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神気覚醒と存在への疑問

 イルムハートを倒した後、続いて神龍を手に掛けるべく歩き出そうとした怨竜は、不意に湧き上がった神気に驚き思わず足を止めた。

 そして、その源へと目を向ける。

「何だと!?」

 驚きに目を見張る怨竜。

 何とそこには怨竜の攻撃により命絶えたはずのイルムハートが、凄まじい神気を放ちつつ立ち上がろうとしている姿があった。

 生きているだけでも有り得ないのに、その上先の闘いで失ったはずの右腕は元に戻り、胸に開いた大穴すらもすっかり塞がっていた。

 確かにここは精神世界であり、心の有りようによっては損傷した肉体を再生させることも不可能ではないのだろう。

 だが一旦は心も折れ、魂の光すら完全に失ってしまったはずのイルムハートが、しかも神気すら纏いながら復活したのだ。

 これは怨竜にとって全くの想定外の出来事だった。とりわけ、イルムハートが発する膨大な神気には思わず己の目を疑うほどである。

 まさか結界に綻びが生じ、天狼の力が流れ込んでしまったのか?

 そうも考えたが、どうやら違うようだ。確認してみたところ外界からの干渉を遮断する結界はまだ生きていた。

 となると考えられることはひとつ。

「これは本人が元々持っている神気だとでも言うのか?人族ごときがこれ程のものを?

 ……まさか、天狼ヤツはこの力の覚醒を見越していたからこそこの人族を送り込んで来たのか?」

 目の前の人族は単なる天狼の操り人形ととしてここへ送られて来たわけではなかった。元々、単独で闘えるだけの力があるからこそ選ばれたのだ。

 どうやらここへ来た時点ではまだ本人も己の力を自覚していなかったようだが、闘いの中で目覚めたに違いない。

 つまるところ、自分はこの人族を覚醒させるための手伝いをさせられてしまったわけだ。天狼の思惑通りに。

 怨竜はやっとその事に気付いた。

「おのれ、天狼め!」

 まんまとしてやられ、怨竜は歯噛みして悔しがる。

「だが、これ以上思うようにはさせん!」

 不本意ながら天狼に一杯食わされたことは認めざるを得ない。しかし、それも目の前の人族を倒し埋め合わせをすればいいだけのこと。

 いかに神気を纏おうと、所詮は人族。災獣たる自分に敵うわけが無い。最後に笑うのは誰か、それを天狼に思い知らせてやる。

 不敵な笑みを取り戻した怨竜の身体が再び光を帯び始めた。

 そして、その輝きは先ほどまでよりもさらに多くの光の矢へと変わる。

「二度と復活出来ないよう、魂の残滓すら残さず消し去ってやる!」

 そんな怨竜の言葉と共に、天を覆う程の無数の矢が光の筋を描きイルムハートへと襲いかかった。


 地面の上に横たわった状態で意識を取り戻したイルムハートは、何故自分が倒れているのかすぐには思い出せなかった。

 ただ何か悪い夢を見ていたような、そんな不快さだけが残っている。

 と言っても、それは心の奥底に僅かに漂っているだけであって、それ以外は気分も体調も決して悪くはない。むしろいつも以上に意識は澄み、身体には力がみなぎってさえいた。

 イルムハートは右手をついてゆっくりと身体を起こした。

 そして、そこでやっと思い出す。

 そう言えば、自分は怨竜と闘っていたはずだ。右腕はその時に消し飛ばされてしまったのではなかったか?と。

 次いで視線を降ろし自分の胸を見ると、そこに開いていたはずの大穴も綺麗に無くなっていた。

(……そうか、本当にやり直すチャンスをもらえたのか。)

 怨竜相手に無様な負けを晒しもうこれで終わってしまうのかとも思ったが、どうやら命運はまだ尽きていないらしい。

 それからイルムハートはどこまで身体の機能が回復しているか分からないため慎重に、しかし力強く立ち上がった。どうやら身体には問題無いようだ。

 そして、前方の怨竜を見据える。

 怨竜は明らかな驚愕の表情を浮かべていた。倒したと思った相手が無傷で復活したのだから驚くのも当然ではあろう。

 しかし、それも僅かな間でしかなかった。

 すぐさま意識を切り替えた怨竜は再び凄まじい程の神気を発し、それをイルムハートへと向けて来る。

 先ほどまでのイルムハートであれば、その神気を浴びた時点で早々に心も折れ闘う前から敗北していただろう。

 だが、今度は違った。

 勿論、厄介な相手だと言う警戒感はあっても以前のような恐怖までは感じない。今は身体の中から溢れ出して来る”力”がイルムハートの心を、そして自信を支えていた。

 再び怨竜の攻撃が始まってもそれは変わることが無い。

 先ほどよりも更に数多くの光の矢がイルムハートへ向け放たれるのを見ても、彼の心は冷静だった。

 イルムハートは両手の人差し指を突き出し、親指を立てる。所謂、指鉄砲の形だ。

 そして、それを襲い来る光の矢の洪水へ向けると指先から銃のごとく”光の弾”を発射した。

 正直、わざわざそんなポーズを取らずとも光弾の発射には全く問題無かったのだが、まあ言ってみれば雰囲気というヤツである。このほうが”それっぽい”のだ。

 イルムハートの放った光弾は無数の光の矢を次々と捉え打ち消してゆく。その連射速度は”鉄砲”と言うよりもまるで機関銃のようだった。

「ふん、生意気にもこれを防ぐか人の子め。」

 怨竜は忌々しそうにそう呟いたが、それでも特に慌てた様子は見えなかった。

 まあ、同じ様に神気を纏った者を相手にしているのだ。この程度の攻撃が通用しなかったとしてもそれはそれで想定の範囲内なのかもしれない。

「ならば、これではどうだ?」

 次いで怨竜は風を起こす。彼の身体を旋風が包み土埃が舞った。

 そして、そこから生み出された”風の刃”らしきものがイルムハートへと向けて放たれる。

 何故、今更風魔法のような誰もが使うありふれた攻撃手段を用いるのか?

 そんな疑問を抱きつつ、イルムハートは同じ風の魔法でそれを打ち消そうとした。

 しかし、そこで気付く。何かおかしいと。

 妙な胸騒ぎを感じたイルムハートは魔法による相殺を止め、攻撃を回避することを選んだ。

 風刃がイルムハートのすぐ脇を通り抜けてゆく。

 すると、その軌道を境界にして上と下の景色が僅かにズレて目に映る。

 決して錯覚などではない。一瞬ではあったが、ひとつの絵として並べてあった2枚の写真を少しだけずらしたような、そんな光景を確かに目にしたのだ。

(これは、空間そのものを切り裂いているのか?)

 とんでもない技だった。

 どんな防御も、この技の前では全くの無力と化してしまうのではないか?と、そんな気にさえさせた。

 何せ、怨竜の攻撃は空間と共にそこに存在している全てを切り裂くことが可能なのだから。

 それにしても、こんな凶悪な技をまるで風魔法でも放つかのようなふりをして使って来るとは怨竜も随分と姑息な真似をしてくれるものだ。

 もし、あのまま気付かずに魔法で相殺する手段を選択していたらとんでもない事になっていた可能性もある。

 まんまと騙されるところだった。今さらながらにイルムハートはヒヤリとする。

(けど、怨竜としてもそれだけ危機感を感じているということなのかもしれないな。)

 一見、イルムハートなど相手にもならないと見下した態度を取ってこそいるが、実のところ内心では手段を選んでいられない程に焦りを感じているのかもしれない。

 そしてそれが、このようにある意味上位者としてのプライドを捨てたトリッキーな戦法の選択と言う形で表れてしまったのだろう。

 イルムハートはそこに勝機を見い出す。

 ただ、問題となるのは怨竜の繰り出す技にどう対処するかだ。

 勿論、世の中には絶対に防御不可能な攻撃など存在しないはずではある。冷静に考えればそれが道理であることくらい解かる。

 とは言え今のイルムハートにはその方法が分からないし、分かったところで実行出来るだけの能力があるかどうかも不明だ。

 だが、防御は無理でも何とか無効化するための妙案ならあった。空間干渉には空間操作を、である。

 先ずイルムハートは”光の剣”を創り出した。

 これは今まで使って来た似非ビーム・ソードとは全くの別物で、ごちゃごちゃと細かい理論などはすっ飛ばし、単純に”光”が剣になったイメージを描き創り出したものだった。

 その光の剣をイルムハートはしっかりと握り締める。

 これは似非ビーム・ソードと異なり、剣自体が超高温の熱を発しているわけではない。刃が触れた瞬間に神気を放ち対象を破壊する剣なのだ。

 なので、素手で掴むことも可能なのである。

「そんなものまで使えるとはな。

 全くもって厄介なヤツだ。」

 それを見た怨竜は思わず眉をひそめた。

 神気を操り剣と化す。

 まだ覚醒したばかりだと言うのにも拘わらずそこまで神気を使いこなすイルムハートに、怨竜は相手への認識を改めざるを得なかった。やはり侮って良い相手ではなさそうだと。

 再び怨竜の周囲に風が舞う。

 但し、今回は風魔法を使ったと言った様子ではなく、空気がザワついているようなそんな感じだった。空間に干渉する技特有の現象なのかもしれない。

 空間を断ち切るあの技が来る。

 そう判断したイルムハートは怨竜の周囲を回るように走り出した。攻撃を回避しながら徐々に距離を詰めてゆく作戦だ。

 すると案の定、怨竜が放った例の技がイルムハートに襲いかかって来た。

 それは高速で迫り来るため、移動しながら視覚で捕らえるには少々厄介な斬撃だった。

 しかし、強力な神気を纏っているせいで今のイルムハートからしてみればむしろ容易に探知が可能であり、彼は確実にその斬撃を回避し少しずつ怨竜へと近付いて行く。

 ただ、距離が詰まると言うことは逆に回避するための時間的余裕が無くなってゆくということでもある。

 それを解っているのだろう。

 徐々に近付いて来るイルムハートを見ても怨竜には追い詰められているような感じは見られなかった。

 そして、両者の距離があと数歩と言うところまで縮まったその時、突如怨竜は攻撃のパターンを変えた。

 今まで一発ずつしか放って来なかった斬撃を一度に三つ、イルムハートの逃げ道を塞ぐ形で放って来たのである。

 おそらく最初からこれを狙っていたのだろう。イルムハートが近付いて来るのを簡単に許したのも、こうして逃げ場のない状況に追い詰めるための策だったに違いない。

 だが、それくらいはイルムハートも見抜いていた。

 むしろ、そんな怨竜の策を逆手に取り、敢えてこうして近付いて来たのだ。

 怨竜が”止め”の(つもりで)技を発したその時、イルムハートは2人の間に転移魔法のゲートを開いた。すると、斬撃は全てそのゲートの中に吸い込まれ何処とも知れぬ場所へと消えてゆく。

「な……。」

 ”何だと!?”。

 もしかしたら怨竜はそう叫ぼうとしたのかもしれない。

 しかし、それが言葉になることは無かった。

 何故なら、その前にイルムハートの光の剣が怨竜の身体を確実に捉えたからである。


「おのれ、人の子め!よくもこの俺をこんな目に!」

 怨竜は傷つき、膝を落としながらも怒りを込めた目でイルムハートを睨み付けた。

 イルムハートは正確に首を狙ったのだが、咄嗟に腕を出しそれを防いだことで怨竜はなんとか死を免れたのだ。

 しかし当然無傷で済むはずも無く、左腕は肘の辺りから切断された上に剣の軌道を変えきれなかったため左肩を深々と切り裂かれてしまっていた。

 一見、勝負は付いたようにも見える。

 だが、イルムハートはそうは思っていなかった。

 相手は(それが聖であれ邪であれ)神の創り給いし災獣なのだ。いくらまだ完全復活していないとは言え、この程度で倒せる相手であるはずはない。そう考えた。

 そして、どうやらそれは正しい推測だったようである。

 警戒するイルムハートの目の前で怨竜は突然爆発的とも言えるほどの輝きを発し始めた。それと共に凄まじい神気が彼の周囲を満たす。

 イルムハートは咄嗟に2度、3度と後ろへ飛び退り怨竜との距離を取った。

 怨竜の身体を包む光は辺りの景色を覆う程に広がりイルムハートの視界を奪う。

 やがてそれも収まり、再び姿を現した怨竜を見てイルムハートは思わず唖然とした。

「これが怨竜?」

 目の前のその姿は先ほどまでと似ても似つかぬ異形のものとなっていた。

 その名からしてこれもまた”竜”としての一形態なのだろうが、龍族のような所謂”西洋風ドラゴン”の姿ではなく蛇のような細長い胴体をしている。

 かと言って東洋風という訳でもない。顔は正に蛇そのもので頭には剣山のごとく無数の角のようなものが見える。

 またその黒みがかった身体に手足は無く、その代わり鳥のような羽毛で包まれた翼が上下に2対生えていた。

 それは確かに驚くべき変貌ではあったが、それよりもイルムハートを困惑させたのは「何故そんな姿に見えるのか?」ということだった。

 ここ神龍の精神世界では自身の思い描いたものが形となって表れる。イルムハートはそう理解していた。

 なのに、この怨竜の姿はどうだ?

 それはイルムハートが全く思い描いてもいなかった姿だったのだ。

 確かに、前世の記憶を辿ればどこかの古代文明にこんな神だか魔物だかの出て来る神話はあったような気もする。

 しかし、ここまで鮮明に覚えているわけでもないし、今の今まですっかり忘れてもいた。

 にも拘らず、神気を解放した怨竜に対してイルムハートは無意識にこの姿を思い浮かべたのだ。

 と言うことは、もしかするとこれが怨竜の真の姿であり、自分はそれを知っていたということにはならないか?

(これは一体どう言うことなんだ?)

 神気に目覚めたばかりでなく架空の存在だと思っていた怨竜の真の姿をすらも実は知っていた。

 そのことが「自分は一体何者なのか?」と言う疑問をイルムハートに抱かせる。

 異世界の日本と言う国で暮らしていた普通の人間が己の与り知らぬ事情によって命を落とし、その結果としてこの世界に再び生を受けた。

 今までは、ただそれだけのことだと思っていた。そんなありふれた異世界転生の物語でしかないのだと。

 しかし、それにしては色々と不思議なことが多すぎた。

 もしかすると偶然だと思っていたこの転生も実は必然であり、始めから何らかの理由があって自分はこの世界に生を受けたのではないか?

 そんな己の存在そのものに対する強烈な疑問がイルムハートの中に湧き上がって来る。

 とは言え、今はそのことを思い悩んでいる場合ではない。目の前の異形と化した怨竜を相手に闘わねばならないのだ。

(考えるのは後だ。今はこの闘いに集中しなくては。)

 イルムハートはそう意識を切り替え、今にも襲いかからんと敵意をむき出しにする怨竜に対し再び光の剣を構えるのだった。

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