騎士団の出動と意外な人物の来訪 Ⅱ
ビンスの言葉を聞いたイルムハートは暫しの間黙り込む。どうにも頭の整理が必要だった。
何せ”龍族に認められし者”の次は”龍王の冠”ときた。話がどんどん伝奇じみた様相になってくる。
確かにここには魔法があり、魔族や龍族が人と共に暮らすような世界だ。何があってもおかしくないのかもしれない。
しかし、だからと言って全ての話を無条件で受け入れるほどイルムハートは単純でもなければ純粋でもないのだ。
「本当にそんな物が存在するのですか?」
「少なくとも皇国はそう考えているようです。
いろいろ変遷はあるものの、皇国は人族で一番長い歴史を有する国ですからね。他の国には無い何らかの資料が残っているのかもしれません。
実際に過去数度、軍を率いて龍の島へ攻め入ったことがあるのですよ。勿論、その目的は”龍王の冠”を奪取することでした。
まあ、いずれも魔力嵐と龍族の抵抗に遭い、島への上陸すら叶わず手痛い失敗に終わっているのですけれど。」
「皇国の遠征については話を聞いたことがあります。
ですが、あれは魔族大陸へ攻め込むための拠点構築が目的だったのでは?」
「表向きはそうなっていますが、普通に考えてあのような危険な場所にわざわざ拠点を設ける意味など無いでしょう。
直接、魔族大陸に攻め込んだ方がずっと効率が良いとは思いませんか?」
確かにそうだ。
龍の島はカイラス皇国から魔族大陸へと中海を渡る際の丁度中間点に位置しているため、そこに中継拠点を造る事自体意味はある。
しかし、島を攻めるための戦力投入やそれに伴う被害を考えれば、どう考えても損得の釣り合いが取れるとは思えなかった。
「なるほど。それで皇国は作戦を変更し、例の祠にあった転移装置から島へ侵入することを考えたわけですね。
そして、強硬派がそれに手を貸したと。」
「”噂”によればそう言う事のようです。」
まあ、運が良ければその方法を使って龍の島へ入ることは出来るかもしれない。だが、それだけだ。
「しかし、たったひとり潜入したところであまり意味は無いのではありませんか?
龍の島でひとり秘宝の有りかを探し、その上それを奪い取り戻って来るなど神業にも近いですよ。一体どこの誰にそんな真似が出来ると言うのです?」
「確かに工作員がひとりでそれを行うのは不可能でしょう。
ですが、潜入したのが魔法士だったとしたら?」
ビンスの言わんとしているところはイルムハートにもすぐ分かった。
「転移魔法、ですね。」
「はい、転移魔法を使える魔法士が一度龍の島の土を踏みさえすれば、後はその者の魔法で行き来が可能となるわけです。
そうなれば祠の転移装置を使わずとも追加の人員が送り込めることになりますからね。
ただ問題は転移魔法も無制限に使えるわけではないという点です。
どうしても距離によって転移させられる人数が制限されてしまいますので、ここバーハイムからそれを行うのはあまり効率が良いとは言えません。」
「そこでカイラス皇国の関与に、より信憑性が出て来るわけですか。
単に龍の島へ人を送りこむというだけなら国内の強硬派が単独で行った可能性だってあるはずですが、そこに転移魔法が関わってくるとなればどうしても無理が出て来てしまいますものね。」
中々良く出来た話だとイルムハートは素直に感心した。
転移魔法はその距離と移送容量とが反比例する。距離が遠ければ遠いほど転移可能な人や物の量が限られてしまうのだ。しかも極端に。
バーハイム王国から龍の島までの距離はおよそ2000から3000キロほど。これは余程の大魔法士でもない限り人ひとり送るのすら難しい距離だった。
仮に国内の勢力が独自にその”龍王の冠”とやらを奪うため工作員を送ろうとしたとしても、転移魔法により増援を送り込むのはほぼ無理と考えて良い。それこそ”王国3大魔法士”の内の誰かが協力でもしない限り目的の達成は不可能だろう。
だが、そこにカイラス皇国が絡んでくるとなると話は変わってくる。
皇国から龍の島までの距離はせいぜい数百キロ。途中まで船で行けば、それこそ十数キロの地点まで近づくことも出来るだろう。これなら、それほどの魔法士でなくとも多くの人員を送り込むことが可能になる。
そこでバーハイム王国内の強硬派とカイラス皇国とが手を組み、学芸院理事を通して工作員を密かに送り込んだ……と言った感じで全てが繋がることになるわけだ。
こう言ったいかにも現実味のありそうな要素を多少混ぜ込ませることで噂は信憑性を増し、まるでそれが事実であるかのような印象を聞く者に与えることになる。
「いくら噂話とは言え、それを聞いて融和派の人達が黙っているはずはないですね。」
「ええ、ただでさえそのような噂が真しやかに流れている中、元理事がメラレイゼの旧王家派支配地に潜んでいたと分かったわけですからね。それこそ、火に油です。
今では過激分子だけでなく他の方々でさえ強硬派との対決姿勢を強めているようで、正に一触即発と言った状態なのですよ。
これには王国としてもかなり神経を尖らせていましてね。
確かに魔族との融和が王国の国策ではありますが、だからと言って融和派に加担するわけにもいきません。一方に対する過度な肩入れは国内の分断を招きかねませんから。
今は融和派と強硬派、その両方の動きに目を光らせている状態なのです。」
肩をすくめながら言うビンスのその言葉にイルムハートは今日あった出来事を思い出す。
「もしかすると、今日王国騎士団が動いたのもそれに関係しているのですか?」
「ああ、クロスト伯爵邸を包囲した件ですね。」
イルムハートの言葉にビンスは苦笑いをして見せた。
果たしてそれが何に対する”苦笑”なのか、生憎とイルムハートには分からない。
騎士団の行為をやり過ぎだと感じているのか、あるいはイルムハートとフランセスカの関係を知っているからなのか……。まあ、そこは敢えて考えないようにした。
「正直、騎士団長の意図まで正確に推し量ることは出来ませんが、おそらくそうだと思います。
徐々に過激化する両派の言動を牽制するのが目的だったのではないでしょうか。
おかしな動きをすればいつでも騎士団が動く、そのことを解らせるために敢えて派手に動いたのではないかと。」
(あれには伯爵だけでなく、融和派を牽制する意味もあったのか……。)
言われてみればいろいろと腑に落ちた。
『何ならもう1,2小隊追加で連れて行っても構わない』
フランセスカの話によれば、フレッドはそこまで言ったとのこと。
最初、半分は冗談で言ったのだろうと考えていたが、どうやら本気の言葉だったようだ。騎士団の覚悟を示すための。
フレッドとしては、おそらく動くためのタイミングを計っていたのだと思われる。そこへ丁度、イルムハートがクロスト伯爵の元へ乗り込んだという情報が入り、これ幸いとばかりに隊を動かしたに違いない。
結局、フランセスカもイルムハートも上手い事フレッドに利用されてしまったわけだ。
(ホント、油断ならない人だよな……。)
何となくそんな感じはしていたものの、実際そうと分かると改めてフレッドの老獪さを思い知らされるイルムハートだった。
とりあえず、ここまで事態がこじれてしまった、そのいきさつは理解した。
後は事の真相だ。その”噂”が本当なのかどうか。
「おおよその状況は解りました。
それで、真実はどうなのですか?
噂通り強硬派は国外の勢力と手を結び、それに怒った融和派が公爵を襲撃した。
それが事実だと、第3局……いえ、マクマーンさんは考えているのですか?」
「イルムハート様はどうお考えになりますか?」
イルムハートの質問には答えず、ビンスは逆にそう問い掛けてくる。
ちょっとズルいなと、最初イルムハートはそう思った。
ビンスに比べればイルムハートの持つ情報などたかが知れている。そんな状態ではまともな答えが出せるわけも無いだろう。
もしかすると、イルムハートがどこまで気付いているのか、それを探るつもりなのかもしれない。そんな風に疑いもした。
しかし、ビンスの表情を見てその考えも変わる。彼のその目はまっすぐイルムハートを見つめていた。そこには何の駆け引きも無い、真摯な光があった。
「そうですね、これはあくまでも僕がそう感じたと言うだけですが、少なくともクロスト伯爵は国外の勢力と手を結ぶような方ではないと思います。
それに、現在王国内における自分達の立場というものを理解し、出来るだけ事を穏便に解決しようと努力しておられるようにも感じました。
融和派を出し抜くとか追い落とすとか、そもそもそんな考えは持っていないように思えます。」
「では、公爵の襲撃も全ては融和派が噂に踊らされてしまっただけのことだと?」
「それも違うような気がします。」
「何故ですか?」
「魔族の存在です。
公爵を襲撃した者の中には魔族も混じっていたらしいのですが、それについてはどうも話が出来過ぎているように思えるのです。
魔族は融和派とも近しい関係にあるはずですし、反魔族主義の色合いもある強硬派を追い落とすことは彼等の利益にもなるでしょうから襲撃に加わっても一見不思議ではないようにも思えます。
でもそれは逆に融和派にとってあまり都合の良いことではないでしょう。魔族が加わることで、誰もが襲撃は融和派によるものだと考えてしまうはずですからね。
それではまるで融和派の看板を堂々と掲げながら悪事を働くようなものです。
融和派の人達にしても、そこまで考えが回らないとは思えないのですけれど。」
「と言うことは、実際のところ融和派でも強硬派でもない別の存在が裏で糸を引いていると?」
「僕はそう考えています。
勿論、それが何者かまでは分かりません。
ただ……それに関して少し気になることがあるのです。」
今回における一連の出来事を思い返した時、どうにも腑に落ちないことがイルムハートにはあった。
最初、それをビンスに言うべきかどうか迷ったが、真相の解明のため意を決して全て話すことにしたのだった。
「さすがはイルムハート様ですね。素晴らしい洞察力です。」
イルムハートの話を聞いたビンスは満足げにそう言った。その表情はどこか嬉しそうでもあった。
「何とか合格点は貰えそうですかね?」
「いえ、別にイルムハート様を試したわけではないのです。」
冗談半分で口にしたイルムハートの言葉に、ビンスは少し慌てた様子を見せる。気分を害してしまったのではないかと心配したのだ。
「結果的にそうなってしまいましたが、それは本意ではありません。
どうかお気を悪くなさらないで下さい。」
「大丈夫、分かっています。」
そんなビンスの様子にイルムハートが笑顔を浮かべると、つられてビンスも苦笑いする。
「実を言うと今日伺った本当の目的はイルムハート様にあるお願いをするためなのです。」
「お願い?僕にですか?」
「はい、是非とも私共に力を貸して頂きたいのです。」
そこでビンスは真顔に戻る。
「ただ、それにはイルムハート様がご自身の意思で動いて頂く必要があるのです。誰かに頼まれたからそうする、と言うのではおそらく上手くいかないでしょう。
そのためにもイルムハート様には”事実”を知って頂きたかったのです。私から聞いて”知る”のではなく、ご自身でそこに辿り着く形で。
勿論、ところどころ必要な情報を補完することで判断の手助けをするつもりではいたのですが……どうやらその必要もなかったようですね。」
なるほど、そう言うことだったのかとイルムハートは納得した。
イルムハートが”合格点”と言う言葉を口にしたのも、彼の話に対し受け答えするビンスの姿をまるで学院の教師のようだと感じていたからだ。
ただ答えを教えるのではなく、あくまでも自らの力で導き出せるよう手助けをしている。そんな風に思えたのだ。
そこからイルムハートはビンスが自分に何をさせようとしているのかを推測する。
「つまり、もう一度クロスト伯爵と会って説得してほしいことがある、というわけですね?」
「今の話だけで、そこまで分かるのですか?」
イルムハートならそこまで察するかもしれないと思ってはいたが、それでもビンスは驚かずにいられなかった。
「まあ、今のは本当に当てずっぽうですけれど。」
イルムハートはそんなビンスの反応を見て、今までずっと彼のペースだったがこれで少しはやり返せたかな?と内心ほくそ笑んだ。
「尤も、クロスト伯爵とお会いした直後にマクマーンさんが来た時点でその目的は大体予想出来ますからね。話した内容を聞きたいか、あるいは僕を通して何か伯爵に伝えることがあるか、でしょう。
その上で僕自身が納得していないと出来ない事とは何なのか考えた時、それはクロスト伯爵を説得することじゃないかと思ったんです。あくまでも僕自身の言葉で。
所詮、他人からの受け売りの言葉では人の心を動かすことなど出来ませんからからね。」
「もう何と言うか……イルムハート様、冒険者を辞めて第3局へ来るつもりはありませんか?」
半ば呆れたような表情を浮かべながらビンスはそう言った。
まあ、本気でスカウトしているわけではないだろうが、彼にすればそれは最大級の賛辞なのかもしれない。
「一応考えておきますが、あまり期待はしないでおいてください。」
当然、イルムハートにとってその答えなど考えるまでもないことなのだが、ここはとりあえず笑いながらそう返す。
そして、再び真剣な表情に戻るとまっすぐにビンスを見つめ静かに口を開いた。
「それで、僕は伯爵に何をお願いすればいいのですか?」
翌日、ビンスは王国騎士団本部を訪れていた。
団長のフレッドと会うためである。当然、話題は昨日ビンスがイルムハートと会った件だ。
「どうだった?彼は承知してくれたのかい?」
フレッドが問い掛けるとビンスは満足そうな笑みを浮かべた。
「ああ、快く受けてくれた。
彼が相手だと話が早くて助かるよ。
何せこちらが色々と面倒な説明などしなくとも、数言会話を交わしただけで大体のことは察してくれるのだからな。」
「お前の話はいちいち回りくどいからな。それが省けるのなら話も早かろう。」
「細部をすっ飛ばすせいで話が意味不明になるような奴よりはマシだと思うがね。」
フレッドの軽口に嫌味で返すビンスだったが、それは笑いと共に軽く聞き流されてしまう。
「それで、”あの男”のことも話したのか?」
「勿論だ。それを話さないわけにはいかないだろう。
尤も、彼もある程度予想はしていたようだったがね。」
「なるほど、その話を一からしなくて済んだのは確かに助かるな。」
”あの男”についての話をイルムハートがどう受け止めるか、それが今回の一番の鍵だとフレッドもビンスもそう考えていた。
話の持って行き方次第では逆に不信感をも買いかねない。そんな危惧すら抱いていたのだ。
だが、実際にはあっさり受け入れるどころか、むしろ彼自身その事に薄々気付いていたようである。
「ひょっとして、”奴等”のことにも気が付いていたとか?」
「さすがにそこまではな。
それについてはかなり驚いている様子だった。
まあ、我々と違い手に入る情報には限りがあるのだから仕方あるまい。」
そう言ってビンスは肩をすくめる。
「仮の話ではあるが、もし彼が当初からこの件の情報に接していればもっと早く事態の解明が出来たかもしれん。
もういっそのこと、彼に機密への接触権限を与えたほうが良いような気までしてきたよ。」
「情報院に引き抜くつもりならそうはさせんぞ。
お前のところにやるくらいなら騎士団がもらう。」
どこまで本気なのか解らないが、そう言ってニヤリと笑うフレッドにはビンスも苦笑するしかなかった。
「もしそうなった場合、お前とフランセスカとで彼を取り合う姿が容易に想像出来るな。」
「んー、あれが相手では少しばかり分が悪そうだ。
これと思い込んだ時のあの娘の行動力には、さすがに私も太刀打ち出来ないからな。」
今度はフレッドが苦笑する番だった。
「イルムハートを救い出すため伯爵の屋敷に乗り込むと言ってきた時には正直唖然としたが、考えてみれば実に良いタイミングだったよ。
今回のことにはそろそろケリを付けねばと思っていたところだしな。
融和派・強硬派の両者に圧力を掛け、”奴等”を炙り出すには恰好の状況だった。」
「私も最初、お前から連絡を受けた時は何を血迷ったかと思ったが、確かに悪く無い。
いよいよ騎士団が動き出したとなれば両派とも大人しくせざるを得なくなり、事態は沈静化してゆくことになるだろう。
そうなれば、”奴等”も焦って動き出すはずだ。でないと、せっかく仕掛けて来た工作が全て無駄になってしまうからな。」
「”奴等”がどう出て来ようと、これで方を付けてやるさ。」
「うむ、そうだな。」
ビンスはフレッドの言葉に力強く頷くと、情報院へと戻るべく腰を上げた。
「それでは、これで私は帰るよ。いろいろと準備もあるのでね。
伯爵との話が付き次第、また連絡する。」
「ああ、解かった。
こちらはいつでも動けるよう人員の手配をしておく。」
「頼むよ。ではな。」
そう言って部屋を出て行くビンスの後姿を見送ると、フレッドはソファに身を沈めひとり天井を見つめた。
やがてその顔には不敵な笑みが浮かび、誰に言うでもなくこう呟くのだった。
「見ていろよ、決してお前達の想い通りにはさせんからな。」