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騎士団の到着と深夜の訪問者

 デルアでの一晩を過ごしたイルムハート一行は、まだ朝も早いうちに街を出た。

 今日はいよいよニーゼック領へと入ることになる。

 襲撃を受けるのであればニーゼックに入る前だろう。そう予想していたし、実際に襲われもした。

 だが、だからと言ってニーゼックに入ってしまいさえすれば安全ということでもない。

 何しろ敵が最もその権力を有効に行使できる場所こそがニーゼック領内なのだから。

 しかも、フリオを亡き者にしようという計画は2度に渡って失敗している。それにより追い込まれた敵が形振り構わぬ行動に出る可能性もあった。

 領内に入ってからが本当の勝負になる。

 そう警戒するイルムハート達だったが、ニーゼックとの領境では意外な一団が到着した彼等を待ち受けていたのだった。


 イルムハート達一行は昼過ぎにニーゼック領境の検問所へと到着した。

 アロイス領へと入る際もそうだったが、”検問所”といかにも厳つい名前で呼ばれてはいるもののそれほど厳重な警備がなされているわけでもない。

 何故なら、そこは人々の往来を監視するためのものではないからだ。

 何せ領と領の境はここだけではない。当たり前の話だが領地を取り囲む全てが領境なのだ。

 仮に検問所で厳しい検査を行ったところで他の人気のない場所を越えられてしまえば何の意味も無い。

 人の出入りを監視するのであればその領境全てに目を光らせねばならないわけだが、そんなことは不可能だった。人的にも金銭的にも。

 なので、よほどの不審者でない限り検問所でも止められることは無いのである。

 では何故検問所があるかと言えば、それは通行税を取るためだった。

 通行税は人ではなく荷物に掛けられる。手荷物程度ではなく馬車で運ばれるような荷物に対してだ。

 人に掛けないのは前述の理由と同じで他の場所を越境されてしまえば意味が無いし、しかもそうなると旅人が寄り付かなくなりその落とす金で成り立つ領境近くの宿場町にも影響が出てしまうだろう。それでは上手くないのである。

 しかし、馬車の場合は違った。通る事の出来るルートは限られてしまうからだ。

 そこで主な街道には検問所を設け、通行する馬車の荷に対して税を掛けるのである。

 一見、姑息な方法にも思えるかもしれないが、実はそれなりに徴税する理由には筋が通っており商人達も特に不満を持ってはいなかった。

 何しろ検問所が設けられるような街道はきちんと整備され、しかも定期的に軍が巡回してくれているのだ。

 つまり、円滑で安全に通行出来る道が提供されているわけで、その代金と考えれば多少の税など安いものなのである。


 そんな理由もあって普段の検問所にはせいぜい数人の警備兵がいる程度なのだが、その日だけは違っていた。

 何やらとても一般兵とは思えない煌びやかな鎧を纏った一団がイルムハート達一行を迎えたのだ。

「ラーム副団長!?」

 一団の先頭に立つ人物を見て、レンゾは慌てて馬を降りると彼に近付き騎士団流の礼を取った。

 その男性の名はビセンテ・ラーム。ニーゼック騎士団の副団長を務める人物である。

「長旅ご苦労だったな、レンゾ・ファーゴ。

 何でも襲撃があったとの話だが、良くぞフリオ様をお守りしてくれた。

 見事な働きだ。」

「いえ、とんでもありません。

 私は己の使命を全うしたに過ぎないのですから。」

 そんなレンゾにビセンテは笑みを浮かべながら頷いて見せた。それから、今度はイルムハート達に向かって話し掛ける。

「私はニーゼック騎士団副団長のビセンテ・ラームだ。

 君達にも礼を言わねばなるまい。

 フリオ様を無事お連れしてくれたこと、感謝する。」

 イルムハートも馬を降り、ビセンテに対し応えた。

「私はこのパーティーのリーダーを務めますイルムハート・アードレーと申します。

 ラーム殿のお言葉、誠に痛み入ります。

 ですが、護衛の任務はまだ終わったわけではありません。

 そのお言葉はベラールに到着するまで取っておいて頂けますでしょうか。」

 そう、イルムハートが受けた依頼は領都ベラールまでの護衛であり、まだ完了した訳ではないのだ。

 だが、そこでビセンテは意外な事を言い出した。

「いや、君達の仕事はここで終わりとなる。

 後は我々騎士団に任せてもらおう。」

「しかし、私共が受けたのはベラールまでの護衛依頼のはずですが?」

「いささか状況が変わったのだよ。

 大丈夫、これはニーゼック領政府としての決定だ。ここで中止しても契約違反にはならないよう冒険者ギルドにはそう届けておく。」

 確かに、ニーゼック側が依頼の完了を認めるのであれば途中で止めても契約違反にはならない。つまりイルムハート達はここでお役御免となるわけだ。

 しかし、フリオを取り巻く”状況”を考えた時、「ハイ、そうですか」と引き下がる訳にもいかなかった。

 ビセンテの言う『状況が変わった』とは一体何を意味しているのか、それがハッキリしない内はだ。

「申し訳ありませんがそう言う訳にはいきません。」

「何故かね?私の言葉が信用出来ないとでも言うのかな?」

 ビセンテの声には多分に不快感が滲み出ていた。まあ、自分の言葉が軽んじられたようにも聞こえるのだから無理も無い。

「とんでもありません。

 ラーム殿のお言葉を疑うつもりなど毛頭ありませんし、もしそう聞こえたのであれば謝罪いたします。

 ただ、この依頼に関する契約はニーゼック領政府と冒険者ギルドとの間で交わされたものであって、私共はそれを代行しているに過ぎません。

 ですので、任務を中止するかどうか決めるのはあくまで冒険者ギルドであり、私共が判断出来ることではないのです。」

 その説明を聞いたビセンテの表情からは不機嫌さが消え、それから「成る程」と頷いた。イルムハートの言うことにも一理あると考えたのだ。

「君の言い分も尤もだ。

 ならば、この先のサリムの町でギルドに依頼完了の申し入れをするとしよう。

 それで良いかな?」

 サリムは領境近くの町で、今晩の宿泊予定地でもある。とりあえず、この場でフリオ達と別れることは避けられるわけだ。

「はい。

 お手数ではありますがそうして頂けると助かります。」

 こうして一行は、ビセンテ率いる騎士団と共にサリムの町へと向かうことになったのだった。


 その日の夜、夕食を取り終えたイルムハート達は全員で部屋に集まった。今後のことを話し合うためだ。

「ラームさんからは正式に依頼完了の届けが出され、ギルドもそれを受け取った。

 つまり、これで僕達の仕事は終わりということだ。」

 そう言ってイルムハートは皆を見渡す。

 昨日までは宿でもフリオの側に付きっきりだったライラも、今はお役御免となりこの場にいた。

 サリム到着以降、フリオとの接触を一切禁じられてしまったのだ。

「まあ、騎士団が護衛に付くのであれば僕達など必要ありませんからね。

 今更、何故?と言う疑問を置いておくとすればですけれど。」

 イルムハートの言葉に対し、皮肉っぽい口調でケビンがそう応える。どうやらビセンテのことを信用していない様子だ。

「確かに、今になって騎士団を動かすと言うのも少し違和感はある。

 他領に戦力を送り込むわけにはいかなかったとラームさんは言っていたけど、ちゃんと筋を通せば騎士団だろうと軍隊だろうと派遣する事は可能なはずだしね。」

「じゃあ、やっぱりコゼリン子爵の命令でフリオを狙いに来たのか?」

 眉根に皺を寄せながらジェイクが問い掛けて来る。

 しかし、それについてはイルムハートも明確な答えを出せずにいた。

「そうとも言い切れない。

 むしろ、コゼリン子爵の圧力があって今まで動けなかったと言う可能性もあるんだ。

 それが、オクタバでの襲撃で『状況が変わった』のかもしれない。

 基本的に騎士団は領主直属だからね。

 いくらコゼリン子爵が全ての政務を掌握していたとしても、騎士団に命令することは出来ないんだ。」

「それで、コゼリン子爵に睨まれるのを覚悟の上でフリオ君の護衛に出て来たと言うわけ?」

「そう考えることも出来る。」

 ライラの問い掛けにそう答えはしたが、イルムハートの言葉はどうにも煮え切らないものだった。

 確かに騎士団は領主直属の組織であり、主人以外の命令を聞く必要は無いということになってはいる。

 しかし、それはあくまでも建前であって実際にはいろいろとしがらみもあるのだ。

 領主から直接命が下ったのであればともかく、それ以外のケースで政府要人の指示に逆らうような行動することはまず有り得なかった。

 ただ、フリオの危機を聞いた騎士団長が己の地位を賭け英断を下した可能性も捨てきれない。そこがイルムハートの判断を惑わせているのだった。

「でもよ、それだったらデルアまで迎えに来るはずじゃないのか?」

「それとこれとはまた別の話なんだよ、ジェイク。

 他領に騎士団を送り込むのは可能だとしても、だからと言ってそう簡単に出来ることでもないんだ。

 それには相手政府の了解を得る必要があるんだけど、もしコゼリン子爵が騎士団を動かすことに反対しているとしたらそんなことは無理だろう?

 その場合、領境まで出張って来るのが精一杯なんだよ。

 さすがに騎士団としても政治問題化するのが分かっていながらアロイスまで乗り込んで行くわけにはいかないしね。」

「なるほどな、そういうもんなのか。」

 ジェイクもスッキリしないようではあるが、取りあえずイルムハートの言葉には納得したようだった。


「それで、イルムハート君はこの後どうするつもりなのですか?

 あのラームさんとやらを信じて後を任すつもりですか?」

 普段なら最初は聞き役に回る事の多いケビンなのだが、今日に限っては珍しく自分から話を切り出してくる。

「正直なところ、僕はあの人の言うことを信用していません。

 確かにコゼリン子爵からの圧力もあった可能性はありますが、それでも本当にフリオ君の安全を考えるならばやりようはいくらでもあったはずです。

 せめて護衛の人数をもうすこし増やすとかね。

 騎士”団”として動くのは難しいとしても、数人の騎士を護衛として随伴させる程度であれば王国やアロイスが特に問題視するとも思えませんし。

 なのにそれすらしなかったのは、騎士団もコゼリン子爵に支配されているからだとは考えられませんか?

 仮にそこまでではないとしても、少なくともコゼリン子爵の顔色を窺って動かなかったのは間違い無いでしょう。

 それを今更良い人ぶって忠義面されても信じろと言うのが無理な話です。」

 ケビンにしてはいつにない長広舌だった。余程今回のことには納得がいっていないのだろう。まあ、毒舌なのはいつものことだが。

「アタシは信じてみてもいいんじゃないかと思う。」

 ケビンの言葉にそう反論したのはライラだった。

「ケビンの言うことも解かるけど騎士団にも事情があるでしょうし、そもそもフリオ君の命が狙われるなんて考えてもいなかったんじゃないかしら?

 廃嫡になるだろうってことは分かってたかもしれないけど、まさか暗殺なんて想像もしてなかったんだと思うわ。

 言ってたでしょ?『状況が変わった』って?

 あれはオクタバでの事件を聞いて事の深刻さを改めて理解したってことなんじゃないかと思うのよ。」

「難しい事は良く分かんねえけどあのラームっておっさん、悪い人には見えないんだよな。

 冒険者だからって俺達を見下すような感じは無かったし。」

 続いて口を開いたジェイクの言葉にライラも小さく頷いた。

 確かに騎士や軍人、特に地位有る者の中には冒険者を見下す者も少なくはない。『金で命を売る連中』。そう言った偏見を持つ者がいるのだ。

 だが、ラームは違った。

 冒険者で、しかもまだ若輩でしかないイルムハート達にも相応の敬意を持って対応してくれていた。

 それを考えればライラやジェイクが好感を持つのも、まあ理解は出来た。

「で、イルムハート君の考えはどうなのですか?」

 ケビンがそう問い掛けて来る。

 意見は割れた形になるが、どの道全員イルムハートの考えに従うつもりではいるのだ。

「正直、僕にも判断が付かない。

 ラームさんを信じたい気持ちもある反面、ケビンの言う通り「何故今になって?」という疑問もある。

 でも、はっきり言ってそんなことはどうでもいい。考えても意味は無いんだ。

 何故なら、例えラームさんがこちらの味方であったとしても、それはフリオ君の安全を意味する訳じゃないからね。」

「どうしてですか?」

「団員の全てが必ずしも同じ考えでいるとは限らないからさ。

 もし、ラームさんの連れて来た騎士団員の中にコゼリン子爵と繋がっている者がひとりでもいればどうなる?」

「……確かにそうですね。

 味方と思って皆が気を許している分、簡単に目的を果たせてしまうでしょう。」

「本来なら騎士の忠誠を疑いたくはないんだけれど、今のニーゼックの状況を考えればその可能性を捨てる訳にはいかない。

 だから僕達は全てを疑ってかからなければならないんだ。本当は味方かもしれない人も含めて全員をね。」


「そうなると、ここで護衛から外されるのは痛いわね。」

 イルムハートの話を聞き終えたライラが眉をしかめながらそう言った。

 すると、それとは反対にお気楽そうな声でジェイクが口を開く。

「別にそんな悩むことか?

 無償タダで構わないからこのまま護衛として付かせてもらえばいいだけだろ?

 どの道、依頼料はベラールまでの分が貰えるんだし。」

 しかし、そんなジェイクの言葉にケビンが首を振る。

「おそらく、それは無理でしょうね。」

「どうしてだ?」

「騎士団の小隊が護衛に付くんですよ?

 なのに今更冒険者の手など借りると思いますか?

 そんなことをしたら、騎士団だけでは満足に護衛も出来ないのかと言われてしまいますからね。

 今回のような状況でなくとも、普通に断られると思いますよ。」

「じゃあ護衛としてでなく、ただついて行くだけってことにすれば……。」

「どんな理由でですか?

 もう依頼は終わっているんですよ?

 僕達がベラールまで同行する理由は無くなったんです。

 まさか、「貴方達のことを信用出来ないからついて行きます」とでも言うつもりですか?」

「……。」

 ケビンにやり込められ黙り込むジェイク。それを冷めた目で見ながらライラが言う。

「結局、距離を置いて後からついて行くしかなさそうね。」

「だけど、それだといざと言う時に間に合わない可能性がある。」

 イルムハートとしてもこの場合はライラの言うことが正しいと分かっていた。

 しかし、それではフリオが襲われた際に素早く対応出来ないという不安もあるのだ。

「やはり、ここはジルダさんと話をしてみる必要がありそうだな。」

 ぽつりとイルムハートがそう呟く。すると、その言葉にジェイクが激しく反応した。

「お前、まさかジルダさんに夜這いを掛けるつもりなんじゃないだろうな?」

「はあ?また何を言い出すかと思えば、そんな訳ないだろ。」

 思ってもみない言い掛かりにイルムハートは怒るよりも呆れてしまう。

 だが、ジェイクは追及の手を緩めようとはしない。

「いや、怪しい。

 何しろ2人の女と同時に婚約しちまうような手の早いヤツだからな、油断は出来ん。

 おそらく相談にかこつけてジルダさんのことを……痛っ!」

 そしてその挙句、ライラに後頭部を思い切り叩かれてしまうことになった。

「いい加減にしなさい!今はそんなバカ言ってる場合じゃないでしょ!」

「やれやれ、イルムハート君が婚約を発表して以降、ジェイク君の病気はすっかり悪化してしまったみたいですね。お気の毒に。」

 勿論、同情などこれっぽちもしてはいない顔でそう言った後、ケビンは真顔に戻りイルムハートを見る。

「でも、何故ジルダさんなのですか?ファーゴさんではなく?」

「仮にもファーゴさんは騎士団の一員だからね。仲間を疑うような話を受け入れるのは難しいだろう。」

「だからジルダさんということですか。

 あのひとは一体何者なんです?そこまで言うからにはただのメイドではないのでしょう?」

「これはあくまでも僕の推測なんだが、おそらく彼女は……。」

 ケビンの問いに答えかけたイルムハートは、そこで不意に言葉を途切りドアの方へと目をやる。外に人の気配を感じたのだ。

 その様子に気付き皆が一斉にドアの方を向いたその時、小さくノックする音が聞こえた。

 ライラが立ち上がりドアへと近づく。

 そして、一度イルムハートと目を合わせ頷き合った後、ドアを開けた。

 僅かに開かれた隙間から来訪者の姿を確認したライラは警戒心を解いた顔をイルムハートに向ける。

「どうやらこっちから出向いて行く必要はないみたいよ。

 向こうから来てくれたわ。」

 そう言って彼女が招き入れた客はイルムハートがこれから訪ねようとしていたジルダ・クレニその人であった。

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