黒幕の正体と彼が狙うもの Ⅱ
「そう言えば、龍族に転移魔道具を破壊させたのは君だそうですね?
あの龍族を説き伏せるとはさすがと言う他ありません。
ですが、正直あれには困りました。そのせいですっかり手詰まりになってしまったのですからね。
先ほど、君に恨みなど無いと言いましたが、これに関してだけは少々愚痴を言わせて頂きたいところですよ。」
ユリウスはわざとらしく困ったような声を上げて見せた。
しかし、当然ながらユリウスの苦情を受け入れるつもりなどイルムハートには無い。
「それは残念でしたね。
でも、転移魔道具などそもそも貴方がたにとって特別必要な物とも思えないのですけれど。
”龍の島”へ渡る手段ならいくらでも持っているはすでしょう?
本当はあそこで何をしようとしていたのです?」
そこが分からなかった。
普通の人間には困難な”龍の島”への侵入も、”失伝の術法”を使うことの出来る教団にとってはそれほど難しいことではないはずなのだ。
なのに何故、そうまで転移魔道具にこだわるのか?もしかすると、本当の狙いは他にあったのではないか?
そう訝しむイルムハートに対し、ユリウスはひとつの問いを投げかけて来た。
「イルムハート君はあの転移魔道具を見て何か気が付きませんでしたか?
他の魔道具とは異なる”何か”をです。」
その言葉にイルムハートは黙り込む。
確かにあの転移魔道具には、どう考えても分からない不可解な点があった。本来ならあるべき”もの”がアレには無いのである。
「魔石……ですか?」
「その通り。君なら当然気付いていると思いましたよ。
そうです、あの転移魔道具には魔石が備わっていないのです。」
本来魔道具には魔力の供給源としての魔石が必ずセットで存在する。
しかし、”龍族の祠”にあった転移魔道具にはそれが無かった。
あれだけ大掛かりな魔道具であるにも拘わらず、その魔力を供給しているはずの魔石がいくら探しても見つからなかったのだ。
「何故だと思いますか?」
「”龍の島”にあるもう片方の魔道具から魔力の供給を受けているから、ではないですか?」
結局、悩んだ挙句にイルムハートの出した答えがそれだった。と言うか、それ以外に考え付かなかった。
「んー、中々良い線をいっていると思いますが、残念ながら違います。
それだとゲートが開いている時しか魔道具は動きませんよね?
でも、あの転移魔道具はどうでしかた?」
「確かに、転移魔道具だけでなく室内の灯りも僕達に反応して動き出したように感じます。
ゲートが開いたのはおそらくその後ですね。」
「でしょう?
つまりそれは、あの転移魔道具が独自の魔力供給源を持っているということに他ならないのですよ。」
ユリウスはの言うことは尤もだった。あの時の状況を考えれば、魔道具はいつでも動けるようスタンバイ状態にあったように思える。
ただ、それには待機電源のようなものが必要になるはずだが、しかし魔石は無い。なら、一体どこから魔力を取り込んでいるのか?
「降参です。
あの魔道具の魔力供給源は一体何なのか教えてもらえませんか?」
「それではお教えしましょう。」
イルムハートが白旗を上げたことでユリウスは大いに満足した様子だった。今まで以上に声が明るくなる。
「実はあの転移魔道具、魔力を地脈から取り込んでいるのですよ。」
この世界の魔力が地面から湧き出していることは広く知られている。
そして、その中でも特に強く大量の魔力を持つ土地を人々は”地脈”と呼んでいるのだった。
「地脈ですか?
でも、あの辺りには地脈など無いはずですよ?」
「ああ、そう言えば君達は魔力の強い特定の場所のことを地脈と呼んでいるのでしたね。
でもそれはたまたま地表近くに現れたものに過ぎず、本来地脈とは大地の中至るところを流れているものなのですよ。
そのことは君も知っているでしょう?」
「”魔力の河”のことですね?」
魔力が何故地面から湧き出して来るのか、今のところその原理についてハッキリと解明出来ているわけではない。
ただ、地面の中には大量の魔力を湛えた”河”が流れ、そこから漏れ出して来ていると言うのが学者の間では定説となっていた。
魔力が濃い・薄いといった分布も、その”魔力の河”が地表に近いかそれとも離れているかによって決まるわけである。
「そうです、その”魔力の河”、つまり魔力流からあの魔道具は直接魔力を取り込んでいるわけです。」
これにはイルムハートもはっとさせられた。その大元から魔力を取り込めるのであれば何も魔石など使う必要は無い。至極当然のことである。
しかし、それは決して容易なことではない。
魔力の”河”と一言でいうが実際には目に見えるものではないし、そもそも地面の奥深くを流れているそれをどうやって探し当て、どのようにして魔力を吸い上げているのか?
それは今の技術では到底不可能なことであり、古代文明の人々だからこそ造り得たものなのだ。
「ひょっとして、その技術を盗み出すのが狙いだったのですか?」
「いいえ、そんなつもりはありませんよ。
そもそも魔力ならこの世界にいくらでもありますので、わざわざ手間を掛けてまで地面の底から汲み出す必要も無いでしょう。」
「では何をするつもりだったのです?」
「魔力を”取り出す”のではなく”送り込む”ことです。」
一瞬、ユリウスが言っていることの意味が解らずイルムハートはぽかんとした表情を浮かべた。
が、徐々にその恐ろしさに気付く。
「魔力を逆流させる?もしそんなことをしたら”魔力の河”はどうなるのです?」
「送り込む魔力の量にもよるでしょうが、最悪の場合暴走しますね。」
「そうなったら……。」
「その流れは位置も深度も大きく変動し、広範囲の地域において魔力の分布が変わることになるでしょう。」
その言葉にイルムハートは愕然とする。冗談ではない。
魔力分布が変わると言うことは魔獣の生息域が変わるということであり、それは同時に人々の生活圏へも深刻な影響を及ぼしかねないのだ。
まさか教団がそんなことを企んでいたとは。
「ここ数年各地で起きている魔力分布の異常も、もしかすると貴方がたの仕業なのですか?」
そんなイルムハートの問い掛けにユリウスは何故かバツの悪そうな顔をする。
「ああ、そう言えば君はそちらの件にも関わっていたのでしたね。
おっしゃる通り、確かに私共が引き起こしたことです。
ただ……正直に言いますと、アレは失敗なのですよ。」
「失敗?」
「はい、失敗です。
先ほど私は魔道具の技術を盗むつもりなどないと言いましたが、それは決して興味が無いという意味ではありません。魔力を取り出すほうはどうでも良いいとしても、魔力流へ直接干渉する技術はかなり魅力的ですからね。
実を言うとかなり以前から目を付けていて、その原理もおおよそ分かってはいるのですよ。
ただ、中々実現化出来ていないというのが実情でしてね。
いろいろ実験を重ねてはいるのですが、ことごとく失敗に終わっているのです。」
「あれが失敗なのですか?
でも、実際に魔力分布は変わってしまいましたけど?」
「確かに変化は出ます。
ですが、それには時間が掛かり過ぎる上に魔力の変動も期待したほどではないのです。
あの場所で実験を行ったのは5年以上も前なのですが、効果が出るまでに数年かかりましたからね。その上であの程度です。
私共が求めるのはもっとこう劇的で、世の中が一気にひっくり返ってしまうようなそう言った変化なのですよ。」
妙に情熱を込めて語られたところで、イルムハートに共感出来るはずもない。
とんでもないことを企むものだ。そう唖然とするだけだった。
「5年以上って、そんな前から……。」
そう呟きながら、イルムハートはふとあることを思い出す。
「5年前?
と言うことは、もしかして南西地脈帯での一件もまさか?」
「ええ、そうですよ。あそこでも実験を行っていました。
尤も、あれを主導していたのは私ではなく別の者ですけれどね。」
今から5年前、正しくは4年半ほど前だが、王国南西部にある地脈帯でイルムハートは”再創教団”と最初の出会いをすることになった。
そこでは教団が魔獣や”人造魔人”を使い周辺地域に対し不安と恐怖を与えるべく暗躍していた。……と記録ではそうなっている。
だが、イルムハートとしてはどうにも腑に落ちないものがあった。
あれだけ大規模に人員を動かしながら、その目的がただ情勢不安を狙う程度ではあまりにも労力と結果の割が合わないように感じたのだ。
しかしそれも地脈を暴走させるための実験が目的であったのだとすればいろいろと納得がいく。
「まあ、あれは実験以前の問題で完全な失敗だったわけですがね。
あれだけ実験に適した場所はそうそうないのですから、後はじっくりと時間を掛けて結果を出せばよかったのです。
それが何を焦ったのか血迷ったのか知りませんが大々的に拠点開発など始めたものですから、周囲に住む魔獣の生態を狂わせ結果的に王国から目を付けられる羽目になってしまいました。
その上、不良品の”人造魔人”が脱走し村を襲うようなことまで起きてしまったのですからね。もう滅茶苦茶ですよ。」
そう言ってユリウスは大袈裟に肩をすくめてみせた。
どうやらあの時の魔獣の異常行動も”人造魔人”の暴走も決して狙って起こしたものではなく、むしろ教団にとってはただのアクシデントだったようである。
おかげで教団の動きを察知することが出来たわけだが、もしそれが無ければあの後も研究は続けられ、最悪の場合は魔力流を暴走させる技術の開発に成功していたかもしれないのだ。
「それで、実験に行き詰っていた時に”龍族の祠”の話を聞きつけ工作員を送り込んで来たわけですね?」
「そう言うことです。何より実物を動かしデータを取ってみるのが一番ですからね。
そこでこのユリウス・ラングに目を付け、呪詛魔法を掛けた後で私共の手の者と共にバーハイムへと送り込んだわけです。
ただ、龍族が転移魔道具を見張っていたというのは誤算でした。あれが無ければ今頃は面白いことになっていたでしょうにね。」
そう言ってユリウスは笑った。
”面白いこと”。それが何なのか、イルムハートにもおおよそ予想が付いた。
もし”龍族の祠”の転移魔道具を使い地下の魔力流を暴走させていれば、今頃は王都を含むアルテナ直轄領全体が魔力分布変動により大混乱となっていただろう。
そう考えると思わず背筋に薄ら寒いものを感じてしまうイルムハートだった。
「でも結局は魔力流の暴走には失敗し、今回の”嫌がらせ”とやらも残念ながらここで頓挫することになったわけですね。
尤も、全く同情する気にはなれませんが。」
「随分と冷たいのですね。少しぐらい慰めてくれてもバチは当たらないと思いますよ?」
イルムハートの嫌味にもユリウスはそう言って笑うだけで無念さなど欠片も感じさせない。
元々そういう性格なのか、或は他に何か企んでいるのか。
おそらくは後者なのだろうが、それを問い詰めたところで正直に答えてくれるとも思えなかった。
それに、聞きたいことは他にもある。
「いろいろと教えて頂きありがとうございます。
どんな意図があっての事かは分かりませんが、とりあえず礼を言っておきますね。
で、ついでと言っては何なんですが、あと2つ質問に答えて頂けませんか?」
「何でしょう?」
「先ず魔力流暴走についてですが、何故わざわざ技術の研究などする必要があるのです?
魔力流の暴走など”始りの言葉”を使いさえすればいくらでも可能なのではありませんか?
いえ、魔力流の暴走どころか、それこそこの世界をひっくり返す事だって容易に出来るはずなのでは?」
神の御業さえも再現出来ると言われる”始りの言葉”。
それを使いさえすればいくらでもこの世界を混乱に陥れることが可能なはずだ。
なのに何故、こんな手間を掛ける必要があるのか?
そんなイルムハートの問い掛けにユリウスは一瞬答えに詰まった。が、すぐさま何事もなかったかのように相変わらずの笑顔を浮かべ口を開く。
「それについてはおっしゃる通りなのですがね。
ただイルムハート君もご存じかと思いますが、私共の目的はあくまでも神を復活させるべくこの世界を混沌へと導くことであって、決して自らの手で滅ぼすことではありません。
ですが、下手に”アレ”を使ってしまうとそれこそ世界を滅亡させることも出来てしまう訳で、それは私共の教義に沿わないのですよ。
なので、”アレ”に頼らず自らの手で世界を混沌へと導く、それこそが私共信徒の本来あるべき姿なんです。」
立派なことを言っているように聞こえるが、どの道目指す先は同じ世界の滅亡だ。それに、目の前の男はどう見ても素直に教義を守るような性格とも思えない。
おそらく今の台詞は真実を胡麻化すための出まかせなのだろうが、別にそれはどうでも良かった。
ユリウスの様子から見てどうやら”始りの言葉”には何らかの制約があり、決して自由に使えるわけではなさそうだ。今はそれが分かれば十分だった。
あんなものをポンポン使われてはたまったものではないが、その点はとりあえず安心してよさそうである。
「それで、もうひとつの質問とは?」
ひとつめの質問を早めに切り上げるためか、或はその答えにイルムハートが満足したと思ったのか、ユリウスはそう催促して来た。
それに対しイルムハートは少しの沈黙を挟んだ後、最後の質問を口にした。
「最後に聞きたいのは、この後僕をどうするつもりなのか?と言うことです。」
「どうするつもり、とは?」
「これだけ秘密を知ってしまった僕を素直に帰してくれるとは到底思えませんからね。
当然、捕らえるなり口封じなりをするつもりなのではありませんか?」
そんなイルムハートの言葉にユリウスは一瞬キョトンとした表情を浮かべた。そしてその後すぐに、まるで笑いを堪えるかような声で話し出す。
「まさか、そんなことするわけがないじゃないですか。
中々想像力が豊かなようですが、君に手を出すつもりなどありませんよ。」
イルムハートが無言で見つめる中、ユリウスはさらにこう言った。
「そもそも命を奪うべき相手といちいちお喋りしているほど私も暇ではありませんし、そんなに物好きでも悪趣味でもありませんよ。
それに君を生きて捕らえるなど、それこそ口封じするよりもずっと難しそうですからね。」
どうにも胡散臭い相手ではあるが、こればかりは嘘を言っているようには見えなかった。
かと言って、このまま何事も無く帰してくれるとも思えない。
「一体何を企んでいるんです?」
そんな風に訝しむイルムハートを見てユリウスはまた笑う。
そしてイルムハートが全く予想もしていなかったあまりにも意外過ぎる言葉を口にしたのだった。
「それなんですがね、イルムハート君。
どうでしょう?私の同志になってくれませんか?」