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騎士団の出動と意外な人物の来訪 Ⅰ

 王国騎士団によって屋敷が包囲された。

 それはイルムハートとラザールを大いに驚かせる報告だった。特にラザールの動揺は激しい。

「騎士団が屋敷を?何故だ?

 まさか、融和派の連中が手を回したと言うのか?

 いや、しかし奴等とて陛下直属である騎士団を動かす事など出来るとは思えんが……。」

 まるで追い詰められた獲物のような慌てふためきぶりである。

 その点、イルムハートのほうはまだ冷静だった。

「騎士団は何故屋敷を包囲しているのか、それは聞かなかったのですか?」

「門番が尋ねましたところ、ひと言「ただの巡回だ」と答えられたそうです。」

 イルムハートの問い掛けに執事長は全く取り乱すことも無く落ち着いた口調で答えた。どうにも恐ろしく肝の据わった人物である。

「”巡回”だと?そんな警備隊のような真似を何故騎士団が行うのだ?

 それに、巡回と言うならどうして包囲するかの如く我が屋敷前に留まっている?

 一体何を企んでいるのだ?」

 一方、主人であるラザールはと言えば執事長の言葉で余計に混乱し始めた。

 まあ、これだけを見て彼を小心者と決めつけるのは少々酷な話だろう。融和派との間に問題を抱えている彼の状況を考えれば、全てを疑ってかかるのも仕方ないことと言えよう。

 そんなラザールを置き去りにしたまま、イルムハートと執事長の会話は続く。

「それで、数は?」

「十数人とのことですので、おそらく一個小隊かと思われます。」

「武装はどんな感じか分かりますか?」

「全員、軽装の鎧程度らしいいです。重装備の者は見当たらないとのことでした。」

「と言うことは、今すぐ突入して来るというわけではなさそうですね。」

「騎馬も軍装ではなく平時の馬装のようですので、少なくとも今のところその意思はないのではないかと。」

 そんな会話を交わしながらイルムハートはこの執事長の行動に感心する。この状況下でよくもまあそこまでしっかり情報を集めたものだ。

 これが騎士や兵士ならともかく、彼は執事長なのだ。戦ごととは縁が無いはずなのにこの落ち着きと抜かりの無さ。

 ”スーパー執事長”。イルムハートは心の中で彼をそう呼ぶことにした。

「それと、あともうひとつ。

 数は小隊規模ということは分かりましたが、誰が指揮をしているかは分かりますか?

 まさか、騎士団長自ら出張ってきているなどと言うことは無いと思いますが。」

 指揮官は誰か?

 それによって騎士団の目的がおおよそ推測出来る。

 これが小隊長程度なら牽制のための示威行動とか、まあその辺りが考えられるだろう。”シェイド”のメンバーが惨殺された情報を得て、伯爵が何らかの報復行動に出ないよう動いたのかもしれない。

 何しろ警備隊では貴族を止めることが出来ないのだ。そうなれば騎士団が動く可能性だって無いわけではない。

 だが、もし騎士団長がこれを指揮しているとなれば話は変わってくる。

 その場合は王国により何かしらの指示が下され、それを実行するために騎士団を動かしている可能性も考えられるのだ。最悪、伯爵の捕縛とか……。

(まあ、さすがにそこまでのことではないだろうけど。)

 そんな風に色々と考えを巡らせるイルムハートだったが、その答えとして執事長の口から出た言葉には思わず唖然とさせれることになる。

「はい、隊を率いておられますのは第5小隊隊長フランセスカ・ヴィトリア様だとのことでございます。」


 クロスト伯爵の屋敷前。

 その門から一台の馬車が出てくるのを馬上のフランセスカは静かに見守っていた。

 やがて馬車は彼女の前まで来て止まり、その扉が開くと中からイルムハートが降りて来る。

 フランセスカもそれに合わせ馬から降り、ゆっくりした歩調で彼に近付いて行く。

「これは、旦那様……いえ、イルムハート・アードレー殿。

 こんなところでお会いするとは実に奇遇ですね。」

 フランセスカはそう言って笑顔を見せた。

 それを見てイルムハートは大きくひとつ溜息をつくと、やや呆れ気味の声で言う。

「今さらそんな小芝居をする必要はないですよ、フランセスカさん。」

 だが、それを聞いてもフランセスカには悪びれる様子など微塵も無い。

「そうですか。

 ではやはり、ここはお会いできたことを素直に喜び抱きついたほうがよろしいのでしょうか?」

「……そんなこと、誰に吹きこまれたんですか?」

 男女の仲についてフランセスカは、イルムハートに輪をかけたほどの奥手である。と言うか、一般的な常識すらあるのかどうか疑わしいくらいだ。

 そんな彼女が前述のような台詞を自分で考えたとは到底思えない。きっと誰かが入れ知恵したに違いなかった。

「そのくらいのことはしたほうが良いと、部下達が口にしておりましたので。」

 それを聞いたイルムハートが後ろに控える団員達をキッと睨み付けると、彼等は一斉に視線を逸らす。それは一糸乱れぬ、実に見事な動きだった。

「皆さん、フランセスカさんにあまり変な事を吹きこまないでくださいね。特に、ロードリック先輩。」

 イルムハートはそう文句を言いながらアルテナ学院の先輩であるロードリック・ダウリンを名指しした。

「な、何で私なんだ?」

「だって、先輩が一番目を泳がせていたじゃないですか。」

「……相変わらず目ざといな、お前は。」

 ロードリックは観念したかのように肩を落とす。

「まあそれは置くとして、どうしてフランセスカさんはここへ?」

 そんなロードリックの姿に苦笑しながら、イルムハートは当然の疑問を口にした。

「はい。実はセシリアが私の元を訪れて来まして、旦那様がひとり敵陣へ乗り込んだと教えてくれたのです。」

「”敵陣”って……セシリア。」

 やっぱりか、とイルムハートはため息を漏らす。

 いくらイルムハートに同行を禁じられたとは言え、それで素直に自宅へと帰ってゆく姿にはどこか不自然さを感じていた。彼女の性格からして、正直もっと食い下がってくるものかと思っていたのだ。

 ああも大人しかったのは、おそらく最初からフランセスカのところへ駆け込むつもりでいたせいなのだろう。

 全く、あの娘にも困ったものだ。

 そんな感じで頭を振るイルムハートの姿を見てフランセスカが口を開く。

「セシリアとて旦那様を心配しているからこそ私に報せてくれたのです。

 どうか、あまり叱らないでやって下さい。」

 それはイルムハートも良く解かっていた。

 クロスト伯爵側の狙いが不明な状態でひとり乗り込むのを周りが心配しないわけがない。それは十分承知していたが、それでも敢えてセシリア達の同行を禁じたのだ。

「叱ったりはしませんよ。むしろ、心配かけたことを謝らなければいけないかもしれません。」

 まあ、それはいい。無事で帰りさえすれば、後は笑い話になる。

 だが、それよりも気懸りなことがイルムハートにはあった。

「でも、フランセスカさんのほうこそ大丈夫なんですか?

 勝手に隊を動かしたりして、オースチン団長に叱られるんじゃないですか?」

 これがフランセスカひとりならまだ良い……いや、良くはないだろうが、少なくとも騎士団としてはいち個人の問題として片付けることは出来る。

 しかし、小隊まで動かしたとなればそうもいかないだろう。団長の責任問題にまで発展する可能性だってあるのだ。

 そうなればフランセスカへの処罰は更に重くなりかねない。叱られる程度で済めばまだ良いほうである。

 それを心配するイルムハートだったが、フランセスカには一切気に病む様子はなかった。

 何故なら……。

「いえ、それについては問題ありません。

 フレッド様の許可は取ってありますので。」

「えっ!?」

 イルムハートは思わず驚きの声を上げた。

「オースチン団長が小隊の出動を許可したんですか?」

「はい。セシリアの話を聞き一応・・フレッド様に許可を求めた所、すぐさま承諾して頂きました。

 何ならもう1,2小隊追加で連れて行っても構わないとまで言われたのですが、さすがにそれは断りましたよ。傭兵集団ごとき、我が第5小隊だけで十分制圧できますから。

 まあ、実際にそれをお見せ出来なかったのは残念ですが。」

 フランセスカは何やらさらりと物騒なことを言っていたが、イルムハートにそれを気にする余裕は無かった。

(隊を動かす許可を出した?オースチン団長が?)

 騎士団の小隊が伯爵家の屋敷を取り囲む。それは王国として武力の行使も辞さない構えを示すことになる。決してイルムハートひとり助けるためにすることではないのだ。

 確かにフレッドはフランセスカに甘い。それに相手の意表を付いて喜ぶ悪戯っ子のような一面も持ってはいる。

 だが、それとこれとは別だ。個人としての自分と王国騎士団長の立場とを混同するような人間ではないはずである。

 とすれば、目的はやはり”シェイド”に関する伯爵の暴発を抑止することなのだろうか?

 しかし、もしそうなのであればセシリアの話を聞いた後で隊を動かすと言うのもタイミング的に少しおかしい。もっと早く、その情報を手に入れた時点で出動の準備がされていても良いはずなのだ。

(全く、何を企んでいるのやら……。)

 結局、イルムハートはそれ以上考えるのを放棄した。

 フレッドにしろギルド長のロッドにしろ、彼等は謀略戦において百戦錬磨の強者達であり自分など遠く及ばないことを自覚しているのだ。

 詰まる所、今回も自分は上手い事ダシにされただけなんだろうなと、すこし恨めしい気持ちになるイルムハートだった。


 フランセスカとは伯爵邸の前で別れ自宅に戻ったイルムハートの元へ、その晩ひとりの客が訪ねて来た。

 最初、クロスト伯爵からの使いかと思ったイルムハートだったが、来客の名前を聞いて意外な顔をする。

 別に招かざる客というわけではない。ただ、思ってもみなかった相手だったのだ。

「お久しぶりですね、マクマーンさん。お元気そうで何よりです。」

 客の名はカイル・マクマーン。王立情報院第3局、いわゆる秘密情報部の捜査官だ。彼とは以前、南西地脈帯での一件において共に闘った仲だった。

 一応、表向きの身分は平民あがりの単なる捜査官とうことになってはいるが、その正体は情報院の特別補佐官も務めるビンス・オトール・メルメット男爵である。

 勿論、そのことをイルムハートは知らない。

「どうもご無沙汰しております、イルムハート様。

 イルムハート様もいろいろとご活躍の様で、噂は良く耳にしております。」

 どんな噂かは聞かない方がいいだろう。ビンスの言葉を聞いてイルムハートは苦笑気味にそう思った。

 何しろ相手は王国中から集めた情報を一手に管理している組織の人間だ。イルムハートにしてみればあまり触れて欲しくない様な事も山ほど知っているはずである。

 そんな人物が夜分にわざわざ訪れて来たのだ。これが単なる時候の挨拶などでないことは明白だった。

「それで、今日はどのようなご用件ですか?」

 なので余計な駆け引きはすっ飛ばし、ストレートにそう尋ねた。

「はい、実は少々イルムハート様にお聞きしたいことがありまして、このような時間に失礼とは思いましたが押して伺わせていただきました。」

 ビンスとしてもそのほうが有難かった。職業柄、腹の探り合いには慣れているとしても、かと言ってそれを好んでいるわけでもないのだ。

「単刀直入にお伺いします。

 ロランタン公爵とはいつお会いになるのですか?」

「どうしてそれを!?」

 ビンスの言葉に虚を突かれたイルムハートは思わずそう声を上げてしまった。しかしその後、相手の満足そうな表情を見て自分の迂闊さに後悔する。

「……引っ掛けましたね?」

「気を悪くされたのであれば謝罪致します。申し訳ありません。」

 ビンスはすまなそうな顔でそう言うと、頭を下げて見せた。

「ですが、全くの当てずっぽうという訳でもないのです。

 イルムハート様と会った後、クロスト伯爵が公爵へ連絡を取ったことは分かっています。

 となれば、タイミングからしてその内容がイルムハート様に関するものであることはほぼ確実ですからね。

 そこで、おそらくそれは公爵とイルムハート様との会談が目的であろうと推測したわけです。」

 相手は情報院第3局、その程度のことは掴んでいてもおかしくはない。むしろ情報を積み上げ”推測”するだけまだ穏便なやり方かもしれない。彼等なら「盗聴していた」くらいのことを言ってもイルムハートは驚かなかっただろう。

「連絡を取ったことが判るということは、もしかすると第3局では公爵の居場所を既に突きとめてあるのですか?」

「まあ、そんなところでしょうか。」

 イルムハートの問い掛けにビンスは曖昧な笑顔を浮かべながら答えた。

 敵の襲撃を恐れ、現在公爵はその身を隠している。

 クロスト伯爵を初めとする周囲の者達は細心の注意を払いその場所の秘密を守ろうとしているはずだが、さすがに第3局相手に隠し通すことは出来なかったようだ。

 そんな第3局なら他にもイルムハートの知りたい情報をいろいろと持っているに違いない。

 そこで、ダメもとでいくつか質問してみることにした。

「もし差し障りなければ教えて頂きたいのですけれど、公爵を襲ったのは本当に融和派の人達なのですか?」

「少なくとも強硬派の面々はそう考えているようです。」

 ビンスの答えは一見当たり障り無いもののように思えた。だが、その言葉のニュアンスからして彼自身そうは思ってはいないのではないかと、そんな風にイルムハートは感じ取った。

「どうして融和派と強硬派の対立はここまで深まってしまったのでしょう?

 ”龍族の祠”の件が始りなのは聞いていますし、それに関わった学芸院の元理事がメラレイゼで亡くなった事も要因のひとつかもしれません。

 ですが、それぞれの話にはどうにも決め手が欠けているように思えます。強硬派が何かを企んでいると決めつけるには、あまりにも根拠が曖昧すぎるような気がするんですよ。」

 基本的な問題として、”龍族の祠”で死んだ男マノロ・ベルガドはそもそも何をしようとしていたのか?

 そこがハッキリしないのだ。

「”龍族の祠”の件以降、一部の者の間でとある噂が流れる様になりました。」

 そんなイルムハートの疑問に対し、ビンスは少し考える間を置いた後にゆっくりとした口調でこう答えたのだった。

「”龍族の祠”で死んだ男はカイラス皇国の手の者で、彼の国の目的は龍の島に眠るある秘宝を手に入れることだったという噂です。

 それは”龍王の冠”と呼ばれるもので、これを手にした者は龍族だけでなく全ての竜種・亜竜種すら支配出来ると言われています。」

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