若き冒険者たちと”盗賊狩り”の名を持つ男
少し遅くなりましたが更新を再開します
イルムハートが龍の島へと向かってからもうすぐひと月が経とうとしていた。
その間、他のパーティー・メンバーはと言えばいくつかの依頼をこなしながら彼の帰りを待っていたのだった。
そんなある日の夕食後、皆で部屋に集まるとジェイクは目を輝かせながら口を開く。
「もうそろそろイルムハートも帰って来る頃だな。
それにしても、一体どこまで強くなって戻ってくるんだろうな、アイツは?」
「って言うか、天狼様に訓練を付けてもらってるなんて、ホント信じられないわよ。」
一方、それに応えるライラの場合はどちらかと言うと呆れ果てたような表情を浮かべていた。
「イルムハートがデタラメなのは解かってるし、いい加減驚かないつもりでいたけど、それでも毎回毎回予想の更に上を行くんだもの。
もう呆れて言葉も無いわ。」
「何せイルムハート君ですからね。僕はもうそれだけで全て納得出来るようになりましたよ。」
そんなケビンのまるで悟りを開いたかのような言葉にはジェイクとライラも「まあ、確かに」と思わず頷く。
そしてケビンは真顔になってこうも続けた。
「とは言え、それに感心したり呆れたりしてばかりもいられませんよ。
このままではイルムハート君との実力差は開いて行くばかりで、僕らはただのお荷物になってしまいます。
イルムハート君は決してそんな風に考えたりしないでしょうけれど、でもそれに甘えているわけにもいきません。
僕は足手纏いにだけはなりたくありませんからね。」
その言葉にはライラも難しい顔になる。彼女としても今まで口にこそしてこなかったが、イルムハートに置いて行かれてしまうようなそんな寂しさは感じていたのだ。
「それは解ってるわ。
アタシ達ももっと頑張らなきゃだよね。」
「そこは大丈夫だろ?
俺たちだってこのひと月、いろいろ依頼をこなしまくってきたわけだし、その分腕だって上がってると思うぞ?」
だが、そんな気持ちもジェイクには無縁のようである。
あまりにも呑気なジェイクの台詞にライラは大きくひとつ溜息をついた。
「ホント、アンタはお気楽でいいわよね。
まあ確かに、今ではアタシ達だけでもそこそこ依頼をこなせる自信はついたけど、結局は今までやって来たことを繰り返してるだけなのよ。
イルムハートに教えられたことをそのままなぞってるだけでしかないの。」
「それのどこが悪いんだ?」
「別に悪い訳じゃないの。それはそれで大事なことだと思うわ。
でも、それだけじゃ足りないんじゃないかって最近思うのよ。」
「そうですね、今までとはすこし違った環境、例えば他の冒険者と組んでその人から何かを学び取るとか、そう言うことも必要かもしれません。」
「でもよ、イルムハート以上に手本になりそうなヤツなんて早々いるかな?」
「確かに、ジェイク君の言う通りではあります。」
自分の言葉をあっさり論破され思わずケビンは苦笑する。
「でも、人それぞれに色々なやり方というものがありますから、それを参考にするのは決して無駄ではないと思いますよ?
それに、必ずしも優れた点だけを見れば良いと言うものでもないでしょう?
もし良くない部分があればそれを悪い手本として自分の考えや行動を見直してみれば良いんです。」
「なんかそれって、他人をダシにしてるみたいな感じじゃね?」
「人聞きの悪い言い方をしないでください。
互いに切磋琢磨すると言うことですよ。」
「まあ、物は言いようだけどな。」
ジェイクも口では勝てないと知っているのでそれ以上突っ込みはしない。どうせ倍返しをくらうのがオチだからだ。
「ってことは昼間の話、受けるつもりなのか?」
早々に話を切り替えジェイクが尋ねると、それを聞いたライラは露骨に顔をしかめる。
「ああ、あの話ねぇ……。」
どうにも気乗りしない様子でそう呟きながら、ライラは昼間あった出来事を思い出していた。
その日の昼、一行は依頼完了の報告をするためバンデルの冒険者ギルドを訪れた。
「ご苦労様でした、相変わらず早いですね。」
既にひと月近く滞在しているせいで顔見知りも増え、受付の担当者も気さくに話しかけてくれる。
「ええ、この魔獣は前にも討伐したことがあるので、あまり苦労はしなかったんです。」
それに笑顔で返すライラ。
イルムハート不在の現在、パーティーのリーダーはライラが務めていた。
能天気なジェイクではあまりにも心許ないしケビンの場合は危険な発言を連発する恐れもあるので、まあ当然の人選ではある。
そんなライラに面倒な手続きを丸投げし、残ったジェイクとケビンは次に受ける手頃な依頼を探し掲示板を眺めていた。
すると、ジェイクがとある依頼に目を止める。
「えーと、盗賊団討伐?
ずいぶんと珍しい依頼があるな。」
「本当ですね。
そう言う依頼もあるということは知っていましたが、実際に依頼書を見るのは初めてですよ。」
彼等が珍しがるのも無理はない。
通常、盗賊の討伐は国なり領主なりが行うべきものであって、冒険者ギルドへその仕事が回ってくることはまず無かった。
しかし何事にも例外はつきもので、行政府が手を出さない(出せない)ケースも実際にはある。
例えば、盗賊が国外に拠点を構えている場合だ。
被害を受けた国としても国境を越えられてしまえば自国の警察権の行使が出来ず、いくら賊の身元が判明していても手出しすることは難しくなってしまう。
勿論、国家間で協力し盗賊団を壊滅するよう動くこともあるのだが、これはあくまでも隣国との関係が良好な場合に限られた。
もし国境紛争などを抱えている国同士の場合はそう上手くも行かず、盗賊達はそこを利用するのである。
彼等は盗賊行為を行った後に隣国へと逃げ込み、そこでは一般人として大人しく暮らす。
そうするとその国の政府としては、わざわざ金と人手をかけてまで討伐する理由も必要性もなくなってしまうわけだ。それが敵国の利益のためとなれば尚更だろう。
結果、盗賊団はそのまま放置され、ほとぼりの醒めた頃を狙ってまた国境を越え略奪行使を繰り返すことになる。
そんな国同士の反目の割を食うのが庶民や行商人たちだ。
事実上、盗賊団が野放し状態となるわけで彼等にとってはたまったものではない。
そこで冒険者ギルドに助けを求めたケースがこの種の依頼となる訳である。
「何々、隣のブラースラで盗賊行為をした連中がこのサウワズに隠れてるからそれを討伐するって依頼か。
それくらいサウワズの政府に直接頼めばいいんじゃねえのか?」
「生憎とサウワズ王国とブラースラ公国は領海線での問題を抱えているらしいですからね。
ブラースラとしてはサウワズに頭を下げたくないし、サウワズとしてもブラースラのために汗をかくつもりは無いということなのでしょう。」
「でも、それじゃ普通に庶民が困るだろ?」
「それよりも国の面子が大事ということですよ。」
「ちっ、ホントくだらねえ。そんなつまんねえ面子なんか魔獣のエサにもならねえぞ。
こうなりゃ俺達で何とかしてやらないとな。」
ジェイクは心底憤りを感じながらそう言った。
何せ彼はヒーローに憧れ、それを本気で目指しているのだ。市井の人々がないがしろにされるのを見過ごす訳にはいかないのである。
ジェイクの性格を知っているケビンはそれを好ましいものだと思っていたが、それでもやはり茶々を入れるのは忘れなかった。
「ヒーロー願望ですか……そう言えばそんな設定もありましたね。
最近は色ボケキャラが定着していたのですっかり忘れてましたよ。」
「”設定”とか言うな!
あと、誰が色ボケキャラだ!?」
「だってこのところ女性絡みで失敗ばかりしているじゃないですか?
イルムハート君に嫉妬してみたり、ライラさんの入浴を覗いたり。
そんなことではいつまで経ってもライラさんのハートは掴めませんよ?」
「アレは覗こうって話をしただけで実際には覗いてないだろうが?
勝手に話を盛るんじゃねえよ。
それに、そもそも俺はライラのことなんかなぁ……。」
必死で反論を繰り広げるジェイク。するとその後ろから不意にライラの声が響いた。
「アタシが何だって?」
「い、いや、その、別に何でもないって。」
突き刺すような視線を受けしどろもどろになるジェイクを見て、ライラは思わず溜息をつく。
「どうせまたバカなこと口走ってたんでしょ?
アンタのおつむが軽いのは仕方ないにしても、こんなとこで恥晒すような真似だけはしないでよね。」
「……それって、ちょっと酷くないか?」
ライラの容赦無い言葉にジェイクはいちおう抗議の言葉を口にしたものの、逆に睨み返されてしまいしょんぼりと肩を落とす。
「で、何の話だったの?」
そんなジェイクのことなど完全に無視したまま、ライラはケビンに改めて問い掛けた。
「ええ、この盗賊団討伐の依頼について話していたんですよ。
例のジェイク君の悪い虫が騒ぎ出したみたいで依頼を受けると言い出しましてね。」
「でも、アタシの名前を呼んでたみたいだけど?」
「それは、ライラさんが反対するんじゃないかって話してたんです。」
打ちひしがれるジェイクの姿を見てさすがに哀れに思ったのか、ケビンはそう言って胡麻化した。
「まあ、確かにあまり乗り気はしないわね。」
盗賊団の討伐となれば当然ながら闘う相手は人間だし、状況によってはその命を奪うことも必要になるのだ。ライラが良い顔をしないのも無理はないことではあろう。
「でもよ、困っている人たちを見捨てるわけにもいかないだろ?」
しかし、そんなライラの言葉にジェイクは少し不満そうな顔をする。
普段は能天気にバカなことばかり口走っているジェイクだが、こう言った話には人が変わったように真面目になるのだ。
ライラとしてもそんなジェイクの気持ちを否定するつもりなど更々無く、そこが悩みどころだった。
「それはそうなんだけど……どうしたものかしら。」
すると、そんなライラ達に声を掛けて来る者がいた。
「よう、お前等。その依頼受けるつもりか?」
振り向くとそこには赤茶色の髪に鋭い目つきをした30過ぎくらいの男性が立っていた。
「だったら俺と一緒に受けないか?
そういつには人数縛りが付いていてな、ちょうど人手を探してたところなんだ。
なあ、いいだろ?俺と組めよ?」
男性はそう言いながらグイグイとライラに詰め寄った。
これにはさすがのライラも押され気味になる。
「えーと、まだ受けると決めた訳じゃ……。」
そう返しはしたものの、男性の勢いは止まらない。
「けど、依頼書を見てたってことはその気はあるってことだろ?
いいじゃねえか、俺と組もうぜ。」
「ちょっと待てよオッサン。」
掴み掛らんばかりにライラへと迫る男性。これにはジェイクも我慢出来ず慌てて割って入る。
「いきなりなんだよ?
てか、アンタ誰なんだ?」
その言葉に男性は鋭い目つきでジロリとジェイクを睨み付けた。
ジェイクの口調はかなりキツものだったのでライラは男性から怒りを買うのではないかと心配したのだが、どうやらそれは杞憂だったようである。
「こいつはすまなかった。
中々組んでくれそうな相手が見つからないもんで、つい強引になり過ぎた。許してくれ。
俺はジャック・サマーズ、Cランクの冒険者だ。」
だが、そう自己紹介した後にジャックは再び鋭い目つきに戻りジェイクを睨んだ。
「だがな、俺はまだ33だ。オッサンじゃねえ。
解かったか、小僧。」
だが、ジェイクも負けてはいない。
「俺だってもう16だ。ガキ扱いするな。」
「だったら俺のこともオッサン呼ばわりはやめろ。
俺のことは”お兄さん”と呼べ。」
「……いや、さすがにそれは無理あり過ぎだろ。」
「なんだとぉ?」
このままジャックとジェイクの不毛な言い争いが続くかと思われたその時、ケビンが2人を宥めるように口を開く。
「まあまあ、その話はここまでにしておきませんか?
サマーズさんも依頼について話をしたかったのでしょう?」
実のところ、ケビンとしてはこの2人の漫才を見続けていても構わなかったのだが、このままではライラの機嫌が悪くなりそうなので早々に危険を回避したのだった。
「おっと、そう言やそうだったな。
うっかり忘れるところだった。」
「なるほど、そう言うところは、確かに”大人”じゃないよな。」
「お前……結構いい性格してるな。」
ジャックとジェイク。
おそらくそれを聞けば本人たちは強く否定するだろうが、傍から見れば実に息の合った2人なのだった。
「ところでサマーズさん、どうしてアタシ達に声を掛けて来たんですか?」
一旦落ち着いたところで互いに自己紹介をした後、先ずはライラがそもそもの話を始める。
するとジャックは少しだけ顔をしかめ頭を掻きながらそれに答えた。
「俺はソロで各地を周ってるんだが、ここに盗賊討伐の依頼があると聞いてな。
それではるばるやって来たものの、こいつにはレベル制限の他に人数縛りまで掛かっていやがったんだ。
大丈夫だからひとりでやらせろと掛け合ってはみたが、どうしても人数を揃えなきゃ駄目なんだとよ。
で、仕方なく組んでくれそうなヤツを探していたら丁度お前等が依頼書を見ていたんでな、これはと思って声を掛けたのさ。」
「まさか、盗賊討伐の依頼を受けるためにわざわざ来たんですか?」
ジャックの言葉にライラは驚きとも呆れとも取れるような声を上げた。
何しろ、盗賊討伐の依頼は正直あまり人気が無いのである。
魔獣のように素材が取れるわけでもないし、盗賊の隠し持つお宝も返還義務があるため(と言う名目で)没収されてしまう。
そうなると僅かな依頼料と、運が良ければ貰えるかもしれない恩賞くらいしか手元には残らない。それでは命を掛ける代償として少々物足りなく感じても無理はないと言えた。
なのに、そんな不人気の依頼を受けるためわざわざやって来たと聞けば、それは驚き呆れるのも無理はない。
すると、それを聞いたケビンはふと以前に聞いた噂を思い出した。
「前に盗賊討伐を専門にこなす”盗賊狩り”の異名を持つ冒険者がいると聞いたことがあります。
もしかすると、それはサマーズさんのことなのですか?」
「そう言やそんな風に呼ぶヤツもいるらしい。
尤も、俺は自分からそう名乗ったことはないけどな。」
ジャック自身、そんな二つ名に興味はなさそうである。
が、それに強く反応する人間がひとりいた。
「”盗賊狩り”!?
なんだそれ、カッコイイじゃないか!」
言うまでもなく、ジェイクである。
「困ってる人のために盗賊を退治して回ってるなんて、アンタ意外に良いヤツなんだな!」
頬を紅潮させ憧れの目で見るジェイク。しかし、そんな彼の熱い思いもジャックにあっさりと否定されてしまう。
「はあ?何言ってんだ、お前?
他人のために命を張るような馬鹿な真似するわけねえだろ。」
「じゃあ、何んで盗賊の討伐をしてるんだ?」
「決まってるだろ、合法的に人を殺せるからさ。」
「えっ?」
ジャックの口を突いて出た言葉にジェイクは驚きで思わず固まってしまう。
彼だけではない。その後ろで話を聞いていたライラも戸惑いの表情を隠せずにいた。
「えーと、じゃあサマーズさんは人を殺したいから盗賊の討伐をやってるってこと?」
「まあ、そう言うことだ。なんせ盗賊討伐なら正々堂々遠慮無く人が殺せるからな。」
一切悪びれる様子も無くそう応えるジャックにライラは言葉を失う。
「なんだよ、アンタ殺人狂なのかよ?」
実にストレートなジェイクの質問だったが、それに対してもジャックは平然とした態度を崩すことはなかった。
「馬鹿言ってもらっちゃ困るな。
別に俺は辺り構わず人を殺して回ってるわけじゃないぞ。俺が殺すのは殺しても構わん連中だけだ。」
「でも、人を殺すのが好きなんだろ?」
「じゃあ聞くが、嫌だけど仕方なくなら人を殺しても良いのか?好きでやる訳じゃなけりゃ誰を殺そうと構わないってのか?
そうじゃねえだろ。
好きでやろうが嫌々やろうが、人殺しは人殺しだ。
問題は殺す相手が何者かってことじゃねえのか?
その辺歩いてるヤツを無差別に殺せばそりゃ殺人狂扱いされても仕方ないだろうが、俺が殺すのは手配されてる盗賊共だ。
それのどこが悪いってんだ?」
「それはそうなんだけど……。」
ジェイクは返す言葉に困る。
ジャックの言うことは決して間違っているわけではない、それは解かっていた。しかし、感情論としてどこか受け入れ難いものがあるのも確かなのだ。
それはライラも同じで、何か言い返したいのだがどうにも言葉が出て来ず顔をしかめるしかなかった。
だがそんな中、ケビンだけが何やら納得したように頷いている。
「成る程、確かに盗賊相手なら例え趣味で殺しを行ったとしても問題ありませんものね。
ありがとうございますサマーズさん。良いことを教えて頂きました。」
「……お、おう?」
「僕の場合は人を殺したいわけではありませんが、たまに新しく覚えた魔法を人に試してみたくなる時があるんですよ。
とは言え、普通はそんなこと出来ないんですけど、盗賊討伐の時ならそれも可能かもしれませんね。
肉体や精神が壊れる限界ギリギリのラインを試すにはもってこいだと言えます。」
喜々としてそう語るケビン。
これにはさすがのジャックもドン引きしてしまった。
「……おい、なんかお前等の仲間のほうが俺よりよっぽどヤバイんじゃねえか?」
勿論、ジェイクもライラもその言葉に異論を唱える気など毛頭無い。
「まあ、コイツも悪いヤツじゃないんだけど、時々ちょっと厄介な病気が発症するんだ。
聞き流してくれよ。」
結局、皆毒気を抜かれてしまい依頼の件は保留となった。
後日、改めて話をするということでとりあえずその日は散会となったのである。
この先、しばらくは主人公不在のままで話が進んで行くことになります。
物足りなさはあるかと思いますが、生温かい目で見守ってもらえるようお願いします。