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天狼と龍の島 Ⅰ

 天狼。大地の守護者。

 天空の支配者・神龍、人界の庇護者・鳳凰と共にこの世界を守るため神より遣わされたとされる神獣の1体。

 その名は歴史書にも記されてはいるのだが何分と資料は古く、その姿を確認した者もいないため現在ではあくまで伝説上の存在として捉えられている。

 だが、神獣は実在していた。

 今から10年前、イルムハートがまだ6歳だった頃、彼はドラン大山脈の奥地で天狼と出会ったのだった。

 魔法により隠された神殿で眠りについていた天狼は、イルムハートの持つ”神気”を感じてその目を醒ましたのである。

 神獣はこの世界が闇に包まれし時、邪を打ち払うために目覚めるとされていた。

 そのため、この天狼の目覚めは厄災の前兆なのではないかと危惧したイルムハートだったが、実のところそんなことはなかった。

 よくよく話を聞いてみると、時折眠りから覚めては暇つぶしに世界を見て回っているとのこと。

 そして、伝説の存在として崇められているはずの神獣が実は妙に人間臭い一面を持っていることも判る。

 最初こそ天狼に対し畏れを抱いていたイルムハートだったが、一緒の時間を過ごすうちにいつしかその垣根も消えていった。

 こうして天狼とイルムハートは友となったのだった。


 天狼が龍の島でイルムハートを待っている。

 シュリドラの発したその言葉はイルムハートを大いに当惑させた。

「じゃあ、天狼は今龍の島にいるんですか?」

 正直に言って天狼は龍族のことをあまり好ましく思っていなかったはずだ。

 他種族を見下す思い上がった連中。そう言って毛嫌いしていたのだ。

 確かに”龍族の祠”で出会った者達の中には人族を虫けら呼ばわりする輩もおり、さすがのイルムハートもそれにはむかっ腹を抑えられない程だった。

 おそらく、シュリドラのような話の分かる龍族のほうが少ないのかもしれない。

 あれでは天狼が龍族を良く思わないのも頷けた。

 だからこそ、天狼が龍の島にいるという話はイルムハートを驚かせたのである。

「そうです。

 実を言いますと現在龍の島ではある問題が起きておりまして、天狼様にはその解決のためご助力頂いているところなのです。」

 成る程、理由は分った。

 いくら龍族のことを良く思っていないとは言え、困っているところを見捨てるほど嫌っているわけでもないということなのだろう。

 だが裏を返せばそれは今龍の島で起きている問題がそれだけ厄介なものなのだということでもある。

 そんなシュリドラの言葉にイルムハートは嫌な予感を覚えた。

「……で、その天狼が僕を呼んでいると?」

「はい、イルムハート殿の手をお借りしたいとのことです。」

 やっぱりか、とイルムハートは恨めし気にそう思う。

 10年ぶりに姿を現したかと思えば、いきなり厄介事に巻き込もうとしているのだ。文句のひとつも言いたくはなるだろう。

 だが、シュリドラにそれを言っても始まらない。

「今、龍の島で何が起こっているのかは知りませんが、そもそも僕なんかが役に立つとは思えないんですけど?」

「申し訳ありませんがこの場で詳しい事情を話す訳にもいかないのです。

 ですが、イルムハート殿ならきっと役に立ってくれると天狼様はそう申されておりました。」

 シュリドラはすまなそうにそう言った。

 余程込み入った事情があるのだろうし、それを皆の聞いている前で話す訳にはいかないと言うのも解かる。

 しかし、だからと言って状況も説明出来ない状態でただ手を貸せと言うのも無茶な話だった。

 まあ、天狼らしいと言えばらしいのかもしれない。おそらく断られる可能性など全く考えてもいないのだろう。

「これは……行くしかないかな。」

 半ば諦め気味にそう呟くと、イルムハート大きくひとつ溜息をついたのだった。


「ちょっと待ちなさいよ。」

 イルムハートとシュリドラの話が一区切りついたと見たのだろう。今まで黙ってそれを聞いていたライラが声を上げた。

「さっきから天狼天狼って言ってるけど、それってもしかして()()天狼様のこと?」

「多分、()()天狼で合ってると思うよ。」

 イルムハートの答えにライラは絶句する。

 それから、声のトーンを上げ矢継ぎ早に質問を投げ掛けて来た。

「と言うことは何?もしかしてアナタ、天狼様と知り合いなわけ?

 って言うか、天狼様ってホントにいたの?伝説の中だけの話じゃなかったってこと?」

 ライラが驚くのも尤もではある。

 今の世界の常識から見れば、神獣はあくまで伝説の中の存在でしかないのだ。

 それが実在し、しかも身近な人間と知り合いだったなど、驚くなと言うのが無理な話だろう。

 ライラだけではない。ジェイクも、そしてケビンですら唖然とした表情を浮かべていた。

「ああ、実在するよ。

 ドラン大山脈の岩壁に神殿みたいなものがあっただろ?

 実を言うとあれは天狼の神殿で、昔あそこで出会ったんだ。」

「それじゃあ、アタシ達は天狼様の神殿のすぐ側でバンバン魔法の訓練なんかしてたってこと?」

 それを聞いてライラの顔が蒼ざめる。神聖な寺院の境内でバカ騒ぎするようなものだ。バチが当たるのではないかと心配するのも解からないでもない。

「大丈夫だよ、僕なんか昔からあそこで魔法の練習してたし。

 それに、ずっと留守の状態だからね。別に気にする必要は無いと思うよ。」

「……そう言う問題じゃないでしょうが。」

 平気な顔でそう言い切るイルムハートをライラは呆れた目で見つめた。

「まあ、とりあえずそれは置いておくとして、何で今まで天狼様のことを話してくれなかったのよ?

 軽はずみに話していいような事じゃないのは解るけど、何もアタシ達にまで内緒にすることはないでしょ?」

 尤もな言い分ではある。

 そんな大事な事を黙っていたのだ。不満に思うのも当然だろう。

「別に隠していたわけじゃないよ。

 ただ、あの頃はそんな話をしても多分信じてもらえないだろうと思ったんだ。

 神獣が実在するなんて、あまりにも突拍子の無い話だからね。」

「それはそうかもしれないけど……。」

 確かにドラン大山脈へ行き始めた頃は、イルムハートのことを”常識外れ”だと解ってはいてもまさかここまでデタラメな人間だとは思ってもいなかったのだ。

 なので、あの時天狼の話をされても冗談だろうと笑い飛ばしていた可能性はある。

「でも、それから随分経っているわけだし、その間に話してくれても良かったんじゃない?」

「それは何というか、その……。」

 ライラの言葉にイルムハートは少し気まずそうに言い淀む。

「何よ?ハッキリ言いなさい。」

「忘れてた。」

「はぁ?」

「天狼のことはすっかり忘れてたんだ。

 時々思い出すこともあったけど、話すきっかけが無いうちに結局また忘れちゃうんだよね。

 そのうち、それはそれでまあいいかなと言う感じになって……。」

「”まあいいかな”ってアナタねぇ……そもそも、これだけのことを簡単に忘れちゃうなんて、一体どういう神経してるのよ?」

 ライラはため息をつきながら首を振った。

 その育ちのせいなのか或いはあくまで個人の問題なのか、どうもイルムハートの感性には世間一般から大きくかけ離れた部分がある。

 ライラもそれは承知しているつもりだったが、改めてそれを思い知らされたのだった。

 すると、そんな2人やり取りを見てジェイクが笑いながら口を開く。

「イルムハートもしっかりしているようで案外ヌケたところがあるからな。そのくらいで許してやれよ。」

 ジェイクにだけは言われたくないところだが、今回ばかりはイルムハートも返す言葉が無い。

 どこか勝ち誇ったような顔をするジェイクをイルムハートはただ恨めしそうに見つめることしか出来なかったのである。


「それはそれとして、結局イルムハート君は龍の島へ行くことにしたんですか?」

 そんなケビンの言葉がライラの追求からイルムハートを救ってくれた。

 しかしそれは、別に救いの手を差し伸べるのが目的と言う訳でもなかった。

「と言うことは、僕達も龍の島へ行くことになるわけですよね?」

 ケビンはそれを確認したかっただけなのだ。

「確かに、そう言うことになるわね。」

「龍の島か。何かワクワクするな。」

 どうやら、皆行く気満々のようである。

 他種族の立ち入りを拒む龍の島は皆にとって魔族大陸や獣人族大陸以上に未知の場所だった。彼等だけではない。人族全てにとってそうだと言えた。

 そこへ行けるかもしれない。そんな思いが彼等を高揚させていたのだ。

 当然、危険もあるはずだ。だが、それに対する不安よりも未知への興味が先に立つ辺りは正に”冒険者”と言ったところだろうか。

 まあ、一般人からしたら単にイカれているだけにしか見えないのかもしれないが。

 しかし、そんな彼等の期待もシュリドラの言葉により冷や水を浴びせられてしまう。

「残念ながら、それは難しいでしょうな。

 勿論、イルムハート殿のお仲間であれば島へ招くのもやぶさかではありませんが、今は無理かと。

 何せ、現在島では魔力の濃度が急激に上昇してしまったため、それによる魔力嵐が吹き荒れている状態なのです。

 人族が訪れるにはいささか危険過ぎる環境と言えるでしょう。」

「えーと、僕もいちおう人族なんですけど?」

「イルムハート殿なら大丈夫だと天狼様がおっしゃっておりました。『この程度のことで死ぬようなヤツではない』と。」

 随分と勝手な事を言ってくれる。もし万が一のことがあったらどうしてくれるんだ?

 心の中でそう天狼への恨み言を呟くイルムハート。

 すると、そんなやり取りを聞いていた3人はあっさりと掌を返す。

「なら仕方ないわね。今回は諦めるわ。」

「そうだな。龍の島はまたの次の機会にってことで。」

「僕達はここで依頼でもこなしながら待っていますので、どうぞイルムハート君は遠慮なく言ってきて来て下さい。」

 いつもならここで思い切りゴネるはずなのだが、今回は簡単に引き下がった。皆、危機察知能力には長けており、シュリドラの言葉に危険な匂いを感じたのである。

 あっさり見捨てられた形のイルムハートではあるものの、さすがにこの状況で無理強いをするつもりはないし、むしろ諦めてくれたことにほっとしていた。

 問題なのは魔力嵐だけではない。おそらくはその元凶となっているもっと厄介な”何か”があるはずなのだ。

 そんな場所へ皆を連れて行くわけにはいかないだろう。

 なら、イルムハート自身の身はどうなのかと言えば、そこは天狼の言葉を信じるだけだ。

 無茶は言うが嘘はつかない。それは確かなのである。


「それで、いつ行きますか?」

 龍の島へ行く覚悟を決めたイルムハートはシュリドラにそう尋ねた。

 すると

「出来る事なら今すぐにでも。」

 と答えが返って来る。

 まあ、想定内の返事ではあった。のんびりしている場合ではないはずなのだから。

「島までは転移魔法で?」

「いえ、さずがにこの分身体ではそれだけの力が出せませんので、祠のゲートを使います。」

「まさか、この近くにも”龍族の祠”があるのですか?」

 以前バーハイムで見た”龍族の祠”には島へと繋がる転移の魔道具が設置されていた。どうやらそれと同じ物がこの近くにもあるらしい。

「はい、この沖合の海底に。

 私もそこを通って来たのです。」

「海底にですか……。」

 それなら誰かに発見され悪用される心配もないだろう。しかし、そこまで潜って行かねばならないと言うのも結構骨が折れそうである。

 そんなイルムハートの不安を感じ取ったのだろう。シュリドラは笑いながら言った。

「大丈夫、祠までの転移程度であればこの身体でも十分可能ですのでご心配は無用です。」

 それなら問題なさそうだ。

 イルムハートは無言で頷いた後、今度は仲間達に向かって話し掛ける。

「と言うことで、僕はこれから龍の島へ行ってこようと思う。悪いけど皆はこの街で待っていてもらえるかな。

 出来るだけ早く帰って来るつもりだけど、もし長引きそうならその時は一度戻って来るか、或いは龍族に頼んで連絡してもらうようにするよ。」

 そう言いながらシュリドラに目をやると、彼は了解したと言う感じで頷いてくれた。

「解ったわ。

 アナタのことだから大丈夫だとは思うけど、十分に気を付けてね。」

「こっちのことは心配するな。俺に任せておけば問題ない。」

「それだと、余計心配になるだけだと思いますけどね。

 まあ、ジェイク君のことはライラさんが目を光らせてくれますから、イルムハート君は安心して行って来てください。」

 この3人なら大丈夫だろう。既に一人前の冒険者として十分に通用する。

 イルムハートもそのことは微塵も疑っていなかった。

「それじゃあ、行ってくる。」

 イルムハートはもう一度頷いた後にそう言って皆に笑い掛ける。

 そして、シュリドラの作り出した転移ゲートへと姿を消したのだった。


 イルムハート達が転移したのは大きな洞窟の中だった。

 そこには前にも一度見た事のある巨大な光の柱が立っている。魔道具により作り出された転移ゲートだ。

 どうやら一気にゲートのある場所まで転移したらしい。

 シュリドラの話によると、何でもここは元々海に浮かぶ小島の上に建っていた祠らしかった。

 それが、4000年程前に起きた”大災厄”の際の地殻変動で島ごと海に沈んでしまったとのこと。

 なので、この洞窟だけは魔法による結界で何とか空気の有る空間を保ってはいるものの、外へと続く大扉の向こうは既に海水でいっぱいらしい。

 それを聞いたイルムハートはふと疑問を抱く。

「つかぬことを聞きますが、ここからどうやってバンデルの街まで?

 特に出入り口のようなものは見当たらないようですし、そもそもこの外はもう海なんですよね?」

 そう不思議に思うイルムハートだったが、シュリドラの答えは単純明快だった。

「勿論、転移魔法で、です。

 抜け道から出て泳いで行く事も可能ではありますが、それでは手間が掛かるだけで時間の無駄ですのでね。」

「では、シュリドラさんは前にもバンデルを訪れたことがあるんですか?」

 通常、ゲートで転移出来るのは術者が以前訪れたことのある場所に限定されていた。正確なところは分からないが、おそらくその場所の”座標”を記憶する必要があるためだろうと言われている。

 なのでイルムハートもそう考えたのだが、どうも違うらしい。

「いえ、あの街を訪れたのは今回が初めてです。」

「そうなんですか?では、何故ゲートを開くことが出来たんです?」

「他の者が以前訪れていたのですよ。

 で、その者から”座標”の記憶をもらいました。」

 どうやら本人が行ったことのない場所でも、他の者の記憶を共有することにより転移ゲートが開けるらしい。

(もう何でもありだな、龍族は。)

 人族の常識からすればあまりにも出鱈目な龍族の能力には、さすがのイルムハートも呆れてしまった。

 だが、そこでただ呆れるだけでは済まないのがイルムハートである。

「それって、僕にも出来ますか?」

「さすがにそれは難しいかと。

 龍族は体内に”龍核”というものを持っており、それこそが我等の本質と言っても過言ではありません。

 例え五体を切り刻まれようと復活出来るのも”龍核”があればこそなのですよ。

 そして、”座標”のように言葉として表せない記憶を伝える際もその”龍核”を通じて行うのです。」

「じゃあ、”龍核”を持たない人族にはそもそも無理な話というわけですか……。」

「そうなりますな。」

 本気でしょげ返るイルムハート。それを見てシュリドラも思わず苦笑いを浮かべてしまう。

「ですが、人族の場合は誰憚ることなく世界を巡る事が出来るのです。我等のように周りから恐れられることもなしにね。

 そうやって記憶を増やしてゆけると言うのは、ある意味羨ましくも思いますよ。」

 それは慰めとしての言葉なのだろうが、ある程度は本音も混じっているのかもしれない。

 今の世の中、もし龍族が姿を現わせば即座に軍隊が派遣されてしまうほど彼等は危険な存在とされてしまっているのだ。

 まあ、他種族との交流を拒み孤高の存在となる道を選んだのは彼等自身なのでそこは自業自得と言えなくもないが、それでも敵視されて嬉しいわけは無いだろう。

 いずれ昔の様にあらゆる種族がひとつになって暮らせるような、そんな世界になってもらいたいものだとイルムハートは思う。

「さて、そろそろ参りましょうか。」

 そんなイルムハートの気持ちを察したのだろうか。シュリドラは優しい笑みを浮かべながらそう言った。

 そして、その言葉に促されるようにイルムハートは魔道具の作り出した転移ゲートへと身を投じた。

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