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それぞれの思いと暗躍する者達

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 結局、その日はオクタバでもう一泊することになった。

 襲撃の後始末に時間が掛かり、このままだとデルアへの到着が真夜中になってしまうからだ。

 イルムハート達だけならともかく、フリオを連れて夜道を移動するのはさすがに危険すぎた。

 そこで一行はオクタバへと戻り、デルアに向かう旅は仕切り直しということになったのである。


 尋問の結果だが、残念ながら襲撃者達の自白から黒幕の名が明らかになることはなかった。

 まあ、末端の戦闘要員から聞き出せることには限りがある。その点はイルムハートも十分解かっていたので、それほど落胆はしない。

 ただ、彼等に直接指示を出したのが誰かは判明したので、いちおう満足出来る結果ではある。

 ロジオン・グリドフ。

 それが襲撃者達を操っていた者の名で、なんでもアロイス領では有名な犯罪組織の幹部らしかった。

 後はそのロジオンから彼に仕事を依頼した人物へと辿って行けば良い。

 そのためにイルムハートは、先ずロジオンについての情報を冒険者ギルドに求めた。

 するとギルドからは手持ちの情報を提供するだけでなく、追加での調査も行ってもらえることになった。

 普通はそこまで手厚い対応をしてくれるわけでもないのだが、今回は依頼遂行に対する妨害行為と認定されたことで全面的なバックアップが約束されたわけだ。

 あと、襲撃者達の自白からはひとつ気になる話が出て来た。

 イルムハート達一行の中に敵側への内通者がいると言うのだ。

 オクタバで夜襲を掛けて来なかったのは襲撃を予測しているという内通者の連絡があったからだということなので、かなり信憑性のある証言だった。

 それを聞いたケビンは

「やはり、ジルダさんでしょうか?」

 と、再び彼女への疑惑を口にしたが、オクタバに戻りしばらくしてそれが誤解だと判る。

 御者のヘイス・バップが姿をくらませたのだ。

 ヘイスの泊まる安宿で聞き込んだ話によると、前日に何者かが彼を訪ねて来たらしい。

 ヘイスは王都出身の平民で、アルテナ直轄領を出るのは今回が初めてとのことだった。なので、アロイスに知り合いがいるとは思えない。或いは、そもそも身の上話が嘘なのか。

 いずれにしろ不審な行動の後に姿を消したとなれば、彼が内通者であることはほぼ確実であろう。

 元々敵側の人間だったのか、それとも金に目がくらんだのか。

 まあ、今更彼をどうこうしようというつもりも無い。

 口封じのために命を取られていなければ良いが。と、いちおう心配はしてみたが、その後は彼の事などすっかり記憶の外と化したのであった。


 今日の出来事がフリオに与えたショックは思いのほか強かったようである。

 当然、彼も自分がニーゼック伯爵家において厄介者扱いされていることは知っていたし、その上廃嫡される可能性があることにすら気が付いていた。

 だが、まさか命まで狙われるとは思ってもいなかったのだ。

 我儘で手の付けられない子供。そう思われてはいるがフリオも馬鹿ではない。

 今回の襲撃が自分を排除しようとするものであることくらい十分に理解していたのである。

「僕は産まれて来るべきではなかったのかもしれない。」

 フリオは悲痛な表情でそうライラに語り掛けた。

「まさか、そんなわけないじゃないですか。」

 そんな彼の様子に心を痛めながらも、ライラは敢えて笑顔を浮かべる。

「世の中に産まれて来なければ良かった命などありはしません。」

「でも、僕は皆から邪魔者扱いされているんだ。」

「確かに一部の連中にとってはそうなのかもしれません。

 でも、それは向こうが自分達の欲のため一方的にそう思っているだけで、別にフリオ様には何の罪もないんですから。」

「僕は……生きていてもいいのかな?」

 そんなフリオの言葉にライラは涙が湧いて出そうになるのをぐっと堪えた。

「当たり前じゃないですか。

 何なら面倒臭い貴族なんかやめてしまって冒険者になるのもいいかもしれませんよ?

 私の知り合いにも貴族の子がいますが、彼は貴族と言う身分でありながら自分の力で前に進むために冒険者をやってるんです。

 生まれや育ちなんか関係ありません。自らの手で人生を切り開いて行けば良いんです。」

「冒険者か……。」

 ライラの言葉にフリオの表情は少しだけ晴れて来る。

「それもいいかもしれない。そうは思わないか、ジルダ?」

 フリオは少し離れたところに控えていたジルダにそう声を掛けた。

「……はい、とても良いお考えだと思います。」

 その問い掛けにジルダは一瞬言葉を詰まらせながら答えた。

 それは不意に話を向けられたからと言うより、どこか込み上げる感情を抑えるためのようにも感じられた。

「もし僕が冒険者になったら、その時はライラ達の仲間に入れてもらえるかな?」

「ええ、勿論ですとも!」

 どこかおずおずとしたフリオの言葉に、ライラは満面の笑顔でそう答えた。


 翌日、一行はオクタバを再度出立しデルアへと向かった。

 尚、御者のヘイスが姿をくらましたため馬車はケビンが操る事となる。

 前日の襲撃失敗により敵はかなりの痛手を被ったと予想されることから、この道中で再び襲撃される可能性は低いと思われた。

 しかし、油断はしない。

 決して警戒を怠らず旅を続け、やがて一行は無事デルアに到着する。

 デルアでは冒険者ギルドが宿を確保してくれていた。これなら罠を仕掛けられる心配はないだろう。

 そのことに胸を撫で下ろしたイルムハートは護衛を他のメンバーに任せ、ひとりギルドを訪れた。

 窓口で用件を告げるとイルムハートは奥の部屋へと通される。情報担当の職員と会うためだ。

 彼からはロジオンの動向を確認する予定でいたのだが、そこで意外な話を聞かされる。

「グリドフなのですが、実は昨晩から行方が判らなくなっているようなんです。」

「逃げた、ということでしょうか?」

 襲撃の失敗で自分に目が向けられることを察知し逃亡したのだろうか?

 まあ、それもあり得るかもしれない。何しろ次期ニーゼック伯爵暗殺未遂という大罪を犯したのだから。

「オクタバの警備隊から連絡を受けてデルアの代官も動き出したようなので、その可能性はあります。」

 成る程、街の内外の警備がやたら厳しくなっているように感じたのはそのせいだったのかと、今更ながらにイルムハートは納得した。

 ニーゼック伯爵家の体面を考え直接干渉こそしてこないものの、それでもフリオの身を護るために動いてくれているのだ。

 それにしても、ロジオンが行方不明というのは厄介だった。

 実を言うと屋敷に乗り込み口を割らせてやろうか、などど少々手荒なことも考えてはいたのだが、本人が不在ではどうしようもない。

 ひと足遅かった。

 そう後悔するイルムハートだたったが、担当者の様子が少しおかしいことに気付く。

「何か気になる事でもあるのですか?」

「確かにグリドフは逃亡した可能性もあります。逃げ足が速いのは有名な男ですからね。

 ただ、今回はいつもと様子が違うみたいなんですよ。」

「と言いますと?」

「どうも、組織の連中の誰ひとりとして彼の行方を知る者がいないようなのです。」

「誰も、ですか?」

 それは確かにおかしな話だった。

 いくら無法者の集まりとは言え、”組織”である以上はそのトップが無断で姿をくらませるなど有り得ないことなのだ。

「ええ、探りを入れてみたところ腹心の者ですらグリドフの失踪に戸惑っているとのことでした。

 おかげで現在組織は命令系統を失いガタガタの状態みたいですね。」

 その言葉にイルムハートは思わず考え込んでしまう。

 一体何が起きているのか?

 これが末端の雑魚ならば口封じのために消されてしまったと言うことも考えられるが、ロジオンはアロイス領最大組織の幹部でありこのデルアを取り仕切るほどの大物なのだ。そう簡単に切り捨てられてしまったとも思えない。

 何か別の勢力が動いている。イルムハートは直感的にそう感じた。

 それはロジオン達と対立する別の犯罪組織なのか、それとも……。

 状況が一気に変わってきそうな、そんな予感を抱きながらイルムハートはギルドを後にしたのだった。


 アロイス領の領都アクセン。

 アロイスは決して大きな領ではないのだが、さすがに領都ともなればそれなりに華やかな街である。

 そんな中、ひと際目につく大きな屋敷があった。

 それは王都の上級貴族のそれにも引けを取らぬ程に広く豪華な屋敷だった。

 屋敷の主、イケル・ジャネスはアロイスやニーゼック、及びその周辺において手広く商売を行う大商人であり、その財力と政治的影響力は王国西部でも有数と言われるほどだ。

 尤も彼の場合、まっとうな手段でその地位を手に入れたわけではなかった。

 権力者との癒着に賄賂、そして暴力。あらゆる手段を駆使してここまで昇り詰めてきたのである。

 その日の夜、イケルはどこか不満気な顔で書斎へと向かっていた。

 原因は一枚の報告書。

 デルアの駐在員から魔力通信機で送られてきた内容を書き起こしたものだ。

 そこにはイケルを不機嫌にさせる内容が記されていた。

「あの役立たずめが、しくじった挙句に身を隠してしまっただと?

 偉そうな口をきいていながらこの体たらくとはな。

 これだからやくざ者は当てにならんのだ。」

 そうぶつぶつと呟きながらイケルは書斎へと入る。

 そして魔道具の灯りを点した時、彼は驚きに固まった。ソファに見知らぬ人間が座っていたからだ。

 その侵入者は身体に密着する程タイトな黒い服を身に着け、これまた黒のベールで顔を隠していた。だが、その服のお陰で体形から女性だと判る。

「何者かな?」

 相手が女性だと判り少しだけ余裕の出て来たイケルは侵入者に向かってそう尋ねた。

「さあ、何者かしらね?」

 だが、女性はからかうようにそう言っただけだった。

 これにはイケルもカチンときた。元々不機嫌ではあったものの相手が(若そうな)女性ということで少しだけ相手をしてやるつもりでいたのだが、もはやその気も失せる。

 家人を呼ぼうとドアへ顔を向けたイケルは、そこでまた驚く。

 同じように全身黒ずくめの、しかも今度は屈強そうな大男がドアの前に立っていたからだ。

「いつの間に……。」

 呆然とするイケルに対し、女性が面白そうに声を掛けて来る。

「あら、最初からいたのに気が付かなかったのかしら?

 それから、この部屋には防音の結界を張ったので声を出しても無駄よ。」

 その言葉の真偽を試してみるだけの度胸はイケルには無かった。下手に抵抗すればどうなるか、目の前の大男を見れば容易に想像が付く。

「どうやら自分の置かれた状況を理解したようね。

 先ずはお座りなさいな。」

 女性の声に従いイケルは大人しくソファへ腰を下ろす。

「何が目的だ?金か?」

 相手の様子から見て単なる物取りとも思えなかった。

 しかし、それでもイケルは金さえ積めば何とかなると考えていた。何故ならそれが彼の価値観を形作る根本なのだから。

 だが女性はそれに答えず、代わりに小箱を差し出して来た。

「何だね、これは?」

「開けてみれば分かるわよ。」

 そう言われイケルは箱を開けてみる。そして悲鳴を上げた。

「ひぃっ!」

 そこには人間のものと思われる指が5本、きれいに切り落とされた状態で収まっていた。

 変色し流れ出した血も乾いてはいるが、かと言ってそれほど古いものでもない。おそらくはこの数日の間に持ち主と別れることになってしまったものなのだろう。

「こ、これは一体!?」

 蒼白になりながらイケルがそう尋ねると、女性は相変わらずからかうような声のままで答えた。

「あら、分からないの?貴方の友人のものなのに?」

 そう言われイケルは改めて箱の中を覗き込む。

 その指には趣味の悪い指輪がいくつも嵌められたままになっており、確かにイケルにとって見覚えのあるものだった。

「まさか……。」

「そう、ロジオン・グリドフの指よ。」

 女性の言葉にイケルは絶句する。

 これは決して金で解決出来るような話ではない、そう悟ったからだ。

 ともかく相手の目的は分った。

 具体的に何をしようとしているのかまでは不明なものの、フリオ・アレナス・ニーゼック暗殺に関する件であることは明白だった。

 それと自分との関りを探ろうとしている。イケルはそう判断した。

 が、事が事だけにそう簡単にそれを認めるわけにはいかない。もし関与を認めれば、その時は死を持って償わされることになるだろう。

「グリドフ?ああ、確か犯罪組織の幹部だったかな?

 で、その彼の指がどうかしたのかね?」

 そうイケルは白々しくとぼけてみせる。しかし、その程度のことが通用する相手ではなかった。

「あら、ここまで来てとぼけてみせるなんて中々肝が据わっているのね。

 でもね、それは悪手でしかないの。」

 女性はそう言って笑った。

「この指の()()持ち主がね、全部話してくれたのよ?

 実に素直で協力的にね。」

 おそらくは拷問で指を切り落としたのだろう。それで協力的も何もないだろうに。イケルはそう思う。

 だが、犯罪者相手にならそれが可能であったとしても権力者とのコネを持つ政商の自分には迂闊に手は出せまい。

 この場に及んでさえ尚、そんな風にイケルは自分の立場を過信していた。

 しかし、その僅かな希望ですら木っ端みじんに打ち砕かれることになる。

「とは言え、素直になってくれるまでには指を4本失うことになってしまったのですけれどね。」

「4本?」

 女性の言葉にイケルは戸惑った。箱の中にある指は5本のはずなのだ。

「ああ、最後のはサービスよ。1本だけ残っていたところであまり意味はないでしょ?

 バランスも悪いし、スッキリさせてあげたのよ。

 尤も指があろうが無かろうが、もうあまり関係無い世界へと彼は旅立ってしまったのですけれどね。

 まさか、あなたもそうなりたいのかしら?」

 その言葉にイケルは己の置かれた状況を正しく完全に理解した。

 政商だとかコネがあるだとか、目の前の相手からしてみればそんなことに何の意味も無いのだ。

 心臓の鼓動が異常な程に早くなり、頭に血が昇って全身から汗が吹き出し始める。にも拘らず悪寒が身を包み、身体の震えが止まらない。

 彼は己の”死”を覚悟せざるを得なかったのである。

 もし彼に生き延びる方法があるとすれば、それは唯ひとつ。

「……それで、私は何をすれば良いのだ?」

 イケルは力無い声でそう言った。もはや抗う気力などこれっぽちも残ってはいなかった。

 そんなイケルの言葉に目の前の女性はベールの奥から鋭い視線を送る。そこには先ほどまでのふざけた雰囲気など微塵も無くなっていた。

 そして、まるで別人かと思えるような口調でこう言い放ったのだった。

「知っていることを話しなさい。洗いざらい、その全てをね。」


 しばらくの後、イケルの屋敷の敷地から2つの黒い影が外へと出て来た。

 例の女性と大男である。

 すると、さらにもうひとつの影が闇の中から現れ彼女達に合流した。

「首尾のほうは?」

「上々よ。」

 新しい影に問われた女性はそう答えた。だが、言葉の割にその声は冴えない。

「ただ、ちょっと厄介なことになったの。」

 それから暫し話し込む影達。

 やがて話し終えた女性はもうひとりの影に対し

「このことを急ぎベラールへ知らせなさい。

 早急に手を打ってもらう必要があるわ。」

 と指示を出す。

 そして、こう付け加えた。

「それと、”眠り姫”にもね。

 どうやらあの子にも動いてもらうことになりそうだわ。」

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