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Dランク冒険者の誕生と彼等が往く道

 一連の事件から時は過ぎ、とうに年も明けて4月。

 アルテナ高等学院の卒業を間近にしたイルムハート達パーティー・メンバーはその日、ギルド長のロッドから呼び出しを受け冒険者ギルドを訪れていた。

「俺達まで一緒に呼び出されるなんて、一体何なんだろうな?」

「そうですね、いつもならイルムハート君ひとりで厄介事を引き受けてくれていたんですけれど。」

 いつにない出来事にジェイクとケビンが首をひねる。

「ジェイク君。もしかして君、何か仕出かしたんじゃないですか?

 そのせいで皆まとめて叱られるとか。」

「……バカ言ってんじゃねえ!そんなわけあるか!」

 ケビンの突っ込みにそうジェイクは反論したのだが、何故か不思議な間が一拍空いた。どうやら心当たりが全く無いという訳でもないらしい。

「むしろヤラかしてるのはお前の方じゃないのか?

 この間だって新魔法のお披露目とか言って森ひとつ壊滅させそうになっただろ。」

「そんな出鱈目は良くないですよ。せいぜい森の半分程度です。物事は正確にお願いします。」

「大して変わんねえだろ!ヤラかしてるのは同じじゃねえか!」

 いつもながらのやり取りを交わす2人にライラは大きなため息をつきながらイルムハートへと声を掛けた。

「まったく、あの2人ときたら。

 でも、全員が呼ばれるなんて確かに珍しいわよね。

 イルムハート、アナタは何だと思う?」

「さあ、それは僕にも分からないな。」

 そう言ってイルムハートは肩をすくめた。その行為がライラの質問に対してなのか、それともジェイクとケビンに対しての反応なのかは不明である。おそらくはその両方なのかもしれない。

「でも特に緊急という訳ではなさそうだから、多分悪い内容の話ではないと思うよ。

 とは言え相手がギルド長である以上、良い話であるとも言い切れないのが厄介なところだけど。」

 ロッドからしてみれば散々な言われ様だが、それも日頃の行いのせいだろう。何しろ、彼の口車に乗せられ散々な目に遭ったことも決して少なくはないのだから。

「ちょと、脅かさないでよね。」

 イルムハートの言葉を聞いたライラは不安気に眉をひそめる。

「ギルド長ってば筋肉はあんなに素晴らしいのに性格がアレなのよね。

 ホント、残念な人だわ。」

 筋肉至上主義のライラだがそれでもロッドのことは苦手らしい。随分と嫌われたものだとイルムハートは笑った。そして、筋肉つながりでふとあることを思い出す。

「話は変わるけど、そう言えばベフさん達がもうすぐ帰ってくるらしいよ。」

 先輩冒険者のベフ・コルファとそのパーティーが、所謂”修行の旅”から一時帰国するという話を窓口担当のイリヤから聞いていたのだ。

「ホント!?」

 イルムハートの言葉にライラの表情は打って変わって明るくなる。その目はキラキラと輝いてさえいた。

 ロッドほどではないが、ベフもまたライラ好みの逞しい体をしているのである。

「もしかして、またベフさんのパーティーと合同で依頼を受ける話かしら?

 だとしたらこうしちゃいられないわ。

 アンタ達、さっさとギルド長のところへ行くわよ!」

 今だ不毛な言い争いを続けていたジェイクとケビンをそう怒鳴り付けると、ライラはさっさと奥へと入って行く。

「何だ、ありゃ?一体、どうしたってんだ?」

「ライラさんって、時々意味不明な言動をしますよね。そんなにギルド長と会いたいのでしょうか?」

 事情を呑み込めない2人はその姿を呆然と見送る。

「いや、実に分かりやすよ、彼女は。」

 そんなジェイクとケビンを見ながらイルムハートはそう言って笑った。

 すると前を行くライラが不意に立ち止まり、クルリとこちらへ向きを変え大声で怒鳴る。

「ほら、何してるの!早く来ないと置いてくわよ!」

 その言葉にジェイクとケビンは慌てて走り出し、イルムハートも苦笑を浮かべながらその後を追うのだった。


「おう、良く来たな。

 こうして全員と顔突き合わせるのもしばらくぶりか。」

 イルムハート達が部屋に入ると、執務机から立ち上がりロッドがそう声を掛けて来た。

「どうした?

 突っ立ってないで、まあ座れ。」

 そう言われて先ずイルムハートが腰を下ろし、続けて残りの3人も妙にギクシャクした動きでソファに座り込む。3人とも緊張していたのだ。

 何しろロッドはこの国における冒険者ギルドのトップなのである。いち冒険者からしてみれば遥か上の存在と言えた。

 なので陰では何とでも言えるものの、いざ目の前にすれば緊張してしまうのも無理ないことではあった。

「そう固くなるな。別に取って喰おうってわけじゃねえんだ。」

 そんなジェイク達の反応に苦笑しながらもロッドは少しだけ新鮮な気分を味わっていた。

 何しろこれがイルムハートの場合だと、先ずは胡散臭そうな目つきで見られるところから始まるからだ。

 実際、今もその視線が向けられていた。

「お前は相変わらずだな。

 少しはコイツらの態度を見習ったらどうだ?」

「本当は僕もそうしたいんですけれどね。ギルド長がおかしな話さえ持ってこなければ。」

 イルムハートにそう切り返され、ロッドは何も反論出来ずに頭を掻く。

「まあ、その件は置いといてだな、今日は別に悪い話をしようってんじゃねえんだ。むしろお前たちにとっては良い話だぞ。

 学院の卒業と同時に、お前達は全員Dランクへ上がることが決まったんだ。」

「はぁ?Dランクですか?」

 ロッドのその言葉にジェイクとライラは素っ頓狂な声を上げた。

「でも俺達まだFランクだし、そもそもDランク試験なんて受けてないっすよ?」

「それにアタシ達、ケビン以外はまだ16歳になっていませんよ?」

 一応、ギルドの規定ではDランクへ昇格出来るのは16歳以上ということになっている。

 ライラの言う通り、先月誕生日を迎えたケビンを除けば皆まだその年齢に達してはいないのだ。

「僕もDランク試験は皆と一緒に受けようと思っていたので……まさかその前に昇格出来るとは思ってもいませんでした。」

 ジェイク達ほどではないにしろ、ケビンも驚きは隠せないようだった。

 だが、ただひとりイルムハートだけはあまり驚いた様子が無い。

 実を言うと、普段ロッドと話をしていて何となくそんなことを考えているのだはないかと感じていたのだ。

「そう驚く事でもない。

 確かに規定では16以上ってことになってるが、実際にはそれほど厳格に守られているわけじゃねえんだ。

 そもそも、登録の際の年齢もあくまで自己申告だしな。正確な歳なんて分からない奴も大勢いるんだよ。」

 王国にも戸籍制度のようなものはあるがあくまでも都市部でしか施行されていないため、地方の小さな町や村出身者の場合はその辺りがかなり曖昧になってしまう。

 なので、余程見た目との違いが無い限りは年齢も誕生日も自己申告で通るのだ。

 そのため、ロッドの言う様に厳格な年齢制限は不可能となっているのが実情なのである。

「と言うことで、ギルドの承認さえあれば一応”16になる年”からDランクに上がることが出来るんだ。

 それと、試験の方もDランクまではギルド長権限により無試験で昇格させることも可能になっている。

 幹部連中とも協議したが、誰もお前達の昇格に反対しなかったんでな。問題無く上がれるぞ。

 尤も、どうしても試験を受けたいってんならそれでも構わんがな。」

 そんなロッドの言葉にジェイクとライラはブンブンと音がするのではないかというほどに強く首を振った。

「まさか!せっかく無試験で昇格出来るのにそれを棒に振るわけないじゃないですか!」

 そして、見事にハモる。

「当然、そうですよね。」

 と、ケビンだけが一歩遅れ落ち着いた声で答えた。

「それで、お前はどうなんだ?」

 ジェイク達3人の意思を確認した後、ロッドはイルムハートにそう尋ねた。

 それにはイルムハートにその意思があるかどうかを尋ねたと言うより、この3人を昇格させても問題無いか最終確認する意図があったのだ。

 いくら記録上の実績に問題が無くとも、実際現場での評価はイルムハートにしか分からない。そのための確認である。

 その判断を任せる程に、ロッドはイルムハートを信頼しているのだった。

「勿論、喜んでお受けします。」

 そんなイルムハートの答えを聞いてロッドは満足したようだった。少しだけほっとしたような素振りも窺わせた。

「それじゃあ決まりだな。

 学院を卒業したら、お前らは晴れてDランク冒険者だ。もう地域制限の縛りも無くなり、どこでだって依頼が受けられるようになるわけだ。

 まあ、こいつはギルドからの卒業祝いとでも思ってくれ。」


「それで?

 卒業したら早速”旅”に出るつもりなのか?」

 ある程度実力を付けた冒険者の中には更なる向上を目指して”修行の旅”に出る者もいた。そうやって各地を巡りながら技を磨き知識を広めるのだ。

 それは決して義務付けられたものではないのだが、より上のランクを目指す冒険者の場合は多くがその道を選ぶ。

 イルムハート達も当然そうするだろうとロッドは考えていたし、期待もしていた。有望な若手の成長は彼にとっても望ましいことなのである。

「そうですね、正直こうも早くDランクになることまでは想定していなかったので、卒業してすぐにというわけにもいきません。計画を詰めなければなりませんから。

 ただ、皆とは国の外へ行ってみようかという話はしていたんです。」

「国外へ?王国内じゃなくてか?」

 イルムハートの言葉にロッドは少し驚いたような表情を浮かべた。

 まあ、そうだろう。先ず国内を巡り、その後で国の外へ出てゆくのが一般的なのである。何しろ初めての長旅となるため、慣れぬうちは国内のほうが安心出来るからだ。

 とは言え、それがルールという訳でもない。結局、どちらを選ぶかは本人達次第であり、それぞれの事情にもよる。

 そして、その”事情”というヤツがイルムハートにはあるのだった。

「国内の場合だと、どうしても僕の身分が問題になってしまいます。

 出来るだけ厄介事を避けるためには、いっそのこと国外へ出た方がやりやすいかなと思っているんです。」

 何と言ってもイルムハートは辺境伯の子なのだ。

 冒険者活動をする上では身分を伏せているが、かと言ってずっと隠し通せるものでもない。当然気付く者もいるだろうし、その中には彼を利用しようと近付いて来る輩もいないとは限らないのだ。

 もしイルムハートが大人なのであればそう言った連中も迂闊には近寄ってこないだろうが、残念ながら今の彼は少なくとも見た目ただの子供でしかない。与し易い相手と勘違いする者が出てくるのは容易に想像がつく。

 今まではロッドや騎士団長のフレッドなどが目を光らせてくれていた。しかし、王都を離れればそうもいかなくなるだろう。

 そんな厄介事に巻き込まれるのはごめんだった。だから国外へと、そう考えたのである。

「確かにそうかもしれんな。

 王国内では”最上位貴族の子”だとしても、国を出ちまえば単なる”どっかの国の貴族の子”でしかなくなるわけだしな。

 政治がらみのごたごたに巻き込まれる心配もないだろう。」

「尤も、これはあくまでも僕個人の都合であって、皆にはそれを押し付けることになってしまいますが。」

 そう言ってイルムハートが皆の顔を見ると、「何を今更」といった表情が返って来た。

 以前この話をした時、彼等は何ひとつ文句を言うこと無くあっさりと受け入れてくれたのだった。

「別にみんなで旅をするんなら、それが国内だろうと国外だろうとどっちでも構わないわ。

 何の心配もしてないわよ。」

「魔族大陸とか獣人族大陸とかも行ってみたいしな。」

「さすがにそれはまだ早いでしょう。文化が違い過ぎますよ。

 まあ、ジェイク君はそんなこと気にするような神経していないでしょうけれどね。」

 と言った感じで。

「まあ、お前等が良いのであればいちいち俺が口出しすることでもあるまい。

 で、やっぱり目的地はルフェルディアか?」

 皆の表情を見てこれは国外行き決定と見たロッドは、イルムハートにそう問い掛けた。

 ルフェルディアとは東大陸中央部にある小国のことで、正式名称はルフェルディア公国。

 元々は旧カイラス皇国、つまり現在の皇国が国名を引き継ぐ前に存在した国の衛星国だったが宗主国滅亡の際に政治的独立を果たし、その後いろいろと変遷を経て現在は冒険者ギルド総本部のあるアンスガルドと共に小国家連合の一員となっている国だった。

 そして、ルフェルディアは伝説の冒険者”龍騎士”ナディア・ソシアスの生まれた国でもある。

 しかし、ロッドが名を挙げた理由はそれではない。他にもっと、イルムハートにとって特別なことがその国にはあったからだ。

「はい、ルフェルディアにも立ち寄ってリックさんに会ってきたいと思っています。」

 イルムハートの冒険者としての師であるリック・プレストンが、今年からルフェルディアでギルド長を務めているのである。

 リックの下を訪ねたい。

 昨年末、彼からの便りでそのことを知ったイルムハートはずっとそう考えていたのだった。

「アイツもやっと総本部から解放されてギルド長になれたわけだしな。

 そこに弟子のお前が訪ねて来てくれれば、そりゃ喜ぶだろうぜ。」

 およそ4年半、リックがギルド長になれるまでにそれだけの時間がかかった。

 普通なら2年程の研修でギルド長になるのだがこれには理由があって、彼の後進指導の能力に目を付けた総本部から今まで引き留められていたのだ。

 それが今年、念願叶ってやっとギルド長となりルフェルディアへと赴任したのである。

「シャルロットさんやデイビッドさん、それに娘さんにも会ってみたいですしね。」

 ギルド長研修のためアンスガルドへと向かったリックはその年シャルロット・モーズと結婚し、昨年娘が産まれていた。名はエルマ・プレストン。

「デイビッドのヤツも相変わらずみたいだし、娘とアイツの世話でシャルロットも大変だろうな。」

 どうやらデイビッド・ターナーの女癖の悪さは直っていないようで、リックも手を焼いているらしい。尤も、手綱を締める役はリックではなく、デイビッドの幼馴染でもあるシャルロットに任せられているのだが。

「シャルロットさんなら大丈夫でしょう。ひと睨みで黙らせてしまいますからね。

 何せ”殲滅のシャルロット”です。さすがのデイビッドさんもあの人には逆らえないですよ。」

「違い無い。」

 イルムハートの言葉にロッドは笑う。そこにはどこか懐かしそうな表情も含まれていた。

 ロッドもデイビッドには頭を悩ませられた口だが、過ぎてしまえばそれなりに良い思い出になるのだろう。但し、あくまでも”過ぎてしまえば”ではあるが。

 それからいくつかの雑談を交わした後、最後にロッドが全員を見渡しながら口を開いた。

「まあ、お前等なら何処へ行っても十分通用するだろう。

 いろいろ壁にぶち当たることもあるかもしれんが大丈夫、自信を持って行ってこい。」

 その言葉に4人は声を揃えて「はい」と応える。

 こうして新生Dランク・パーティーはもうすぐ巣立ちの時期を迎えることになったのだった。

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