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魔導ゴーレムと次なる襲撃の予感

 途中の山道で出遭った隊商と共にイルムハート達がエンラードの町に着いたのは、既に日も暮れた後だった。

 ゴーレムを無事撃退したとは言え、道を塞いだ土砂は残ったままだ。その撤去に時間が掛かってしまったのである。

 町に着いた際、隊商はお礼をしたいと申し出てくれたがイルムハート達はそれを遠慮した。

 ゴーレム討伐を行ったのは自分達のためでもある。それを恩に着せるのは何となく気が引けたのだ。

 ただ、その代わりにと言っては何だが彼等には宿を紹介してもらう。宿の予約など取っていないイルムハート達にとってはそのほうが有難かった。

 無事に宿も取れひと息ついた後、イルムハートは残りのメンバーを護衛として残しひとり町の冒険者ギルドへと向かう。

 ギルドに顔を出すことで自分達が今どこにいるのか、それを明確にしておくのだ。そうすれば万が一の場合に足取りが辿りやすくなるからである。

 それに、今回はゴーレムの件も報告しておかなければいけない。

「ロック・ゴーレムが出たらしいですね?」

 だが、ギルドの職員は既にそれを知っていた。

 何でも例の隊商から商業ギルドに報告があり、それが冒険者ギルドへと廻って来たらしいのだ。

「魔法生物というヤツは完全に消滅させるのが難しい相手ですからね。いったんは倒しても別の場所で他の物体に取り付く可能性もあります。

 なので、警備隊と冒険者ギルドに警戒を要請して来たんです。」

「これまでゴーレムの目撃報告は無かったのですか?」

 イルムハートは職員に尋ねてみる。

「いえ、ありません。正に寝耳に水ですよ。」

「おかしいですね、あんなものがうろついていたら人目に付きそうなものですけど?」

「そこが不思議なんですが、実際この町はおろかアロイス領内での魔法生物目撃報告はここ数年間一度も上がっていないんです。

 魔法生物は厄介な存在ですからね、例え近隣の領で目撃された場合でも情報くらいは入って来るはずなのですが、それもありません。

 とまあ、そんな訳で残念ながら討伐の依頼も出ていないんですよ。

 せっかく大物を倒して頂いたのに申し訳ないのですが。」

 職員はすまなそうにそう言った。

 まあ依頼が出ていない以上、いくらゴーレムを倒しても依頼料が入らないのは当然である。しかも、ロック・ゴーレムはただの岩の塊。素材など全く獲れはしない。

 つまり、討伐し損というわけだ。

「別にそれは良いんです。こちらも命が懸かっていたわけですしね、依頼が出ていないとわかっていてもどの道闘うことになったでしょうから。」

「そう言って頂けると助かります。

 まあ、領主に報告すれば報奨金くらいは出るかもしれません。」

 その辺りはギルドに一任することにした。

 それよりもイルムハートには他に聞いておくことがあったのだ。

「ところで、つかぬことをお尋ねしますが、最近この町で見慣れぬ怪しげな連中を見かけたと言う話は聞いていませんか?」

「怪しげな連中ですか?

 いえ、そんな話は聞いていませんが……何かあるのですか?」

 イルムハートの質問に職員は訝し気な表情を浮かべた。まあ、いきなりこんな質問をされたのではそんな表情にもなるだろう。

「いえ、別にそう言うわけではありません。念のため聞いてみただけなんです。

 我々が護衛しているのは身分ある方ですので、万が一のことがあってはと思っただけのことです。」

 職員にはそう言って何とかその場を誤魔化し、イルムハートは宿に戻った。


 その日の夜、食事を終えたイルムハート、ジェイク、ケビンの3人は宿の部屋に集まっていた。

 尚、ライラだけは警護兼子守としてフリオの側に残っている。

「それで、あのゴーレムが本物ではないかもしれないと言うのは一体どういうことですか?」

 先ずはケビンがイルムハートに向かってそう切り出す。

「うん、僕としても確証があるわけではないんだけど、よくよく考えてみるとどうも腑に落ちない点があってね。」

「と、言いますと?」

「ゴーレム、と言うか魔法生物は高濃度の魔力が集まったものだろ?

 それなら例え離れていても確実に魔法探知に引っかかるはずだ。

 なのにあのゴーレムからは最初全く魔力を感じなかった。」

「確かにそうですね。でも、隠蔽魔法で魔力を隠していた可能性もあるのでは?」

「魔法生物は知性を持たない。それなのに、そんな待ち伏せのような真似をするかな?

 勿論、魔法生物についてはまだまだ分からないことが多いし、僕達が知っている事なんて授業で教わった程度のものでしかない。

 だから、ケビンの言うことも全く無いとは言い切れないんだが、どうにも気になるんだ。」

 そう言ってからイルムハートは何か考える様に少し間を開け、また話を続ける。

「それに、おかしな点はまだあるんだよ。ゴーレムを倒した時さ。

 依代を失った”意思を持った魔力”は霧散してしまうか、あるいは別の依代を求めて飛び去ってゆく。それは知っているよね?」

「ええ、魔獣に関する講義のなかで魔法生物に関しても教わりましたから。

 ……そう言えば、飛び去って行ったような気配は感じませんでしたね。霧散してしまったのでしょうか?」

「それが、不思議な事にいきなり消えて無くなったんだ。」

 その言葉に今度はケビンが考え込む番だった。

「いきなり消えたんですか。それは確かにおかしいですね。

 ”意思を持った魔力”はあくまでも魔力が集まったもので実体は持たないはずです。

 なので、いくら強力な技だとしても物理的な攻撃により一瞬で消滅してしまうなんてことはないはずですよね。

 留まる場所を失い徐々に消えてゆくとか、そんな感じになるのが普通でしょう。」

「だが、そうじゃなかった。」

 イルムハートとケビンは再び沈黙する。

 すると、唯ひとり話に付いて行けていないジェイクが到頭しびれを切らした。

「おいおい、お前等だけで勝手に話を進めてないで、もうちょっと俺にも分かるように話してくれよ。」

「おっと、そうでした。そう言えばジェイク君もいたんですよね。すっかり忘れてましたよ。」

 そう言ってからうような笑いを浮かべるケビンだったが、それでも決して面倒見が悪いわけではなくジェイクに対しゆっくりと説明を始める。

「最初の魔力が探知出来ないのは不自然だと言う点は分かりますよね?」

「ああ、あんな強烈な魔力が突然湧いて来るのはおかしいってことだろ?

 その後の話も何となくは分かるんだが、一瞬で消えるのがどうしておかしいのかってとこがどうもな。」

「成る程。

 いいですか、”意思を持った魔力”というのは形を持たない、いわば煙のようなものなのです。

 もし煙を剣で切ろうとしたらどうなりますか?」

「切れるわけないだろ。剣を振った時に起きた風で吹き飛ぶくらいじゃないのか?」

「”意思を持った魔力”もそんな感じなんです。

 いかにイルムハート君の大技を以ってしても切り裂くことは出来ません。ただ、自然に薄れてゆくのを待つだけなんです。本来ならね。」

「そういうことか、それは確かにヘンだよな。」

 そう言って頷いた後、ジェイクは何かひらめいたように口を開いた。

「ってことはあれだ、アイツはその”何とかの魔力”で動いてたんじゃなく魔獣みたいに魔核を持ってたってことなんだろ?」

「……あのですね、ジェイク君。あれは魔法生物なんですよ?僕達の話聞いてましたか?」

 ジェイクの迷推理を聞いてケビンは呆れた顔をする。

 しかし、イルムハートの反応は違っていた。彼は真剣な顔でこう言ったのである。

「おそらくジェイクの言う通りだなんと思う。あれは魔導ゴーレムなのかもしれない。」


 魔導ゴーレム。

 イルムハートがその言葉を発した後、一瞬の沈黙が部屋を満たした。

 そしてその後、ジェイクが首を傾げながら問い掛けて来る。

「魔導ゴーレムって、要するに魔法で動くゴーレムってことだろ?

 その”何とかの魔力”ってヤツが魔法で動かしてるのとどう違うんだ?」

 すると、イルムハートに代わってケビンがそれに答えてくれた。

「”何とかの魔力”ではなく”意思を持った魔力”ですよ。

 あと、”魔導”というのは魔道具の魔法によって動くことを指すんです。

 例えば、僕達が魔力飛空船と呼んでいるアレですけど、正式には魔導飛空船と言うんですよ。」

「へえ、そうなのか、初めて聞いた。」

「まあ、その辺りの呼び方にこだわるのは魔道具技師と研究者くらいなもので、普通は気にしないからね。」

 イルムハート自身、アルテナ高等学院で魔道具について学ぶまでは特に意識したことが無かったのだ。

「それで、その魔導ゴーレムですが、本当にそんなものがあるのですか?

 技術的には可能なのかもしれませんが、実際に造られたという話は聞いたことがありませんよ?」

 そんなケビンの疑問に対するイルムハートの答えは何とも曖昧で含みのあるものだった。

「確かに今は無いね。少なくとも公式にはそう言うことになっている。」

「”今は”ということは、以前はあったのですか?」

「もう100年以上前になるけど、エルフィア帝国で兵器として魔導ゴーレムを開発しようとしたことがあったらしいんだ。」

「そうなんですか。

 でも、現在使われていない所を見ると開発は失敗したのですか?」

「開発には一応成功したみたいだ。但し、出来上がったゴーレムはとても使い物にならなかったらしく、結果的に見れば失敗したようなものかな。」

 何でも試作ゴーレムは動きが鈍く、しかも単純な動きしか出来ないため、戦場では単なる的にしかならないような代物だったようである。

「でも、その辺りは魔道具次第なんじゃないのか?

 素早く色々な動きが出来るような魔道具を作ればいいだけだろ?」

 ジェイクの言うことは尤もだった。但し、様々な制約を度外視すればである。

「確かにその通り、魔道具次第でどうにでもなる。

 でも、ゴーレムはその形状を維持するだけでも色々な魔法を発動させる必要があるんだ。その上、詳細な動きまで全て詰め込むとなるとかなりの手間が掛かってしまうことになる。

 つまり、魔道具製造のコストがとんでもないことになるんだよ。

 それではとても量産化は無理と言うことで実戦への配備は見送られたらしい。」

「別に、強いのが造れるなら少数精鋭でも良かったんじゃないか?」

「何だかんだ言っても戦争は数の勝負ですからね。

 どんなに優秀でも局地戦でしか役に立てないような代物に大金を掛ける気にはなれなかったのでしょう。」

「ケビンの言う通りだ。その分を兵の補充や兵站に回したほうがずっと役に立つ。」

「まあ、確かにな。」

 なるほど、とジェイクは得心がいった様子だった。が、それならばそれで新たな疑問も湧いて来る。

「でもよ、その100年前に開発を止めたはずの魔導ゴーレムが何で今更俺達の前に出て来たんだ?」

「エルフィア帝国としては開発を中止した。けど、全ての技術者がそれを諦めたわけじゃないのさ。」

「裏で開発を続けてたってわけか?」

「と言うか、その技術を持って国を出て行ってしまったんだよ。

 彼等は他の国に拾われたり、あるいは犯罪組織に技術を売ったりしたのさ。残念ながら兵器としては採用されなかったけど、全く使い道が無いわけでもないからね。

 で、その結果出来上がったのがあのゴーレムなんだと思う。」

「それにしても、100年かけて開発を続けていながら出来たのはアレか?

 その割には硬いだけのデクの坊で、全然大したこと無かったよな。」

 そう大口をたたくジェイクに呆れた口調でケビンが突っ込みを入れる。

「何を偉そうに言っているんです。倒したのはイルムハート君であって、ジェイク君ではないでしょ?

 君はただ逃げ回っていただけじゃないですか。」

「いや、あれはあくまでも作戦であってだな……。」

「じゃあ、ジェイク君はあのゴーレムが倒せるとでも?」

「そりゃ、お前……スミマセン、無理です。」

 いつもながらのやり取りにはイルムハートも思わず笑いをこぼした。

 まあ、ジェイクの言うことも分かる。

 100年もの時間を掛ければ自在に動けるゴーレムすら造ることが出来るのではないか?そう考えるのも尤もだった。

 だが、技術の革新とはそう簡単なものでもない。

 いくつもの新しい技術が産まれていったとしても、それでも変わらない”問題”というものはあるのだ。

「そもそも100年経ったからと言って魔道具自体が驚異的な進歩を遂げていると言う訳でもないんだよ。

 勿論、昔出来なかったことが今は出来るようになっていることも沢山ある。新しい魔法をどんどん魔道具化したりしてるしね。

 ただ、機能を増やせばその分コストがかさむと言う点は今でも変わらない。こればかりはどうしようもないんだ。

 あのゴーレムも、そのせいで機能を制限せざるを得なかったんじゃないかな。」


「で、つまりイルムハート君は今回のゴーレムの件が偶然ではなく仕組まれたものだと思っているわけですね?」

「そういうことだ。」

 ケビンの言葉にイルムハートはそう言って頷いた。

「もしあれが魔導ゴーレムだとしたら、”たまたまあそこに落ちていた”なんてはずは無いだろう。」

「確かに、僕達を取り巻く状況を考えれば単なる偶然とは思えませんしね。

 何者かが僕達を、と言うかフリオ君を狙い待ち伏せしていた。そう考えるのが自然でしょう。」

 その”何者か”については、わざわざ名前を挙げるまでもなかった。

「それでこの件、ファーゴさんには?」

 そうケビンに尋ねられたイルムハートは少し困った顔をする。

「んー、実を言うと迷ってるところなんだ。話しても信じてもらえるかどうか……。」

「それはそうですね。

 フリオ君の境遇についてはファーゴさんも十分理解しているでしょうが、まさか命まで狙われるとは思ってもいないでしょうし。」

「そもそも、あれが魔導ゴーレムであると言う確証があるわけではないからね。

 証拠となる魔道具でも残っていれば別だけど、全部溶けてしまっただろうし……あの技を使ったのは失敗だったかな。」

「仕方ありませんよ、あの時はまさかあのゴーレムが造り物だなんて思いもしなかったんですから。」

「まあ、失敗は誰にでもあるさ。ドンマイだ、イルムハート。」

「……なんか、ジェイクに言われるとちょっとモヤモヤするな。」

「何でだよ?ケビンは良いのに俺はダメって、それは差別だろ?」

「確かに差別ですよね。

 本来ならもっとストレートに「お前が言うな」くらい言っても良いと思いますが、イルムハート君はジェイク君に甘過ぎます。

 それって、ジェイク君以外の人に対する差別だと思いますよ。酷いです。」

「お前の方がよっぽど酷いじゃないかよ、ケビン!

 いつもいつも厭味ったらしい言い方しやがって、俺はお前の親の仇か何かか?」

 ケビンの挑発にあっさり乗せられるジェイク。

 しかし、当のケビンはそんなジェイクなど眼中に無いかのようにイルムハートとの会話を続けた。

「今回の失敗でコゼリン子爵はどう出ますかね?

 まさか、諦めるとも思えませんが。」

「おい!無視かよ!」

 ジェイクが何か言っていたが聞こえないふりでイルムハートもそれに答える。

「当然、諦めるはずは無いだろうな。

 次は魔導ゴーレムを使うような遠回しのやり方ではなく、もっと直接的な方法で仕掛けて来るだろう。多分、明日か明後日辺りに。」

「何故、それが判るのですか?」

「3日後には僕らがニーゼック領に入ってしまうからだよ。

 子爵としては領内で事件を起こすのは避けたいはずだ。政務のほぼ全権を握っている以上、フリオ君の身に何かあれば自身の責任も問われかねないからね。

 でも、事がアロイスで起きたのなら話は別だ。アロイスの治安のせいにしてしまえば言い訳は付く。」

「碌な護衛を付けさせなかったのは子爵本人なのに?」

「その辺りは「アロイスは安全だと信じていた」とでも言うつもりなんじゃないかな。

 それを間違った考えだと糾弾するのは中々難しいだろう。暗にアロイス伯爵の治政を否定するようなものだからね。」

「なるほど。となれば早々にライラさんとも話して準備をしておいたほうが良さそうですね。」

「そうだな。ファーゴさんの件はその後で考えるとしよう。

 でも……その前に()()を何とかしないといけなさそうだ。」

 そう言ってイルムハートが目をやったその先には、2人から相手にされずすっかり拗ねて壁際にしゃがみ込むジェイクの姿があった。

 それを見たケビンは思わず失笑してしまう。

「これはまた、随分と分かりやすいイジケ方ですね。

 ジェイク君、しっかりしてください。今後の話をしなくてはいけませんから。」

 そう声を掛けるがジェイクは振り向きもせず、ひたすら拗ね続ける。

「どうせ俺なんかいてもいなくてもいいんだろ。」

「でも次は刺客が襲って来そうなんですよ。そうなったらジェイク君の出番です。期待してますよ。」

「そ、そうか?」

「ええ、何と言ってもアルテナ高等学院剣士科”影の”席次1位ですからね。宜しくお願いしますね。」

「まあ、そこまで言うならやってやらないこともないけどな。」

 実に単純と言うか何というか、あっさりと機嫌が直った。

 それで良いのか?とも思うが、まあこの切り替えの早さがジェイクの持ち味でもある。

「ほら、さっさとライラを呼んで打ち合わせするぞ。早く来い、お前ら。」

 そう言って意気揚々と部屋を出て行くジェイク。

 その姿にイルムハートとケビンは思わず目を合わせ、それから2人同時に肩をすくめたのだった。

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