能力の可能性と力の危険性
ドラン大山脈の麓まで転移魔法のゲート(穴と言う呼び方はしっくりこないので、そう呼ぶことにした)を開通させることは出来た。
後は山頂まで登って魔法の試射が出来そうな場所を探すだけだったが、すぐにというわけにはいかなかった。
月は8月に替わり、イルムハートは7歳の誕生日を迎えることになったからだ。
そのため次の休息日は彼の誕生パーティーを行うこととなり、城を脱け出すわけにはいかなくなってしまった。
6歳の誕生日を迎えた時は幼児から子供へと周りの見方が変わるひとつの区切りとされているせいもあり、来賓も呼んでの盛大なパーティーが催されたが、今回は特に節目というわけでもないため内々だけで行われることになった。
とは言っても、来賓を呼ばないというだけで、城を上げてのお祝いであることは変わらない。
城内にある儀典棟の大広間を使って、1日中パーティーが続く。
ただ、それは皆が朝から晩まで浮かれまくるということではない。
休息日とは言え、城内全ての人間が休んでいるわけではなく、当直に付いているものもいる。そういった者たちもシフトの前後に参加できるよう、時間を長く取っているのだ。
パーティーと言っても堅苦しいものではなく、皆が思い思いに食事を取ったり話をしたりと穏やかな雰囲気で行われる。
主役であるイルムハートも、数時間おきに顔を出して挨拶する程度でよかったので、それほど大変ではなかった。
学業の都合で残念ながら参加できなかった2人の姉からはお祝いと近況報告と、そして今回参加できなかったことへの恨み言が長々と書き綴られている分厚い手紙が送られて来ていた。
パーティーでの挨拶よりも、むしろその返事のほうに苦労したイルムハートだった。
誕生パーティー翌週の休息日。
イルムハートは再びドラン大山脈の麓を訪れていた。
「それにしても、すごいや。山というより断層だね、これは。」
イルムハートは目の前の巨大な岩壁を見上げながら、そう呟いた。
山脈というものはいくつもの山々の集合体である以上、山と山の境目があるはずなのだが、ここからではそれが全く見えない。延々と続く一枚の壁にしか見えないのだ。
遠くからであれば頂上もあれば尾根もあり、普通の山脈としての姿を見せてくれるのだが、ここでそれと同じものを見るためにはかなり上の方まで登っていく必要がありそうだった。
「・・・少なくとも、あの雲の上まではいかないとダメみたいだなぁ。」
山にかかる雲の高さはどれくらいだったか?
イルムハートも詳しい知識を持っているわけではなかったが、高くて2千から3千メートルくらいだろうか。
その程度なら、飛行魔法を使えばそれほど時間はかからないのだが、高山病に注意する必要があるため、速度は抑えてなるべくゆっくりと登っていくことにする。
それでも実のところイルムハートは、高山病についてはあまり心配する必要はないだろうとも思っていた。身体強化の効果があるからだ。
身体強化は単に筋肉を強化してパワーやスピードを上げるというだけのものではなく、生体機能そのものを強化する魔法だった。その効果があれば、普通の状態よりも高山病にかかる可能性は低いだろうと考えたのだ。
それに、いざとなれば魔法で酸素を作り出したり、気圧を操作することも可能だ。
とは言え、油断してミスを犯すようなマネはしたくない。
イルムハートは自分の体調に注意しながら、ゆっくりと上昇していった。
およそ10分程かけて分厚い雲の上まで出たイルムハートは、眼前に広がる景色に目を瞠った。
そこには雲の下で見た風景とは全く異なり、所々に雪を抱いた数えきれないほどの山々が険しくも荘厳な姿を並べている。
すでに2,3千メートルは上がって来たはずだったが、山頂が見下ろせるものはまだほとんどない。
前世においてヒマラヤ山脈などの航空写真を見た記憶はあるが、やはり写真と実物ではその迫力がまるで違っていた。
「おっと、こうしてる場合じゃないな。景色を眺めるのは場所を見つけてからにしよう。」
イルムハートはしばらくの間、山々の圧倒的な存在感に心奪われていたが、やがて本来の目的を思い出し飛行を再開する。
しかし、目に入ってくるのは切り立った断崖ばかりで、開けた土地は全く見当たらなかった。
所々、渓谷を氷河が覆いつくしている場所には多少平坦な部分もあったが、足場の安全を考えると氷河の上で魔法の試し打ちをする気にはなれなかった。
また、氷河から流れる川を見つけてその周りも調べてみたが、残念ながら峡谷ばかりで川辺と呼べるような開けた場所はなかった。
そんな風にしばらく飛び回っていた時、イルムハートはおかしな場所を発見した。
そこは、フォルテール城がまるまる入ってしまいそうなほどの広く平坦な地面だった。
確かに探していた条件には合うのだが、それにしても規模が大きすぎる。
この、断崖絶壁だらけの場所にまるで人の手で整地されたかのような広い平地があるのは、少々、いやかなり不自然な感じだった。
「こんな処に誰か住んでるとも思えないけど・・・。」
魔力探知で探ってみたが、近くに生命と思しき反応はない。
それでも警戒は解かないままで、イルムハートはゆっくりとその場所へと舞い降りる。
そこは切り立った崖を背後にして平坦な場所が広がっており、まるで崖をステージとした野外コンサート会場のようにも思えた。
ただ、”平坦” と言っても周りに比べればであって、かなりデコボコな上、大きな岩もあちらこちらに転がっている。人工的に作られた広場なのか、あるいは自然に出来た平地なのか、判断に迷うような場所だった。
イルムハートはもう一度、今度は範囲を広げて魔力探知を行ってみる。
やはり生命の気配はないし、どうやら魔道具の反応も無い。
「トラップは大丈夫か。」
もし、ここが人の手により作られた場所だとすれば、なんらかの仕掛けが施されている可能性もあるので、念のため探ってみたがその心配は無さそうだった。
後々考えてみれば、強い魔力で満たされているドラン大山脈において、魔獣の気配すら感じなないのはいささか不思議な話ではあったのだが、この時点ではそれに気付くことはなかった。
「んー、良く分からないけど、望み通りの場所が見つかったということで、良しとしようか。」
まだ完全には疑問が解消したわけではなかったが、考えたところで答えは出そうもない。
そこはさっさと割り切ることにして、イルムハートはここを魔法の練習場所とすることに決めた。
「まだ、少しくらいは大丈夫かな。」
場所探しに大分時間を掛けてしまったが、帰ると決めた時間までにはまだもう少し余裕がありそうだった。
そこで、一度魔法の試し打ちをしてみることにした。
城内では試してみることの出来なかった上位魔法の威力を確認する。そのためにここまで来たのだから、何もせず帰る気にはなれなかったのだ。
「最初は火の爆裂魔法からいこうか。」
爆裂魔法は各系統の中級に位置する魔法で、圧縮した魔法を目標の直前で一気に開放し爆発現象を起こさせる魔法だった。中でも火系の爆裂魔法は火魔法本来の炎と爆発による衝撃波で、辺り一面を焼き尽くすという中々に過激な魔法である。
その威力は圧縮する炎の量によって決まるためそこを上手く制御する必要があるのだが、これは実際に試してみないと分からない。
初級魔法の場合、その効果と威力を合わせてイメージすればいいのだが、中級以上の上位魔法と呼ばれる魔法はそう簡単にはいかなかった。
上位の魔法は基本的に初級魔法の応用技であるため、その二次的効果による威力までをイメージするのが難しいからだ。
例えば爆裂魔法の場合、イメージ出来るのは圧縮させる炎の量までで、それが爆発した際の威力までを予め制御することはできない。
あくまでも経験則として、どれだけの量の炎でどれだけの爆発が起きるかを判断するしかないのだ。
通常はそうして経験から威力を制御出来る程度の修練を積んだ者のみに中級以上の魔法を学ぶことが許される。
初級魔法のカリキュラムが終了したにもかかわらず、いまだ授業では中級魔法を教えようとしないのはそのためであった。教師達は、今のイルムハートではまだ経験が浅すぎると考えているのだ。
だが・・・イルムハートは独学で上位魔法を覚えてしまった。
本来なら授業の中で威力に対する炎のおおよそのさじ加減というものを学ぶのかもしれないが、授業を受けられないイルムハートは実地で学んでいくしかないのだった。
「圧縮する炎は・・・これくらいでいいかな?」
本来は、それなりに難度が高いはずの炎の圧縮をイルムハートはこともなげに行う。
未熟な者が行えば圧縮しようとする先から炎は霧散し、まともな火の玉など作れないはずであるが、彼は熟練した術者のごとく繰り返し炎を足しては圧縮していくという複雑な作業を労することなく瞬時にして完了させてしまった。
実を言えば最終的な発動をさせないだけで、上位魔法の扱い方は城内でもいろいろと試してはいたのだ。
爆裂魔法についても、炎の圧縮までは行い最後に爆発させる手前で発動を解除し魔力に戻すといった方法で練習を重ねていた。
言ってみれば臨界前核実験のようなものである。
尤も、最終的な ”威力” に関してのデータが取れないため、シミュレーションとしては不完全ではあったが。
尚、術者がひとつの魔法を発動させるに際し、そのために制御出来る魔力の量は人それぞれ限界があった。
これは、体内に取り込むことが出来る魔力量の限界とはまた別のものだ。タンクの容量と蛇口を通る量とでは違うのと同じことである。
イルムハートは、とりあえず自分の制御できる限界、制御限界まで魔力量を上げた炎を圧縮して球を作ったのだが、そこでふと思い直す。
「さすがに、一発目から全力はないか。」
自分の制御限界は良くて人並程度(彼の思う ”人並” というのが、どの程度なのかは置くとして)だろうと思っているイルムハートだったが、だからと言っていきなり上位魔法を全力で放つのは少々危険ではないかと考えたのだ。
自重ではなく、あくまで常識的な判断として。
「まずは、一割程度の魔力で、っと。」
発動途中の魔法はいったん解除し、今度は一割程度の魔力量で再び炎の球を作った。
そしてそれを遠くへ打ち出し、圧縮状態から一気に開放させた。
「!!」
一瞬、閃光が走った後、ドゴーン!という凄まじい爆音が響き渡った。
マンガであればページいっぱいに大きな文字で描かれるような、それ程の大音量だった。
続いて爆風とそれに吹き飛ばされた岩や瓦礫が飛んでくる。
イルムハートは予め物理と魔法両方の防護魔法で身を守ってはいたが、それでも思わず顔と頭を両腕で庇ってしまう程に凄まじい衝撃が彼を襲った。
「あー、びっくりした。」
一通り爆風が収まった後、大きく息を吐きながらそう漏らす。
予想外の威力に、驚くというよりは戸惑っているような感じのイルムハートだったが、やがて粉塵も収まり辺りの様子が判るようになると、今度は呆然として黙り込んだ。
爆発が起きた場所には直径50メートル程、深いところでは5~6メートルくらいはある大きなクレーターが出来ていたのだ。
「・・・マジデスカ?」
何故かカタコトになりながら、まず思ったのは全力でやらなくて良かった!という事。
制御限界まで魔力量を上げていたら、山の形も多少変わっていたかもしれない。
今後、初めて使う上位魔法の場合は、可能な限り魔力量を抑えて発動しようと心に誓うイルムハートだった。
「いくらなんでも、これが爆裂魔法の通常威力・・・ってわけはないよね。」
いかに上位魔法とはいえ、かなり抑えた魔力量でこれだけの威力というのは、さすがに普通ではないと認めるしかなかった。
仮にイルムハートの制御限界が他人より大きかったとしても、それだけでこの威力が出るとも思えない。
「おそらく、イメージの持ち方に違いがあるのかもしれない。異世界転生者ならではって感じかな。」
確かに、同じ魔力量でもイメージによって威力が違ってくる場合がある。
どれだけ効率良く魔力を魔法に変換出来るかは、イメージの持ち方によるところが大きいからだ。
異世界からの転生者であるイルムハートは、専門的とまではいかないまでも、それなりの科学的知識を持っている。この世界では、まだ誰も知らない知識も含めて。
それが魔法をイメージする際に、何らかの効果をもたらしている可能性はあった。
「転生者というのは、ある意味危険な存在だな。軍事利用されたらとんでもないことになる。」
イルムハートは、自分が転生者であることを絶対に隠さねばならないと改めて感じた。
他国や何らかの組織に対してはもちろん、自分の生まれた国であってもだ。
そこでイルムハートは、ふと疑問を抱く。
「僕以外にも、転生者は居るんだろうか?」
神々の領域で説明を受けた時、確かユピトは ”事故” と言った。一柱の神が邪な力を行使したことで起きた事故だと。
神が起こした事故というものの影響が単なる交通事故程度しかないとは思えない。
自分と同じように巻き込まれて命を失い、この世界に転生させられた者が他にもいる可能性は十分にある。
「なにせここは ”転生させ易い” 世界みたいだし。」
全ての命は生命エネルギーとして生から死へ、死から新しい命へと循環する ”輪廻システム”。
本来は、一度その輪から外れてしまうと再び戻ることはほとんど不可能なのだが、何らかの事情でシステムが未完成の状態にあるこの世界は例外的にそれが可能なのだ。
「おかげで僕も消滅せずに済んだのだけど・・・この世界の人達からしてみれば、いい迷惑なのかも。何せこんな力を持った連中がやってくるんだから。中には野心を持つ人間だっているかもしれないし。」
強大な力は往々にして人の心を狂わせる。
この世界で力を得た転生者がもし野心を持って行動するようになれば、迷惑どころの話ではなくなるだろう。
その時、自分はどうするだろうか?と、そこまで考えかけてイルムハートはあわてて首を振る。
「いやいや、可能性があるというだけで、他に転生者がいると決まったわけだはないし、いたからといって何かやらかすとは限らないし、そもそも面倒事に係わるつもりはないし・・・。」
予想を超えた爆裂魔法の破壊力に気圧されたせいか、思考が少々ネガティブな方向に向いてしまったようだった。
新しくやり直す人生にシリアスな要素はいらない。気楽に生きるのが目標なのだから。
「危ない危ない、変なフラグは立てないようにしないと。」
イルムハートは自分自身に言い聞かせるようにそう呟くと、爆裂魔法が作り出したクレーターにもう一度目をやる。
そして、大きくえぐれた土地を元に戻すべきかどうか少しの間考えた末に、今日のところは止めておくことにした。
土地の修復には地魔法を使うことになるのだが、やりすぎるとまた精神的ダメージを受けることになるかもしれない。爆裂魔法だけで、もうお腹いっぱいという感じだった。
帰りの時間まではまだ少し余裕はありそうだったが、今日のところはこれで終わりにすることにした。
「・・・今日はゆっくり休むことにしよう。」
ため息交じりにそう言葉を漏らすと、イルムハートは転移魔法のゲートを開き帰途についたのだった。