黒幕の正体と彼が狙うもの Ⅰ
今回の件、裏で糸を引いているのはユリウス・ラングである。
ビンスからそう聞かされてもイルムハートはそれほど驚きはしなかった。ユリウスの言動には、どこか不自然さを感じていたからだ。
とは言え確証があるわけでもなかったのだが、イルムハートがビンスの要請を承諾したことによりこれまでの経緯についていろいろと情報が開示されることとなった。
「先ず例の学芸院元理事、ネリオ・チザーノ・ブルゲリスですが、実は最近まで王国内に身を隠していたのです。」
やはりこの一件は”龍族の祠”事件から続く陰謀だったようで、ビンスは遡って説明を始めた。
「それが今から三月ほど前、彼がミナリオで命を落とす少し前ですね、王国を出てメラレイゼへと渡ったようなのです。」
「王国内にいたんですか?
それでよく見つかりませんでしたね。」
情報院や内務省の目から逃れるとはたいしたものだ。
イルムハートはそう感心したのだが、どうやらこれには少し事情があるようだった。
「それなのですが……そこはある伯爵の領地であり、我々にも迂闊には手の出せない場所でしてね。」
そう言いながら肩をすくめるビンスを見て、イルムハートは色々と察した。
その伯爵は第3局が気を使うくらいなのだから余程の大物に違いない。しかも、政府機関が自由に動くことを許していない所を見ると、現政府に対してあまり協力的ではないのだろう。
ビンスが”ある伯爵”と直接名指しするのを避けたあたりも、かなり厄介な相手であることを暗に匂わせていた。
「チザーノの足取りはある程度掴んではいたものの、そこに逃げ込まれてはこちらも思うようには動くことが出来ず、手をこまねいていた次第です。」
「まさか、その伯爵も関与していたのですか?」
「いえ、結局伯爵は無関係であったことが判っています。
どうやら、我々が手を出せないと知ってそこへ逃げ込んだようですね。中々頭の回る奴等ですよ。」
ビンスは”奴”ではなく”奴等”という言葉を使った。つまり、その時点で既にユリウスが関与していたということなのだろう。
「お陰でチザーノの国外脱出を察知し損ねたのですが、誰が連れ出したかは何とか調べ上げることが出来ました。」
「ラングさんですか?」
「いえ、ラングのパーティー・メンバーであるイーボ・ケゼルです。」
まあ、ユリウスが関与しているのなら彼に心酔しているイーボがそれに協力していたとしても不思議はない。
「では、ケゼルさんが元理事を?」
「それはありません。チザーノが殺された時期、ラングもケゼルも王国内にいたようですからね。
おそらく他の仲間が手を下したのでしょう。」
「ケゼルさんは単に護衛の依頼を受けてメラレイゼまで付いて行った、という可能性は?」
「冒険者ギルドを通さない裏の依頼であればその可能性もあるでしょうが、それはかなり危ない橋を渡ることになるはずですよ。」
確かにビンスの言う通りだった。
”龍族の祠”事件以降、ネリオ・チザーノに対しては手配書が出ているのだ。そんな相手からの依頼を、しかも当然ギルドを通さず受けたと知れれば追放どころでは済まないだろう。
せっかくCランクまで昇り詰めたと言うのに、そんなつまらないことで全て失うような真似をするとも思えなかった。
「それ以降我々はケゼルと、そしてラングについて調べ始めたのですが、そこでちょっと気になることが分かりましてね。
今でこそパーティーはラングとケゼルの2人だけですが、実は彼等が王国に戻ってきた際はもうひとり魔法士が加わっていたらしいのです。
しかし、その魔法士はすぐパーティーを抜けてしまったとのことでした。」
別にパーティーが2人だけとか魔法士がいないとか、それ自体はおかしなことではない。人数が多ければ良いというものでもないのだ。
最低限の人員でパーティーを組み、依頼の都度その内容に応じて他のパーティーやソロの冒険者と組んで仕事をするのも決して珍しくはなかった。
勿論、ビンスもそのくらいのことは知っているはずだ。その上で”気になること”とは一体何か?
イルムハートは黙って次の言葉を待つ。
「その魔法士は元々王国の人間ではなく単に自国へ戻って行っただけとのことらしいのですが、姿を見せなくなったのは丁度”龍族の祠”事件の起きた直後あたりからだったそうです。
それが単なる偶然とも思えずその魔法士の人相風体を聞き出したところ、何とマノロ・ベルガドのそれに良く似ていたのです。」
マノロ・ベルガドとは”龍族の祠”で調査隊を謀殺した犯人の名である。おそらく実在する人物の名を語っただけではあろうが。
「それに、ユリウス達が戻って来たのはおよそ1年程前。事件の起きる少し前です。
これも少しばかりタイミングが良すぎるのではないかと。」
「つまり、そもそもユリウスさん達はそのために王国へ戻ってきたのだと言うのですか?」
「我々はそう見ています。」
そう言い切るからには他にも何か掴んでいるに違いなかった。しかし、その全てをイルムハートに話してくれるはずもない。中には何らかの機密に触れるものもあるだろうからだ。
まあ、それはそれで良い。
状況証拠とは言え、これだけ揃えば何らかの形でユリウスが事件に関与していると考えてほぼ間違いないだろう。
イルムハートは冷静にそれを受け入れた。
だが、そんなイルムハートも続いてビンスから聞かされた話には心底驚かされることになるのだった。
ロランタン公爵を襲った魔族が、実は”人造魔人”だったと言う話にである。
「どうやら、あまり驚いてはいないようだね?
もしかすると情報部から聞かされていたのかな?」
ビンスとの会話を思い出していたイルムハートは、ユリウスの声で我に返った。
「それもありますが、実は前からおかしいとも思っていたんです。いろいろと不自然でしたので。」
「ほう、どの辺がかね?」
イルムハートの言葉に対し、ユリウスは相変わらず楽し気な声を出す。
「先ずは一番最初、貴方は伯爵が強硬手段に出るかもしれないとそう僕に忠告してくれましたよね?
でも、伯爵にはそんなつもりなど全く無かったようですし、僕もお会いしてそう感じました。
なのに、何故あんな忠告をして来たのです?
あれでは僕と伯爵の対立を煽るだけで、むしろ逆効果でしかないと思いますが?」
「だが、向こうには”シェイド”という暴力集団がいる。
彼等が先走らないとは限らないだろう?
だから忠告したとは考えなかったのか?」
「伯爵の意向を無視してまで動くとは思えませんが。」
「それは違うな。力しか頼るものを待たない愚かな連中など、所詮その程度なのだよ。」
とても元”仲間”に対しての台詞とは思えないことをユリウスは平然と言ってのけた。
それはイルムハートに新たな疑念を抱かせたが、とりあえず話を進める。
「まあ、それについては人それぞれに考え方があるでしょうから良しとするにしても、ケゼルさんの件についてはどう説明するつもりなんですか?」
「ケゼルの件?」
「僕が伯爵の命を狙っていると密告したのはケゼルさんだそうです。そしてその次の日、実際に伯爵は襲われました。
あの日、貴方は伯爵の配下にいる知人からその報せを受けたと言いましたよね?
なら、ケゼルさんのこともその時に聞いているはずだと思うのです。
何しろケゼルさんは貴方からの伝言という形で伯爵の元を訪れたのですから、当然その点についても言及があったはずですよね。
でも貴方は数日前からケゼルさんを見ていないと言った。それどころか行方すらわからないとも。
おかしいですよね?何故、そのことを黙っていたんです?と言うか、そもそも報せなど本当にあったのですか?
ひょっとして知人からの報せと言うのは嘘で、元々襲撃の計画があることを知っていたのではありませんか?」
イルムハートがそう言い終わると、2人の間にしばしの沈黙が流れた。
そしてその後、ユリウスは突然に笑い出す。
それは追い詰められヤケになってのものではなく、心の底から楽しんでいるかのような笑いだった。
「素晴らしい。さすがとしか言いようがありませんね。
感服しましたよ、アードレー君。いや、イルムハート君と呼ばせてもらっても構いませんか?」
突如豹変したユリウスにイルムハートはひどく違和感を感じた。
その声も口調も、イルムハートの知るユリウスとは全く別のものだったのだ。それに、先ほど”シェイド”の者達へ吐いた暴言も彼らしくない。
何かが変だ。イルムハートはそう直感する。
「貴方は一体何者なんです?本当にラングさんなんですか?」
「勿論、正真正銘本物のユリウス・ラングですよ。
但し肉体は、ですがね。」
と言うことはつまり、中身はユリウスではなく別の誰かだということだ。
それを聞き、イルムハートはあることを思い出す。
以前、西南地脈帯で”再創教団”と闘った時にも同じことがあった。捕らえた信徒が突如として別人格に変わってしまったのだ。
「呪詛魔法による遠隔操作……。」
「ご名答、その通りです。
ああ、いちおう言っておきますが私を探知しようとしても無駄ですよ。残念ながらバーハイム国内にはいませんので。」
呪詛魔法による遠隔操作は相手の体内に転移ゲートのようなものを作り出し、そこから魔力により指示を送る。
そのゲートは物体ではなく魔力だけを送るもののため、通常の転移魔法よりずっと遠くからでもつなげることが可能なのだ。
「驚きましたよ。まさか、本当に”再創教団”が関わっていたとは。」
「んー、やはりそれもバレていましたか。そこまで気付かれていたとは、正直こちらとしても予想外でしたよ。
まあ、こうして魔人を連れて出てきている以上、それも今更なのですけれどね。」
そう言ってユリウス(を操っている誰か)は笑う。その受け答えものらりくらりとして、どうにもやりにくそうな相手だった。
しかし、それでも聞き出さねばならないことがある。
「いくつか聞きたいことがあるのですが良いですか?」
「勿論です、何でも聞いてください。」
イルムハートの言葉にユリウスは相変わらず笑顔を絶やさずそう応えた。本当、やりにくい相手だ。
「先ず何より聞きたいのは、何故こんなことをするのかと言うことです?
いくら融和派と強硬派を対立させたところで王国が動き出せば騒動はすぐにでも収まります。教団が望むような混乱などほんの一時的なものでしかないでしょう。
それは貴方も解かっているはずではありませんか?
なのに、どうしてこんな手間を掛けてまで双方を煽るような真似をするのです?」
「まあ、ひと言で言えば”嫌がらせ”ですかね。」
「はぁ?」
ユリウスの口から出た予想外の答えにイルムハートは思わず間の抜けた声を出してしまう。
「”嫌がらせ”、ですか?」
「そうですよ。
実を言うとここ数年、バーハイムが主導する”信徒狩り”のおかげでこちらもかなりの損害を出してしまいましてね。
そのせめてものお返し、と言ったところでしょうか。」
「でも、それは貴方がたの自業自得というものでしょう。」
「それはそうなのですけれどね。
とは言え、いくら他人様に迷惑を掛けようがそれでも無理やり自分達の主義主張を押し通すことこそが悪の組織としてのあるべき姿だとは思いませんか?」
あまりにも無茶苦茶な言い分にイルムハートは唖然とし言葉を失う。まともに言い返す気にもならない。
案外、ジェイクとなら話が噛み合うかもしれないな。ふと、そんな事を思った。
尤も、相手もそれを本気で言っているとは限らない。無茶な理屈で煙幕を張ろうとしているのかもしれないのだ。
「ならば、それに僕を巻き込んだ理由は?それも”嫌がらせ”ですか?」
「いいえ、それは違います。私は君に対して恨みなど持っていませんからね。
むしろ、私は前々から君に興味を持っていたのですよ、イルムハート君。
君の素晴らしい活躍を耳にするたび、いつか直接顔を合わせ話をしてみたいと常々思っていましてね。
そこでこの機会を借り、君と接触するためにいろいろ手を回したと言う訳なのです。」
全く悪びれる風も無く、ユリウスは明るくそう言った。
どこまでが本当かは分からないが、少なくともイルムハートと会うためと言う点だけは信じてよさそうだ。でなければこの状況下、危険を承知の上で敢えてイルムハートが来るのを待っていたことへの説明がつかない。
それに、そもそもイルムハートの師リック・プレストンと関わりのあるユリウス・ラングという男を使い近付いて来た時点で、既に何らかの意図があったのだと判断して良いだろう。
だからこそイルムハートは、今回ユリウスが自分の前に姿を現すであろうことを確信していたのだ。
「まさか、そのためだけにユリウスさんを利用したのですか?」
「まあ、それについてはたまたまと言うか、正直偶然なのです。最初は単にトラバール出身の冒険者ということで選んだだけだったのですよ。事が済んだら早々に処分する予定でした。
ですが、後々君とも決して無関係ではない人物と分かりましてね。そこで、これ幸いと使わせてもらったわけです。」
人をまるで道具のようにしか思っていないその口ぶりにイルムハートは心の底から嫌悪を感じたが、それを口に出したりはしない。相手は”再創教団”なのである。人を人とも思わない連中であることは既に十分に理解していた。
「”事”が済んだら、というのは”龍族の祠”の件ですか?」
「ええ、そうです。
そちらが本来の目的だったのですが残念ながら失敗に終わってしまいましたからね。その上、転移魔道具まで破壊されてしまったのでは最早計画を白紙に戻すしかありませんでした。
とは言え、せっかくいろいろ準備して来たのです。このままでは勿体ないじゃないですか。
そこで、急遽を融和派と強硬派の対立へと計画を切り替えた訳です。上手く行けば内乱になってくれるかもしれないですしね。」
“勿体ないから”と言う理由だけで内乱を企まれたのではたまったものではない。それこそ正に”嫌がらせ”そのものである。
そんな台詞を平気な顔で、しかも明るく語るユリウスに、イルムハートは怒りを感じるよりむしろただただ呆れ果てるだけだった。