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天狼と龍の島 Ⅱ

 祠の転移ゲートを通ると、そこもまた広大な空間になっていた。

 だが今度は洞窟ではなく、まるで神殿のような白い石造りの建物の中だった。

 祠の洞窟もかなり広かったが、こちらは更に広く天井も高い。

 どうやらここは転移ゲートを管理するターミナルのような場所らしく、今イルムハートが通って来たゲートと同じものが弧を描くようにしていくつも並んでいる。

 おそらくは各地にある”龍族の祠”と繋がっているのだろう。

 そして目の前には龍族が3体、イルムハートの到着を待ち構えていた。

『ようこそお越し下さった、イルムハート殿。』

 先頭の1体が頭の中にそう話し掛けて来る。シュリドラだった。

 ふと隣を見ると分身体の姿は無い。ゲートを越えた時点で魔法を解除したようである。

「ここが”龍の島”なのですか?」

 イルムハートは辺りを見回し、あまりにも人間的過ぎる建物を不思議に感じながらそう尋ねた。

 どう見ても龍族が自ら好んで建てるような代物とは思えなかったのだ。

 シュリドラもそのイルムハートの思いに気が付いたようで

『ああ、この建物のことですな。

 ここは古代文明人が造ったものなのです。

 大きさこそ我々龍族に合わせてはありますが、設計思想自体は古代人のものなのですよ。』

 と、そう教えてくれた。

 以前、転移の魔道具を作ったのは古代文明人なのだと言う話は聞かされていた。どうやら、その時一緒にこの建物も造られたらしい。

 イルムハートはその答えに納得しながらも、それはそれで別の疑問が浮かぶ。

 古代文明人は何故このような龍の島を中心とした転移ネットワークを作り上げたのだろうか?一体、この島に何があると言うのか?

 それをシュリドラに問い掛けてはみたのだが、ハッキリした答えは彼も知らないようだった。

『かつてこの島には神龍様の神殿があり各地から人が集まって来ていたからだと伝えられていますが、正直正確なところは分からないのです。

 何しろ数万年も前の話ですかならな。

 いくら我々が長寿であっても、さすがにその頃のことを知る者はおりませんので。』

 龍族の寿命は通常でおよそ1000年。

 その中でも特に長生きした古龍と呼ばれる個体ですら2000~3000歳といったところだ。

 もしこの建物の建造が数万年前だとすれば、当時の記憶が薄れてしまったとしてもそれは仕方無いことなのかもしれない。


「ところで、この2人のことは覚えていらっしゃいますかな?

 ガルガデフとビジャルーアでございます。」

 解らない事を悩んでも仕方ない。シュリドラは話を切り替え、後ろに立つ2体の龍族を示しそうイルムハートに尋ねて来た。

 ガルガデフとビジャルーアは”龍族の祠”で最初に遭遇した2体だった。

 その若さ故ということもあったのだろう。人族を見下すあまり端から高圧的態度で闘いを仕掛けて来た彼等は、結局イルムハートにあっさり返り討ちにされたのである。

 残念ながらイルムハートもまだ龍族の顔を見分けることは出来なかったが、それでもその魔力には微かに覚えがあった。

「ああ、あの時の……。」

 ふと見ると、あの時切り落としたはずのビジャルーアの腕は既に元通りに戻っていた。

 さすがは龍族、その再生能力は半端ないなと、イルムハートは呆れたような感心したようなそんな表情を浮かべる。

『その節は失礼致しました。数々のご無礼、改めて謝罪させて頂きます。』

 シュリドラに名を呼ばれたガルガデフとビジャルーアはどこか緊張した様子で深々と頭を下げた。

 最初に会った時とはえらい違いである。問答無用でいきなりブレスをぶちかましてきた相手と同一人(龍?)物とは思えないほどだ。

 まあ、それも当然と言えば当然。何せ目の前にいるのは、彼等の崇める神龍と同格の存在である天狼が直々に助力を請うたほどの相手なのだ。

 しかも、一度こっぴどくやられた経験もある。自然と腰も低くるなると言うものだろう。

「もう気にはしていませんから大丈夫ですよ。」

 そんな2人の様子を見たイルムハートは苦笑気味に声を掛けた後、少し複雑な表情を浮かべ話を続ける。

「それにあの件には裏があって、後日貴方がたの倒した男が実は転移魔道具の暴走を企んでいたのだと言うことが判りました。

 魔道具の魔力を逆流させることにより地脈の流れを乱すのが目的だったようです。

 もしそれが成功していれば今頃世界は大混乱となっていたかもしれません。

 つまり、あの男を倒した貴方がたは結果として世界を救ったわけです。

 なので、むしろそのことには感謝しているくらいですよ。」

 イルムハートの言葉にガルガデフとビジャルーア、そしてシュリドラまでもが驚きの表情を浮かべた。尤も、龍族の表情を読み取れるわけではないので、そう感じただけではあるが。

『なんと、そのようなことが……。

 これは魔道具の監視体制を見直す必要がありそうですな。』

「そうしてもらえると助かります。

 一旦は諦めたようですが、また同じことをしてくる可能性は十分あるでしょう。

 何せ相手は得体の知れない連中でして、いつどう動いて来るか判からず困っていたところなのです。」

 転送魔道具を暴走させようとした敵”再創教団”の動向は常に警戒しているものの、その実体が良く解らない相手であるためどう手を打って良いのか各国も頭を悩ませていたのだ。

 だが、転移魔道具の管理者である龍族が目を光らせていてくれれば、少なくともこの件については安心だろう。

 そう考え、イルムハートは安堵の息を吐いた。


『おっと、少し長話が過ぎたようです。そろそろ参るとしましょうか。

 あまり天狼様をお待たせするわけにもいきませんからな。』

 やがてシュリドラはそう言ってイルムハートを促した。

 そうだった。

 何も転送魔道具の件でこの島を訪れたわけではないのだ。

「それもそうですね。それでは行きましょうか。」

 シュリドラに導かれるようにしてイルムハートは歩き出した。その後をガルガデフとビジャルーアが追う。

 魔道具を管理するためだろうか?

 建物の中には他にも数体の龍族がおり、彼等は好奇の目をイルムハートへと向けて来た。

(まるで罪人が引き回されてるみたいだな。)

 その様子にイルムハートは内心で苦笑する。

 シュリドラ達は護衛のつもりで取り囲んでくれているのだろうが、何分にもイルムハートと彼等とではあまりにも見た目の迫力が違い過ぎた。

 そのため、確かにその光景はまるで卑小な人族が偉大な龍族に連行されているかのようにも見えるのだった。

 今いる建物は思っていた以上に巨大な物らしく、転移魔道具のある部屋を出ても暫くは大きな回廊が続く。

 そしてやっと出口らしき場所に辿り着くと、そこには淡い光を発する半透明の”幕”のようなものが下りていた。どうやら外の魔力嵐から建物を保護するための結界らしい。

 と言っても、古代文明人の技術によって建造されたこの建物が魔力嵐程度でどうにかなるとも思えないし、龍族にしたところで結界など無くとも平気で活動することは可能だろう。

 なので、おそらくこの結界はイルムハートを迎えるために張られたものではないかと考えられた。

『ここから先は魔力嵐の吹き荒れる場所となっております。

 十分注意されますように。』

 シュリドラに言われ防御魔法を展開させたイルムハートはゆっくりと結界の外へと出る。

 魔力”嵐”と言っても、そこには突風が吹き荒れているわけではない。風自体は穏やかだ。

 ただ、濃厚な魔力がイルムハートを包み込み、もはや攻撃魔法なのではないかと思える程に凝縮された魔力が時折体を打つ。

 そのあまりの魔力の濃さにイルムハートは最初眩暈のようなものを覚えたが、防御魔法の威力調整を行うと不快感は消えて無くなった。

 そんなイルムハートの様子を見たシュリドラは感心したように呟く。

『ほう、もう適応しましたか。さすがですな。』

 そこは、そのあまりにも濃過ぎる魔力のせいで魔法探知もほぼ不可能な状態ではあるものの、その中にただひとつ、強大な魔力がまるで灯台のように存在しているのだけはハッキリと判った。

「天狼は……向こうですね?」

『左様です。

 この先にはかつて神龍様の神殿があったとされる”聖なる丘”があります。

 天狼様はそこでイルムハート殿をお待ちで御座います。』

 ”聖なる丘”へと続く道は石畳のようにも見える綺麗に整備された広い道だった。

 だが、そこに敷き詰められているのはただの石ではあるまい。

 先ほどの建物もそうだったが、とても数万年前に造られたとは思えないほど状態が良いのだ。

 魔法による保存だけではなく、おそらくは材質自体が普通の物ではないのだろう。もしかすると、ある程度の自己修復能力を持った材質なのかもしれない。

 それは元の世界の科学技術をすら超えるものではあるが、そうとでも考えないととても現状の説明が付かないし、何より古代文明人ならその位の技術を持っていても不思議は無いように思えた。

 イルムハート達はその道を”聖なる丘”へと向かって歩く。

 道中には何も無い。道は立派なのだが、その両脇には何も無かった。ただの荒野である。

 まあ、ここは神聖な場所のようなので居住地からは離れた所にあるのだろう。そのせいなのか、他の龍族の姿を見かけることもなかった。

(いた、天狼だ。)

 やがて肉眼でも天狼の姿が見える様になってくる。

 だが、何故か中々そこへ辿り着かない。

(あれ?魔力嵐のせいで距離感がおかしくなってるのかな?)

 そんな違和感を感じながらもイルムハートは歩き続けた。

 そして、その原因を知る。

 目測を誤っていたわけではない。目標物が巨大化していたのだ。

 イルムハートの知る天狼は牛くらいの大きさの狼だったはずである。

 しかし、今彼の目の前にいるのは龍族の巨体すら超えるほどに大きくなった天狼だった。

 それを以前と同じ感覚で見ていたのだから距離感も狂うというものだろう。

 その姿に思わず唖然とするイルムハート。

『久しいな、イルムハート。

 少し見ぬ間に随分と大きくなったものだ。』

 そんな彼を見降ろしながら、天狼は再会を懐かしむかように声を掛けて来たのだった。


「少し見ぬ間にって……まあ、天狼からすれば10年なんてほんの一時でしかないのかもしれないけど。」

 やや呆れ顔で天狼を見上げながらイルムハートはそう応えた。

 確かに、この世の始まりから存在すると言われている神獣にとっては10年と言う月日など一瞬でしかないのかもしれない。

 だが、イルムハートを呆れさせたのはそこではなかった。

「それより、何だよその姿は?そっちこそ随分とデカくなってるじゃないか?

 何もそんなところで龍族と張り合わなくてもいいだろうに。」

 別に成長してこの姿になったと言う訳ではないことぐらいイルムハートも理解していた。

 天狼を初めとする神獣は本来物質的な”肉体”など持たない。

 その本質は精神エネルギー体とでも言うべきものであって、今見ているのは魔力を物質化させて創り上げた仮初めの姿でしかないのである。

 そのため、子犬のような姿であれ北欧神話に出て来る大狼のような姿であれ、どんな見た目だろうと別に驚くほどのことではないのだ。

 ただイルムハートが呆れたのは、天狼がこれ程の巨体になっているその理由が何となく想像出来たからである。

 以前のような大きさではどうしても龍族から見降ろされる形になってしまう。

 おそらく天狼はそれが気に喰わなかったに違いない。だから龍族をすら超える巨体に身体を造り変えたのだと、イルムハートはそう考えたのだ。

『ふん、別に張り合ってなどおらん。

 ただ、この姿の方が遠方まで見渡せるため敢えてしているだけだ。特に他意は無い。』

 イルムハートの言葉に天狼は少し不機嫌そうな声で答える。どうやら図星だったらしい。

(時々妙に子供っぽいプライドを見せるんだよな、天狼って。)

 思わず失笑してしまうイルムハート。それを見た天狼は気まずそうに顔をしかめた。

『全く、相変わらずだなお前は。』

「天狼もね。でも、また会えてうれしいよ。」

『うむ。我もだ。』

 2人は改めて再会を祝す。

 イルムハートと天狼が過ごしたのは一年にも満たない。しかも、せいぜいが月に3,4度会っていた程度である。

 だが、その僅かな期間の中で2人は魂を通わせるほどの仲となったのだった。それは、互いに持つ”神気”が引き寄せ合った結果なのかもしれない。

 尤も、イルムハート自身は自分が”神気”を持っているなどとは思ってもいないようではあるが。

「それにしても、よく僕がサウワズ王国にいるって判ったね?」

『その程度のこと造作も無い。

 ドラン大山脈で別れた後も、我はお前の魔力をずっと捉え続けておったのだからな。』

 そんな何気ないイルムハートの問い掛けに、天狼はとんでもないことをしれっと言ってのけた。

 まあ天狼の能力を持ってすれば、一度覚えた魔力なら世界の何処にいようとも探知することが出来るのだろう。全くもって出鱈目な能力ではあるが、それが”神獣”なのである。

(……なんかストーカーされてる気分だな。)

 ただ、それを聞いたイルムハートはちょっとだけ複雑な気分になったのだった。


「それで、僕を呼びだしたのにはアレが関係しているのかい?」

 話したいことはいろいろあるが、今は用件が先だろう。

 そう考えたイルムハートは丘の麓に見える虹色に光るドームのようなものを指さし天狼に尋ねた。

 それはここに着いてからずっと気になっていたものだった。そして、同時に嫌な予感を感じていたものでもある。

『ああ、そうだ。

 ところでイルムハートよ、お前は”災獣”という名を聞いたことはあるか?』

 すると、イルムハートの問いに答えながら天狼はそんな質問を投げかけて来た。

「災獣?

 ああ、確か邪神によって創り出された神獣の対となる存在のことだよね?

 尤も、伝説の中でもあまり語られることはないみたいだけど。」

 世界を暗黒に包む”暗黒王・怨竜”、大地を不浄に変える”不浄王・凶虎”、死者の魂を操る”死者王・黒鵺こくや”。

 一部の伝説においてこれらは神獣に対抗すべく邪神により生み出された存在として語られていた。

 とは言え、その名を正しく伝える文献は決して多くはない。その原因は至極単純で伝説においての彼等がただの”ヤラレ役”でしかなく、はっきり言って人気がないからだった。

 なので、ほとんどの物語においては単に”邪神の眷属”としか呼ばれていないのである。

『災獣の創造主は我等を創られし方と異なる神だと言うだけであって必ずしも邪神というわけではないのだが、まあこの世界の者からすればそう考えてしまうのも仕方あるまいな。』

「そんな言い方をすると言うことは、もしかすると災獣も本当に存在してたりするのかい?」

『実際、神獣の我がこうしてここにいるのだ。災獣が実在していたとしても不思議はあるまい。』

 確かに、天狼の言うことも尤もだ。

 だがそれは、イルムハートの抱く嫌な予感を更に強めてしまう。

「ひょっとして、あのドームの中には……。」

『ああ、我の力で怨竜を封じ込めてある。』

 やっぱりだった。

 天狼が何故自分を呼び出したのか、何となくその理由に見当が付きイルムハートは軽い眩暈を覚える。

 そして、大いなる不安を抱えつつもその予測が外れることを願いながらイルムハートはこう問い掛けた。

「えーと、僕に手伝えと言うのは……まさか、その怨竜を?」

『そうだ、お前に倒してもらいたい。』

 だが天狼はそんなイルムハートの一縷の望みなどあっさりと打ち砕くようにそう答えたのだった。

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