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伯爵の驚きと協力の条件

 ”再創教団”。

 創造神と破壊神、その2つの名を持つ神を信仰する宗教団だ。

 彼等の目的は世界を”再創成”することで、そのためには先ず一度世界は滅びる必要があると考え活動している。

 その歴史は長く、一説では4000年前にこの世界を滅ぼしかけた”大災厄”以前から存在しているとも言われていた。

 俄かには信じがたい話だが、実際彼等は”大災厄”以前に栄えていた高度文明の遺産である”失伝の術法”とおぼしき技術を手にしているようなのだ。

 それは現在この世界のどの国の技術よりも進んだオーバーテクノロジーであり、そのことが彼等の謎を一層深めていた。

 とは言え、その”失伝の術法”を使い教団自らの手で世界を滅ぼそうとしている訳ではない。世界を滅ぼすのは信仰する神、すなわち破壊神であって彼等ではないのだ。

 彼等はあくまでもその破壊神を目覚めさせるため世界を混沌に導くのが自らの成すべきことと考えていた。

 尤も、この世界の住人にとってはどちらでも同じことである。

 世界中が混沌に包まれるような状況になれば、どの道多くの人々の命が失われてゆくことになるだろう。そうなれば、この世界の存続すら危うくなるかもしれない。

 最後に破壊神が現れた時、世界は既に滅びてしまっている。そのような結末を迎える可能性だってあるのだ。

 そんな危険な存在。

 それが”再創教団”だった。


「”再創教団”か……話には聞いたことがあるが、まさか実在したとはな。」

 ビンスの口から出たその名にラザールは困惑の表情を浮かべた。

 勿論、イルムハートからも事前に聞かされてはいたが、それでもやはり戸惑ってしまうのだった。

 まあ、これは仕方ないことでもある。

 長年”再創教団”については国家の最重要機密事項として扱われ、ほんの一握りの者しかその情報に接することは出来なかったのだ。

 数年前、王国南西部にある”南西地脈帯”を舞台に教団の陰謀が露見したことをきっかけとしてバーハイム王国は近隣諸国と共同で大規模な壊滅作戦を行い、それによって軍部や一部高官にも教団のことが知られるようになりはした。

 だが文官であり、しかもお世辞にも高級官吏とは言えないラザールがその情報に接する機会は残念ながら無かったのである。

「しかし、どうやってそれを突き止めたのだね?

 相手は謎の秘密結社なのだろう?

 だとすれば、そう簡単に尻尾を掴ませるような相手とは思えんが。」

「数年前、王国は近隣諸国の協力を得て教団の壊滅作戦を行ったのですが、実はその際に敢えていくつかの拠点を見逃しておいたのです。その動きから奴等の動向を探るために。

 それで、その内のひとつが急に慌しく動くようになったその直後、ロランタン公爵襲撃事件が発生したという訳です。」

 ラザールの問い掛けにビンスは表面上では冷静にそう答えた。しかし、内心では臍を噛みながら。

 実を言うと、例の”龍族の祠”事件の際にも教団には僅かながら動きはあったのだ。

 しかし、”失伝の術法”が使える教団にとって”龍族の祠”の転移魔道具などさほど興味を惹くものではないだろうと考え、全く別の動きだと判断してしまったのである。

 だが、今考えればそれは何らかの前兆だったのかもしれない。そう思うと、どうしても後悔せずにはいられないビンスだった。

「成程な。だが、それだけではあるまい?

 教団の拠点に動きがあったからと言って、必ずしも今回の件に関係しているとは言えないだろう。

 確証を得られるだけの何かが他にあったのではないかね?」

 中々に鋭いな。ビンスは内心で舌を巻いた。

 さすが、新参の伯爵家でありながらロランタン公爵の懐刀として重用されるだけのことはある。

「決定的だったのは公爵閣下襲撃の際、賊の中にいた魔族の存在なのです。」

「魔族?どうして魔族と教団とが繋がるのかね?」

「その魔族なのですが本当の魔族ではありません。”人造魔人”なのです。」

「”人造魔人”?」

 聞き慣れぬ言葉にラザールは首をひねる。

「それは……人が造り出した偽りの魔人ということかね?」

「はい、そうです。人に魔石を埋め込むことで造られた偽りの魔人です。

 勿論、どうすればそんなことが出来るのか、我々には分かりません。

 ですが、教団は”大災厄”以前に栄えていた高度文明の技術”失伝の術法”を使うことが出来るのです。

 それを持ってすれば人を魔人に変えることも可能なのだと思われます。」

「それが襲撃者の中にいたと?」

「はい、襲撃に加わっていた魔族は己の意思を持たぬ、まるで操り人形のようだったとのことでした。

 ”人造魔人”は魔人化させられた時点で本人の人格が失われてしまうためそうなるのでしょう。

 それと、その魔族からは2つの魔力が感じられたそうです。

 通常、人族にしろ魔族にしろ、ひとつの存在はひとつの波長の魔力しか持ちません。ですが、その魔族は2つの波長の魔力を持っていたのです。

 これは本人が元々持つ魔力と埋め込まれた魔石の魔力、その2つを持つということであり、”人造魔人”であることの何よりの証拠なのです。」

 ビンスの話を聞いた後、ラザールはしばらくの間何かを考えているかのように無言だった。

 勿論、”人造魔人”の話には驚いているだろう。

 だが、彼が黙り込んだのには別の理由があった。

「……その話、誰から聞いたのかね?

 公爵が襲われた事、それを知っているのはまだ分かる。いずれ情報は洩れるだろうと考えてはいたのだ。

 だが今の話は誰ぞからの単なる伝え聞きとは思えん。

 魔族の様子ばかりかその魔力のことまで、それはその場にいた者にしか分からないことだ。いや、例えその場にいたとしてもそこまで冷静に観察出来る者などそう多くはないだろう。

 となるとそれは護衛の中の、しかもかなり上級の者から聞き出した話としか思えない。

 だが、私もロランタン公爵もそのような報告は受けてはいないのだ。

 なのに、どうして君がそれを知っている?」

 問い詰めるようなラザールの言葉に、今度はビンスが黙る番だった。どうやら、あまり追求して欲しくない話題のようである。

 しかしここまで来ては隠し通す訳にもいかず、やがて観念したように口を開く。

「正直に申しあげますと、公爵閣下の護衛団の中には私共の手の者を潜ませてあるのです。」

「やはりそうだったのか。

 それで、いつからだね?」

「閣下がフリーデの街へお移りになった時からです。」

「何と、そんな以前から……。」

 ビンスの答えを聞いてラザールは絶句した。

 公爵の護衛団、中でも古参の面々とは当然面識があり、その多くはラザールよりも長く公爵に仕えている者達なのだ。

 なのに、まさかその中に密偵がいたとは。

 ラザールがショックを受けるもの当然だった。

「ですが、それは決して公爵閣下に対し含むところがあってのことではありません。本当です。

 ただ、閣下のように国政への少なからぬ影響力をお持ちの方が王都を離れられるとなると、王国としても目を光らせざるを得ないのです。閣下ご本人ではなく、その影響力を利用しようと企む者達を監視するために。

 どうかその点をご理解頂けますでしょうか。」

「それは解かる……いや、解かっているつもりだ。」

 そう言ってラザールは何かを振り払うかのように頭を振った。それは気持ちを切り替えるための動作だったのだろうが、彼の表情からしてあまり効果があったとは言えないようである。

 それでもラザールは何とか気力を振り絞り最後の、そして最も重要な質問を口にした。

「それで、”再創教団”はいつ仕掛けて来ると思うかね?

 そうそうのんびりはさせてくれないと思うのだが。」

 教団としても決して余裕があるわけではないだろう。例え公爵が姿を現したとしても、その後長逗留するとは限らないからだ。

 となると早々に仕掛けて来るに違いない。

 そう予測するラザールに対しビンスも同意するかのように頷き、そしてこう言った。

「おそらくは今夜、皆が寝静まった頃を狙って来るでしょう。」


 ビンスとの話を終えた後、ラザールは彼のために用意した部屋へと案内されていった。旅の疲れと精神的な疲労から、休息が必要だったのだ。

 そして部屋にはビンスとイルムハートだけが残る。

「護衛団の中に内通者がいたことにはかなりショックを受けていたみたいですね。」

 肩をすくめながらイルムハートがそう言うと、ビンスもやや同情的な表情を浮かべた。

「まあ無理も無いことだとは思います。長年共に公爵に仕えていたわけですから、その分信頼もしていたでしょう。

 出来る事ならこの話は秘密のままにしておきたかったのですが、そういうわけにもいきませんしね。」

 おそらくその内通者は今後公爵の下を離れることになるのだろう。存在が知られてしまってはそれも仕方ないことではある。

「それにしても中々油断なりませんね、第3局も。

 まさか、僕の周りにも密偵を潜ませていたりするのですか?」

「イルムハート様、そのような意地の悪い事を……。」

 唐突な質問に困ったような顔をするビンスを見て、イルムハートは「冗談ですよ」と笑う。

 もしかすると本当に監視者がいるのかもしれないが、それを追求したところで意味はない。例えそうだとしてもビンスが正直に認めるはずなどないからだ。それが情報機関と言うものである。

「それで、教団はどのくらいの手勢で責めて来ると思いますか?」

「前回、公爵が襲われた際は”人造魔人”2体を含む十数人ほどの手勢だったそうです。」

 イルムハートの問い掛けにビンスはいろいろと考えを巡らせる。

「ですが、正直その時は本気で公爵を害するつもりなど無かったのではないかと思います。

 教団としては徐々に対立を広げ激化させることを狙っているはずです。そのほうが火はより広範囲へと広がってゆきますからね。

 なので、いきなり最重要人物を消しに来るとは考えられません。

 おそらく、前回の襲撃はあくまでも最初の火種を蒔くためのものだったのではないでしょうか。」

「でも、今回は本気で来ると?」

「はい、間違いなく。

 なので最低でも前回の倍以上の手勢は覚悟しておいたほうが良いかもしれません。

 当然、”人造魔人”の数も増えることになるでしょう。」

「それに加えて魔獣も、ですね。」

 以前、南西地脈帯で教団と相対した時、彼等は魔獣をもコントロールしているように見えた。意図的にスタンピードを起こしたと思われる形跡が見受けられたのだ。

 となると、今回もまた魔獣を利用して来るかもしれない。

「おっしゃる通りです。

 先ず魔獣を先に突入させ、その混乱に乗じて事を成そうとして来る可能性も十分あります。」

 勿論、その点についても抜かりは無い。

 実のところ、配置された王国軍はほぼ対魔獣要員のために投入されていると言っても良かった。

 襲撃者の撃退については主に騎士団が行うことになっている。さすがに”人造魔人”が相手では一般兵には荷が重いだろうからだ。

 そのためにビンスは騎士団3個小隊をフレッドから借り受けて来ているのだった。

「ですのでその場合は魔獣への対応を軍に任せ、騎士団が襲撃者の相手をすることになっています。この屋敷の警護は第3小隊が行い、残る第6・第8小隊が街中の各所で待機している状態です。

 後は、魔獣対応も含めて全体的なサポートを魔法士団が行う形ですね。」

 ちなみに、フランセスカの第5小隊は今回派遣されていなかった。

 別に、無茶をして作戦を台無しにする可能性あるから、ということではない。

 ただ、クロスト伯爵邸包囲の一件でフランセスカは悪目立ちし過ぎてしまった。

 もし教団が伯爵邸を監視していた場合、彼女の顔が相手に知れ渡っている恐れもあるのだ。

 そこで万が一の可能性を考え、作戦がバレないよう第5小隊を除外したのである。

 尚、後でそれを知ったフランセスカからフレッドは散々に攻め立てられることになるのだが、まあそこまでは責任を持てないし持つつもりも無いビンスだった。


「ところで、例の約束は忘れていませんよね?」

 ビンスにより一通り布陣の説明が終わると、イルムハートは意味ありげな表情を浮かべそう言った。

「例の件ですか……。」

 それに答えるビンスの表情は渋い。

「勿論、忘れてはいません。

 ですが、今一度考え直してみては頂けませんか?

 イルムハート様の実力は十分に承知していますが、さすがにおひとりで動かれるのはいかがなものかと。」

 今回の件について、ビンスからの依頼をイルムハートは2つ返事で引き受けた。

 だが、後でひとつ条件を付けたのである。

『作戦が開始された後はひとりで自由に動くことを許可してほしい』

 それが、作戦へ協力するにあたってイルムハートが出した条件だった。

 当然、ビンスとしては受け入れ難い話である。

 イルムハートの実力はビンスも分かってはいた。しかし、万が一ということもある。なので、せめて騎士団員か第3局の人間を随行させて欲しい。

 そう頼み込んだのだがイルムハートは頑として聞かず、結局は押し切られる形となってしまったのだった。

「これが我儘だということは僕も十分自覚しています。

 ですが、どうしてもハッキリさせたいことがあって、それには僕がひとりで動いて見せる必要があるんです。

 あの人を誘い出すために。」

 そんなイルムハートの言葉に、ビンスは諦めたように深くため息をついた。

 今さら何を言ったところで、イルムハートがそれを受け入れるとは元から思っていなかった。

 ただ、それでも言わずにはいられなかったのだが、やはり無駄だったようである。

「分かりました。

 ですが、決して無理はしないようお願いします。少しでも危険だと感じたら、すぐさま引いて下さい。

 あくまでもイルムハート様の身の安全が最優先です。

 よろしいですね?」

 しかしそう言いながらも、ビンスの脳裏にはある思いが浮かんでいた。

 そもそも、目の前の少年には危険とか恐怖とかを感じる事などあるのだろうか?と。

 だが、すぐさまその考えを打ち消す。

 そんなの当たり前ではないか。いくら腕が立つとは言え人である以上は必ず限界というものがあり、危機感や恐怖を完全に克服することなど不可能なのだから。

 自分は彼を人ならぬ存在だとでも思っているか?

 そう心の中で自嘲しながらも何故か抱いた思いを拭い去ることが出来ず、複雑な表情でイルムハートを見つめてしまうビンスだった。


 そしてその夜、リネルアの街がすっかり寝静まった頃。

 ついに”再創教団”は動き出したのである。

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