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西の郭の魔女と辺境伯家の秘密

 王城には東と西のそれぞれに外郭が設けられており、東の郭には王国騎士団、西の郭には王国魔法士団の本部がある。

 リネルアでの一件から数日後、騎士団長のフレッドはビンスを伴いその西の郭にある魔法士団本部を訪れていた。

 今回の件は騎士団と情報院が主導しており魔法士団はあくまでも協力者という形であったため、それに対する謝意と戦果の報告が目的だった。

「今回はご苦労だったね。とりあえずは上手くいって何よりだよ。」

 2人からの挨拶を受けそう返した女性が魔法士団長カサンドラ・メローニ・シルメラン男爵である。

 彼女は元々王国南部に所領を持つペールトン伯爵家の第2子だったが、魔法士団長就任に伴い伯爵家当主である姉より男爵位を譲り受けたのだった。

 その齢はすでに軽く50を超えているものの、容貌はどう見ても30歳前後の妖艶な美女にしか見えない。

 20年以上前から全く歳を取っていない……はずはないのだが、少なくとも外見からはそんな印象を受けてしまうのだ。

 そのせいで不老の魔法を開発したとか若返りの秘薬を創り出したとか彼女には様々な噂が付き纏い、やがて付いた呼び名が”西の郭の魔女”。

 そんなフレッドやビンスがまだ駆け出しの頃から魔法士団長の座に在り続ける”魔女”を目の前にしては、彼等もさすがに緊張せざるを得なかった。

「それもこれも魔法士団の助力あればこそのことです。改めてメローニ団長には感謝申し上げます。」

「そう畏まらずともいいさね。」

 妙に堅苦しい口調で話すビンスが可笑しかったのか、カサンドラはそう言って笑った。

「そもそも今回は後方支援だけで、別に大したことなどしちゃいないよ。

 何ならもう少し前線で使ってくれても構わなかったんだけれどね。」

「いや、さすがにそれは……。」

 カサンドラにそう言われビンスは戸惑いの表情を浮かべた。

 騎士や兵士が前線で敵と対峙し魔法士は後方からその支援を行う。それがセオリーなのだ。

 そのためカサンドラの言葉は単なる軽口かとも思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。

「何、魔法士団うちの子たちなら大丈夫さ。接近戦もみっちり仕込んであるからね。

 前線でお荷物になるようなのろまは王国魔法士団には必要ないんだよ。」

 そう言って笑うカサンドラを見て、ビンスとフレッドは改めて彼女が”武闘派魔法士”であることを思い出す。

 そしてふと、そんな彼女とどこぞの冒険者パーティーにいるとある少女魔法士の顔が重なる。

 あの娘もかなりの武闘派だ。案外、カサンドラとは馬が合うかもしれない、そう内心で苦笑する2人であった。


「とにかくこれで王国内の問題は解決したわけだ。

 けど、結果的には上手くしてやられた形になっちまったね。」

 話題が作戦に関する話に移ると、カサンドラはそう言って浮かない表情を浮かべた。

「はい、残念ながら。」

 それに答えるビンスの表情はさらに暗い。

「この機に乗じメラレイゼでクーデターが起こるとは全く予想もしていませんでした。

 これは我々情報院の大失態です。」

 実を言うとリネルアで”再創教団”との闘いが行われていたその頃、隣国メラレイゼ王国では旧王家派によるクーデターが発生していたのである。

 今回の件によりバーハイム王国政府の目が国内に向いていたその間隙を縫ってのことで、完全に意表を突かれる形となった。

 そのため対応が後手に回り、僅か数日でメラレイゼの国土の半分は旧王家派が支配する状況にまでなってしまったのだった。

 勿論、バーハイム王国もそれを黙って見ていたわけではない。急遽、支援部隊を派遣し巻き返しを計った。

 しかし、そこで予想外のことが起きてしまう。旧王家派がカイラス皇国との同盟を締結したのである。

 これを聞いたバーハイム王国は早々に皇国へ抗議を申し入れた。

 当然である。

 旧王家派はまだ国権を奪取したわけではなく、現状ではただの叛徒の集まりなのだ。これを表立って支援することは国家転覆に手を貸すということであり、それはどこの国においても認められることでは無い。

 何故なら、それを認めてしまえばもし自分の国で同じことが起きても甘んじて受け入れざるを得なくなってしまうからだ。

 だが、皇国の回答はこれもまた予想を超えるものだった。

『メラレイゼ王国内において不当に虐げられている魔族強硬派の人々を支援する』

 それが皇国の示した同盟締結理由だったのだ。

 目的は魔族強硬派の人々を保護することであり国の乗っ取りではない。しれっとそう言ってのけたのである。

 これにはバーハイム王国も困ってしまった。

 この世界、決して人権というものが尊重されているとは言い難いものの、”人を助ける”ことを大義名分とされては一方的に悪と断ずることも出来ない。

 そうなると選ぶ道は現状を容認するか、或いは同盟を認めた上での全面対決かだ。

 だが、さすがにバーハイム王国とカイラス皇国が戦争をするわけにはいかなかった。

 ”大陸の三柱”と呼ばれる大国の内、その2国が争いを始めれば東大陸全土にまで戦火が広がってしまう可能性もあるのだ。

 結果、国家としての承認は行わないが旧王家派による国土の占有はこれを黙認することとなったのだった。要するに不法占拠だが特に追い出したりもしない、ということである。

 メラレイゼの現国王派としては当然受け入れられるような話ではない。領土を半分も失い、その上泣き寝入りしなければならないのだから当たり前である。

 しかし、このまま旧王家派との戦闘を続行したところでバーハイム王国が支援してくれるか怪しいものだった。下手をすればカイラス皇国と裏で取引が行われた末に見捨てられるかもしれない。

 大国間のパワー・バランスの前では現国王派も不承不承ながらも結局は現状を受け入れるしかなかったのであった。


「それにしても、解からないのは教団の狙いだね。何故、旧王家派に手を貸したのか。

 まさか、教団と皇国が手を組んだわけじゃないんだろうね?」

「それは無いでしょう。

 教団の目的はこの世界の滅亡であり、皇国にとっても相いれない相手のはずです。」

バーハイム王国(うち)を牽制するための一時的な同盟って可能性は?」

「教団はそれほど甘い相手ではありません。一度喰い付かれたら骨までしゃぶり尽くされてしまうでしょう。それくらい皇国も解かっていると思います。

 それに、皇国では最高神を”世を照らす光の神”として位置付けるカイラム教派が政治的にも強い力を持っています。

 彼等からして見れば”再創教団”は邪教の集団以外の何物でもないはずで、それと手を組むなど到底受け入れられるはずはありません。」

 すると、今まで黙って2人会話を聞いていたフレッドがおもむろに口を開いた。

「教団にしてみれば融和派だろうが強硬派だろうがどっちでも良かったのではないですかね。」

「と言うと?」

「要するに内乱を起こすことこそが目的で、そのために利用されたのがたまたま強硬派の連中だったということですよ。」

「でも、皇国の動きはどう説明するつもりだい?

 あの動きの素早さは前々から事が起きるのを知っていたとしか思えないけどね。」

「おそらく教団の入れ知恵でしょう。

 教団としては内乱発生後の対応も当然考えていたはずですし、皇国内部の協力者か或いは第3者を装う形でそれを吹き込んだのだと思います。

 いかに警戒していようと教団の手の者は国内に、しかも政府の中枢にすら入り込んでいるおそれが十分にありますからね。

 尤も、それについては我が王国も他人事とは言い切れませんが。」

「ふむ、まあそんなとこかもしれないね。

 世界を混乱に陥れるために使えるモノは何だって使う、それが連中のやり方なんだろうさ。

 そして、今回はそれが上手くいったってわけだ。」

「ただ、これで終わったとは思わない方がいいかもしれませんね。

 今までのことから考えると、教団は常に2手3手先を考えながら動いているようにも見えます。

 今回の件も内乱を起こしてそれで終わりというわけではなく、真の狙いが他にあるのかもしれません。

 少なくとも、そう用心しておくべきでしょう。」

 そう語るフレッドを見ながらカサンドラはニヤリと何やら意味ありげな笑みを浮かべた。

「ほう、随分と立派なことを言うようになったもんだね。

 騎士団から兄さんがいなくなると言って泣きべそかいてた小僧の言う言葉とは思えないよ。」

「そ、そんな昔の話を持ち出すのは止めてもらえませんか。

 第一、それと今回の件とは全く関係ないじゃないですか。」

 カサンドラの言葉にフレッドは不満げに、そして少しばかり顔を赤らめながらそう反論した。

 実はこの2人、フレッドが騎士団に入りたてだった頃からの顔見知りであった。正確にはカサンドラとフレッドの兄アイバーンが、ではあるが。

 若くして騎士団で頭角を現していたアイバーンは”武闘派”であるカサンドラの大のお気に入りだったのだ。

「上役の目ばかり気にしているへなちょこ連中とはモノが違う。アレはゆくゆく騎士団長になれる器だよ。」

 周りにもそう公言するほどだった。

 しかし、その後のアイバーン追放である。これにカサンドラが黙っているはずは無い。

「騎士団が腐ってるのは前々から分かってはいたけれど、まさかここまでとはね。

 いっそのこと幹部連中なんぞ全て始末して、アタシが団長を兼任したほうがまだ王国のためになるってもんさ。」

 激怒、と言うよりもほとほと呆れ返ったと言う感じだったが、彼女なら本当にやりかねない。それを慌ててアイバーンが止めると言う一幕もあったのだった。

「まあ、その泣き虫小僧がアイバーンの意思を継いで見事騎士団の改革を成し遂げて見せたんだから、世の中分からないもんだねえ。」

 フレッドの抗議の言葉もカサンドラには届かないようで、そう言うと彼女は声を上げて笑って見せた。

 これにはフレッドも渋い顔をするしかない。

 後は、隣で声を殺しながら笑うビンスに向けて恨めし気な視線を送るのが彼に出来る精一杯のことだった。


 その後、話題はイルムハートへと移る。

「そう言えば、アイバーンの愛弟子ってのが今回だいぶ活躍したらしいじゃないか?」

「イルムハート君のことですね。

 今回は強化された”人造魔人”、いえ”改造魔人”でしたか、それを2体も倒したようです。」

「ほう、やるもんだねえ。」

 ビンスの言葉にカサンドラも感心した声を出す。

「確か南西地脈帯や”龍族の祠”でも良い働きをしたんだろ?

 まだ成人もしていないと言うのに、大したもんじゃないか。」

「良くご存じですね。

 メローニ団長も彼に興味を持ってたとは知りませんでした。」

 するとカサンドラの顔が急に苦々し気な表情へと変わる。

「あのジジイがしつこく自慢するもんだからね、つい気になってしまうのさ。」

「あのジジイ?」

「バリー・ギャレル。フォルタナで魔法士団長をしている、あのくたばり損ないのことだよ。」

 これにはビンスも苦笑で返す以外に反応のしようがなかった。

 ギャレル老師と言えば王国三大魔法士のひとりで、かつては王国魔法士団の団長にとの声もあった程の大物だ。

 いくら同じ三大魔法士のひとりとは言え、それ程の人物に対し”ジジイ”だの”くたばり損ない”だの、平気でそんな口がきけるのはカサンドラくらいなものだろう。

「どうやら魔法についてはあのジジイの愛弟子ってことになってるらしいじゃないか。」

「そのようですね。」

「剣ではアイバーン、魔法ではギャレルのジジイだろ?

 とんでもない顔ぶれじゃないか。

 これがある程度成長して才能を認められてからと言うならまだ分かるけど、あの子の場合は最初からそうだって話だしね。

 いくら英才教育にしても限度ってものがある。子供のころから騎士団や魔法士団で訓練をさせるなんて、そんな話聞いたことが無いよ。」

 カサンドラの言うことも尤もである。

 いくら貴族の子であっても初等教育の時点から現役の騎士や魔法士に教えを受ける事などまず有り得ない。それではあまりにも実戦的過ぎるため、先ずは剣術道場の師範や魔法学者から教わるのが普通なのだ。

「しかも、王都こっちに来てからは冒険者としての活動までさせてるってんだから全く驚くしかないさね。

 一体、辺境伯は何を考えてるのかねえ?」

 これについてはビンスもフレッドも同じ思いであった。

 イルムハートの実力も十分に規格外ではあるが、それを培うための環境を作り自由に行動させるウイルバートのやり方もまた世の常識から外れているのだ。

「確かに辺境伯の場合、極度の”親バカ”だって話ではあるけれど、それだけの理由でやってることとも思えない。

 あの子には何か秘密があるような気がするんだけどね。

 フレッド、アンタ兄さんから何か聞いてないのかい?」

「いえ、特には何も。

 そもそも仮に何か秘密があったとしても、それを軽々しく口にするような兄ではありませんしね。」

 カサンドラの問い掛けにフレッドは軽く肩をすくめてみせる。

 確かにアイバーンはイルムハートを護るようフレッドに依頼して来た。しかし、その詳しい理由は何も言ってくれなかったのだ。

 まあ、主君の大事な子息を気遣ってのことと言えなくもないだろうが、いくら実弟とは言えそれだけのためにわざわざ王国騎士団長であるフレッドに頼み込んでくるとも思えなかった。アイバーンはそんな公私混同するような男ではない。

 なので、カサンドラの言うように彼には何か秘密があるのだとフレッドも前々から感じてはいた。

 だが、敢えてそれを追求するつもりもなかった。彼は兄を信じていたし、何よりイルムハートという人間を気に入っていたのである。

 例え何らかの秘密を持っていたとしても、それは決して王国に対し災いをもたらすものではないはずだ。ならば、それで十分だろう。今はまだ。

「それで、もし彼には秘密があったとして、メローニ団長はどうなされるおつもりですか?

 彼のあの力が王国の脅威になるかもしれないと、そうお考えですか?」

 フレッドにそう切り返され、カサンドラはバツの悪そうな表情を浮かべた。

「別にそんなことは考えちゃいないさ。そんな風に聞こえたなら取り消すよ。単なる興味本位の言葉と思っておくれ。

 第一、あのギャレルのジジイが入れ込むほどなんだ、悪い子であるはずがないからね。」

 何だかんだ悪態をつきながらも、カサンドラはバリーのことを信頼しているようである。

「それならば、ギャレル老師に直接お聞きになってみてはいかがですか?」

 そうビンスに言われたカサンドラは心底嫌そうな顔をした。

「冗談じゃないよ、アイツにあの子の話をちょっとでも振ってごらん?

 ニヤついた顔で延々とあの子の自慢話を聞かされるハメになるんだよ?

 あんなの、二度とごめんさね。」

 話ぶりからして、どうやら以前そんなことがあったようだ。つまり、それなりに会って話はしているということなのだろう。

 全く、仲が良いのか悪いのか。

 その時の事を思い出したらしく再びバリーへの悪態をつき始めたカサンドラを見て、フレッドもビンスもただ苦笑いを浮かべるより他になかったのである。

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