若き冒険者たちと彼等の長い夜 Ⅱ
町の外れ近くにあるそこは”屋敷”と言うより”事務所”と呼んだ方が近い、そんな感じの場所だった。
建物自体はそれなりに大きいが無駄な派手やかさは無く、居住性より実務性を重視したような造りだ。
しかも敷地内にはいくつか倉庫が並び、正に商家の交易拠点と言う様相である。
そして、そこを少し離れた民家の屋根の上で遠巻きに見つめる人影が4つ。
ライラ達だ。
「どうやらあそこみたいだな。」
そんな中、腕を組み仁王立ちしながらジャックが口を開く。
「見張りっぽいのはいないみたいだが、中々に頑丈そうな構えじゃないか。」
確かに、商家の建物にしてはその周りを囲む塀が高過ぎる気もした。加えて、堅牢そうな鉄の大門が侵入者の行く手を阻んでいる。
「それは分かりましたけど、何も屋根に昇って見るほどのことでもないんじゃないですか?」
すると、その隣でライラが少し疲れたような表情でそう言った。
まあ、身体強化を使えば屋根の上に昇ることくらい大して難しい事ではない。
だが、住人に気付かれず昇るのは意外と疲れるものなのだ。音を立てないよう神経を使う分、精神的に。
しかも、辺りにあるのはせいぜいが2階建くらいの建物ばかりしかなく、その屋根に昇ったところで向こうの敷地全てが見渡せるわけでもない。
正直、この行為にあまり意味があるとも思えなかったのである。
しかし、そんなライラの言葉にもジャックはどこ吹く風だった。
「いいか嬢ちゃん、魔法で探知するのもいいが、自分の目で見るってもの大事なんだぞ?
それに、こうやって相手を見下ろしてる方が気分も乗って来るってもんだろ?」
それらしい事を言っているようで、要するにノリと勢いでやっているのがバレバレだ。そもそも、この高さで”見下ろす”と言うのも少々無理がある。
「確かに、やってやるぜ!って気にはなるよな。」
尤も、ジェイクだけは完全に同意している様子だ。やはりこの2人、どこか似た部分を持つ者同志なのだろう。
そんな2人の姿にライラとケビンは互いに顔を見合わせ肩をすくめた。
「それで、この後はどうするつもりなのですか?
どうやら門の近くに見張りはいないようですが、建物の方は生憎と魔法探知阻害の結界が張ってあるようで敵の配置が掴めません。
なので、ここは慎重に行くべきだと僕は思いますけど。」
普段はむしろ過激な発想をする側であるはずのケビンだが、更にその上を行くジャックを前にしてはさすがに慎重論を唱えざるを得ない。
しかし、ジャックはその提案を一蹴する。
「いや、その必要はない。
どうやら奴等は奇襲に感づいているみたいだからな。」
「どうして分かるのです?」
結界が張られている以上、敵の動きを読むことは出来ないはずだ。
なのに何故ジャックにはそれが分かるのか?
そんなケビンの疑問にジャックはニヤリと笑いながら答えた。
「殺気だよ。
あそこからは強い殺気がビンビン伝わって来やがる。
こいつは俺達が責めてくることを予測しているからに違いあるまい。」
「殺気?分かるのか、ここから?
すげえな。」
その言葉にジェイクは思わず感嘆の声を上げる。
彼も剣士だけあって殺気を察知する術には他の2人よりも長けている。だが、さすがにこの距離からそれを感じ取ることは出来なかったのだ。
すると、そこでライラが当然の疑問を口にした。
「でも、どうして奇襲がバレたのかしら?
他に人がいたようには思えなかったけど。」
しかし、それに対するジャックの答えは極めて単純明快だった。
「さてな。
色々と推測は出来るが今となってはそんなこと大した問題じゃない。
この奇襲がバレてる可能性が高いなら、それを前提にどう行動するかだけ考えりゃいいんだよ。」
「確かにそうかもしれないわね。」
ジャックの言葉に同意するライラ。
だがその直後、ジャックが勢いよく放った言葉に彼女は己の判断を後悔することになる。
「と言うことで、取るべき方法はひとつ。
正面から乗り込むぞ!」
敵は襲撃を予測している。
おそらくそれは本当なのだろう。となれば奇襲もあまり意味を成さないかもしれない。
しかし、だからと言って馬鹿正直に正面から乗り込むと言うのもどうなのか?
敵が待ち構えている中へのこのこと姿を現したりすれば罠に掛けられてしまう可能性だってある。
その不安がどうにも拭えないライラではあった。
だが、ジャックに感化されすっかり乗り気になってしまったジェイクとそんな2人を面白そうに眺めるケビンの姿を見て、最早自分の意見など聞き入れてもらえそうもないと悟る。
結局、勢いに流されるままに一行は門の前までやって来た。
それは遠目で見た以上に頑丈に出来ており、突破するのは苦労しそうに思えた。
「どうします?魔法で吹き飛ばしますか?」
門や塀には多少の魔法耐性が付与されているようだが、全く効かないと言った類のものでもない。高威力の魔法を何発か打ち込めば破壊することも可能だろう。
そうケビンは判断したのだが、ジャックは軽く手を振って返す。
「その必要は無い。ここは俺に任せておけ。」
「どうするつもりですか?」
「まあ、見てろ。」
ジャックがそう言って剣を抜くと同時に彼の身体から強い気が発せられるのを皆が感じた。
そして目にも止まらぬ速さで動いたかと思うと、次の瞬間にはあれだけ頑丈そうに見えた門がバラバラになり音を立て崩れ落ちる。
それを見てライラ達は思わず声を失った。
勿論その技に驚いてのことだが、ただジェイクだけは少し違うようだ。
彼は眉を寄せ真剣な目付きで細切れにされた鉄の門を凝視していた。それは今の自分とジャックの技量を比較し、そこから何かを学び取ろうとしているかのようにも見えた。
普段能天気な言動ばかり目立つジェイクではあるが、彼は彼なりに真摯に剣士として成長しようとしているのである。
「さて、いくぞ。もたもたするなよ。」
そんなライラ達に声を掛け、真っ先にジャックが走り出した。
すると、物音に気付いたらしく建物の扉が開き武器を手にした連中が一斉に飛び出して来る。
彼等には慌てふためく様子など微塵もないことから、やはり予め襲撃を予測していたのは間違いなさそうだ。
「ふん、主役はまだ登場する時間じゃねえってわけか?」
向かって来る連中に目をやりながらジャックはつまらなそうにそう呟いた。元騎士らしき者の姿が見当たらなかったからだ。
彼の狙いはその元騎士2人だけであり、その他の雑魚など眼中に無いのである。
「俺は一足先に突っ込むからな!
コイツ等は任せたぞ!」
そして、ジャックはそう叫ぶとわき目もふらずに建物へと向かって走り出す。行く手を遮る全ての者を無造作に切り捨てながら。
それはチームワークもへったくれも無い勝手な行動ではあったが、ライラ達に戸惑う様子など無い。こうなるであろうことは誰もが解かっていたのだ。
「まあ、これも想定内ってとこだな。」
「厄介な元騎士の相手を引き受けてくれると言うのですから、喜んでお任せすれば良いのではないですかね。」
走り去るジャックの背中を見送りながらジェイクとケビンが苦笑交じりに口を開く。
ライラとしてもその気持ちは同じだったが、かと言って2人のように呑気に構えてもいられない。
「ほら、何気を抜いてるの!敵が来るわよ!」
何しろ今は彼女がこのパーティーのリーダーなのだから。
「アタシが右に回るから、ジェイクは左ね!
あと、ケビンは魔法での攻撃と援護をお願い!」
ライラの指示にジェイクとケビンは素早く位置に着く。長年パーティーを組んでいるだけにこの辺りの息はぴったりである。
この点についてだけはジャックが単独行動してくれて正解だったとも言えるだろう。
しかし、正念場はここからだった。
普段、大人数を相手にする場合はイルムハートが上手く攪乱してライラ達に各個撃破し易い状況を作り出してくれていたのだが、今回ばかりはそうもいかない。今、彼はここにいないのだ。
そのため、敵の波状的な攻撃をいかにして防ぎ反撃するか、そこが重要となる。
今回3人はジェイクとライラが前衛、そしてケビンは後衛と言った布陣を引いた。ライラは魔法士ではあるが近接戦闘にも長けているからだ。
とは言え、せっかくの魔法士に肉弾戦ばかりさせておくのも戦力の無駄使いでしかない。
なので、ジェイクがより広い面をカバーしライラは各個撃破出来そうな相手には肉弾戦、集団には魔法を織り込んで攻撃するようにして動く。
残るケビンは2人より少し下がったところからその類まれな魔法制御で混戦の中にも拘らず攻撃魔法で的確に相手を捉えていった。
実のところケビンも近接戦闘が出来ないわけではない。彼には槍術の心得があり、普段持ち歩いている多節式の仕込み槍を使って闘うこともある。
だがケビンはパーティー内での役割分担を考え、最低限身を守ることのためにしかそれを使わなかった。
まあ、彼自身肉弾戦よりも”えげつない”魔法で闘うほうを好んだということもあるのだが。
建物へと向かったジャックが途中邪魔になる連中を倒して行ってくれたお陰で、ライラ達が相手にしなければならない人数は10人を切っていた。
それでも最初はやや苦戦気味だったものの、ひとりふたりと確実に倒してゆくことで状況はどんどん好転してゆく。
これには敵も驚きを感じ得なかった。まさかこんな子供にこうも易々とやられてしまうとは。そう焦り始めるのが手に取るように判った。
元々、実力も実績も十分な3人なのだ。
確かに今まではイルムハートに頼り過ぎていた面もあっただろう。
しかしこのひと月、自分達だけで考え判断し動く事にも慣れた彼等が子供と見て侮ってくるような連中に負けるはずなどないのである。
その頃ジャックは建物の中の大広間で甲冑を纏った2人の元騎士と対峙していた。
ひとりはまだ若い男だが、もうひとりは30台後半くらいで元はかなりの上位騎士だったであることがその雰囲気からも分かる。
そこにいたのは最初からこの2人だけであり、他に人影は無い。まるで、ジャックが来るのを待ち受けていたかのようだった。
そんな2人の姿を見たジャックはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「さしずめ亡国の騎士様ってところか。」
彼等が身に着けているのはその上等さや付与されている魔法の多さから見て明らかに騎士団の鎧である。
通常、騎士団の鎧は貸与品であって団を抜けた時点で返却しなければならない。
稀に功績を上げた者には退団時に武具が下賜されることもあるが、その場合は付与されている魔法を大幅に削った後に与えられるはずだた。
しかし、目の前の鎧からはほぼ完全な状態とも言えるほどに様々な魔法の付与が感じられており、どう見ても中古品とは思えなかった。
かと言って、盗賊と行動を共にしている彼等が現役の騎士団員であるはずもない。
となると、考えられる可能性としては鎧を返却する必要自体が無かったと言うこと。
つまり所属していた国なり領地なりが消滅したことで返そうにもその相手がいなくなってしまった可能性だ。
故にジャックは”亡国”と言う言葉を使ったのだった。
そして、どうやらその読みは正しかったようである。
「待っていたぞ、邪教の信徒め!」
開口一番、若い方の男がそんな言葉をジャックに投げ付けて来た。
「貴様等に滅ぼされた我が主家の恨み、ここで晴らしてくれる!」
そう言って彼は怒りの表情で剣を構える。
そんな彼の言葉にジャックは少しだけ眉をひそめた。
どうやら彼等の仕えていた家が滅んでしまったらしい点については想像通りである。
しかしジャックがその”仇”であると言う点、そして”邪教の信徒”と言う言葉が一瞬彼を困惑させたのだ。
但し、それは身に覚えがないという理由からではない。
「はて、一体何の話だ?」
再び不敵な笑みを取り戻しながらジャックはとぼけた口調でそう言った。
すると男はクイと顎を上げ、ジャックの持つ剣を指し示す。
「しらばっくれるな、その剣が証拠だ。
人の魂を喰らい光を放つ魔剣。
そんな禍々しき剣を使う奴が貴様以外にいるか?」
そこまで言われてはジャックとしてもこれ以上白を切るわけにもいかなかった。
「ほう、この”魂喰”のことを知っているのか……ってことは、どうやら本当らしいな。
尤も、俺はお前等やお前等の主人とやらのことなんざこれっぽちも覚えちゃいないけどな。」
「何だと!?
貴様等のせいで主ベール伯爵が亡くなられたばかりか、お家までもが反逆者の汚名を着せられ滅ぼされてしまったのだぞ?
それを忘れたとでも言うつもりか!」
「だから、憶えてないんだよ。」
叫ぶような男の言葉に対し、そう答えるジャックの笑みが凶悪さを増す。
「まあ、国ひとつ丸ごと滅ぼしたと言うなら記憶にも残るかもしれんが、たかが田舎の貴族家ひとつふたつ潰した程度いちいち覚えているわけないだろうが。」
「貴様!」
ジャックの言葉に激昂した目の前の男が思わず切り掛かろうと剣に力を込めたその時、もうひとりの男が静かな、しかし有無を言わせぬ響きを持った声でそれを制止した。
「取り乱すな、クラース。落ち着け。」
その言葉に若い方の男、クラースは我に返る。
「申し訳ありません、イエルド隊長。」
どうやら年上の方はイエルドという名で、元は騎士団の小隊長だったようである。
(こっちは中々手強そうだな。)
内には怒りを秘めながらも冷静にこちらを観察し続けるイエルドをジャックはそう評価した。
そんなジャックに対し、イエルドはゆっくりと口を開く。
「今更昔話をしたところで仕方あるまい、起きた事それが全てだ。
なので、今の話をしよう。
お前達はここで何をしようとしている?この国を滅ぼそうとでも言うのか?」
そしてイエルドは衝撃的な言葉をジャックに向け叩きつけたのである。
「一体、何を企んでいるのだ、お前達”再創教団”は?」
イエルドが口にした名は暫しの間ジャックを沈黙させた。
と言っても驚きに言葉を失ったわけではない。ただ、少しだけうんざりしたのである。
「やれやれ、こんなところでまでその名を聞かされるハメになるとはな。
言っとくが、今の俺はプライベートな時間を楽しんでるだけだ。教団とは関係ない。
なのに、お前のせいで仕事のことを思い出しちまったじゃねえか。
全く、勘弁してほしいぜ。」
「プライベートを”楽しんで”いるだけだと?これだけ人を殺していながら?
一体、お前は何を言ってるのだ?」
「悪いか?
俺は人殺しが”趣味”なんだよ。」
これにはイエルドも呆気に取られたようで、今度は彼の方が沈黙してしまった。
「聞かれたことには答えた。だから、今度は俺が質問する番だ。
何故、こいつの正体に気付いた?
ここではまだ権能を発動させてないはずだがな?」
そう言ってジャックは己の剣”魂喰”をかざして見せる。
すると、憎々し気に顔をしかめながらクラースがそれに答えた。
「弟が報せてくれたのだ。
自らの命と引き換えにしてな。」
その言葉にジャックは今一度クラースの顔をじっくりと観察した。そして、理解する。
「……なる程、感応者か。」
この世界では極まれに魔力ゲートで繋がった状態の双子が生まれることがある。その子たちはゲートを通じ互いの感覚を共有することが可能で、人々から感応者と呼ばれていた。
要するにテレパシーが使える人間と思ってもらえば良い。
確かに、数時間前に町の路地裏で殺した男とクラースはよく似ていた。おそらく彼が双子の弟なのだろう。
「あの時、コイツが発動した瞬間を弟の目を通して見てたってことか。
それなら、俺達が奇襲を掛けることも当然予測出来るわな。」
彼等はジャック達の奇襲を予測していたようだが、感能者の力で襲撃の失敗を知り得ていたのだとすればそれも納得出来る。
「それにしても、あの男が感応の能力持ちだったとはね。
道理で弱っちい割には魂の光が強かったわけだ。」
どこか腑に落ちたと言う感じでそう呟くジャック。
それを聞いてクラースは激怒した。
弟の命を奪った上に彼を貶めるような言葉まで口にされたのだからそれも当然の反応であろう。
「……お前は私が必ず殺してやる。」
クラースの全身から凄まじい殺気が立ち昇る。
「そうだな、伯爵の仇と言うだけではない。この男、生かしておくには危険過ぎる。」
そしてイエルドもまた、鋭い目でジャックを見据えながらゆっくりと剣を抜いた。
すると、それを見たジャックの口元には禍々しい笑みが浮かぶ。
「長ったらしい話にはこっちもそろそろうんざりしてたんだ。
いいぜ、掛かって来な。精々俺を楽しませてくれよ。」
そう口にした瞬間、彼の身体からは激しく気が溢れ出した。
だが、それは闘気とは違った。
彼が発したもの、それは紛れもなく”神気”だったのである。