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”普通の”転生者と冬のとある日 Ⅱ

3連続更新2日目です

 セシリアとフランセスカ。

 ”イルムハートの嫁”を自称する2人。

 セシリアはアルテナ高等学院の後輩で騎士科の現席次1位だ。

 実は彼女もイルムハート同様日本からの転生者であり、どうやら同じ”事故”に巻き込まれこの世界へと生まれ変わってきたようだった。

 ただ、イルムハートとの違いは前世の記憶を持っている事。そして、神から”剣聖”の”恩寵ギフト”を授かっていることだ。

 何でも”恩寵ギフト”については、「貰えるものなら貰っておこう」程度のノリで受け取ったらしい。

 まあ彼女自身、刀剣を擬人化したアニメのファンであったため”剣聖”という名前につい釣られてしまった部分もあるのだろう。

 なので、そんな力を持つことに不安は無かったのか?と言うイルムハートの問いもあまりピンと来ないようで、逆に「そんな難しく考えること無いんじゃないですか?」と不思議がる始末だった。

 だが、セシリアを見ていると彼女の言い分も決して間違ってはいないような気もしてくる。

 ”恩寵ギフト”についてイルムハートは、てっきり産まれたその瞬間から神のごとき能力が発揮できるような代物と考えていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

 セシリアの場合、剣の腕前は確かに常人を超えたスピードで成長を続けているものの、人外の強さと言うほどのものでもないのだ。

 勿論、このまま伸び続けてゆけばいずれ世界一の剣士となるのは間違いなさそうだが、今はまだそこまでではなかった。

 思うに、”恩寵ギフト”とは力そのものを与えるわけではなく、神へと近づくことの出来る”可能性”を授けるものなのかもしれない。

 元の世界には「天は自ら助くるものを助く」と言う言葉があった。

 自ら努力する者に天は力を貸してくれるという意味だが、おそらく”恩寵ギフト”もそういった類のものなのだろう。

 但し、普通の場合と違い努力した結果手にするのは遥かに途方もない力ではあるのだが。

 そんな彼女はとある理由からイルムハートと剣の試合をすることとなり、そして敗れた。

 その後、イルムハートを”師匠”と呼びつきまとい始めたわけだが、その頃はまだ彼に憧れを抱く程度で恋愛感情にまでは至っていなかった。

 だが徐々にその気持ちはイルムハートへと傾いて行き、フランセスカというライバルの出現でそれがはっきりとした気持ちになったわけである。

 一方そのフランセスカだが、彼女との出会いは完全に仕組まれたものだった。

 彼女の上司であるフレッドが騎士団とイルムハートとの関係を築くため密かに手を回したのだ。

 フランセスカは剣一筋の女性で、イルムハートの実力を知れば良い剣術仲間になるだろうと読んだのである。

 その企みは見事図に当たった。但し、途中までは。

 イルムハートとしては何が何やら解からないままでフランセスカと闘うことになり、そして彼女を打ち負かす。それによりフランセスカはイルムハートに惚れ込んだ。

 と、ここまではフレッドの思惑通りである。

 だが、その後が全くの予想外だった。

 フランセスカはイルムハートの剣の腕前だけでなく、彼という人間そのものに惚れ込んでしまったのだ。そして、一方的に”結婚宣言”までしてしまう。

 これには当のイルムハートだけでなく、首謀者であるフレッドも困惑することになった。

 元々、兄アイバーンの依頼を受けイルムハートを見守るために彼との接近を計ったわけだが、まさかこんな結果になるとは思ってもいなかったのだ。

 イルムハートやフレッドは何とか頭を冷やすようフランセスカを説得しようとしたものの、一途な彼女がそれを聞き入れることはなかった。

 そもそもフランセスカのこの気持ちは彼等が考えるような突発的なものではないのだ。

 決して試合で打ち負かされたから惚れたわけではなく、実を言うとイルムハートの闘う姿を初めて見た時から既に彼女の心は彼のことでいっぱいになっていたのである。

 こうなると、もう誰にも止められない。

 せめてイルムハートが成人するまでは大人しくしているように、そう言い聞かせるのが周りの者に出来る精一杯のことだった。


 こうして本人の意思とは関係無しに2人の嫁候補を手に入れたイルムハート。

 これには正直困ってしまった。

 別に2人のことは嫌いではないし、むしろ好意を持っていると言っても良い。

 だが、それも結婚となれば話は別だ。イルムハートはまだ成人すらしておらず、しかも相手は2人なのである。

 と言っても、バーハイム王国に限らずこの世界では結婚に際し必ずしも一夫一妻である必要はなかった。一夫多妻だろうと一妻多夫だろうと、当事者が納得しさえすれば何の問題も無いのだ。

 なので法やモラルの上で不都合が発生するわけではなかった。

 それに、辺境伯の子と言う恵まれた身分である以上、経済的な面でも特に心配する必要は無い。

 後はイルムハート自身覚悟を決めれば済むだけのことなのだが、そこがどうにもハッキリせず煮え切らない態度が続いていた。

 まあ、これについてはイルムハートだけを責めるわけにもいかないだろう。まだ子供でしかない彼にこの時点で将来を決める決断を求めるのも、それはそれで酷な話ではある。

 確かに、貴族の子ともなれば本人の意思とは関係なく子供の頃に結婚相手を決められてしまうことも珍しくは無い。

 だがそれはそれ、これはこれだ。

 親の決めた結婚と自ら決断したそれとでは背負うべき責任が違う。

 果たして自分は彼女達の夫となるに値するだけの人間なのか?

 そんなことをつい考えてしまうのだった。要は良く言ってもクソ真面目か不器用、悪く言えば優柔不断なのである。

 だが、そんなイルムハートにもついに決断する時がやって来た。

 アルテナ高等学院を卒業すると同時にDランク冒険者となった彼は、仲間と共に国外へと旅することになったのだ。

 そうなれば短くても1年、長ければ2年は国を留守にすることとなるだろう。

 その間、フランセスカとセシリアはどうなるのか?

 彼女達なら何も言わずとも黙って待っていてくれるかもしれない。

 だが、それでは駄目なのだ。そんな無責任な真似は出来ない。

 それにもし不在中、他の男に取られるような事にでもなったら?

 そんな状況は考えたくもなかった。最早2人はイルムハートにとってかけがえのない女性となっているのだ。

 となればすべきことはひとつ。

 意を決したイルムハートはフランセスカとセシリアの両名に結婚の約束を願い出たのだった。

 こうして”自称イルムハートの嫁”であった2人から”自称”の文字が取れることとなったのである。


 ウイルバートによるイルムハート婚約の発表に会場は大きくどよめいた。

 中には悲鳴のような女性の声もいくつか混じってはいたが、続いてすぐにそれを打ち消す程の歓声が上がる。

 娘を結婚相手にと考えていた貴族も揃って祝いの言葉を投げかけた。それは決して上っ面だけの言葉などではなく、心からの祝福の声だった。

 まあ確かに目論見は外れてしまったのだが、お披露目会が必ずしも嫁探しの場ではないことくらい彼等も十分解っているのだ。

 何せ、このようにお披露目の場で婚約や結婚の報告がなされることも決して珍しいことではないのだから。

 それに、彼等はまだ完全に諦めたわけでもない。

 所詮は婚約。正式に結婚するまではまだ希望はある。或いは、同時に2人と婚約するような相手なら3人目もいけるかもしれない。と、そんな事を考える者もいた。

 中々にタフなメンタルではあるが、そのくらいでなくては貴族の当主は務まらないのである。

「それにしても、皆驚いただろうね。

 何しろこのように美しい婚約者を2人も同時に手にしたのだから。」

 会場の興奮が収まらない中、ウイルバートがイルムハート達にそう声を掛けて来た。

「後は早く結婚して孫の顔を見せてもらえると嬉しいのだけれどね。」

 そんなウイルバートの言葉に対する2人の反応は

「はい、お父君のお望みを叶えられるよう精一杯努力致します。」

「孫って、それはもしかして私と師匠の……。(ポッ)」

 とまあ、それぞれ相変わらずである。

 そんな中、母親のセレスティアが口を開く。

「あなた、何をおっしゃっていますの?

 フランセスカさんはともかく、セシリアさんはまだ成人にもなっていないのですからね。

 あまりおかしな話を吹きこんむものではありませんわよ。」

「いや、しかしだね……。」

 いちおう反論しようとするウイルバートだったが、それが無駄な足掻きであることは誰の目にも明らかだった。

「3人のことは3人に任せれば良いのです。よろしいですね?」

「……ハイ。」

「ではイルムハート、私たちは皆様にご挨拶をしてまいりますね。」

 そう言ってセレスティアはしょげ返ったウイルバートを引き連れるようにして客達の中へと消えて行った。

 そんな2人を見ながらセシリアがポツリと呟く。

「師匠ってお父様似だったんですね。」

「そうかい?

 皆にはよく母親似だと言われるけどね。」

「いえ、顔の話では無くてですね、強い女性にはとことん弱いところが何というかお父様にそっくりだなぁと思って。」

「……。」

 痛いところを突かれたイルムハートには返す言葉も無い。

 すると、それを聞いたフランセスカがまた奇妙な事を言い出した。

「そうなのですか?

 旦那様にそんなところがあるなど、今まで全く気が付きませんでした。」

 そんなフランセスカの言葉にイルムハートもセシリアも思わず唖然とする。

 そのイルムハートの弱点につけこんで有無を言わさず強引に結婚宣言をぶちかました本人が今更何を言うのか?

 しかし、どうやらフランセスカにその自覚は無いらしい。

「どうかしましたか?

 何かおかしなことを言ったでしょうか?」

「いえ、何でもないですよ。

 ただ、フランセスカさんらしいなと。」

 これにはイルムハートも苦笑するしかなかった。

「良く分りませんが、褒められているのでしょうか?

 ところで旦那様、婚約も交わしたことですし、そろそろ私のことは”フランセスカさん”ではなく”フランセスカ”と呼んで頂けませんか?

 それとセシリア、貴女もです。

 最早、師弟ではなく夫婦も同然なのですから”師匠”と呼ぶのは改めた方が良いと思いますよ?」

 フランセスカの言うことも尤もではあるのだが、かと言って今までの呼び方を急に変えられるものでもない。第一、まだ照れ臭さが先に立つ。

「それはそうなんですけど、もうそう呼ぶ癖が付いてしまってるんですよ。

 その辺りについては徐々に変えてゆけばいいんじゃないでしょうか。」

「それに、”あなた”とか”旦那様”とか呼ぶのはまだちょっと恥ずかしくて……あ、でも”ご主人様”なら大丈夫ですけど。」

「それはもういいから。」

 セシリアの言葉をすぐさま却下するイルムハート。彼にしてみればそっちのほうが余程気恥ずかしいのだった。

 しかし、そんな気持ちはフランセスカには伝わらない。

「ならば2人でそう呼ぶようにしましょうか?

 いかがでしょう、”ご主人様”?」

 そして、それにセシリアが乗っかる。

「あ、それ良いですね。どうですか、”ご主人様”?」

「……君達、それはワザとやっているのかな?」

「何がでしょうか?」

「全然、そんなことないですよー。」

 天然娘と悪戯っ娘。この無敵コンビの手強さにイルムハートは思わず頭を抱えた。

(もしかすると、僕はとんでもない選択をしてしまったんじゃないだろうか?)

 そして、この婚約についてほんの少しだけ後悔したのである。


 婚約発表の後、イルムハート達3人は招待客からの挨拶と祝いの言葉を受けることになった。

 いかにイルムハートが辺境伯の子とは言え貴族家当主である招待客の面々と比べれば序列は下になるし、しかも彼等を招いた側でもある。

 従って本来なら彼の方から挨拶をして回るのが礼儀ではあるが、今日だけは違った。主役である彼が皆から挨拶を受ける立場になるのだ。

 とは言え、それはそれで辛いものがあった。

 広間の正面で好奇の目に晒されながら突っ立ってるのも結構疲れるものなのだ。特に精神的に。

 そんな中、最初にやって来たのはやはりロランタン公爵エドマンだった。序列的には当然のことであろう。

 そしてその隣には彼の腹心であるラザール・ペルシエ・クロスト伯爵が控えている。

「おめでとう、イルムハート・アードレー。

 成人した上に婚約まで決まるとは実に目出度いことだ。」

「ありがとうございます。」

「おめでとう、イルムハート君。

 それにしても、いきなり2人も婚約者を手に入れるなんて、相変わらず君は私達を脅かせてくれるね。」

 笑いながらそう口を開いたのはラザールだった。

 彼もエドマンと出会うきっかけとなった事件を通じ知り合った仲で、その際にはイルムハートの子供とは思えぬその能力に何度も驚かされていたのだった。

「ありがとうございます、伯爵。

 どうやら私は自分で思う以上に欲張りな人間だったようです。」

「まあ、君ならこの2人の婚約者殿をきっと幸せに出来るだろう。私はそう確信しているよ。」

「後は早く子を作り、アルフレートにひ孫の顔を見せてやってくれたまえ。」

 血筋を絶やさないことが貴族の使命とは言え、何故こうも皆子作りをせかそうとするのか。エドマンの言葉にはイルムハートも苦笑いで応じるしかない。

「まだ婚約したばかりですし婚姻を交わしたわけでもありませんので、子供のことはもう少し先のことになるかと……。」

「ふむ、それもそうか。

 しかし、目出度い事は早いに越したことはあるまい。子が出来てから結婚する者も決して珍しくは無いのだからな。」

 そう言ってエドマンが笑う。

 周りからはかなり厳格な人間だと思われているし、実際政務の上では並み居る貴族達を圧する程の厳しさを持っていたようだが、どうやらプライベートではそうでもないらしい。

 まあ、親友の孫ということで気を許している部分もあるのかもしれないが。

「閣下、イルムハート君は成人したばかり。それにセシリア嬢はまだ15とのことですので、そう言った話は少々早いのではないかと……。」

「何を言うか、ラザール。15ともなれば大人も同然。

 それに、このような美しい婚約者達を前にして手を出さずにいられるわけもなかろう。」

 しかし、ちょっと気を緩めすぎかもしれない。そんな感じでエドマンはラザールを呆れさせた。

 そして、フランセスカにセシリアと言えば、エドマンの言葉に揃って「うんうん」と頷いてみせる。

 そんな中、イルムハートにはただ乾いた笑いを浮かべる他に出来ることは無いのだった。この小さな嵐が早く過ぎ去るのを願いながら。


 その後もイルムハートは次々と来客の対応をすることになる。

 見知った顔であればまだ良いのだが初対面の相手となると間を持たすので精一杯。ある程度覚悟はしていたものの、それは予想を超える苦行だった。

 尚、伯父や叔母と言った親戚筋とは既に会の始まる前に顔合わせが済んでいるため、ここで改めて挨拶することはない。

 それはつまり、気を許せる相手に息を抜いているヒマすら無いということでもある。

(貴族と言うやつも中々タイヘンだよな……。)

 イルムハートが内心そんな弱音を吐いていると、ひとりの女性が彼の方へと近付いて来た。

 年の頃は30前後。かなりの美人である。

 娘同伴ではないためイルムハート狙いということではなさそうだが、かと言って顔見知りというわけでもなかった。

(誰だろう?)

 イルムハートが不思議がっていると、そこへ聞き慣れた声が響く。

「おう来たか、カサンドラ。」

 声の主はフォルタナ魔法士団長であるバリー・ギャレルだった。

 お陰で女性の正体は判明したのだが、それはイルムハートに少なくない驚きも与えた。

(この人が王国魔法士団のメローニ団長?あんなに若いのに?)

 王国魔法士団とはあまり交流が無いため良く知らないとは言え、まさかこれ程に若い団長が率いているとは思わなかったのだ。

 尤も、彼女の年齢についてはこの後もう一度驚くことになるのだが、この時はまだ見た目でしか判断出来ないのだからそれも仕方ないことではある。

 それにしても、男爵をファーストネームで呼び捨てにするところを見ると2人は余程仲が良いのだろう。

 ただ、バリーの顔を見た瞬間カサンドラは「ちっ」と舌打ちしたようにも見えたが、多分それは気のせいに違いない。

「イルム坊ちゃん、こちらは王国魔法士団長のカサンドラ・メローニ・シルメラン男爵でありますぞ。」

「本日はお招きいただき感謝致します、イルムハート殿。

 成人と婚約のこと、心よりお慶び申し上げます。」

 何故だろう?仲が良いはずのバリーに対する彼女の態度はどこかギスギスしているようにイルムハートは感じた。これも気のせいなのだろうか……。

「ありがとうございます、メローニ団長。

 それにしても、まさか王国魔法士団長がこれ程お若い方だとは知りませんでした。」

「そう言ってもらえるのは嬉しいのですが、実のところ私は貴方の御父上よりもずっと年上なのですよ。」

 イルムハートの言葉に笑ってそう返すカサンドラ。

「えっ!?」

「えーっ!?」

 これにはイルムハートだけでなくセシリアまでもが思わず驚きの声を漏らしてしまった。

 無理も無い。現在44歳のウイルバートより”ずっと”年上ということは既に50を超えている可能性すらあるということなのだ。彼女の見た目からは到底想像出来ないことである。

 王国騎士団に所属するフランセスカは立場上当然知っていたが、イルムハートとセシリアにとってそれはあまりにも意外過ぎる事実だった。

 そんなイルムハート達の反応を見たバリーがカサンドラに対し少し呆れたような顔で口を開く。

「お主、無理に若作りするのもほどほどにしたほうが良いぞ。坊ちゃんたちが驚いておるだろうが。」

「無理な若作りとは聞き捨てなりませんね、ギャレル老師。

 これが私のありのままの姿。日頃の努力のたまもので御座いましてよ。」

 そう返すカサンドラの声には多分に苛立ちの響きがあった。

 まあ、これはバリーが悪い。あまりにも失礼な物言いで、カサンドラが怒るのは当然だろう。

 しかし、その程度でバリーが口を閉じるわけもなかった。

「何を言っておるか、その若作りのせいで”西の郭の魔女”などとおかしな名をつけられるのだろうが。

 それと、何じゃその気持ちの悪い話し方は?

 お主らしくもない。聞いていて背中が痒くなってくるわい。」

 これにはカサンドラも我慢の限界だったらしい。イルムハートにはカサンドラがキレる「プチン」という音が聞こえたような気がした。

「さっきから聞いてれば好き放題言ってくれるじゃないかね、このジジイは。

 こっちは無理して猫かぶってるんだから余計な茶々入れるんじゃないよ。

 ホント、昔からアンタは場の空気ってものが読めない奴だね。」

「おう、それじゃそれじゃ。それでこそお主じゃ。」

 悪態をつかれたにも拘わらずバリーは逆に満足そうな表情を浮かべる。これにはカサンドラも諦めたようなため息をつくしかなかった。

「全くこのジジイときたら……。

 すまないね、イルムハート殿。こっちが本来のアタシなんだよ。

 今日くらいは普通の貴族らしくしていようと思ったんが、やっぱりアタシには無理だったようだね。」

 そう言ってカサンドラは苦笑交じりの笑みを見せた。

 後でバリーから聞いた話によると、カサンドラのこの貴族らしくない物言いは元軍人である祖父の影響によるものらしかった。

 何でも入り婿だった彼女の祖父はそれなりに名門の出ではあるものの、軍にいた頃一般兵と交わる内にすっかり平民の言葉遣いが身についてしまったのだそうだ。

 そしてそれがお爺ちゃん子だった彼女にそのまま受け継がれてしまった訳である。

「まあ、このようなはねっ返りではありますが坊ちゃんにとっては姉弟子となるわけですし、何分宜しく願いますぞ。」

「ちょっと待ちな。随分と聞き捨てならないこと言うじゃないか。

 いつアタシがアンタの弟子になったんだい?」

「何を言っておるか、昔いろいろと教えてやったであろうが。」

「魔法士団の特別講義で何回か話を聞いただけだろ?

 それで勝手に弟子扱いされたんじゃたまったもんじゃないよ。」

「相変わらず素直でないのお。昔はもっと可愛げがあったものだが、歳は取りたくないものよ。」

「……どうやらアンタとはいっぺんきっちり話を付けとく必要がありそうだね。」

「ほう、また儂に何か教えを請いたいのかの?」

「誰がそんなこと言ったんだい!人の話はちゃんと聞きな、ジジイ!」

 一体仲が良いのか悪いのか。唖然としながらイルムハートは目の前の2人を見つめた。

 尤も、本当に仲が悪ければここまで言いたいことを言い合えるものではないだろうし、何よりもこの絶妙の掛け合いを見れば長い付き合いであることが良く分る。

 まあ、良い意味での腐れ縁といったところだろうか。

 そう考えると目の前で繰り広げられる言い争いも、喧嘩ではなく単にじゃれ合っているかのようにも見える。

 こんな付き合い方も悪く無いな。イルムハートは素直にそう思った。

 そして、そのお陰で少々憂鬱になりかけていた気分がすっと晴れてゆくのを感じたのだった。

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