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伝説の再来と始りの事件

 今回の件、裏で動いているのは魔族融和派の過激分子。

 クロスト伯爵がそう考えていることは分かったし、その推理もまあまあ筋は通っているように思えた。

 ただ、イルムハートとしてはどこかしっくりこなかった。伯爵の話を疑うわけではないのだが、何かを見落としているような気がしたのだ。

 そこで欠けているピースを埋めるべく、イルムハートは以前から思っていた疑問を伯爵にぶつけてみる。

「伯爵のお考えは解かりました。ですが、どうしても分からないことがあるのです。

 もし仮に融和派が工作を仕掛けているとして、何故相手が私なのでしょうか?

 私と伯爵を対立させることで融和派にどんな得があると言うのですか?」

 それに対する伯爵の答えは半分予想通り、そしてもう半分は全く思ってもみないものだった。

「我々に痛手を負わせるのが目的だろう。

 先ず何より、君は辺境伯ウイルバート殿の子だ。その君と揉めればウイルバート殿の不興を買う可能性もある。」

「でも、その程度なら何も私でなくとも良いのではないですか?

 所詮、私は辺境伯の”子”でしかありません。私自身に何ら力があるわけではありませんからね。

 それよりもっと地位と権力を持った相手を狙った方がより効果的だと思うのですが。」

「それは少しばかり自分を過小評価し過ぎだな。

 確かに権力と言う点では君にそれほどの力は無いかもしれない。だが、君には”名声”がある。」

「”名声”ですか?」

「そう、”龍族に認められし者”としての名声がね。それがもう一つの理由だろう。」

 その言葉はイルムハートを大いに戸惑わせた。

 勿論、その言葉の示す意味は知っていたし、おそらくはあの祠で龍族と対面したことによって付いた呼び名であろうことも薄々想像はつく。

 だが、正直そんな大層な呼ばれ方をしているとは思ってもみなかったのだ。

 ”龍族に認められし者”。

 かつてそう呼ばれた者が他にもいた。”龍騎士”ナディア・ソシアスだ。

 呼び名こそ”騎士”となっているが、実際には冒険者で今から150年程前に活躍した半ば伝説の人物である。

 彼女もまた”龍族に認められし者”だったとされ、一説では龍族を使役していたとも言われていた。

 実のところイルムハートとしては、あのプライドの高い龍族が人間ごときに使役されるなど有り得ないだろうと思っている。

 まあ、所詮は物語の中の話だ。

 彼女もイルムハート同様に運よく話の分かる相手と出会い、もしかしたら手助けくらいはしてもらえた可能性はあるが、せいぜいその程度だろう。

 それに尾ひれがついて今の”伝説”が作り上げられたに違いなかった。

「私が”龍族に認められし者”?

 でも、私には龍族を使役するなんて、そんな真似出来はしませんよ?」

「”龍騎士”ナディア・ソシアスの伝説か……。」

 当然、クロスト伯爵もその物語は知っていた。と言うか、おそらく知らない者のほうが少ないだろう。それ程、有名な話なのだ。

「私とて彼女の伝説を真に受けてはいるわけではない。

 龍族は自らを至高の存在と考え、他の種族など下等な生き物と見下していると聞く。

 そんな彼等が”下等種族”である人族に使役されるなど到底有り得ることではないし、それどころか人族など相手にするつもりすら無いのかもしれない。」

 その辺りの認識はイルムハートと同じのようである。

「だが、だからこそなのだ。

 そんな誇り高き龍族が自らの聖域を荒らされたにもかかわらず君の命を奪いはしなかった。

 しかもその上、君の話を受け入れて転移魔道具の停止まで行ったと言うではないか。

 これは驚くべきことなのだよ。

 正に、君を”龍族に認められし者”と呼ぶに値する出来事なのだ。」

 状況は理解出来た。

 イルムハートとしては今後起きるかもしれない危機を避けるために転移ゲートの破壊を提案したつもりだったのだが、それが別の厄介事を招いてしまっていたようだ。彼個人の身に。

「えーと、つまりそれで私は多くの方に一目置かれることになったと言うわけですか?」

「そうだ。中にはナディア・ソシアスの再来と噂する者すらいるくらいだ。」

「……龍族の使役など出来ないのに?」

「この際、そんなことは関係無いのだよ。

 どの道それを証明しなければならないような状況など訪れはしないだろうからね。」

 ラザールにそう言われイルムハートは言葉を失った。内心、頭を抱えたくなる。まさか、そんなことになっていたとは。

 ロッドやフレッドはおそらく知っていたに違いない。もしかすると、アメリアも知っていた可能性はある。

 だが、誰も教えてはくれなかったのだ。

 それは、取るに足らない噂話だと考えてのことかもしれない。或いは、あの後事件に関して情報統制が行われたため、敢えてその話題を避けたか。

 しかし、いずれにしても自分にだけは教えて欲しかった。

 そう恨み言を言いたい気分になるイルムハートだったが……ふと思い直し、瞬時にそれを打ち消す。

(いや、やっぱり教えてもらわなくて良かったのかも。

 ”龍族に認められし者”とか”ナディア・ソシアスの再来”とか、そんな風に呼ばれてるなんて知ったら恥ずかしくて死にたくなったかもしれない……。)

 そんな大層な二つ名を付けられたところで、それを誇らしく感じるようなイルムハートではない。むしろ、悪目立ちするようなことは極力避けたいと思っているのだ。

(……このことはさっさと忘れよう。)

 そう心に決めるイルムハートなのだった。


「つまり融和派は、そんな私と対立させることで強硬派の評判を落とそうと考えたわけですね?」

 精神的ダメージから何とか立ち直ったイルムハートはラザールに尋ねた。

 実際には評判を落とす程度ではなく共倒れすら狙っていたのかもしれないが、あまり過激な表現を使うのもどうかと思い言葉には気を付けながら。

「まあ、そう言うことなのだろうな。」

 そんな子供らしくないイルムハートの気遣いに思わず苦笑しながらラザールは答える。

 そしてその後、少し申し訳なさそうな顔でこう言った。

「だが、それも元をただせば私が君に指名依頼を出してしまったせいなのかもしれない。

 それが融和派の連中に君と私とを結び付ける丁度良い口実を与えてしまったのだろう。」

 そう言えばその件があった。そもそも、指名依頼の意図を確認するためにここへ来たのではなかったか?

 イルムハートは今さらながらにそれを思い出した。

「そう言えば、伯爵は何のため私に指名依頼を出したのでしょうか?

 内容は移動時の護衛と言う話でしたが、警護の騎士が別にいることを考えればそんな必要があるとは思えないのですけれど?」

「まあ確かに依頼内容としてはあまりにも見え透いていたな、あれは。」

 ラザールはそう言って少々自虐的な笑みを浮かべた。

「とは言え、他に上手い理由が思いつかなくてね。

 本当なら直接君に連絡を取れば良かったのだろうが、それだと融和派の目を引くことにもなりかねん。

 周りには私が冒険者達の取り込みをしていると見られていることは知っていた。なので、それを利用させてもらったのだ。

 冒険者ギルドが快く思わないだろうことは理解していたが、現状それが一番自然に見られるだろうと思ったのだよ。

 それでも、結局は融和派に利用されることになってしまったがね。」

「それで、本当の目的は何だったのですか?」

 イルムハートの問い掛けにラザールは一瞬沈黙し、それからゆっくりと口を開いた。

「とある方が君と会うことを望んでおられてね。

 私はその方の代理に過ぎないのだ。」

「その方とは……ロランタン公爵でしょうか?」

「そうだ。」

 イルムハートの口から公爵の名が出てもラザールはさほど驚かなかった。これまでの会話から、イルムハートが思っていた以上の切れ者であることに気付かされていたからだ。

 その彼が何の事前情報も持たずに来るとは思えない。おそらく公爵と自分との関係も承知の上なのだろう。そう考えたのである。

「公爵は何故私と会いたがっておられるのですか?」

「それは私にもわからない。理由はおっしゃって下さらないのだ。」

 どこか困惑した感じのラザールを見る限り、それは嘘ではなさそうだった。

「これは公にされてはいない話なのだが……実はひと月ほど前、公爵は何者かによる襲撃を受けたのだよ。」

「襲撃を受けた!?公爵がですか!?」

 ラザールの言葉にイルムハートは思わず声をあげた。これは、それ程の衝撃を与えるような内容なのだ。

 イルムハートやラザールが襲われたのとは次元が違う、正に国を揺るがしかねない事件である。

「それで、公爵はご無事だったのですか?」

「幸いにも怪我ひとつ負われることはなかった。

 そのこともあり、今は用心のため身を隠しておられるがね。」

「やはりそれも融和派の仕業なのでしょうか?」

「残念ながら確証はない。しかし、私や同志達はそう考えている。

 時期も丁度チザーノの死が知れ渡り融和派と強硬派の間が険悪になり始めた頃だったし、何より襲撃者の中には魔族らしき者もいたようなのだ。」

「魔族が……ですか。」

 まあ襲撃者の中に魔族がいたとなれば、彼等と親密な関係にある融和派が真っ先に疑われるのは当然かもしれない。

 だが、イルムハートとしてはあまりにも出来過ぎているように思えた。勿論、それを口に出したりはしなかったが。

 ともあれ、それが全ての始りなのだと言うことは分かった。融和派と強硬派の対立の火種はそこで蒔かれたのだ。

「それにしても、この王都で公爵ほどの方を襲うなど随分と無茶な真似をするものですね。

 警護には王国騎士団もついていたでしょうに。」

「いや、それが公爵は王都にお住まいではないのだよ。

 もうかなり前のことになるが、国政から距離を置くためフリーデの街に移っておられたのだ。そして、そこを襲われたわけだ。」

 フリーデとは王都南方にあるアルテナ直轄領第2の街である。

「お考えはご立派だと思いますが、公爵のような方が王都を離れるなど、それは少しばかり危険なのではありませんか?」

「当然、警護には万全を期している。

 元近衛隊長を初めとした精鋭揃いの護衛団が常に公爵をお護りしているのだ。その点に抜かりはないよ。」

 確かに、近衛隊長といえば騎士団長と共に王国の双璧を成す実力者だ。”元”とは言え、そんな人物が身近で警護しているのであれば安心だろう。

 それにフリーデには王国軍も駐屯しているので、いざと言う時には手を借りる事も可能だ。

 勿論、王都のそれと比較するのは間違いだが、”安全”と言う意味ではフリーデの街も移住先の選択肢として決して間違った場所ではない。但し、こんな状況になりさえしなければだが。

「とは言え、万が一ということもある。

 それで公爵にはご家族と共に安全のためとある場所へと避難していただいたのだ。」

 イルムハートも、どこへ?などという愚かな質問はさすがにしない。

「その後、少ししてからだ。公爵は急に君と会ってみたいと、そうおっしゃられるようになったのだよ。

 理由はお教え頂けなかったが、ひどく真剣な表情をしておられた。

 それを聞き、私としては君が今回の件を解決するための何らかの糸口になるのではないかと考え、それで指名依頼を出させてもらったのだ。」


 とりあえず、指名依頼の理由は明らかになった。

 しかし、それで疑問が解消されたわけではない。

 何故、ロランタン公爵はイルムハートに会いたがっているのか?と言う、新たなる謎が生まれただけだった。

「それで、この後私はどうすればよろしいのですか?」

 公爵がイルムハートと会う事を望んでいるのであれば、それを叶えることが優先されるだろう。普通ならば。

 ただ、今は状況も悪化し事態は混迷を深めている。

 イルムハートと会うために公爵が動けば、そこを再び狙わてしまう可能性もあった。今まで通り身を隠したままのほうが良いのかもしれないのだ。

 しかし、それを判断するのはイルムハートではない。

「君には公爵と会ってもらいたいと思っている。

 勿論、この状況下で動くのは危険だと解かってはいるが、公爵襲撃の一件以来我々強硬派の中にも融和派を誅すべきといった過激な意見が出始めているのだ。

 今は何とか抑えてはいるものの、このままでは融和派と強硬派の全面衝突という最悪の事態にもなりかねん。

 もし君との会談がそれを回避するための鍵となるのであれば、ある程度の危険は覚悟で行動すべきだと思う。

 尤も、最終的な決定は今一度公爵に確認を取ってからということになるがね。」

 ラザールの言葉に、イルムハートは事態が思った以上に深刻化していることを知る。

 今はほんの一部の者達が過敏な反応を示しているだけなのかもしれないが、少なくとも事態を好転させるような出来事が無ければその火は間違いなく延焼してゆくだろう。

「分かりました、公爵にお会いさせて頂きます。」

 果たして自分に何が出来るかはわからない。勿論、自分が事態解決の鍵になれるなどとは思ってもいない。

 しかし、このまま見過ごすわけにはいかなかった。

(決して思い通りになどさせるものか。)

 イルムハートはそう決意する。

 そんなイルムハートを見た伯爵は半分喜びながらも、何故か少し困ったような顔をした。

「そう言ってくれて嬉しいよ。

 ただ、ひとつ言っておかなければいけないのは、危険なのは公爵だけでなく君もだということだ。

 もし再び襲撃を受けるようなことにでもなれば、君もそれに巻き込まれることになる。

 今さら私がこんなことを言うのもおかしいが、その点を良く考えて答えを出してもらいたい。」

 次にもし敵が動くとすれば、それは今までになく激しいものになるだろう。ラザールにはそんな予感があった。

 なので公爵には会ってもらいたい反面、出来るだけイルムハートを巻き込みたくないという思いもあるのだ。

「ご心配ありがとうございます。

 ですが、それは覚悟の上です。」

 そんなラザールに向かってイルムハートは不敵な笑みを浮かべて見せる。

「それに、もう十分巻き込まれてしまっていますから。

 ここまで来たら最後までお付き合いさせていただきます。」

 その言葉にラザールは呆れたようなほっとしたような、少し微妙な表情を浮かべた。

「そうか、ありがとう。

 では、詳細については後日使いの者をやるとしよう。」

 それでひとまず話は終わる。

 すると、丁度頃合いを見計らったかのようにドアの外から声を掛けて来る者がいた。

「旦那様、お話し中申し訳ございませんが少々よろしいでしょうか?」

「構わん、入れ。」

 ラザールの許可を受け部屋に入って来たのはイルムハートを案内してくれた執事だった。

 後で聞いた話ではどうやら彼は執事長であるらしく、そう考えればその常に落ち着ついた態度も納得である。

「実は門番から報告がありまして、それをお伝えしに参りました。」

 その物言いは相変わらず悠然とし、うやうやしく動く様にも少しの乱れも無い。

 そのせいもあってラザールもイルムハートも、別の来客でもあったのだろうか?と言った程度の気持ちで彼の言葉を聞いていた。

 しかし、次に彼が口にした言葉は2人の予想を遥かに超えた、実に驚くべきものだった。

「門番によれば、現在当屋敷は王国騎士団によって包囲されているとのことでございます。」

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