しかし、それと対峙するジャックには怯む様子など微塵も無く、それどころか薄笑いさえ浮かべている。強い相手を殺すことが楽しくて仕方ないのだ。
だが、そんなジャックの一見ふざけた態度にも2人は惑わされはしなかった。むしろ、尚一層警戒感を強める。
理由はジャックから発せられる強い”気”だ。
残念ながら彼等にはそれが”神気”であることなど分かりはしない。単に強力な”闘気”としか認識していなかった。
しかし、それでもそれが酷く危険なものであることを2人は直感的に感じ取っていたのである。
2人は左右からジャックを挟み込む形で位置を取った。
ひとりの相手に複数で掛かるなど騎士たる者の取るべき行動ではない、そう考える者もいるかもしれない。
だが、騎士とは彼等が考える以上にリアリストなのだ。
勿論、”騎士道”を重んじてはいるものの、それに固執することで任務に支障を来たしたのでは本末転倒であろう。何よりも大切なのは目的を果たすことであり、それこそが彼等の”騎士道”なのである。
なので、強敵であろうジャックに対し2人がかりで闘うことにも躊躇いは無い。彼等は無言で剣に闘気を纏わせる。
そして、最初に動いたのはクラースだった。
自身の身体強化魔法と鎧に付加された補助魔法により各段に向上した運動能力を持ってジャックへと襲いかかる。
それは人の限界を極めたかのごとき速さではあったが、残念ながらジャックには通用しない。何しろ、”神気”を使いこなす今の彼は既に人の限界を”超えて”しまっているのだから。
クラースの撃ち込みを軽く躱すジャック。
だが、イエルドはそれを読んでいた。
クラースの実力を軽んじていたわけではないが、それでもジャックには届かないだろう。イエルドは冷静にそう分析していたのだ。
そして、今度はイエルドが動く。
クラースの攻撃を躱すことで僅に重心がズレた隙を突き背後から剣を突き出した。その剣速はクラースよりもさらに速い。
しかし、ジャックはそれすらも躱す。
何故ならそう来るだろうことを予想していたからだ。いや、”知って”いたと言った方が良いだろう。
そう、彼は未来を視る事が出来るのである。それにより相手がこの先どう動くのかを知ることが可能なのだ。
それは僅かコンマ数秒程度先の未来でしかない。だが、それでも達人同士の闘いにおいては圧倒的に有利となる。
「これを躱すと言うのか?」
攻撃は完全に死角を突いており、例え致命傷には至らなかったとしてもそれなりに深手は負わせられるはずだった。
にもかかわらず、それをあっさりと躱したジャックにイエルドは愕然とする。
そんなイエルドの表情を読み取ったジャックはどこか哀れむような声で言った。
「悪いが俺には神の加護があるんでな、その程度の攻撃は通用しないんだよ。」
「神の加護だと?」
その言葉に真っ先に反応したのはクラースだった。
「戯れ言を!
貴様のような邪悪な男に神がそのお力を貸すなど有り得る訳がなかろう!」
主人を、そして弟をその手に掛けた悪人が神の名を口にすること自体、クラースには許せなかったのだ。
「神をも恐れぬその暴言、地獄で後悔するが良い!」
クラースは怒りの感情に任せジャックへと切り掛かる。
「待て!クラース!」
イエルドが放つ制止の言葉も最早彼には届かない。
そんなクラースをジャックは冷めた目で見つめる。
(”怒り”だけじゃ闘いには勝てないんだよ。
結局、コイツも弟と同じでただのひよっこだったってわけだ。)
少々期待外れの成り行きにジャックは内心で溜息をついた。
それから彼は悠々とした動きでクラースの攻撃を躱すと目にも止まらぬ早さでその背後を取り後頭部へと剣を突き立てる。
クラースは何が起きたのか理解出来ないまま声すら出ぜずに倒れ息絶えた。
「それでも魂だけはまあまあだったぜ。」
足元に転がるクラースの屍に対しジャックはそう語り掛ける。
その手に握られた血まみれの短剣がぼんやりと光を発するのを見つめながら。
「クラース……馬鹿な奴め。」
横たわるクラースの亡骸を見つめながらイエルドはぼつりとそう呟いた。
勿論、それはクラースを蔑むための言葉ではない。
何故俺より先に死んだ、馬鹿者め!
それが今のイエルドの偽らざる思いだった。
国を追われ、犯罪組織の手先にまで身を落としながらも自分を慕い付き従ってくれた弟達のような存在。イエルドにとってクラースとその弟は最早家族同然であったのだ。
なのに、そんな2人を一晩の内にあっさりと失ってしまった。
イエルドの胸の中にはぽっかりと大きな穴が開く。そして、そこには急速にドス黒い何かが満ち始める。
それは怒りでもなく絶望でもなく、純粋な憎悪だった。
「中々いい目つきになったじゃないか。
教団にスカウトしたいくらいだな。」
そんなジャックの冗談にもイエルドは何の反応も見せなかった。ただその無機質な昏い目で見返すだけである。
(コイツ……壊れたのか?)
あまりのショックにイエルドの精神は崩壊してしまったのではないか?
そんな考えがジャックの脳裏を横切る。
そのせいで僅かに剣を握る力が緩んだ瞬間、突如イエルドが胸元へと飛び込んで来た。ジャックはその攻撃をかろうじて剣で受け流すが、続いて2撃目、3撃目とイエルドの猛攻が更にジャックを襲う。
主人、主家、そしてクラース達。その全てを失ってしまたイエルドには最早命への執着など無い。己の生命力の全てを闘気に変えジャックに向けて叩きつけて来る。
これにはさすがのジャックも防戦一方となってしまった。
がしかし、それも一時の事でしかない。
いかにイエルドの攻撃が激しかろうと、”神気”を解放したジャックの敵ではないのだ。確かに意表を突かれはしたもののジャックに追い詰められた様子など無かった。
それを悟ったのだろう、イエルドは一旦攻撃を止め距離を取る。そして大きく呼吸した後、最後の大勝負に出るべく剣に闘気を集中し始めた。
(特攻を掛ける気か。)
未来など読まずともジャックにはそれが分かったし、イエルドにしても隠す気など毛頭無い。
これ程に実力差が有る以上、せめて相打ち狙いで挑むしかイエルドに勝機は無いことくらい誰の目にも明らかなのだ。
騎士団の鎧とそれに付与された魔法による強化。加えて自分の命を引き換えにして練り上げた闘気。この3重の防御があればいくらジャックであろうと一刀のもとに切り捨てることなど出来はしまい。
その隙に己の剣が相手を捉えさえすれば自分の勝ちだ。イエルドはそう考えていた。
結果として自分も命を落とすであろうことはこの際問題ではない。ジャックを倒すことだけが今のイエルドの望みなのである。
勿論、ジャックもそんなイエルドの考えを読んでいた。
(確かに、悪い手じゃない。
但し、相手が俺じゃなければな。)
ジャックはゆっくり剣を構えると封じていた己の”力”を発動させた。
”切り裂く者”。
それがジャックの隠された力。”再創教団”の幹部である彼に対し神が授けた”祝福”だ。
この力を使ったジャックにこの世で切れないものは無い。岩や鋼鉄などは当然のこと、魔法や魔力、果ては空間まで断ち切ってしまうのである。
ただ唯一、世の理を超える力である”神気”だけは切り裂くことが出来ないものの、この状況ではその欠点を考慮する必要もあるまい。
イエルドもジャックの雰囲気が変わったことには気が付いたが、ここで退く訳にもいかなかった。そして勝負に出る。
一気に闘気を爆発させ、イエルドはジャックへと襲い掛かる。彼を包む激しい闘気が光へと変化し、それはまるで流星のようだった。
そんなイエルドをジャックは避ける素振りも見せず正面から迎え撃つ。
勝った。それを見たイエルドはそう確信した。
この攻撃が当たりさせすれば必ず道連れに出来る。その自信が彼にはあった。
しかし、無情にもその剣がジャックに届くことは無かった。
躱されたのではない。届く前に切り捨てられてしまったのだ。
軽く振り降ろされたジャックの剣にイエルドの剣も鎧も、そして肉体までもがあっさりと両断されてしまったのである。
一体何が起きたのかを理解する間もなく、イエルドは絶命した。おそらく自分が敗北したことすら知らずに死んでいっただろう。
同時にジャックの持つ短剣”魂喰”が強く光を放ち始める。
「さすがに他の奴とはモノが違うな。」
ジャックは流れ込んで来る”魂”の力を感じながらそう呟いた。
倒した相手の”魂”を己の力として取り込む、それがこの”魂喰”の権能なのだ。
まあ、ゲームで敵を倒すことにより経験値が溜まるのと似たようなものだと思ってもらえば良い。
ジャックは教団の幹部となることで”祝福”を得た。だが、その前までは剣士でも何でもなかったのだ。
そんな彼が大きな力を授かったところでいきなり強くなれるものでもない。潜在能力があってもそれを使う技量が伴っていないのだから。
そこで与えられたのがこの”魂喰”である。”魂喰”で人を殺せばその分ジャックの能力は上がっていくわけだ。
この武器を得たジャックは長い年月の中で数えきれないほどの人間の魂を喰らってきた。
その結果今では”神気”無しでも十分強者として通用するだけの実力を身に着けているのだが、それでも殺しの欲求が止まることはなかった。
どうやら「人を殺すのが趣味」と言うのは元からの性癖のようである。
そう考えると”魂喰”は、趣味と実益の両方を満たす正にジャックのためにある武器と言えるのかもしれない。
「終わったみたいね。」
ジャックが闘っている建物の中から2つの魔力が消え去ったことを感じ取ったライラは、誰に言うでもなくそう呟いた。
勿論、後に残ったもうひとつの魔力がジャックのものであることにも気付いていた。
「相手の闘気も凄かったけど、やっぱオッサンは格が違ったな。」
隣に立つジェイクもそれを感じたようで、感心したように口を開く。
すると、そんな2人に歩み寄りながらケビンが問いかけて来た。
「最後に何か不思議な気配を感じましたが、アレがジェイク君の言う特別な”気”なのですか?」
「あ、それアタシも感じたわ。
何て言うか、こう心が吸い込まれて行きそうな、そんなちょと怖い感じ。」
「そうか?
俺はそんなの感じなかったけどな。」
「と言うことは、アレはまた別のものだったのでしょうかね?
確かに、闘気と言うより魔法に近い感覚でしたが……。」
どうやらケビンとライラは”魂喰”が発動した際の気配を感じ取っていたようだ。こちらに関しては魔法士である2人のほうがジェイクよりも敏感なのだろう。
「イルムハート君にも似た特別な”何か”と言い今の不思議な気配と言い、ジャックさんは一体何者なのでしょうかね?
どう見てもただの冒険者とは思えませんが。」
思わず漏れたケビンの言葉にジェイクもライラも沈黙する。2人とも同じことを思っていたのだ。
やがて東の空が薄っすらと明るくなり始め、ちょうど建物の中から出て来たジャックを照らす。
すると彼はライラ達を見て高く拳を突き上げて見せた。「勝ったぞ!」と言う感じで。
ライラはその子供の様な仕草に毒気を抜かれ、思わず苦笑を浮かべてしまった。
「まあ、他人のことを色々詮索しても仕方ないわ。
とりあえず無事に依頼は完了したわけだし、それで良しとしましょう。」
その言葉にジェイクもケビンも頷いた。そして、3人はジャックの元へとゆっくり歩き出す。
こうして彼等の長かった夜はやっと終わったのだった。