覚悟と執着
リネルア近郊の森でイルムハートがユリウスと対峙するその少し前、屋敷でもまた別の動きがあった。
「副団長。どうやらイルムハート・アードレーが屋敷を抜け出し街の外へと向かった模様です。」
屋敷において作戦の全体指揮を執っていた王国騎士団副団長ネイサン・セルザムの元へ、要人警護担当である第3小隊の隊長がそう報告して来たのだ。
イルムハートとしては気付かれぬようにひっそりと抜け出したつもりでいたのだが、あっさりバレてしまったようだ。王国騎士団はそれほど甘くは無いということである。
「やはりひとりで動いたか。」
しかし、ネイサンに驚きは無い。これも想定内だった。
「では、かねてからの手筈通り私が彼の後を追う。
君は代わりにここで指揮を執ってくれ。」
「了解しました。
尚、我が第3小隊から2名と魔法士団から1名を同行要員としてホールに待機させてあります。」
「分かった。後は頼んだぞ。」
そう言ってネイサンは外していた剣を腰に戻すと指揮所代わりに使っていた部屋を出てホールへと向かう。
ホールでは先ほど小隊長の言った通り3人の男女がネイサンを待っていた。騎士団員が男女1名ずつ、魔法士団の男性が1名である。
「行く先は分かるかね?」
3名の敬礼に軽く頷きながら、ネイサンは魔法士団の男にそう尋ねた。
「彼の向かう方向には小さな森があり、そこにはいくつかの強い魔力を感じ取ることが出来ます。
目指しているのはその森と考えてほぼ間違いないかと。」
「そうか、つまり”奴”はそこにいるという訳だな。」
”奴”、おそらく今回の騒動を裏で操っている首謀者。その男を倒すことがネイサンの任務だった。イルムハートの代わりに。
勿論ネイサンも、そして彼にその役目を命じた騎士団長のフレッドも、決してイルムハートの実力を疑っているわけではない。彼なら例え”人造魔人”が相手であろうと後れを取ることは無い、そう信じていた。
だが、今回だけはそうもいかないだろう。もし闘えばイルムハートの勝ち目は薄い。ネイサンもフレッドもそう判断していた。
何故なら相手はユリウス・ラングだからだ。
作戦決行の3日前、リネルアへの出発を前にネイサンは団長室にいた。
彼の地へと向かう団員達はいくつかの小グループに別れ、既に王都を出発している。これから発つネイサンのグループが最後であり、その報告と出発の挨拶のためにフレッドの元を訪れたのだ。
「向こうでのことはよろしく頼むよ。
生憎と私が出向く訳にはいかないが、君に任せておけば問題ないだろう。」
「お任せください。必ず奴等を一網打尽にしてみせます。」
フレッドの言葉にネイサンは静かな声でそう答えた。
ネイサン・セルザム。
彼はフレッドより3つ年上で、実はかつてリック・プレストンと共にフレッドの兄アイバーンの指揮していた小隊に所属していたこともある。
アイバーンの追放後、リックは騎士団に失望し野に下ったが、ネイサンはその悔しさを胸に秘めながらも団に残った。アイバーンの意思を継ぐためだ。
政治の道具ではなく騎士団としての本来あるべき姿を目指す。
そのために数少ない同志を率い孤軍奮闘していた彼は、やがてフレッドと出会う。
そしてついにフレッドと共に騎士団の改革に成功した彼は副団長に抜擢された。
年若いフレッドが団長になったこともそうだが、平民出のネイサンが副団長に就いたことも当時の騎士団の状況からすれば正に異例のことであった。
それ以来、ネイサンはフレッドの右腕として彼を支え続けているのである。
「ところで、君には今回もうひとつやって貰いたいことがあるんだがね。」
妙に改まった物言いをするフレッドに対し、ネイサンは少し不思議そうな表情を浮かべた。
「何でしょうか?」
「イルムハートのことだ。
どうやら彼は作戦に協力するにあたり、自由に行動する許可を求めて来たらしいのだよ。」
「自分の手でケリを付けようと言うのでしょう。
彼らしいですな。」
「私もそう思う。
まあ、普段なら好きにさせておくところなのだが……。」
そこでフレッドの顔が急に曇る。
「しかし、今回はそうもいかない。何しろ相手が相手だ。
イルムハートに奴が殺せると思うか?」
「おそらく無理でしょう。」
フレッドの問いにネイサンは迷いなくそう答えた。
「相手はプレストンとも浅からぬ因縁の仲だと聞きました。
知らぬ人間なら躊躇いなく殺せるというわけでもないでしょうが、ましてやこれが知己の者となれば今の彼にその命を奪うような真似が出来るとは思えません。」
「そうだな、今の彼にはまだ”覚悟”が足りない。」
「ですが、それはそれで良いのではありませんか?
いくら腕が立つとは言え、彼はまだ15歳の少年なのです。
そんな彼に今から過酷な決断をさせてしまうようでは、我々周りの大人の顔が立たないというものでしょう。」
「違いない。」
ネイサンの言葉にフレッドは苦笑いを浮かべる。
いずれはイルムハートも”覚悟”というヤツを持たねばならない日が来るだろう。だが、今はまだ周りの大人が守ってやるべき年齢なのだ。
「では、頼む。”大人”の代表として彼を助けてやってもらえるかな?」
「勿論です。」
そんなフレッドからの依頼を受けたネイサンは、穏やかな笑みを浮かべながら力強く頷いて見せたのだった。
「凄いですね、あの大きな魔力を持った相手をあっさり倒してしまったみたいです。」
イルムハートのいる森へと向かう途中、強大な魔力が消えてゆくのを探知した魔法士団の男は思わず感嘆の声を上げた。
「そのようだな。」
さほど魔法は得意でないネイサンですら、それは感じ取れた。そこまで凄まじい魔力だったのだ。
「あれは”人造魔人”でしょうか?
先ほど街で見たものより魔力は遥かに大きかったようですが。」
「おそらくそうだろうが、街の奴等より強化された個体なのかもしれない。」
”再創教団”は底の知れない相手だ。ただでさえ厄介な”人造魔人”をさらに強化させるくらいのことはしても不思議では無いのだ。
「それを倒してしまうのですね、彼は。」
魔法士団の男が半ば呆れ気味にそう言うのももっともで、そんな敵をひとりで倒してしまうのだからイルムハートの実力には驚くばかりである。
まあ、ここまではネイサンとしても想定内であり特に驚きも心配もしていなかった。
しかし、問題はここからなのだ。
”人造魔人”を退けたとなれば、残る相手はおそらくただひとり。ユリウス・ラングだけだ。
そしてそれはイルムハートにとって最も厳しい相手との戦いになるだろう。
そう考え、ネイサンが足を速めようとしたその時、森の方から何やら凄まじい”気”が溢れ出して来るのを感じた。
それは闘気でも魔力でも無い、今までに感じた事すら無いもので、ネイサン達に本能的な恐怖すら呼び起こさせる。
(一体何が起きている?)
この”気”の正体は全く分からない。だが、ひどく危険なものであることだけは間違いなさそうだ。
ネイサンだけでなく、その場にいる全員がそれをはっきりと理解した。
「急ぐぞ!」
そう言うとネイサンは一秒でも早くイルムハートの元へと駆け付けるべくスピードを上げた。
ユリウスにイルムハートを殺させないために。そして……イルムハートにユリウスを殺させないために。
森までの距離を一気に詰めたネイサンは、そのまま中へと踏み込む。そこには魔獣の死骸らしきものも転がっていたが、それには目もくれない。
イルムハートの闘気がいつもより弱まっていることに気が付いたからだ。
そして次の瞬間、ユリウスの攻撃を受け吹き飛ぶイルムハートの姿がネイサンの目に入って来た。
(しまった!)
一瞬、ネイサンの背筋に冷たいものが走った。イルムハートが倒されてしまったと思ったのだ。
しかし、吹き飛ばされながらもしっかり受け身の姿勢を取るイルムハートを見て、彼がまだ無事であることを悟る。
イルムハートを追撃すべく一歩前に踏み出すユリウス。
ネイサンは一足飛びでその眼前へと踊り出た。
「間に合ったか!
大丈夫かね、イルムハート君?」
正に間一髪、ネイサンはイルムハートの救出に成功したのだった。
ネイサンの登場で形勢は逆転する。
いくらユリウスが”祝福”でその能力を強化していたとしても、さすがに王国騎士団副団長が相手となると苦戦は免れない。
以前、ロードリック・ダウリンは『(剣で)フランセスカに勝てるのは団長くらい』と言ったことがある。
まるでネイサンがフランセスカより劣っているかのように聞こえるかもしれないがそれは間違いだ。
確かに剣の腕前ではフランセスカに分があるかもしれない。しかし、それがそのまま”戦闘力”となるわけでもないのだ。
この世界にも”心技体”と似た意味の言葉がある。
精神・技術・体力のバランスが取れてこそ最大限の力を発揮できるということだが、戦闘においては特に”心”が重要だった。それが命の取り合いとなれば尚更だ。
フランセスカやイルムハートにしても、決して”心”が弱いという訳ではない。並外れた精神力を持っていると言っても良いだろう。
だが、2人にはまだフレッドの言う”覚悟”というヤツが足りないのだった。迷いなく人を殺せる覚悟がだ。
そして、ネイサンにはそれがある。
と言ってもそれは別にネイサンが冷酷な男だという意味ではない。普段の彼は温厚で優しい人間だった。
しかし、彼は身をもって知っているのだ。
迷いや甘さはネイサン自身のみならず、彼が護らねばならない人々の命まで危険に晒しかねないのだと言うことを。
故に彼は、敵ならば例えそれが誰であろうとも迷いなく倒すことが出来る。
そこへ至るまでには何度も辛い思いを味わいながら、それでも乗り越えて来たに違いない。その結果として今の彼があるのだ。
(僕は……まだまだ甘い。)
イルムハートは闘うネイサンの姿を見つめながらそう思う。
自分でケリを付けようと乗り込んでおきながらこのザマだ。ネイサン達が助けに来てくれなければ今頃はどうなっていたか分からない。
いかに自分が己惚れていたか、今回の事ではそれを思い知らされることになってしまった。
「どこかお怪我でもされましたか、イルムハート様?」
そんな意気消沈するイルムハートを見て、怪我をしたのかと心配しながら魔法士団の男が声を掛けて来た。
騎士団とは違い魔法士団との交流はほとんど無いため、その言葉にもどこかまだ堅苦しさがある。
「大丈夫です、少し身体を打っただけですから。」
「治癒魔法をお掛けしましょうか?」
「ありがとうございます。でも、その必要はありませんので。」
実際、身体強化のおかげで身体へのダメージはほとんどなかった。精神的にはかなり打ちのめされてしまったが、こればかりは魔法でどうにかなるものでもないのだ。
そんな中、ネイサンとユリウスの闘いもそろそろ決着が着こうとしていた。
”祝福”の力を持ってしてもネイサンを攻め切れないことに業を煮やしたユリウスは一気に勝負へと打って出る。
その速さを生かして間合いを詰めると、鎧の隙間を狙うべくネイサンの横腹へ剣を切りつけた。
だが、それはネイサンが巧妙にユリウスを誘導した結果だった。ユリウスの速さに手を焼いたネイサンは己を囮にして彼を間合いの中へと誘い出したのだ。
ユリウスの剣がネイサンの脇腹へと食い込む。
しかし、ネイサンの闘気と身体強化による防御のせいで、剣はその刃が半分ほど埋まったところで止まってしまった。
「糞!」
そこでユリウスは自分が誘い込まれたことに気付いたがもう遅かった。ネイサンの振り下ろした剣はユリウスを捕らえ、肩口から腹までを一気に切り裂いたのである。
「何とか片付いたよ。怪我は無かったかね?」
傷ついた脇腹を抑えながらネイサンはイルムハートの元へ戻るとそう言って微笑んで見せた。
「何を言ってるんです!怪我をしているのは貴方のほうではありませんか!」
すると、魔法士団の男が慌てて駆け寄りネイサンに治癒魔法を掛け始める。
「申し訳ありません、セルザム副団長。僕が無茶をしたばかりに……。」
そう声を掛けるイルムハートの表情は心なしか暗かった。自分のせいでセルザムに怪我を負わせてしまったのだという罪悪感にさいなまれていたためだ。
そんなイルムハートを見て、ネイサンは静かに言う。
「心が優しい事は決して悪い事ではない。
だが、それが結果的に君や君の仲間を危険に晒す事もあるということだけは良く心に刻んでおいてくれたまえ。
とは言え、まだそう焦る必要もないだろう。大人になるにつれ少しずつ分かって行けばいいのだ。
そのためにも、今は何より自分の命を大切にすることだね。」
ネイサンの言葉がイルムハートの胸に強く響く。
そうなのだ。今回は自分ひとりだからまだ良いとして、もし仲間達が一緒に居たら彼等をも危険な目に会わせていたかもしれない。そう考えると、改めて自分の甘さが嫌になる。
もしかすると敵はその点も織り込み済みだったのかもしれない。だからユリウスを利用したのだろう。
(僕のせいで……。)
自分のせいで彼が犠牲になってしまった。そんな思いでイルムハートはユリウスを見る。
ネイサンに斬られた身体からは既に噴き出す血も弱まり、彼は立ったそのままの状態で絶命していた……はずだった。
「……まさか、こうもあっさりやられてしまうとは思ってもいませんでしたよ。」
だが、死んだと思っていたユリウスが再び喋り始めたのだ。
「何!?」
当然のようにその場の全員が驚愕する中、イルムハートだけは冷静だった。何故ならそのからくりを知っていたからだ。
「呪詛魔法による遠隔操作です!ユリウスさんの意識が無くとも身体は動かせるんです!」
とは言え、それを知った上でも尚驚きは収まらない。その身体の損傷具合からして、どう見ても死人が話しているようにしか見えないのだ。
そんな中、ユリウスはその手に何かを取り出した。どうやら魔石のようである。
「念のために持っていたのですが、まさかこれを使うことになるとはね。
いやー、皆さん本当にご苦労様でした。どうか、ゆっくりお休み下さい……永遠に。」
ユリウスがそう言い捨てると同時に、手にした魔石に魔力が集まり始めた。イルムハートの本能が危険信号を鳴らす。
「自爆するつもりか!?」
その言葉に皆はっとするがネイサンは負傷で素早く動くことが出来ない。慌てて2人の騎士団員が駆け寄ろうとするものの、少しばかり距離がある。
だが、その時イルムハートの手には既に剣が握られていた。収納魔法で取り出した例のウイルバートから贈られた剣だ。
イルムハートはその剣を躊躇無くユリウスへと向けて投げる。ここで迷っている余裕などないのだ。
放たれた剣はブーメランのように回転しながらユリウスを捉え、見事その首を切り落とした。
首を失い倒れこむユリウスだったもの。
さすがに首を失っては呪詛魔法であろうと肉体を支配することが出来ず、魔石に集中させていた魔力も徐々に霧散していった。そして、ついには砕けて散る。
「助かった、のか?」
騎士団員のひとりが思わずそう呟いた。
するとその時、街のほうから力強い勝ち鬨の声が聞こえて来た。それが襲撃者達のものであるはずはない。王国軍兵士達のものなのは間違いなかった。
こうして、この夜の作戦は全て成功裏の内に終了したのである。
バーハイムではない何処かの国の何処かの場所。
部屋の中には大きな執務机に向かうひとりの男がいた。
「いやはや、今回は完敗でしたね。こうも見事にやられてしまうとは、全くの予想外でしたよ。」
軽く肩をすくめながら男はそう言った。だが、言葉とは裏腹に悔しそうな様子は微塵も無い。
「でもまあ、彼と”遊ぶ”ことが出来ましたし、今回はそれで良しとしておきましょうか。」
その声と口調はユリウスを操っていた者のそれだった。そう、彼が今回の件の本当の首謀者なのだ。
「しかし、よろしかったのですか?」
すると、側に立つ補佐役らしき男がそう声を掛けて来た。
「何がです?」
「結局、魔力流や魔人化の魔石についての秘密を知られてしまうことになりましたが。」
「ああ、それは構いませんよ。」
補佐役の言葉にも男は全く動じる様子は無い。
「どの道、魔力流操作の研究についてはいい加減見切りをつけようと思っていたところですしね。あれはあまりにも効率が悪過ぎますから。
それに、魔石についても気にすることはないですよ。
完成したらその情報を流すというのは本当ですし、そもそも私が開発に関与しているわけではありませんからね。事前に情報が洩れたところで関係ありません。
第一、私から秘密が漏れたなことなど誰にも分かりはしませんよ。
貴方が黙っていさえいればね。」
男にそう言われた補佐役は顔を強ばらせながらも黙って頷く。
「ところで、例の件のほうはどうなっていますか?」
そこで男は話題を切り替えた。それに安心したらしく、補佐役はややほっとしたような声で応える。
「そちらについては万事順調に進んでおります。何の問題もございません。
結果もそろそろ出る頃かと思われます。」
「それは良かった。
まあ、本命はそちらなのですから上手くいってもらわないと困りますけれどね。」
補佐役の言葉を聞き、男は満足そうに笑って見せた。
その後、補佐役が退室していった部屋でひとり、男はある人物のことを考えていた。勿論、イルムハートについてである。
結果として闘うはめになってはしまったが、男がイルムハートを仲間に引き入れたいと思っていたのは本当だった。
その活躍を耳にする度、男のイルムハートに対する興味はどんどん深まっていたのだ。
そして今日、その思いは究極にまで高まった。
彼は一体、何者なのか?
イルムハートと闘っている時、男は不思議な感覚を味わっていた。まるで”祝福”を授かった者にも似た、そんな”気”を彼から感じたのである。
しかし、そんなはずはなかった。
”祝福”とは神に身を捧げた者達の中の、更にほんの僅かな選ばれし者のみにその対価として授けられる代物なのだ。
まあ、今回のユリウスのように魔法で操った後に無理やり与えてしまうことも可能ではあるが、所詮は上辺だけのもの。本来の効果には程遠く、多少強くなると言った程度のものでしかない。
真の”祝福”とは授かった者を神の力を借りて闘うことの出来る異能の存在へと至らせるものなのである。
まさか、それをイルムハートが持っているとは思えない。彼は(教団の)神を信仰するどころか、おそらく敵視すらしているはずだ。そんな彼に”祝福”が授けられることなど有り得なかった。
だが、ならばあの”気”は何なのだ?どうして彼にあの”気”を纏うことが出来るのか?
それが男を悩ませる。と言ってもそこに深刻さは無い。むしろ、楽しんでいるようでもあった。
「今日、彼を殺せなかったのはむしろ良かったのかもしれません。簡単に消してしまうにはあまりにも勿体なさ過ぎますからね。
いずれ必ず私のものにして見せますよ。
待っていてください、イルムハート君。」
もしイルムハートが聞けば全力で拒絶したであろうが、今ここに彼はいない。
尤も、もし本人を目の前にしても男は遠慮なく同じことを言っただろう。
面倒な男に目を付けられてしまったものだ。
だが、当然のことながらイルムハートにはそれを知る由も無かったのである。