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生まれた意味と力の目覚め

 深夜、バーハイム王国王都アルテナにあるアードレー屋敷。

 その一室でセシリアは眠りから目を覚ました。

 こんな真夜中に、何故彼女が屋敷にいるかについては少々説明が必要だろう。

 現在、イルムハートの長姉であり次期フォルタナ辺境伯でもあるマリアレーナが父ウイルバートの名代として王都を訪れていた。

 それに伴い屋敷ではマリアレーナ主催の夜会が取り行われ、セシリアとフランセスカも弟の婚約者としてそれに出席。

 で、そのまま屋敷に泊まる事となり、今に至る訳である。

(何だろう、とても嫌な夢を見たような……。)

 ベッドの上に身を起こしたセシリアは自分がひどく汗をかいていることに気付く。しかも、まだ何となく気分も重い。

 慣れぬ社交界のおかげで精神的に疲れてしまったせいだろうか?

 最初はセシリアもそう考えた。

 しかし、何かが違う。

 確かに最下級貴族、と言うかあくまで名目上の貴族でしかない騎士爵家の娘であるセシリアにとって、上級貴族の多く集まるパーティーなどあまり経験したことのないものだった。

 イルムハートの婚約者となってからは何度か一緒に出席することもあったが、そもそも夫となる人間が華やかな場所をあまり好まないせいもあり、適当な所でさっさと抜け出してしまうのが常だった。

 それが、頼りとなるイルムハートもおらず、しかも義姉主催の夜会となれば途中退席するわけにもいかないため、その精神的疲労はかなりのものであろう。

 だが今回の夜会は気疲れこそすれ、決して不快なものではなかったのだ。

 マリアレーナも周りの人々も、皆セシリアに優しく接してくれた。騎士爵の娘だからと言う理由で嫌な思いをさせられることもなかった。

 今夜の夜会は彼女なりに十分楽しめた集まりだったのだ。

 なので、多少疲れていたとしてもそれは心地よい疲れであるはずだった。

 それに今の彼女の場合、疲れと言うより病にでも罹ったかのような悪寒が身体を包み、少々頭も痛む。

 もしかしたら風邪でもひいたのだろうか?と、セシリアはそっと額に手を当ててみた。だが、汗はかいているもののどうやら熱は無さそうだ。

(やっぱり、今見た夢が原因なのかしら?

 確かに、何かひどく嫌な夢だったような気はするんだけど……。)

 そう考えると妙に気になって眼が冴えてしまい、再び横になる気分にもなれない。

 その後、眠るのを諦めたセシリアはベッドから抜け出し、夜風にでも当たって気持ちを静めようとガウンを羽織りテラスへと向かう。

 外へと続く窓を開けるセシリア。すると、隣室のテラスにも人の気配が感じられた。

「フランセスカさん?」

 そこには月明りに照らされたフランセスカの姿があった。

 彼女もセシリア同様、夜会に出席した後屋敷に宿泊することになったのである。

「貴女も眠れないのですか、セシリア?」

「と言うことは、もしかしてフランセスカさんもですか?」

「ええ、何故か目が冴えてしまってどうにも眠れないのです。」

 そんなフランセスカの言葉の後、2人の間には暫しの沈黙が流れた。

 やがて、テラスの手摺に手を掛け、月を見上げながらセシリアはゆっくりと口を開く。

「私、夢を見たんです。

 どんな夢かハッキリとは覚えていないんですけどとても嫌な夢だった、そんな気がします。」

 おそらくフランセスカも自分と同じような夢を見たのだろう。セシリアはそう直感した。

 だから気持ちを鎮めるためここにいるに違いないと。

 そして、そのことはセシリアの胸騒ぎをさらに強くさせた。

「これって、もしかしたら虫の知らせか何かなんでしょうかね?

 師匠の身に何かあったとか、そんな感じの……。」

 漠然とした思考をいざ言葉にしてみると、それは思っていた以上にセシリアの不安を掻き立てた。

 言いようの無い悪寒が全身を襲い、彼女はそれを堪えるかのように自分を抱きしめる。

 そんなセシリアの問い掛けに対し、フランセスカが直接答えを出すことは無かった。

 ただ同じように月を異上げ、静かな声で語り掛ける。

「旦那様は何か大きな使命を担ってこの世に生まれてこられた。ずっと旦那様を見続けて来て、私はそう思う様になりました。

 もしかするとこの先、旦那様には私達の想像を超えるような厳しい試練が待っているのかもしれません。

 でも、それでも旦那様ならそれを乗り越えることが出来るはずです。そして、笑顔で私達の元へ戻って来られると、私はそう信じています。

 今回も出発前に約束して下さったではないですか?

 必ず無事に戻って来ると。」

 その言葉にセシリアを覆う悪寒はゆっくりと薄れてゆく。

「そうですね、師匠が約束を破るはずありませんものね。」

 セシリアの顔に笑顔が戻る。

「それに、師匠が何か使命を持って生まれたという話もなんか解ります。

 そうとでも考えないと、あの理不尽な強さの説明がつきませんものね。

 あれで恩寵ギフトを授かってないって言うんですから、もう出鱈目ですよ。」

「ええ、理不尽なほどに強くて、しかも誠実で優しい。そして、口にした約束は決して違えない。

 それが私達の旦那様なのです。」

「加えて、信じられない程に鈍感な人でもありますけどね。」

「それもまた旦那様の魅力を引き立てる要素のひとつでしょう。

 あまり完璧過ぎても人として味気がありませんからね。」

「それもそうですね。

 まあ、その分私達が苦労することになりますけど。」

「確かに。」

 そう言って2人は笑う。

 気付くと先ほどまでの胸騒ぎはすっかり消えていた。

 これで心地よく眠ることが出来そうだ。

 セシリアはそう考えながら赤い月を見上げ、遠い地に居る恋しい人の姿を思い浮かべるのだった。


 何処とも知れぬ昏い空間にイルムハートは浮かんでいた。

 まるで水の中を漂っているような感覚だったが、浮上しているのか沈下しているのか、いやそれ以前にどちらが上でどちらが下なのかそれすらよく分からない。

(ここはどこだろう?

 僕は死んだのか?)

 ”死”は2度目だ。少なくとも記憶している分にはそのはずだった。

 だが、前回とは偉い違いである。

 前に死んだ時は神々の領域へと誘われた。転生するためにだ。

 しかし、残念ながら今回はそうはならないらしい。

 今も少しずつ意識が薄れ始めており、いずれこのまま魂も消滅してしまうのだろう。そんな気がした。

(結局、何も出来なかった……。)

 イルムハートは自分がこうなってしまった経緯を思い出し、ひとり後悔する。

 怨竜を倒せなどど言う無茶ぶりのせいで死を迎えることになってしまった訳だが、別に天狼を恨んではいなかった。

 それどころか、期待に応えられなかったことを申し訳なくすら思う。

 イルムハートがしくじったせいでもしかするとこの後、天狼の手により怨竜共々神龍まで滅せられてしまうかもしれない。そして、龍族の面々はその事に大いに嘆くことになるのだろう。

 それを思うと悔やんでも悔やみきれなかった。

(全ては僕の弱さのせいなんだ。)

 イルムハートが悔やむ”弱さ”とは何も力のことだけではない。むしろ、心の弱さこそを後悔していた。

 天狼は言った。精神世界では力以上に心の強さが大事だと。

 力は天狼が貸してくれる。後はそれを持って怨竜に立ち向かう心の強ささえあればこうも無様な結末を迎えずに済んだかもしれない。

 なのに、結局は強大な力を目の当たりにして心は折れ、成す術も無く敗れ去ってしまった。

 全く情けない。

 力で及ばないのは仕方ないだろう。相手が相手なのだ。

 だが、こうもあっさりと心まで屈してしまうとは、あまりにも弱すぎはしないか?

 イルムハートはそんな自分に腹が立った。天狼の言葉通り、もっと自分を信じるべきだったのだと後悔した。

 しかし、それも今さらではある。こうして死を迎えようとしている以上、最早やり直しなどきかないのだ。

(ごめん、みんな。)

 それは天狼や神龍に対してだけでなく、彼を待ってくれている全ての人々に対しての思いだった。

 両親や2人の姉、フォルタナの人々に冒険者ギルドの面々、それからリック・プレストンとその仲間達。

 そして今のイルムハートの大事な友人達であるジェイク、ライラ、ケビン。

 数多くの人々の姿が走馬灯のように浮かび上がって来る。

 別れを告げることも出来ずに消え去ってゆくことを申し訳なく思うイルムハート。

 そんな彼の前に最も未練の残る2人の女性が姿を現した。

 フランセスカとセシリアだ。

(無事帰るって約束したのに……守れなくてごめんよ。)

 イルムハートは悲しみのこもった声で謝罪した。

 すると、そんな彼の言葉を受け入れてくれたのか、2人は静かに微笑みながらイルムハートへと手を伸ばして来る。そして、何処かへと導くように彼の手を引いた。

 あの世まで道案内してくれるのか。

 一瞬そんな考えが彼の頭を過ぎったが、すぐさまそんなはずはないと気付く。

 何故なら、彼女達はまだ生きているからだ。

 あの世への道案内は死者が行うものであって命ある者の役目ではない。

 ならば、彼女達は一体何処へ自分を誘おうとしているか?

 そんな疑問を抱きながら導かれるままに進むイルムハートの前方に、やがてぽつんと小さな光が見え始めた。そしてそれは徐々に大きくなってゆく。

 その光は暖かく、イルムハートの意識に再び力を取り戻させた。

(これは……”神気”?)

 イルムハートはそう直感したのだが、しかし過去に感じて来たものとはどこか違った。

 どうやら魔力同様、神気にも個人差があることを今更ながらに悟ったイルムハートは、それが今まで出会ったどの”神気持ち”のものでもないことに気付く。

 最初、天狼との力の繋がりが回復したのかと考えたのだが、そうでもなさそうだ。それはハッキリと判った。

 と言うことは……。

(これが僕の”力”なのか?)

 やがて光は大きな球体となってイルムハートの眼前に現れた。そこでフランセスカとセシリアの幻影はゆっくりとイルムハートの手を放す。

 それは、もう一度やり直してしてこい。そう言うことなのだろうとイルムハートは感じた。

(そのチャンスをくれるんだね。)

 そんなイルムハートの問い掛けにフランセスカとセシリアの幻影は微笑みながら頷く。

(解かったよ、ありがとう。

 今度は失敗しない。

 必ず、無事に君達の下へ帰るよ!)

 力強くそう決意したイルムハートは2人に向かって微笑んだ。そして、光り輝くの球体の中へと自ら飛び込んで行ったのだった。


『どうかなさいましたか、天狼様?』

 怨竜を封じ込めた光のドームを見つめる天狼の表情が少し変わったことに気付き、龍族の長ズウォゼラは少し心配そうな声でそう尋ねた。

『怨竜の奴め、どうやら我の力を遮断する結界を張ったらしい。』

『何と、まさかそのようなことが!?』

 その答えに驚きと危機感を露にするズウォゼラだったが、当の天狼にはさほど慌てる様子も無い。

『そう心配するな、この程度の事は想定済だ。』

『ですが、お力を絶たれてしまえば中のイルムハート殿が危険になるのではありませんか?』

 イルムハートは天狼の力を借りて怨竜と闘う、そう言うことになっていたはずだ。

 なのに、その力の供給を絶たれてしまったのではたたの人族でしかないイルムハートに勝ち目など無いだろう。ズウォゼラはそう危惧したのだった。

 しかし、天狼は相変わらず落ち着いたままだ。

『問題無い。

 力ならイルムハートも持っておる。しかも、特別なものをな。』

『特別なもの、ですか?』

 天狼の言葉にズウォゼラは困惑する。

 イルムハートが神気らしき力を持っていることは彼もシュリドラから聞いて知ってはいた。

 但しそれは”天狼の加護”によるものだろうと、そう理解していたのだ。

 だが、どうやら違うらしい。

『神気持ちには2通りの有り様がある。

 ひとつはその者の魂に後から神気が付け加えられている場合。ひと言でいえば”仮初めの神気持ち”と言ったところか。

 そして、もうひとつが元々魂に神気が刻まれている場合だ。これは我等神獣や災獣と同様、神によって創り出された魂であることを意味する。』

『イルムハート殿はその後者だと?』

『そう言うことだ。』

 イルムハートの持つ神気が元々彼の魂に刻まれているものであると、初めて出会った時から天狼は気付いていた。だからこそ本人に嫌がられながらも”神の使徒”呼ばわりを続けていたのである。

 これが単なる”仮初めの神気持ち”程度であればそんな呼び方などしないし、そもそも興味すら持たなかったであろう。

 その時、天狼はイルムハートが何かを成すべくしてこの世界に生を受けたのだと理解した。そして、自分達の出会いが決して偶然などではないということも。

 おそらくはまだ未熟なイルムハートを見守り導くことが自分に与えられた役目なのだろう。そう覚ったのである。

 とは言え、それは最初から手取り足取り教えるものでもない。イルムハート自身が自ら進歩していかねばならないことなのだ。

 あの出会い以降、天狼は遠くからずっとイルムハートを見守り続けた。そして、今回の件が一段上へと上がるための試練の時だと判断したのだった。

『この世界、いつの時代にも”神気持ち”はある程度の数存在する。

 何故か今の時代にはその数が遥かに増えておるのだが、まあそれは良い。神々が何を考え、この世界をどうしようとしているのか、それついては我がどうこう言うべきものではないからな。

 ただ、気になるのは真たる神気を持つ者の存在だ。

 通常、この世界に存在するのは仮初めの神気しか持たぬ者達ばかりであり、その者達の存在が世界を動かすことはない。

 しかし、今は真の神気を持つ者が存在している。しかも、イルムハートの他にもな。

 この者達は世界に大きな変化をもたらす力を秘めているのだ。それが何人もいるとなれば只事とも思えん。

 これは今より数万年前、古代の文明が滅んだ時の状況に近い。いや、あの時よりもその数は多いのかもしれんな。』

『では、再びこの世界が滅びの危機に瀕することとなるのですか?』

 天狼の言葉にズウォゼラは思わず蒼褪める。

『そう慌てるな。何か起こるとしてもまだ大分先のことであろう。

 それに、我とて再び同じことを繰り返させるつもりなどない。』

 そのためにはイルムハートにより成長してもらう必要があるのだ。

 実のところ、今回の件がいささか危険な賭けであることも天狼は理解していた。下手を打てばイルムハートは心ばかりか、ひょっとしたら命まで失うことになるかもしれない。

 だが、これはいずれ乗り越えなければならない試練でもある。

 天狼はイルムハートなら出来ると確信していた。

 そして、それが間違いではなかったことを知る。

『目覚めたか。』

 光のドームの中に新たなる”力”が産まれつつあることを感じ、天狼は思わず笑みをこぼす。

 それからドームをじっと見つめ心の中でこう叫んだ。

(イルムハートよ、怨竜を倒し必ず無事に戻って来るのだぞ!)

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