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造反の騎士と”眠り姫” Ⅰ

 一夜明けた朝、騎士団に護られたフリオがサリムの町を出発する……予定だったのだが、そこで思わぬ問題が発生した。

 イルムハート達とここで別れるのは嫌だとフリオが駄々をこね始めたのである。

 これには騎士団を率いるビセンテ・ラームも頭を悩ませた。

 とは言え、冒険者を警護役として加える訳にもいかない。それでは騎士団の面目が立たないのだ。そのためフリオには申し訳ないがこのまま出発すると言う判断をビセンテは下す。

 だが、そこにレンゾが待ったを掛けた。

 勿論、レンゾも騎士団の一員である以上、団の面目は保たねばならないと解かってはいた。

 しかし、ここでフリオの気持ちを無視し出発してしまえば、彼の大人への不信感を一層深刻なものにしてしまうだろう。それは上手くない。

 そこでレンゾはイルムハート達にフリオを説得してくれるよう頼みこんだ。彼等の、特にライラの言うことならばフリオも素直に聞いてくれるだろうと考えたのだった。

 すると、そんなレンゾにイルムハートは意外な提案をする。

 ライラだけを連れて行くとういのはどうか?と言って来たのだ。

 騎士団としての面目があることも理解出来るし、また話し相手を失うフリオが寂しがるのも解かる。

 ならばベラールまでの道のり、ライラを護衛ではなく従者として連れて行けば良い。どの道ベラールには行ってみたいと思っていたので、自分達は後から追いかけることにする。

 レンゾに対しイルムハートはそう言った。

 成る程、とレンゾは思う。

 それなら団の面目も保てるしフリオの機嫌も直るだろう。

 レンゾは早速その件をビセンテに打診した。

 多少抵抗はあったようだが結局はそれが最善だろうと判断され、ライラの同行は受け入れられることになったのだった。


 サリムを出発しそろそろ昼も近くなってきた頃、フリオを護る騎士団の中から街道の前方と後方へそれぞれ馬を走らせて行く者がいた。

「彼等は何を?」

 それを不思議に思ったレンゾが隣を行く同輩に尋ねると、後ろからビセンテが声を掛けて来る。

「昼時なのでそろそろ休憩にしようと思ってな。

 その際、敵に不意を突かれぬよう彼等には辺りに不審者がいないか調べに行ってもらったのだ。」

「そうなのですか。」

 さすがは副団長、抜かりが無い。そう感心するレンゾ。

 やがて警戒に出ていた団員達が戻って来る。

 が、不思議な事に前方を見回って来た団員とは軽く頷いただけでビセンテも特に何も聞こうとはしなかったのだが、後方へと向かった団員とは妙に詳しく確認し始めた。

「問題無かったのだな?」

「はい、後方には老人と女の乗った荷馬車のみで、他に人の姿はありませんでした。」

「”女”か……間違い無いな?」

「はい、間違いありません。」

 そんな奇妙な会話を交わすとビセンテは満足そうな表情を浮かべ

「この先の林の中で休憩を取る。各自、交替で休むように。」

 そう全員に向け声を掛けた。

(林の中?)

 これにはレンゾも少し違和感を感じた。

 林の中では敵もそうだが、こちらからも見通しは決して良くない。そんな所を休憩場所にするのは少しおかしくはないか?そう疑問に思ったのである。

 とは言え、レンゾが口出しすることでも無い。その位ビセンテも良く分かっているはずだ。

 見張りを立てれば良いことだし、もしかするとそこは敵に襲われても迎え撃つことの出来る何か有利な条件を持つ地形なのかもしれない。

 そう考えレンゾは自分を納得させた。

 が、それは間違いだった。あくまでも己の直感を信じるべきだったのである。

 程なくしてレンゾそれを思い知ることになった。


 一行は林の奥へと分け入り、そこで馬を降りる。

 同時に、御者を務める男が馬車に繋がれた馬まで切り離し始めた。

 すると、何故そんな真似を?とレンゾが疑問を感じる暇もなく全員が剣を抜き馬車を取り囲み始める。

「何をする!?」

 レンゾはそう叫びながら近寄ろうとした。が、その前を立ち塞ぐようにして3人の同輩が彼に剣を突きつけて来る。

「お前達、何のつもりだ?」

 レンゾは怒りと当惑の入り混じった目で同輩達を睨み付けた後、少し離れた場所に立つビセンテを見た。

 そして全てを知る。

 こんな状況でありながら、ビセンテは薄ら笑いを浮かべていたのだ。

「副団長、まさか貴方は……。」

「お前の想像通りだ。我々はフリオ様のお命をもらい受けるためにここへ来たのだよ。」

「コゼリン子爵に魂を売ったと言うのですか!?

 ニーゼックの騎士としての誇りはどこへやったんです!?」

 そうビセンテを糾弾するレンゾ。しかし、ビセンテは全く動じなかった。

 それどころかレンゾを哀れむような顔すらして見せる。

「ニーゼックの騎士だからだよ。

 権力の全てを子爵に握られているニーゼック伯爵など所詮は名ばかりの飾り物領主。

 そんな主人に従っていたところでどうなると言うのだ?

 俺は団長のように古臭い騎士道に従ってこのまま朽ちてゆくなどまっぴらだ。

 ここにいる連中も皆そうなのさ。」

「己の栄達のためフリオ様に剣を向けると言うのか?」

「それもこれも、みな伯爵が悪いんだよ。

 飾り物なら飾り物らしく黙って言う通りにしていれば良いものを何を血迷ったか平民との間に子供を作り、しかもその子を次期伯爵にするなどと呆れた事を言い出す。

 変に意地など張らずさっさと廃嫡しておけば命まで取られることはなかっただろうに、この子も不憫なものさ。

 まあ、結局は産まれて来たこと自体が間違いだったってことなんだろうな。」

「ラーム!貴様!」

 レンゾは怒りの声を上げビセンテに掴みかかろうと動いたが、その前に取り押さえられてしまい地面へと倒される。

「ファーゴ、お前も利口になれ。今ならまだ間に合う、我々と手を組め。」

「誰がお前達のような恥知らずと!」

 レンゾの拒絶の言葉にビセンテは「そうか」とだけ言って軽く肩をすくめた。そして、馬車を囲む者達に目で合図をする。

 すると、それを受けた団員のひとりが馬車に近付き扉へと手を掛けた。

「やめろ!」

 レンゾの叫びも虚しく、その者は剣を構え扉を開ける。

「ぐわっ!」

 が、次の瞬間、彼は飛び出して来たライラに思い切り顔面を強打され地面へ転がるはめとなった。

「全く、大人しく聞いてれば好き勝手なこと言ってくれるじゃないの。

 伯爵の間違いはね、フリオ様に家督あとを譲ろうとしたことなんかじゃないわ。

 本当に悔いるべきはアンタ達みたいなクズを騎士として雇い入れてしまったことよ。」

 そう言ってライラは馬車の中で装着した両腕のガントレットの拳をガンガンと打ち合わせて見せた。

「ふん、冒険者風情が。」

 しかし、ビセンテの表情に焦りの色は無かった。ライラの抵抗はある程度予想済みだったのだ。

「お前ひとりで何が出来ると言うのだ?

 あのままサリムに残っていれば死なずに済んだものを、変に出しゃばるからこういうことになる。せいぜい己の不運を恨むが良い。」

 だが、余裕を見せたのはビセンテだけではない。ライラはライラで妙に落ち着いた顔をしながら、しかもニヤリと笑っって見せる。

「あら?こっちはアタシひとりなんかじゃないわよ?」

 ライラがそう言うと同時に、馬車の反対側ではもう一人の団員が地面へと倒れ込む。喉を切り裂かれ悲鳴すら上げることも出来ずに。

「フリオ様に手を出そうとするなら容赦はしません。その罪、死をもって償ってもらいます。」

 そう言って敵を威嚇したのは短剣を構えたジルダだった。


「お前達、たかが女2人に何をもたついている?」

 所詮は小娘2人。そう侮っていたビセンテだったが、予想外に手間取る団員達に思わず声を上げる。

 と言っても、別に押されているわけではない。人数から考えても余裕で倒せる相手だ。

 ただ、ライラの使う魔法のせいで団員達が攻めあぐねているのも確かだったのだ。

 ライラは火魔法や風魔法、或いはその上位魔法などを広範囲に使い、馬車へ近寄ろうとする敵を牽制していた。

 勿論、騎士ともなればその闘気を魔力と合わせることで防御魔法と同じ効果を生み出す事が出来るし、そもそも騎士団の鎧にはその類の魔法が付与されてもいる。

 なので致命的なダメージを負うことはないのだが、それでもやはり目の前に炎の壁が出来れば突進を躊躇せざるを得ない。

 どの道こちらの勝ちは決まっていると確信している分、皆もあまり無理はしたくないのだ。

「全く、無駄な足掻きを。」

 そんなライラを見てビセンテはそう言い捨てた。

 どう考えても向こうに勝ち目など無い。いずれ魔力も尽き、その後はなぶり殺しにされるだけだ。所詮は時間の問題なのである。

(時間の問題?)

 そこでビセンテはふと妙な違和感に襲われた。

 よくよく見ればライラの攻撃は直接団員を狙ってのものではなかった。それはまるで、敵の足止めだけを目的としているかのようにも見える。

 何故だ?それではせいぜい時間稼ぎくらいにしかならないだろうに?

「まさか!」

 己の自問自答にビセンテははっとする。もしかすると、これは本当に時間稼ぎなのかもしれない。そんな不安が彼を襲ったのである。

「全員、一斉に突撃しろ!一気に片を付けるのだ!」

 慌てて団員達に向け檄を飛ばすビセンテだったが、その決断は残念ながら僅かに遅かった。

「ぐうっ!」

 ビセンテの声と同時に突然空から何者かが降って来た。かと思うと、その剣に切り伏せられ団員がひとり倒れ込む。

 そう、まさに”降って来た”としか思えないような不意の登場をした人影。その正体はイルムハートだった。

 一瞬、呆然とし動きの止まるビセンテ達。

 が、すぐさま我に返ったビセンテが叫ぶ。

「飛行魔法だと!?

 くそっ、小娘の魔法は目くらましだった訳か!」

 彼の言う通り、イルムハートは飛行魔法を使いこの場に乱入して来たのだった。

 尚、飛行魔法は空を飛ぶことの出来る便利な魔法ではあるのだが、発動すると広範囲に魔力を”垂れ流して”しまうので残念ながら隠密行動には向いていない。

 まるで大きな音を立てながら近付いて来るようなものであり、さほど魔法が得意でない者でも簡単に察知出来てしまうからだ。

 そのため、本来なら不意を突かれることなど有り得なかった。

 しかし、そこでライラの魔法が効いて来る。

 それほど相手にダメージを与えられないと知りつつもライラが広範囲魔法を使い続けたのは勿論時間稼ぎの意味もあるが、何よりイルムハートの存在を相手に気付かせないことが目的だった。

 イルムハートが”音”を出して近付いて来るのなら、こちらはもっと大きな”音”を出してそれをかき消してしまえば良い。そう考えたのだ。

 そしてその狙い通りライラの魔法に気を取られたビセンテ達は、近付いて来るイルムハートの魔力を完全に見落としてしまったのである。

 してやられた、とビセンテは臍を噛む。

 だが、確かに失態ではあるものの、それでもまだこちらが優位にあることに変わりはない。ビセンテはそう己に言い聞かせた。

「今更ひとり増えたところで……。」

 ”どうと言うことはない”。ビセンテがそう嘯こうとしたその時、林の小道をこちらへ近付いて来る者の声が聞こえて来る。

「おらおら、どけどけー!ジェイク様のお通りだー!」

 何やら勇ましい声を上げるジェイクとその後に続くケビンが馬を飛ばしこちらへと向かって来たのである。

「……あのバカ。」

 これにはビセンテ達だけでなく、ライラまでもが唖然とした。尤も、ライラの場合は驚いたのではなく呆れ果てたといった感じではあったが。

「お待たせしました。」

 取り囲む騎士団員の包囲を崩しイルムハート達と合流する2人。

 そして即座に状況を見て取ったケビンが、レンゾを取り押さえている団員達に向け魔法で炎を放った。

 慌ててそれを避ける団員達。

 おかげでレンゾを抑え込む手が緩み、彼はその隙を突いて自由を得る。

「すまない、助かった。」

 レンゾは剣を取り、イルムハート達の元へと駆け寄った。

「間に合って良かったです。」

 そんなレンゾに向けてイルムハートは満足げに頷いて見せる。

 これで全員が揃った。ここからが本気の闘いだ。

 そんな思いを抱きながらイルムハートは剣を握る手に力を込め直した。


 この状況を目の当たりにしたビセンテの頭は当惑を通り越し混乱と言っても良い状態にあった。

 何故こうなったのか、それが全く分からない。

 ビセンテとしてもイルムハート達のことは十分に警戒していた。何しろ魔導ゴーレムを倒し、ロジオン・グリドフの放った暗殺部隊を容易に退けた相手なのだ。

 犯罪組織ごときの刺客など騎士団に比べれば遥かに格の落ちる連中ではあるが、それでもそれを倒した手際を考えれば侮って良い相手では無い。

 勿論、いざとなれば実力で排除出来るだけの自信はあった。

 しかし、万が一ということもある。

 冒険者相手に手間取っている内に肝心のフリオに逃げられてしまうようなことにでもなれば目も当てられない。

 そこで、彼等の不信を買わぬよう”誠実な副団長”を演じてきたのだ。全てをこちらに任せてもらうために。

 まあ、フリオが駄々をこねたせいで女冒険者をひとり同行させるはめにはなってしまったが、その程度なら問題無い……はずだった。

 なのにどうだ?

 ここには冒険者共が全員揃ってしまっている。しかも、不意を突かれたせいで既に3人もの団員が倒されてしまったのだ。

 何故こんなことになっている?

 ビセンテの戸惑いは次第に理不尽な怒りへと変わってゆく。

「何故だ?どうしてお前達がここにいる?サリムに残ったのではなかったのか?」

 思わずそう怒鳴るビセンテに対し、イルムハートが肩をすくめながら答えた。

「勿論、後を付けて来たからに決まっているじゃないですか。」

「馬鹿な、そんなはずは……。」

 警戒に出した者からはそんな報告は無かった。すぐに駆け付けられるような距離にいたのは、老人と女性の乗る荷馬車しかいなかったはずなのだ。

「荷馬車がいたでしょう?」

「しかし、それに乗っていたのは老人と女のはず。」

 身体的に男と女では骨格からして異なる。いくら上手く変装しようともそれを隠すことは出来ない。

 ビセンテとしても部下がそれを見誤るとは思っていなかった。何故なら、騎士は警護のプロなのだ。その程度のことを見抜けない訳がないのである。

 だからこそビセンテは、部下から”女”がいたと聞きそれがイルムハート達ではないことを確信したのだ。

「彼等は冒険者ギルドの職員です。ギルドにお願いしてちょっと協力してもらったんですよ。

 僕達は荷台の方に乗り込んでいたというわけです。

 警戒するなら馬車の中までちゃんと確認するべきでしたね。」

「ギルドの職員だと?」

 イルムハートの言葉を聞きビセンテは眉をひそめた。

 職員を借り出すからには予めギルドとの話が付いていたと考えていいだろう。つまり、最初から後を付けるつもりでいたと言うことだ。

 それだけではない。もしかすると冒険者達を連れて行くようフリオが言い出したのも、こちらが受け入れやすいよう女ひとり同行させる提案をしてきたのも、全部向こうの筋書き通りだった可能性もある。

 と言うことは……。

「まさか、貴様たちは……。」

 全てを理解し怒りと悔しさの入り混じった表情を浮かべるビセンテ。

 すると、それを聞いたライラがイルムハートを制しながら一歩前に出る。そして、侮蔑の響きを込めた声でこう言い放った。

「ええ、最初から知ってたわよ。

 アンタ達がコゼリン子爵に取り入るためにフリオ様の命を狙う、騎士の風上にも置けないような腐った連中だってことはね。」

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