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作戦開始と黒幕登場

 深夜、リネルアの街。

 いつもなら辺りを照らす赤く大きな月も、その日に限って雲に隠れてしまっている。

 その隙間から僅かながら漏れ出る光に照らされた建設中の建物がまるで廃墟の様に浮かび上がる中、ひとつの塊となって移動する影達の姿があった。

 それはロランタン公爵を狙う襲撃者の一団で、数はおよそ40。

 そのほとんどが軽装の鎧と覆面姿だったが、中には数人の灰色のローブを纏った者もいる。

 かなりの人数ではあるものの少しの音を立てることも無く、またその魔力も完全に隠し切っていた。消音魔法と隠蔽魔法のお陰である。

 やがて彼等はとある屋敷が見え始めた辺りで一度その歩みを止めた。

「あれだな。」

 リーダーと思しき男がそう小さく呟く。

 彼等はターゲットがその屋敷にいることを疑っていなかった。

 途中の町では尾行をまくための小細工をしてきたようだが、そんなものに騙されはしない。むしろそれは、ここに公爵がいるのだと白状してしまっているようなものだ。そう考えていた。

「では、手筈通り頼む。」

 それから男はローブを着たひとりの男に向かいそう告げる。

「承知しました。」

 すると、ローブの男はそう言って頷き転移魔法を発動させるべく魔力を集中させ始めた。

 街中で転移ゲートを開き、そこから魔獣を呼び寄せ暴れさせる。当然、街中はパニックに陥るだろう。その混乱に乗じて屋敷に乗り込みターゲットを始末する、と言うのが今回の計画だった。

 やがてローブの男の魔法で転移ゲートが開かれようとしたその時、不意に辺りが眩い光に包まれる。

「何だ!?一体、何が起こった!?」

 一瞬、パニックに陥る襲撃者達。

 しかし、リーダーの男はすぐさまそれが魔法によって作り出された光の玉のせいであることに気付く。

 続いて、そこここで松明の火が灯された。どうやら目立たぬよう配置してあったものらしい。

 その明かりは周囲を煌々と照らし襲撃者達と、そして相対する王国軍の姿をはっきりと浮かび上がらせる。

「くそっ!罠か!」

 自分達がすっかり包囲されてしまっていることを知ったリーダーには、絶望に満ちた声でそう吐き捨てるより他に出来ることはなかった。


 不意を突かれ襲撃者達が慌てふためく中、ローブの男だけはまだ冷静だった。

 勿論、敵の待ち伏せには驚いていた。だが、それでも集中を切らすことなく転移ゲートを完成させたのだ。

 そして彼は、街から離れた場所に待機させておいた魔獣達を呼び寄せる。

「行け!」

 男の声に呼ばれるようにして中型の魔獣が十数体、転移ゲートから飛び出して来た。

 魔獣は王国軍へと向け突進して行き、それにより包囲網も少しだけ崩れ始めた。

「今だ、行くぞ!」

 それを見たリーダーの男は仲間を鼓舞するかのようにそう叫ぶ。

 そして乱戦が始まった。

 魔獣の加勢により襲撃者達は志気を取り戻しつつあり、それなりに善戦しているようには見える。

 だが、ローブの男は既に作戦の失敗を確信していた。

 こちらの勢いは一時的なものでしかない。対する王国軍の数からして魔獣はほどなく片付けられてしまうだろう。

 しかも、敵軍の中には騎士団らしき姿も見受けられる上に、どうやら魔法士団すら加わっているようなのだ。

 そんな状況では万に一つの勝ち目も無い。

(さて、どうするか……。)

 撤退すること自体は既に決めていた。

 これが罠である以上、この街にロランタン公爵がいないのは確実だ。その上で留まり、命を危険に晒すなど愚かなことでしかない。

 ただ、だからと言ってこのままおめおめと逃げ戻る訳にもいかなかった。多少なりとも相手に痛手を負わせないことには帰るに帰れない。

 ここでの戦果には彼に対する上層部からの評価がかかっており、簡単に引くわけにはいかないのだ。それはあくまでも彼の貢献度を計るもので、作戦の成否とは別なのである。

 そのためにも、ここで闘いを止めるわけにはいかなかった。

 尤も、彼自身が自らの力でそれを行うわけではない。

「お前達も行け。そして、バーハイムの連中をひとりでも多く殺すのだ。」

 男がそう言うと、彼を取り巻くように立っていた者達が一斉にローブを脱ぐ。

 その皮膚は高い魔力のせいで硬質化し、目は赤く染まっている。”人造魔人”だ。

 男の命を受けた5体の”人造魔人”は無言のままバーハイムの軍勢へと向けて襲い掛かってゆく。

 それを見届けた男は満足そうに頷くと再び転移魔法を発動させるべく魔力を集中し始めた。

 だがそれは、追加の魔獣を呼び出すためではなかった。

 既に十数体の魔獣を転移させたことで彼の魔力はかなり減少しまっているため、回復するまでしばらくの間その手は使えない。

 しかし、自分ひとりなら何とか転移することは出来る。そのための転移ゲートだった。

 そう、男は他の者達を見捨てて自分だけ逃げるつもりでいるのだ。

 彼にとって覆面の連中も”人造魔人”も、所詮は使い捨ての道具でしかなかった。なので、どうなろうと知ったことではない。

 実を言うと、覆面連中は”再創教団”の信徒ではなかった。それどころか下働きのような信徒予備軍ですらなく、教団とは全くの無関係な者達だったのである。

 彼等の正体は隣国メラレイゼ王国の旧王家派。

 現国王打倒を目論む彼等にとって、その後ろ盾となっているバーハイム王国は目の上のたん瘤のような存在だった。

 バーハイムの支援さえなければすぐにでも王権を奪取出来ると考える彼等はいかにしてそれを絶つか、いつもその方法を探していた。

 そこへ持ちかけられたのが今回の陰謀である。

 バーハイム王国内において魔族融和派と強硬派の対立を煽り、あわよくば内乱まで持ってゆく。例え内乱は無理だとしても、それによる一時的な政治の混乱は生じるはずだ。

 その隙を突けばバーハイムの支えを失った国王など簡単に倒し王位を奪うことが出来る。

 そう吹きこまれ、彼等は話に乗ったのだった。

 尚、彼等は黒幕が”再創教団”だとは知らない。単純にバーハイム国内の反国王派が互いの利益のために話を持ち込んで来たのだと思っていた。

 なので、もし彼等が捕らえられたとしても教団の秘密が漏れる心配はない。なにせ、何も知らないのだから。

 そのため、簡単に見捨てることが出来る。後は死ぬなり捕らえられるなりするまで、一人でも多く敵を倒してくれればそれで良かった。

 それは”人造魔人”も同じだ。

 その存在により教団の関与が明るみになってしまうだろうが、それも今さらである。どの道、バーハイムの情報機関はいずれ教団の存在に辿り着くだろう。

 ならば出し惜しみする理由も無い。代わりなどいくらでも造れるのだから。

「せいぜい頑張ってくれよ、私のためにな。」

 そう笑いながら転移ゲートを開こうとして……次の瞬間、男の表情が固まった。ゲートが開かないのだ。

 慌てて辺りを魔法で探る男の顔が徐々に蒼くなってゆき、やがて驚愕の色が浮かぶ。

「転移阻害の結界……だと?」

 そう、一帯には魔法士団により様々な魔法阻害の結界が張られたのである。その中には当然、転移魔法を阻害する結界も含まれていた。

 呆然と立ち尽くすローブの男。

 既に四方は王国軍に取り囲まれており、彼に退路は無い。

 この状況では間違いなくこちらが負けるだろう。となれば自分もまた死ぬか捕らえれられるか、そのどちらかを選ぶしかないのだと絶望する。

 しかし、彼は間違っていた。

 彼のボスは実に慎重にして冷酷な人間で、万が一作戦が失敗した時のための対策も怠らなかった。

 その対策とは、彼に対し捕虜になった時点で心臓が止まるよう密かに呪詛魔法を掛けること。

 つまり彼には闘いの中で死ぬか、それとも捕らえられて死ぬか、いずれにしても命を落とす未来しか残されていないのだ。

 結局、教団にとっては彼もまた単なる使い捨ての道具でしかなかったのである。


 その少し前。

 イルムハートは用意された2階の部屋で灯りもつけずにひとり窓の外を見つめていた。

「どうやら、来たみたいだな。」

 やがて、襲撃者達の侵入を探知した彼は小さくそう呟く。

 と言っても、敵の魔力を捕らえたわけではない。彼等は隠蔽魔法でその魔力を隠しているため、それは不可能だった。

 だが、イルムハートはそれを逆手に取って相手の存在を探知したのだ。

 襲撃者達が隠蔽魔法を使いその存在を隠そうとすることはおおよそ予測出来た。ならば逆に、”魔力を感じない場所”を探せばよいのである。

 この世界は魔力に満ちている。

 例え魔獣が棲めなくなるほど魔力が減少してしまった土地であっても、決してゼロになった訳ではない。あくまでも”少なく”なっただけであり、僅かだが魔力そのものは存在するのだ。

 そんな中に全く魔力を感じさせない空白の一帯があったとすればどうか?

 それは、何らかの方法で魔力を感知させないようにしてあるのだと判断して良いだろう。

 しかも、その魔力空白の部分が移動しているとなれば、それが隠蔽魔法を使った侵入者であることは明白である。

 イルムハートはその”空白”を捉えたのだった。

(とりあえず”正攻法”で来てくれたのは何よりかな。)

 イルムハートが危惧していたのは街ごと吹き飛ばす手段を取ってくる可能性だった。

 それは決して容易な方法ではないが、”再創教団”は神の御業をも成すと言われる”始りの言葉”が使えるのだ。決して油断して良い相手では無い。

 とは言え、本気で心配していたわけでもなかった。

 もしそんなことをすれば黒幕が強硬派ではないことがバレてしまうだろう。教団もそこまで馬鹿ではあるまい。

 なので、あくまでも最悪の可能性として考えていたに過ぎないのだが、それでもそれを回避出来たことにひと安心するイルムハートだった。

 次にイルムハートは探知の範囲をさらに広げる。真の”黒幕”を探すためだ。

 イルムハートは襲撃者達とは別に、彼等を操る者がそう遠くないところで成り行きを見守っているはずだと考えていた。結果を見届けるためと言うより、万一しくじった時の後始末のために。

 ”再創教団”にとっての最重要事項は自分達の秘密を守ること。それは、この襲撃の成否よりも優先されるはずだ。なのでもし作戦が失敗し、最悪信徒が捕虜となった場合には必ずその口封じをしてくるに違いない。

 それを監視する者が必ずいるはずである。

 ただ、問題はその相手が探知の範囲内にいるかどうかだが、そこはそれほど心配していなかった。

 ”彼”は必ず近くにいる。敢えて自分にその存在を探知させるために。イルムハートはそう確信していた。

(見つけた!)

 やはり”彼”はいた。その魔力を隠すことこもなくそこにいた。

 場所は街から少し離れた処。そこには確か小さな森があったはずだ。

 どうやら”彼”はその森でイルムハートを待っているということらしい。

「それじゃあ、お招きに与るとしようか。」

 そう言ってイルムハートが窓を開けようとしたその時、不意に外が明るくなった。見ると光の玉が数個、夜空で輝いている。

「始まったか。急がないと。」

 それは、戦闘の開始を意味していた。と同時に、襲撃の失敗も。

 隠密行動を取る襲撃者達がこんな派手な真似をするはずはない。となれば、光の玉を作り出したのは迎撃する側なのだということはすぐに分かる。

 おそらく”彼”も遠くからこの明かりを見ているだろう。そして、襲撃の失敗を悟るはずだ。

 その時、”彼”はどういう行動を取るか?

 襲撃者達を撤退させ自分も姿をくらますのか、或いは彼等もろとも街ごと消そうとするのか。そのどちらも選択させるわけにはいかなかった。

 それを阻止するためにも早く”彼”の下へと行かなければならない。

 イルムハートは窓を開け、そこから地面へと飛び降りる。

 2階からではあったが飛行魔法は使わなかった。魔法阻害の結界が張られることを聞いていたからだ。まあ、身体強化は使えるので問題は無い。

 そして、イルムハートは護衛の騎士団がいる場所を避けながら屋敷の裏へと周り外へ出ると、そのまま街を囲む石壁を飛び越え全速力で例の森へと向かうのだった。


 そこは正式な名すら持たないような小さな森だった。

 イルムハートはその入り口に立つ。

 森の中からはいくつかの強力な魔獣の魔力を感じた。既にその棲息域ではなくなってしまったはずであるにも拘わらずだ。

 護衛代わりか?それとも、こちらの力を試すつもりなのか?

 まあ、いずれにしろ今の自分にとって問題になるレベルの相手ではなさそうだ。そう判断してイルムハートは歩を進める。

 そしてイルムハートが森へと足を踏み入れた途端、さっそく出迎えが現れた。

 3体のスリーアイズ(三つ目)・パンサーだ。

 スリーアイズと言っても実際に目が三つあるわけではなく、額に赤く光る目のようなものが付いているだけである。

 だが、それがこの魔獣の厄介なところで、その”目”を見た者は様々な状態異常に陥ってしまうのだ。

 さすがに石化や即死と言った一発退場させられてしまうようなことにはならないが、それでも麻痺や幻覚など極めて危険な状態に追い込まれることになる。

 とは言え、そんな攻撃も通常の状態異常魔法と同様に気力で抵抗レジストすることは出来た。

 なので、ある程度の実力を持った者なら不意を突かれたりしない限りさして問題となる攻撃ではなかった。

 当然のようにスリーアイズ・パンサーはその状態異常攻撃を仕掛けてきたが、勿論イルムハートには効かない。あっさり弾かれてしまう。

 それが無駄に終わったと悟った彼等は、次いで肉弾戦を仕掛けてくる。

 森の中は真っ暗だったが、暗視の魔法も使える彼等にとってそれは何の障害にもならなかった。3体が絶妙のコンビネーションで3方からイルムハートへと襲い掛かる。

 だが、暗視魔法ならイルムハートにも使える。それだけではなく彼は魔力や気配で相手の動きを捉えることも出来るのだ。

 イルムハートは敵の攻撃を紙一重で、しかし確実に躱しながら剣を振るい、一気に2体のスリーアイズ・パンサーの首を落として圧倒的な力の差を見せつけた。

 本来なら残った1体はここで逃げ出すはずだった。魔獣も含め野生の生き物には無駄なプライドなど無い。生き残ることこそが全てであり、敵わぬ相手に無理して立ち向かうような愚かな真似はしないのだ。

 しかし、魔獣は逃げなかった。と言うより、逃げることを許されなかったのだろう。

 何らかの方法で操られてしまっている魔獣に己の意思など無い。死ぬまで闘い続けるしかないのだ。

 そんな相手に一抹の憐みを感じはしたが、それでもイルムハートが手を抜くことはなかった。下手な同情で命を危うくするほど博愛主義でもなければ愚かでもない。彼に出来るのは苦しむことなく一刀で命を絶ってやることだけだった。

「ヘタな茶番は止めにしませんか?」

 剣を振り付いた血を落としながら、少し不機嫌そうにイルムハートはそう声を出す。

 すると、その声にこたえる様に森の闇の中から3つの影が現れた。

 その魔力の様子から、真ん中のひとりは人族のようだが両脇のふたりは”人造魔人”であることが分かる。

「さすがの腕前だ。

 話に聞いていた通りだよ。いや、それ以上のようだな。」

 中央に立つ人族の男が、どこか楽しそうな声でそう言った。

 月は雲に隠され、僅かな星明りも樹々に遮られた真っ暗な森の中。

 男の姿ははその闇に覆い隠されてはいたが、暗視魔法を使うイルムハートにはそれが誰なのかハッキリと認識出来た。

 そんなイルムハートは男に向け、怒りとも失望ともつかぬ声でこう語りかけるのだった。

「やはり貴方が黒幕だったんですね。ラングさん。」

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