卒業とその先の未来
第3章最終話です
5月。
イルムハート達にとってアルテナ高等学院を卒業する日がやって来た。
既に秋も深まったその日、晴天に恵まれた中を卒業生全員が大講堂に集まる。
入学式こそ別々だったが、さすがに卒業式は全学科の生徒が集まって取り行われるのだ。
それは学科を越えた友人たちと共に式を迎えさせてやりたいという学園側の配慮だった。
但し、当然の様にこちらも家族の参加は禁止されている。勿論、それが一部貴族のバカ親を排除することが目的であることは明らかだ。
一体、過去にどれだけのことを仕出かせばここまで学園から疎まれることになるのやら。
まあ経緯はどうあれ、今はそのおかげで静かに式を進めることが出来るのである。
「いやー、俺達もとうとう卒業か。長いようで短かったな。」
大講堂の前で入場を待っている間、イルムハート達パーティーのメンバーは自然と集まり他愛のない会話を交わしていた。
「何かジェイク君、毎年そんな台詞を言ってますよね?」
「そうか?」
「そうですよ。
もしかすると、”一年毎に区切りの良いところでその台詞を言わないと死んでしまう病”にでもかかってるんですかね?」
「何だそれ?
呪詛魔法でも掛けられたみたいなヘンな病名作るんじゃねえよ。」
「あ、気付きましたか?
実は数年前に僕が呪詛を掛けたんですけどね。」
「怖いこと言うな。お前が言うとシャレになってないんだよ。」
相変わらず不毛なジェイクとケビンのやり取りに、これもまたいつものごとくライラが呆れた声を出す。
「アンタ達、ホント緊張感ってものが無いわよね。
それがこのアルテナ学院を卒業しようって人間のする会話なわけ?
親や先生が聞いたら泣くわよ?」
勿論、ジェイク達にしても卒業を迎えたことに何の思いも抱いていないわけではない。むしろ感傷的にすらなっていた。おそらくはその反動からつい軽口が口を突いて出て来てしまうのかもしれない。
「まあ、いいじゃないか。
卒業したからと言って僕らは僕らだ。何が変わるわけじゃない。いつも通りが一番だと思うよ。」
「そうやって甘やかすからいつまで経ってもお子様のままなのよ……特にコイツは。」
イルムハートの言葉に溜息をついた後、ライラはそう言ってジェイクに視線を送る。
「こんなんでちゃんと旅が出来るのかしら?
行く先々でいろいろやらかすんじゃないかって心配になるわ。」
「大丈夫さ。むしろ、僕達の中で一番順応力の高いのがジェイクだと思うよ。」
「その無駄に高い順応力が却って不安なのよ。ただのお調子者ってことだもの。」
このあまりの言われ様を聞いてはさすがにジェイクも黙ってはいられなかった。
「お前なあ、さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって。
一体、俺を何だと思ってるんだ?」
「勿論、”救いようのないお調子者”だと思ってるわ。」
しかし、ライラにそう即答され敢え無く撃沈する。
「敵うはず無いのですから黙っていればいいのに、相変わらず墓穴を掘るのが得意ですよね、ジェイク君は。」
そんなジェイクを見ながらケビンは何故か感心したように口を開いた。まあ確かに、その打たれ強さは評価出来るかもしれない。
「ところでイルムハート君、9月まではどうするつもりなんです?
王都近辺で依頼をこなすのか、それとも少し足を延ばしてみるつもりでいるんですか?」
卒業後は国を出て各国を巡ってみる。それは既に決定していたものの、かと言ってすぐにという訳にもいかなかった。
計画を立てる時間が必要だということもあるが、それ以外にもイルムハートにはまだ国を離れる訳にはいかない事情があったのだ。
そう、8月にはイルムハートの成人お披露目会という大イベントが控えているのである。
「いろいろと準備もあるのでそう遠出は出来ないだろうから、多分アルテナ直轄領内でということになると思うよ。
君達には迷惑を掛けることになるけど。」
「仕方ないですよ、気にしないで下さい。
上位貴族の家に生まれた者として成人のお披露目会は、言わば義務みたなものですからね。」
確かに16と言う歳は成人となる大事な節目ではある。だが、だからと言ってどの家でも盛大にそれ祝うというわけではなかった。
平民の多くは16になる年の初めから既に一人前の働き手として社会に出るため、誕生日を迎えても今更と言った感がある。
また、例え貴族であっても下級貴族の場合は跡継ぎ以外の子のお披露目会などわざわざ開いたりせず、内々で祝う程度で済ませてしまうのが一般的だった。
つまり、第2子以降の子にまでお披露目会を催すのは上級貴族だけなのである。
「それにしても、子供全員のお披露目会を開かなきゃならないなんて上級貴族も大変なんだな。」
するとそこへ、ライラの口撃からあっさり立ち直ったジェイクが割り込んで来た。
「まあ、それには理由があるんですけれどね。」
「理由?どんな?」
「ひと言でいえば結婚相手探しです。」
その言葉にぽかんとするジェイクを尻目に、ケビンは説明を続ける。
「例え跡継ぎでなくとも上級貴族の子供となれば、自分の子の嫁や婿に欲しいと望む者達はいくらでもいるんです。
なので、そう言う人たちに対する”お披露目”の会でもあるんですよ。」
「マジか?」
「マジです。
イルムハート君の場合、辺境伯の子ということに加え十分に見目も良いですからね。目を付けている家は多いと思いますよ。
これはもう大盛況のお披露目会になりそうですね。」
「おいおい、大丈夫なのかそれ?
セシリアやフランセスカさんが聞いたら黙って無いと思うぞ?」
心配半分、冷やかし半分と言った感じでジェイクがイルムハートをちらりと見る。
だが、当のイルムハートは多少苦笑いを浮かべてはいるものの、特に慌てた様子は見せなかった。
「あくまでもしきたりとして取り行うだけで、結婚相手探しなんてするつもりは無いよ。
それに、そのことはもう彼女達に話してあるんだ。何しろ2人とも会には招待する予定だからね。」
どうやら既に手は打ってあるということらしい。それを聞いたジェイクは少しつまらなそうな顔をしながら言った。
「何だよ、せっかく面白くなりそうだったのに。」
「何が「面白くなりそう」よ。ろくでもないこと言ってるんじゃないわよ。」
そして、その無責任な発言の対価としてライラに思い切り後頭部を叩かれると言う目に会う。
強烈な痛みにジェイクが悶絶している中、教師から卒業生たちに大講堂へ入るよう声が掛けられた。
「じゃあ、また後でね。」
「式が終わったらまた集まりましょう。」
「ああ、また後で。」
そう声を掛け合い、ライラとケビン、そしてイルムハートはそれぞれ自分達の学科のグループへと戻って行く。
「おい、ちょっと待て!俺は放置か!?」
ひとり残されたジェイクはそう訴えたものの、もはや周りには誰もいない。
その扱いにしばし憮然とするジェイクだったが、既にほとんどの生徒が入場を終えている事に気が付き慌ててその後を追うのだった。
大講堂はアルテナ学院の中で最も大きな建物である。
中は広く、その造りは”講堂”と言うよりもコンサート・ホールに近い。
正面にあるステージのような演壇をその要として三層の客席が扇型に広がり、千人を超える人員が収容可能となっていた。
一番広い1階席には卒業生だけが座り、残った2階3階の席に在校生が陣取る。
普通に考えれば、それでは当然在校生の席が足りない。何しろ卒業生の4倍の数がいるのだ。
だが、実際にはそれで問題ないのである。何故ならば、彼等の参加は必須ではないからだ。
これはあくまでも卒業生のための式であり、それ以外は”観客”でしかない。在校生の場合、代表が送辞を述べる程度で後は特にすることなどないのである。
そのため、卒業生の中に特別親しい先輩でもいない限りは参加しない在校生がほとんどだった。
それだけを聞くと人間関係が希薄なように感じるもしれないが、実際上級生と下級生の関係などどこの世界でもそんなものだろう。
と言う訳で普段なら2階席だけで十分収容可能なはずなのだが、その年に限っては3階席まで在校生で埋まってしまった。しかも、その大半は女子生徒だ。
どうやら卒業生の中に女子生徒から圧倒的人気を得ている人物がいるようである。
……まあ、当の本人はそんなことに全く気付いていないのだろうが。
卒業式は粛々と進んだ。
要らぬ余興など無く、ただ淡々と式次第通りにこなされてゆく。
来賓の挨拶、そして卒業メダルの授与。
その間も余計な雑音は発せられず、常に静粛だけが会場を包む。
だが最後、学長が話の締めに送った「卒業おめでとう」という言葉をきっかけとし、大講堂は卒業生・在校生の歓喜の声で埋め尽くされた。
こうして、式は無事終了したのだった。
式が終わった後、卒業生たちは三々五々それぞれ仲の良いグループに別れ帰宅してゆく。
卒業パーティーのようなものは無い。あくまでもここは学ぶことを目的とした場所だからだ。なので、各自が自分達で集まりパーティーを開くのである。
イルムハート達もこの後夕方から親しい者達で彼の屋敷に集まる予定だった。
それに参加するメンバーが最終確認のため集まっていたのだが、肝心のイルムハートの姿だけが無い。女子生徒達に捕まってしまったのだ。
「いいよなー、アイツは。最後の最後までモテモテじゃないか。」
女子生徒達に囲まれ困惑の表情を浮かべるイルムハートを遠目に見ながら、ジェイクが羨ましそうに呟く。
「まあ、イルムハート君ですからね。自分と比べるのは間違いですよ。」
「そんなこと言われなくたって解かってるんだよ。
けどなあ、ケビン。俺だって女の子とイチャイチャくらいしたいんだよ。」
「でも、ジェイク君は年上が好みなんじゃなかったですか?」
「それはそれ、これはこれだ。」
きっぱりとそう言い切るジェイクにケビンは苦笑いを浮かべ、ライラは大きなため息をつく。
「全く、このバカは……。
ところで、アタシ達はもう少しイルムハートを待つけど皆はどうする?」
そう言ってライラは他の参加者達に目をやる。
イルムハートの同級生であるエリオとサラ、そしてライラ達の友人が数人。彼等も待ちぼうけを食わされていたのだ。
「後で家まで迎えをよこしてくれるって言っていましたから、私はいったん帰ろうと思います。
これを両親に見せてあげたいし。」
ライラの言葉に応え、サラはそう言って卒業メダルを掲げてみせる。
「そうね、そうしてあげたほうが良いと思うわ。」
と言うことで結局、ライラ達3人以外は一度家に帰ることになった。
「じゃあ、また後でね。ケビン君。」
「ああ、また後で。サラさん。」
帰り際、ケビンとサラがそう挨拶を交わしたのを見て、突如ジェイクが色めき立つ。
「なんだなんだ、今のは?何でお前だけに挨拶したんだ?」
「アンタ、知らなかったの?」
それに対しライラは意外そうな顔で、しかしジェイクにとって”痛恨の一撃”とも言える言葉を口にした。
「ケビンとサラちゃん、付き合ってるのよ。」
「何ぃーっ!?」
次の瞬間、ジェイクの悲痛な叫びが辺りに響く。
「聞いてないぞ?いつからだよ?
お前、どうやってあの子のこと騙したんだ?」
「騙したとは心外ですね。」
ケビンはそう言い返したが、それほど不機嫌な様子も無い。勝ち組の余裕だろうか。
「彼女は状態異常系の魔法を防ぐ魔道具について研究しているんですよ。
それで、イルムハート君に頼まれいろいろと相談に乗っている内に、まあ何となくですかね。」
「ちくしょう、世の中は何て不公平なんだ。」
絶望の表情を浮かべるジェイク。その目からは血の涙が流れているのではなかと思わせる程に。
「結局、俺とライラだけが寂しいままで学院生活を終えたってわけか。」
が、ジェイクの苦難はまだ終わっていなかった。
「何を言ってるんですか?ライラさんだって結構人気があるんですよ?
今までに何人もの相手から交際を申し込まれていますしね。
尤も、全部断ったみたいですが。」
「な……。」
あまりにも無慈悲過ぎるケビンの言葉にジェイクは絶句する。
「ああ、その話?
だってみんな貧弱な筋肉の男ばかりなんだもの。そんな連中に興味なんか無いわ。」
そして、あっさりそう言ってのけるライラ。
まあ、”筋肉不足”という理由でイルムハートにすら興味を持たないライラである。並みの男ではその眼中に入る事すら出来ないであろう。
「だそうですよ、良かったですね。」
「はあ?何がだよ?
別にコイツが誰と付き合おうと付き合うまいと、そんなの俺には関係ない話だろ。」
何やら妙に声を高めるジェイクに対し、ケビンはニヤリと笑みを浮かべその耳元でこう囁いた。
「しばらく前から筋肉を付けるためのトレーニングを始めてますよね?
それを僕が知らないとでも思っているんですか?」
「な、な、何を言ってんだ、お前!?」
「それって、一体誰のためなんでしょうかね?」
「か、勘違いするんじゃねえぞ!俺はただな……。」
ケビンの言葉で大いに慌てるジェイク。すると、そこへライラが割り込んで来た。
「何コソコソ話してるの?」
「いやね、このところどうやらジェイク君は筋肉を付けようと努力しているらしいので、一体それは何ためなのかなと思いまして。」
「ちょ、ケビン!」
これで万事休す……かと思われたが、肝心のライラの反応は実に素っ気ないものだった。
「ふーん、そうなの。
まあ、剣士にだって当然筋肉は必要だし、少ないより多い方が良いに決まってるわよね。
せいぜい頑張りなさいよ。」
哀れジェイク。リングへ上がる事さえ出来ずその前にあっさりKOされてしまった。
「これは、思った以上に手強いですね。
先は長そうですよ、ジェイク君。」
「……もう、いいから。」
ケビンの言葉にジェイクはそう返すので精一杯だった。
その声はいつもの彼からは想像も出来ない程に弱々しく、これにはさすがのケビンも掛ける言葉すら無かったのである。
「みなさーん、お待たせしましたー。」
しばらくすると、そう叫びながらセシリアがイルムハートの腕を引っ張りこちらへと向かって来た。
どうやら女子生徒の群れの中から無事イルムハートをサルベージして来たようである。
「やっと来たわね。
アナタも時にはピシャリと断る事も覚えなさいよ。」
「女性が相手だとホント優柔不断なんですから、師匠は。」
女性陣2人の手厳しい評価にはイルムハートも「はい、反省してます」と答えるしかない。逆らっても勝ち目などないと解っているからだ。
「ところで、他の皆は?」
「さっきまで待ってたのよ。でも、いったん家に戻るって。親にメダルを見せてやりたいらしいわ。」
「そうか、悪い事しちゃったな。」
ライラの話を聞いたイルムハートは申し訳なさそうに頭を掻く。
「アタシ達はまあいいけど、セシリアにはもう少し気を使ってあげなさいよ。
あんまり心配させないほうがいいんじゃないかしら?」
これには全く返す言葉が無い。何しろ想い人であるイルムハートがこんな風なのだから、ああ見えていろいろ我慢しているだろうと言うことは良く解かっていた。
「あれ?ジェイク先輩、どうしちゃったんですか?」
すると、そのセシリアが落ち込んでいるジェイクに気付き、何やら不思議そうに声を上げる。
「先輩が静かだなんて珍しいですよね。」
「まあ、ジェイク君も卒業にあたっていろいろと思うところがあるんじゃないですかね。」
「へえー、卒業式で感傷に浸るなんて、先輩にそんな殊勝なところがあったとは正直驚きです。」
セシリアはどうやらケビンの言葉を良い意味に脳内変換したらしく、少しだけ感心したような顔をした。
「セシリア……君はジェイクのことを何だと思ってるんだい?」
さすがにそれは言い過ぎだろうとイルムハートが口を出したものの、セシリアは
「”天下のお調子者”だと思ってます。」
きっぱりとそう言い切る。
日頃の行いのせいとは言え、少しだけジェイクが可愛そうに思えるイルムハートだった。
「そう言えば、大講堂内でフランセスカさんを見ましたよ。」
そんなイルムハートの気持ちを知ってか知らずか、セシリアは唐突に話題を変えて来た。
「フランセスカさんが?
いや、彼女はまだ騎士団にいるはずだよ。誰かと見間違えたんじゃないのかい?」
フランセスカも卒業パーティーには呼んでいるが、今はまだ職務中のはずである。そのために開始を夕方にしたのだ。
「いえ、あれは確かにフランセスカさんです。
来賓席の後ろの方に座ってました。」
1階のイルムハートより上層階にいたセシリアのほうが周りを良く見渡せるのは確かだ。それに、考えてみればセシリアがフランセスカのことを見間違えるはずはない。
「本当に来てるのかな?」
すると、そんなイルムハートの疑問を一発で解消してしまう聞き覚えのある声が耳に届く。
「旦那様。」
フランセスカだった。
「ご卒業、おめでとうございます。」
そう言って微笑むフランセスカにイルムハートは戸惑ったような表情を浮かべる。
「どうしてフランセスカさんが学院にいるんですか?」
まあ、関係者しかいないはずの卒業式に部外者であるフランセスカがいたとなれば、イルムハートが疑問を抱くのも当然ではある。
「アルテナ学院の卒業式には王国騎士団も来賓として呼ばれているのです。
普段は事務方が出席するのですが、今回ばかりは替わってもらいました。何しろ旦那様の卒業式ですからね。」
「それは分かりましたが、騎士団のほうは?」
「非番です。」
イルムハートの問いにただひと言、そう答えるフランセスカ。
元々非番だったのか、それとも無理やり非番にしたのか。まあ、その辺りは深く追求しない方が良いのかもしれない。
(オースチン団長もフランセスカさんには甘いからなぁ。)
当日は非番にして欲しい。そうフランセスカに詰め寄られ困り果てるフレッドの顔が頭に浮かび、イルムハートは思わず苦笑してしまった。
「ところで、ジェイク殿はどうされたのですか?」
どうやら物静かなジェイクとういのはイルムハートが考える以上に珍しいものらしい。フランセスカまでがそう尋ねてきたのだ。
「ちょっと感傷的になってるみたいなんですよ。
多分、卒業するのが寂しいんじゃないですかね。」
相変わらず勘違いしたままのセシリアがそう答えた。
「そうなのですか。
絵に描いたようなお調子者のジェイク殿でも、そんな風になることがあるのですね。」
フランセスカは何やら感銘を受けたような顔でそう口にしたのだが、言ってることはかなり酷い。
だが、これがケビンに大ウケした。
「いいですね、”絵に描いたような救いようのない天下のお調子者”ですか。これは凄いです。ここまで来ると本物ですよ。」
フランセスカ、ライラ、セシリアのジェイク評が見事につなぎ合わされて、これにはイルムハートもライラも笑いを堪えることが出来ない。
一方、事情の分からないフランセスカとセシリアはキョトンとするばかりだった。
「お前等!いい加減にしろ!」
これによりとうとう我慢も限界に達したようで、ジェイクが爆発し大声を上げる。
「人が大人しくしてるのを良い事に言いたい放題言いやがって!
誰が”絵に描いたような救いようのない天下のお調子者”だ?
上手いこと……じゃなくて、勝手なこと言ってんじゃねえ!
ちょっとお前等、そこに並べ!説教してやる!」
鬼のような形相でそうまくしたてたジェイクだったが、残念ながらその気迫に気圧されるような者など誰ひとりいなかった。
「バカ言ってんじゃないわよ。
何でアンタなんかに説教されなきゃいけないわけ?」
「そもそもですがジェイク君。
君、他人に説教出来るだけのボキャブラリーはあるんですか?」
「どうせ話が支離滅裂になって逆にバカにされるだけなんですから、止めておいた方がいいですよ、先輩。」
「ムキィー!!」
まさか「ムキィー!!」などという言葉を口する人間が現実にいるとは思わなかったが、これだけ酷い扱いをされたのではジェイクの気持ちも解からないではない。
怒り狂ってライラ達を追い回すジェイク。
すると、それを見たフランセスカが実に穏やかな表情を浮かべこう言った。
「随分と楽しそうですね。皆、仲が良くて何よりです。」
「楽しそう?」
その言葉に一瞬意外そうな顔をするイルムハートだったが、確かにそうだと思い直す。傍から見れば仲の良い友人たちがじゃれ合っているようにしか見えないのだ。
「そうですね、皆良い仲間達ですよ。」
この先、数多くの出来事が自分達を待っているに違いない。
冒険者の仕事だって決して楽なものではないし、いろいろな人と関わってゆく中では厄介な事も起きるかもしれない。
加えて”再創教団”。
あの様子ではいずれまた何らかの形でちょっかいを出して来るのは目に見えていた。そうなれば面倒事は避けられないだろう。
それから、最後に”予言の子”の件。
これについてはどんな影響があるのか全く予想もつかないし自分がその”予言の子”だとも思ってはいなかったが、だからと言って曾祖父の能力や祖父の”勘”を軽んじるわけにもいかない。注意は怠らないほうがよさそうだ。
とまあ色々と心配事の種は尽きない。
しかし当然のことではあるが、未来へ向かうということは途中で出遭う様々な困難を乗り越えてゆくということでもあるのだ。
そして、その道を自分は決して挫ける事無く前へ進むことが出来る。この仲間達がいれば。イルムハートはそう確信していた。
「ジェイク、ライラ、ケビン、セシリア、そしてフランセスカさん。
皆と出会えて本当に良かった。僕は心の底からそう思います。」
そんなイルムハートの言葉に、フランセスカは少しだけはにかみ頬を赤らめながらも静かに頷く。
それは良く晴れた秋の日のひとコマ。
その場にいる彼等にとって一生忘れることの出来ない、大事な思い出の場面となるのであった。
こうしてイルムハートはアルテナ高等学院を卒業し、いよいよ一人前の冒険者としてその一歩を踏み出すこととなる。
その先には様々な事件が彼を待ち構えているのだが、今はまだそれを知る由も無い。
自称”普通の転生者”が紡ぐ本当の物語は、まだやっと始まったばかりなのだった。
本話で第3章終了となります。
第1章、第2章に比べれば多少マシになったのではないかと自分では思うのですが、読み返してみるとまだまだ粗ばかり目立ち反省しきりといったところです。
そんな拙い文章にもかかわらずお付き合い下さった皆さんには感謝しかありません。
ありがとうございました。
この後は少し更新をお休みさせて頂き、11月を目途に再開する予定でいます。
その際にはまた読みに来てもらえると嬉しいです。