仕組まれた報復の連鎖とその打開
「ちょっと聞きたいんですけど、貴方達は”シェイド”の人間なんですか?」
イルムハートは剣を構え自分達を取り囲む十数人の男女に対しそう問い掛けたが、残念ながら返答は無かった。
尤も、最初から答えを期待していたわけでもない。もし相手が”プロ”ならば迂闊に情報を漏らすような真似はしないだろう。
すると、そんな彼等の反応を見たセシリアが
「そんなこと、とっ捕まえて吐かせちゃえばすぐ分かりますよ。
さっさとやっちゃいましょう。」
と、妙にノリノリでツイと一歩前に出る。
「それにしても、名乗りもしないとは礼儀のなってない連中だな。どういう教育を受けてるんだ?」
「アンタがそれを言う?
そもそも、覆面して襲って来る時点で礼儀も何もあったもんじゃないでしょうが。」
かと思えば、相変わらずピントがズレたジェイクに、これまた当然のように突っ込むライラ。
「尋問は任せて下さい。口を割らせる方法ならいくらでもありますから。
これは腕が鳴りますね。」
だが喜々としたケビンのその言葉を聞くと、さすがに全員引いてしまった。ちょっと相手が気の毒にもなって来る。
そんなイルムハート達の様子に襲撃者達は最初戸惑い、そして次に怒りの感情を見せた。
まあ、それも無理ないことではある。
この状況で平然としていられるということは、自分達のことなど歯牙にもかけていないということなのだ。それは襲撃者達とって侮辱にも近い。
「言っておきますけど、伯爵を襲ったのは僕じゃありませんよ。
ちょっと冷静になって話し合いませんか?」
とりあえずそうは言ってはみたものの、そんなイルムハートの言葉を受け入れる者などひとりもいなかった。むしろ、放たれる殺気が強まったようにも見える。
(やっぱり”シェイド”の連中か。)
出来る事なら話し合いで解決したいところではあるが、そう簡単ではないことも分かっていた。
(先ずは大人しくしてもらうしかないかな。話はそれからだ。)
少しだけうんざりした気分になりながら、イルムハートはゆっくりと剣を抜いた。
彼等の存在に気付いたのはギルドを出た直後だった。
ロッドとの話を終えたイルムハートは、ユリウスと別れた後セシリア達の元へ戻り今しがた聞いた話を彼女達に伝えた。
想像力の豊か過ぎる面々はその話を聞いて様々な陰謀論をぶち上げたのだが、まあその内容は大体お察しの通りである。
ああだこうだと変に話が盛り上がってしまったせいでイルムハートがギルドを出た時には既に辺りは薄暗くなり始めていた。
「暗くなってきたな、急いで帰らないと。」
そう言って馬車駐めに向かおうとしたその時、イルムハートはこちらに向けたただならぬ殺気を感じ取った。
「師匠……。」
どうやらセシリアも気付いたようである。
「どうしたの?」
そんな2人を見て不思議そうに尋ねるライラ。
「いいかい、振り向かずに聞いてくれ。
どうやら何者かがこちらを監視しているみたいなんだ。しかも、かなり殺気立ってる様子だ。」
それを聞いてライラ達3人はハッとしたが、それでも振り返るような愚は犯さない。
「お?ついに悪の秘密結社のお出ましか?」
「まだそんなこと言ってるの?
普通に考えれば伯爵の手の者でしょうが。」
「襲われたことへの報復を企んでいると見るのが正しいでしょうね。」
それにはイルムハートも同意見だった。勿論、ジェイクのは除いてだが。
これがもし、イルムハートと伯爵との対立を煽ろうとしている第三者の手の者であるならば、無駄に殺気を発したりはしないだろう。ただ、淡々と仕事をこなせば良いはずなのだ。
逆に、殺意を抱くということは何らかの遺恨を持っているわけで、つまりは伯爵がらみということになる。
しかし、いずれ何らかのアクションがあるとは思っていたが、これ程早いとは少し意外だった。
「さて、どうしようか……。」
彼等を躱すのは簡単だった。そのまま馬車に乗ればいいのである。
イルムハート達はアードレー家の馬車で移動しているのだ。彼等もまさか街中で辺境伯家の馬車を襲撃したりはしないだろう。さすがにそんなことをすればどうなるか、伯爵もその手下も十分理解しているはずだ。
とは言え、それでは単に問題を先送りするだけになってしまう。
いずれケリを付けるまでは向こうも諦める気などないだろうし、皆がバラバラの時に襲われてしまっても厄介だ。
それに、何より彼等にはいろいろと聞きたいことがあった。
「ここは彼等と話をしてみる良い機会かもしれない。なので僕が……。」
「私も行きます!」
自分がひとりで連中を誘き出す。そう言おうとしたイルムハートの言葉を遮るようにしてセシリアが名乗りを上げた。
「止めても無駄ですよ。何と言われようと絶対ついて行きますからね。」
イルムハートの考えなどお見通しだと言わんばかりの顔でセシリアが言うと
「アタシ達にとっても他人事というわけではないし、勿論皆でついて行くわよ。」
ライラまでそう言い出し、ジェイクとケビンも頷いた。
「まったく、君達も物好きだな。」
言い出したら聞かない連中なのだ。イルムハートは諦めたように苦笑する。
「でも、人の多い場所で騒ぎを起こすのはあまり上手くありませんよね。」
「それなら俺に任せとけ。ちょうど良い場所がある。」
至極もっともなケビンの意見に、ジェイクがニヤリと笑みを浮かべながらそう言った。どうやら都合の良い空き地があるらしい。
何でも数年前火事があった場所らしいのだが、元住人の幽霊が出るという噂があり再建が中止されそのまま放置されている土地のとのことだった。
「何軒かまとまって焼けちまってるんで結構広い場所だし、工事が途中で止まってるせいで囲いが残ったままなんだ。
おまけに幽霊騒ぎで滅多に人も近寄らないしな。」
ジェイクはそう言ってチラリとセシリアに目をやる。どうやら”幽霊”という言葉にセシリアが怯えると思っていたのだろう。しかし、それは少しばかり彼女を甘く見過ぎだった。
「へー、そうなんですか。」
「そうなんですかってお前、幽霊だぞ幽霊?」
「別に一回聞けば分かりますよ。」
「何だよ、少しは怖がれよ。」
「何言ってるんです、ゴーストやダーク・ソウルのような魔法生物がいるこの世の中、幽霊なんかでいちいち驚くわけないじゃないですか。
むしろ人に危害を与えない分、可愛いものですよ。」
「可愛いって、お前なぁ……。」
全くもって動じないセシリアに当てが外れたジェイクはつまらなそうに口を尖らせた。
が、その脅しの効果はまるで予想もしなかった形で現れる。
「ちょっと、幽霊幽霊ってあんまり大きな声で言わないでよね。」
何と、そう不安気な声を出すライラの挙動が少し怪しくなってきたのだ。
「えっ!?」
これにはその場の全員が思わず驚きの声を上げた。
「ライラ、まさかお前幽霊が……。」
「怖いわよ。何か文句でもあるわけ?」
ライラはそう言うとジェイクをキッと睨み返す。そのあまりの迫力にはジェイクも黙るしかなかった。日頃の意趣返しには絶好のチャンスであるはずなのだが、さすがに身の危険を感じたのかもしれない。
意外な形でライラの弱点が明るみになったわけではあるがとりあえずそれは置いといて、ジェイクの言う場所へ”シェイド”の連中を誘い込むことで決定した。ライラには悪いけれど。
それからイルムハートは馬車に向かい何やら指示を与えて先に送り出すと、その後は徒歩で街中を移動する。
その間にも敵の数はどんどん増えてゆき、この場所へ近付いた頃には既に十数人へと膨れ上がっていた。
そして、到着と同時に彼等は一斉にイルムハート達を取り囲んだのだった。
襲撃の結末についてはあれこれ言うまでもないだろう。勿論、イルムハート達の圧勝である。
確かに、闘いを生業としているだけあって腕は立つ連中だった。そこいらのチンピラとは明らかに格が違う。
ただ、相手が悪い。それでもイルムハートとセシリアには全く歯が立たなかった。手も足も出ず、剣の腹で殴られ次々と倒されてしまう。
また、ジェイク達3人も危なげなく相手を倒してゆく。
騎士科のジェイクはともかく、他の2人は対人戦闘経験などあまり無いはずなのだがそんなことを感じさせない闘いぶりだ。
ライラは魔法で注意を逸らしながら接近してぶん殴るという魔法士とは思えない力技を見せるし、ケビンに至っては魔法を自在に操り相手を近づけすらしない。
まあ、それにはイルムハートとセシリアのサポートがあったのも確かだった。
2人は敢えて襲撃者達の中に飛び込み、これを攪乱することで集団での闘いをさせないよう動いたのだ。
それによりジェイク達は単体の敵を落ち着いて処理することが出来たのである。
まさかここまでの相手とは思っていなかったのだろう。瞬く間に戦力の半数以上を削られてしまった襲撃者達は明らかに狼狽していた。
そんな中、リーダーらしき男が悔しそうに決断を下す。
「くっ、ここは一端引くぞ。動ける者は負傷者を連れて逃げろ。」
男はそう言うとまだ無傷の者を3名ほど従えてイルムハート達の前に立ちはだかった。仲間を逃がすための殿を務めようというのであろう。
尤も、イルムハート達には追撃するつもりなど微塵も無い。元々、掛かる火の粉を払ったに過ぎないのだ。
だが、かと言って全員を逃がしてやるつもりもなかった。
仲間の退避を見届け、殿の4人が引こうとしたその時
「セシリア。」
イルムハートの声と同時にセシリアが飛び出し、リーダーとおぼしき男の肩口を力一杯切りつける。
「パストル!」
それを見た仲間がおそらく彼のものであろう名を叫びながらその場で立ち止まった。名前を口にしてしまったのは明らかな失態ではあるが、そんなことを気にしている場合ではなかったのだろう。
倒れ込んでいる男……パストルを救い出そうと再び剣を構えた彼等だったが、その行く手を今度はイルムハートが立ち塞いだ。
「このまま引くのなら見逃します。でも、まだ手向かうと言うのであれば今度は容赦しませんよ。」
その静かで抑揚のきいた声は、逆に彼等を恐怖させた。
ハッタリでも何でもなく、目の前の少年にはそれを確実に実行するだけの力がある。今しがたそれを見せつけられたばかりなのだ。
「大丈夫、彼は死んではいません。気を失っているだけです。
少し話をしたいだけなので、終わったらすぐにお返ししますよ。」
イルムハートの言葉と合わせるようにセシリアが自分の剣を掲げて見せる。彼女の剣はサーベル・タイプのため片刃しかない。
それからセシリアは刃の無い背の部分を手のひらでポンポンと叩き、峰打ちであることを示して見せた。
男達は迷った末、結局はイルムハートの言葉を受け入れた。
そうするしかなかったと言うのもあるが、それよりもイルムハートの言葉を信じてみる気になったのである。
実際、仲間は誰ひとりとして命を奪われてはいなかった。その実力を持ってすれば相手を殲滅することも可能なはずなのにだ。
勿論、仲間を置いて逃げるのは屈辱だった。しかし、ここで歯向かって命を捨てるのはそれ以上に愚かな行為でしかない。
男たちは苦渋の表情を浮かべながら倒れているパストルに一瞬目をやり、それから無言のまま走り去っていった。
「随分とあっけなかったですね。
あれでも元は王国の闇の処刑人だったんですよね?」
去ってゆく男達の後姿を見ながらセシリアが拍子抜けしたような声でそう言った。
「まあ、それも昔の話だからね。過去と比べるのは酷というものだろう。」
”闇の処刑人”かどうかは置くとして、確かにかつては王国の裏仕事を務めていた組織の末裔ではあるのだろうが、言っても50年前の話である。合法的な民間組織となった以上、その技が劣化してゆくのも仕方の無い事であろう。
「それよりケビン、念のため魔石を埋め込んでおくから痛みで意識を取り戻さないよう彼に麻痺の魔法を掛けておいてくれるかい?」
「分かりました。どこにします?頭?心臓?それとも全身に……。」
「……腕だけでいい。」
自分でやれば良かったと後悔しながらイルムハートは魔法封じのためパストルの腕に魔石の欠片を埋め込んだ。
その後、イルムハート達は気を失ったままのパストルを抱え路地を抜け表通りへと出る。
すると、そこには道を塞ぐように馬車が停まっていた。アードレー家の馬車だ。それは、イルムハートの指示によるものだった。
イルムハートは襲撃者を捕らえ話を聞くつもりで彼等を誘き出した。しかし、その場で尋問するつもりなど最初から無かったのである。
増援を連れ再度襲われても厄介だし、騒ぎを聞きつけて警備隊が来てしまえば尋問どころではなくなるからだ。
なので捕らえた後はアードレー家の王都屋敷へ連れて行く、そういう手はずだったのだ。
一行がパストルを連れ屋敷へと戻った頃にはすっかり夜になっていた。
エリオとサラの身辺警備から戻った騎士団員の手を借り、パストルを地下室へと監禁してもらう。
「やっぱり、地下牢とかあるのか?」
それを見たジェイクが興味津々と言った様子で尋ねて来た。これにはイルムハートも苦笑せざるを得ない。
「そんなものは無いよ。そもそも、牢を造るなら別の建物に造るだろう。
自分達の住む場所の下に牢屋があるなんて気持ちの良いもんじゃないからね。」
鍵の掛かる部屋ならいつくもある。魔法を封じている状態であれば縛り上げそこに監禁するだけで十分さ、とイルムハートは説明した。
「という訳で、僕はこれから彼と話をしようと思う。
なので、君達は……。」
「勿論、アタシ達も付き合うわよ。」
「いや、でももう遅いし……。」
「問題無いわ、明日は学院も休みだし。」
そんなライラの言葉に全員が頷く。
まあ予想はしていたが、どうやら誰ひとりとしてここで帰るつもりなど無いようだ。
「全く、言い出したら聞かないんだからな、君達は。
分かったよ、それぞれの家には使いを出しておくよ。」
結局、皆に押し切られる形になったイルムハートは諦めきった表情でそう漏らす。
と言うことで、その日は全員がイルムハートの屋敷に泊まる事となったのだった。