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異形の竜と闘いの結末

 異形の姿と化した怨竜は宙に浮かんだままでイルムハートを見降ろしている。

 その姿は全長が長い分、一見細身の身体のようにも見えるが実際は龍族の胴回りと同じだけの太さがあった。つまり、それだけ巨大だと言うことだ。

 ただ、四肢に当たる部分に生えた翼はその身体に比べればさほど大きくも無い。”飛ぶ”ための翼ではないのでそれでも問題ないのだろう。

 尚、イルムハートに切り落とされたはずの左前腕部と思しき辺りも今はすっかり再生されていた。

 まあ、神獣も災獣もその本質は精神エネルギー体のようなものであって、肉体など魔力を物質化させ創り上げた仮初めのものでしかない。

 と言うことは、あくまでも理屈上ではあるが魔力の尽きない限りいくらでも再生出来ると言うことになる。

 全くもって理不尽な話で、そんな出鱈目な相手を”滅する”のはかなり骨の折れる作業になりそうだ。

 そう考え、イルムハートは少しだけうんざりする。

 だが以前ならともかく、今の自分であればそれも決して不可能なことではないはずだと、そうも感じていた。

 そのためにも、先ずは慎重に様子を伺う必要がある。

 おそらく変化した怨竜は今までとは異なる闘い方をしてくるに違いない。また、その発せられる膨大な神気の量からして当然攻撃の威力も上がるはずだ。

 そこを見極めないことには勝利など望めないだろう。

 イルムハートは用心深く怨竜の出方を見た。

 そして、それは怨竜も同じだった。

 決して油断していたわけではないものの、イルムハートの力を見誤ったせいで手酷い目に会わされたのだ。もう同じ轍を踏むつもりはなかった。

 互いに相手の出方を探り合いながら対峙する2人。

 やがて、最初に動いたのは怨竜の方だった。

 怨竜は上半身に生えた両翼を大きく広げ輝かせ始めた。すると、天空に力が集まってゆくのが感じられ、その直後光の”滝”として落ちて来る。

 それは光の矢による波状攻撃などとは比べ物ならない程の密度と範囲を持ってイルムハートを襲った。

 幅数十メートルとも思える光の洪水を前にしては咄嗟の退避も間に合わず、イルムハートはありとあらゆる防御系の魔法を総動員してそれに対処するしかなかった。

 その攻撃の持つエネルギーは圧倒的で、地表は見る見るうちに溶け出し溶岩と化していった。しかも、それに加えて凄まじいほどの重力がイルムハートの上にのしかかって来る。

 最早それは魔法がどうこうなどと言った次元を超える攻撃だった。その気になれば街ひとつくらいあっと言う間に消し去ることも容易だろう。

 しかも、これだけの力を行使していながらそれでも未だ完全復活していない状態だと言うのだからとんでもない相手だ。正真正銘、化け物である。

「全く、こんなのを相手にしなきゃならないんなんて、ホント勘弁してほしいよ。」

 ただ、化け物じみたレベルにあるのは今のイルムハートも同じだった。

 いろいろと愚痴めいた言葉を漏らしながら、それでもこの攻撃の中平然と耐えている。種々の魔法を組み合わせて構成された防御結界は怨竜の攻撃にすらビクともしていなかった。

 とは言え、守りに回っているばかりでは何も始まらない。攻撃を仕掛けない事には怨竜を倒すことなど出来ないのだ。

 だが、この状態では攻撃を仕掛けたところで辺りを包む光の洪水によりその威力を削がれてしまう可能性があった。

 先ずはここから抜け出すのが必要がある。

 そこでイルムハートは最初、転移魔法を使い脱出する方法を考えたのだが、しかしどうにもこの攻撃に付加された”重力”が気になった。

 光に重さは無いはずだ。

 これだけ破壊的な熱量を持っているからには純粋に”光”だけと言う訳でもないのだろうが、だとしてもこれ程の重さを持つとは考えられない。

 となると、別途重力操作系の魔法も並行して使われている可能性が高く、それが空間を操作する魔法に何らかの影響を及ぼしてしまう恐れもある。

 下手をすると何処とも知れぬ場所へ放り出されてしまうかもしれず、そんな事態だけは避けたかった。

 なので、ここは力業で行くことにした。

 イルムハートは土魔法を発動させる。

 すると、地面からいくつもの巨大な石柱が出現し、それは不規則な方向を向き重なり合いながら空を覆っていった。

 一見、何の法則性も無いランダムな形にも見えるが実は緻密な計算の上に造り出された物で、重なった石柱が屋根となり光の洪水を避けながら進むことの出来る細い道がそこに出来上がる。

 せっかく造り出した石柱もおそらくこの攻撃の前ではたいして長持ちしないだろうが、例え僅かな時間であってもイルムハートにとってはそれで十分だった。

 ”抜け道”が光の洪水の外まで貫通したのを確認したイルムハートは、熱操作の光魔法を使って地面の温度を下げながら一気にそこを走り抜けた。

 そしてイルムハートは自由になる。


『おのれ、小癪な真似を。』

 イルムハートにしてやられた怨竜は憎々しげに言葉を吐き、一旦攻撃を止めた。しかしそれで終わるはずも無く、すぐさま再び攻撃すべく天空に力を集め始める。

 だが、今のイルムハートに同じ攻撃が通用するはずもない。

 先ほどは不意を突かれたせいもあって回避し損ねはしたが、来ると分かってさえいればいくらでも対処は可能なのだ。

 魔法により極限まで強化されたイルムハートの肉体は人の常識を超える速さで動き、再度降り注ぐ光の”滝”を容易に回避した。

 怨竜の攻撃を躱したイルムハートは周りを回るように移動しながら光の剣を槍を持つ握りで持ち直す。

 すると、その構えに合わせるかのように光は神気を纏った槍へと形を変えた。

 これほどの攻撃力を持った怨竜なのだ、その防御力も同等に高いはずである。おそらく通常の攻撃ではまともにダメージを与えることなど出来ないだろう。

 しかし、神気での攻撃なら十分通用するに違いない。イルムハートはそう判断したのだ。

「と言うか、それすら効かないようならもう打つ手は無いんだけどね。」

 こんな状況にも拘わらず、どこか他人ごとのようにそう呟きながらイルムハートは光の槍を怨竜目がけて投げ付ける。

 そして、イルムハートの手を離れた光の槍は正に光のごとき速さで飛び怨竜を捉えた。

 一瞬、眩い光が怨竜を包む。

 だが、残念ながらその攻撃が怨竜に傷を与えることは無かった。

 ただ、それでも苦痛に顔を歪める怨竜を見る限り多少なりともダメージは通っている様子だ。

「まだ出力が足りなかったか。思った以上に頑丈みたいだな。」

 元より今の一撃で倒せるなどとは思っていなかった。どちらかと言えば効果を試してみたという側面がある。

 なので落胆こそしなかったものの、余程光の槍の出力を上げないことには攻撃が通りそうに無いことも解かりイルムハートは思わず顔をしかめた。

 一方の怨竜は真の姿になったにもかかわらず再びダメージを負わされたことに驚き、そして激怒する。

『卑小な人の子の分際で、よくもやってくれたな!』

 怨竜はそう叫びながらイルムハートへと激しい敵意を向ける。

 そして光の矢、空間を切り裂く斬撃、加えて何やら不気味な黒い球、それらを雨あられと浴びせかけて来た。

 光の矢も斬撃もかなり厄介な攻撃ではあったが、初めて見る黒い球はこれもまた同様にとんでもないものだった。

 黒い球が掠めた所は、岩も地面も大きく削られてゆく。しかも、溶けたとか砕かれたとかそう言った感じではなく、まるでプリンをスプーンですくった後の様にきれいに抉り取られてしまうのだ。

 その様子から見て、この黒い球はおそらく物体を空間ごと削り取ってしまう攻撃なのではないかと思われた。

 空間すら切り裂く攻撃を使うことから考えて、怨竜は空間に干渉する技を得意としているのだろう。

 相変わらずの理不尽さではあるものの、しかし慣れとは恐ろしいもので、そんな出鱈目な能力にすら今更驚く気にもならないイルムハートなのだった。

 だた、この飽和攻撃には正直かなり頭を悩まされた。

 勿論、全神経を集中させていれば決して避けられないわけではない。しかし、それだと攻撃へと意識を移すことが出来ないのだ。

 怨竜にダメージを通すためには先ほどよりもっと多くの神気を集める必要があるのだが、こうして逃げ回るだけではそれも難しい。

 どうやってその隙を作るか。

 イルムハートが必死に思案を巡らせていたその時、不意に大きな白い影が現れ怨竜へと襲いかかっていったのだった。


 突如現れた影の正体は白く輝く巨大なドラゴンだった。

 その白き龍は怨竜を突き飛ばすと、相手が怯んだ隙をついて首筋へと噛みつく。

 苦痛に満ちた怨竜の咆哮が辺りに響き渡り、同時にイルムハートへの攻撃も止んだ。

 それにより、反撃する絶好の機会が訪れる。

 だが、イルムハートに攻撃しようとする様子は見られなかった。それどころか、全く想定もしていなかった事態にただ呆然と立ち尽くすだけである。

(一体、何が起こってるんだ?)

 あの白い龍はどこから現れたのか?何故、怨竜と闘っているのか?

 頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、イルムハートは目の前で繰り広げられている”怪獣大戦争”を呆気に取られながら見つめていた。

 そして、はっと気づく。あれは神龍なのだと。

 怨竜に弾き飛ばされ倒れていたはずの神龍が何故あのような姿で復活出来たのかは解からない。だが、あれは紛れもなく神龍だ。

 イルムハートは直感でそう確信した。

 実を言うと、この時点では彼だけが気付いていないかったが、神龍の復活を手助けしたのは誰でもないイルムハート自身だった。

 神気を補給してもらうため天狼と魂を繋いでいたイルムハートは、それにより同じ神獣である神龍とも魂を繋げることが可能となっていたのだ。

 そして、イルムハートが無意識の内に繋げた魂の回廊は覚醒した彼の神気を神龍へと送り込み、一時的ではあるものの真の姿で復活する力を与えたのである。

(よく解らないけど、今がチャンスだ!)

 理由こそ不明ではあるが状況は理解した。ならば反撃あるのみ。

 イルムハートは神気を集め光の槍を作り上げる。

 燃料切れになっても構わない、出し惜しみは無しだ。今の自分のありったけをぶつけてやる。

 神龍が時間を稼いでくれている間、イルムハートはその意識の全てを光の槍を作る事だけに集中した。

 やがて、最初こそ不意を突かれ劣勢に陥っていた怨竜も少しずつ勢いを取り戻し始める。

 元々、不完全ではあるが既に覚醒している怨竜と一時的に力を得ただけの神龍とではその力の差は歴然だった。

 そして徐々に押され始めた神龍は、ついに怨竜の攻撃を受け地面へと倒れ込んでしまう。

 後は頼む。イルムハートには倒れ際に神龍がそう語り掛けて来たように思えた。

「任せろ!」

 既にこちらは準備万端である。

 イルムハートは大きくそう叫びながら手に持った光の槍を怨竜めがけて力いっぱい投げ付けた。

 光の槍が怨竜を捕らえると同時に、眩い光が世界を覆う。

 高熱も爆風も無い。ただ全てを浄化させるような光だけが全てを包み込んだ。

 やがてその光が収まった時……怨竜はそこにいた。

 イルムハートの攻撃により全身に傷を負い、2対4枚の翼もボロボロになってはいたが、それでも滅ぶことなくそこに存在していた。

 しかも、その目は狂乱にも近いほどの怒りで満たされ、今にも襲いかからんばかりの敵意を向けて来る。

 だが一方のイルムハートと言えば、大量の神気を一気に放出したせいで燃料切れを起こしその場に膝をつく有様だ。

 これで万事休す。

 この光景を見る者がいたとすれば皆がそう思ったかもしれない。

 しかし、イルムハートはそう思っていなかった。それどころか、その口元には笑みすら浮かべていた。

 何故なら、怨竜によって張り巡らされていた外界との繋がりを遮断する結界が消えてゆくのを感じたからだ。

 そもそも、自分の力程度で怨竜に止めをさせるなどとは端から思っていなかった。

 それでも燃料切れを起こす覚悟をしてまで全ての力を使い攻撃を行ったのは、一にも二にも怨竜の力を削ぐことこそが目的たっだのである。

 怨竜が弱体化すれば結界も消える。そうすれば、外の世界にいる天狼が必ず力を貸してくれるはずだ。

 イルムハートはそれを信じた。天狼を信頼する己自身を信じたのだ。

(よくやった、イルムハート。)

 頭の中に天狼の声が響き渡る。そんな気がした。

 と同時に膨大な力が、神気がイルムハートの中に流れ込んで来る。

 再び神気に満たされ力強く立ち上がるイルムハート。

 その姿を見た怨竜はようやくイルムハートの狙いを、そして自らの置かれた状況を理解した。

『おのれ!おのれ!おのれ!おのれ!』

 呪い殺さんばかりの表情を浮かべながら、まるで壊れたレコードのように怨竜は叫び続ける。

 だが、今の彼に出来ることはそれだけだった。

「これで終わりにしよう、怨竜。」

 そう呟きながら、イルムハートは三度光の槍を作り上げる。

 天狼の力をも借りたそれは先ほどのものよりも更に強大な神気を纏っていた。

『覚えておれ、人の子よ!

 次にまみえし時は必ずこの借りを返してくれるぞ!』

「その時まで、僕が長生きしていたらね。」

 捨て台詞のような怨竜の言葉にそう答えると、イルムハートは光の槍を投げ付けた。

 再び世界は眩い浄化の光に包まれる。

 そんな中、イルムハートは確かに怨竜の断末魔を聞いたようような気がした。

 そしてその後、怨竜の気配は完全に消滅したのである。

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