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恋する乙女の策略ととある冒険者からの警告 Ⅱ

 イーボに連れられてイルムハートが向かったのは、施設内において通称”VIPエリア”と呼ばれる場所だった。

 但し”VIP”と言ってもそれは王国の要人などではなく冒険者ギルドにとっての”重要人物”という意味であり、つまりBランク以上の高位冒険者を指す。

 彼等、高位冒険者はギルドにとって貴重な存在であり、そのため特別な待遇を受けていた。

 そしてこの”VIPエリア”もそのひとつで、貴族の屋敷並みに豪華な応接室等が用意されている場所だった。

 実を言うとイルムハートはEランクであるにもかかわらず何度かここを訪れている。かつて彼の後見人を務めていたリック・プレストンがBランク冒険者だったからだ。

 リック自身はあまり特別扱いされるのを好まない人間だったが、彼の名で部屋の予約を入れるとギルド職員はどうしてもここを取ってしまうのである。

「正直、豪華過ぎる部屋というのはどうにも落ち着かないのだけれどね。」

 その度にリックは苦笑しながらそう言ってはいたものの、あまり我を通して職員を困らせても気の毒なので不本意ながらこのエリアを使っていた。そんな記憶がある。

(と言うことは、僕に会いたがっているのはAランクかBランクの冒険者ってことかな?)

 他の場所とは明らかに装飾の異なる廊下を歩きながらイルムハートはそう見当をつける。

 やがてイーボはとあるドアの前で立ち止まった。

 そしてドアをノックすると

「ケゼルです、アードレーを連れ来て来ました。」

 と声を掛ける。

「入ってもらえ。」

 すると中からそう応えがあり、イーボはドアを開けイルムハートに対し中へ入るよう促した。

「失礼します。」

 そう言いながらイルムハートが部屋に入ると、広い部屋の中央に置かれたソファからこちらを見つめるひとりの男性の姿が目に入った。

 見た目はイーボと同じくらいで30歳前後。いや、もう少し上かもしれない。

 その高価で洗練された服装からして、おそらく彼がイルムハートを呼び出した高位冒険者なのだろう。

「いきなり呼び出してすまなかった、アードレー君。まあ、座ってくれ。」

 男は穏やかな声でそう言った。

 こちらはイーボとは違い、少なくとも初めから喧嘩腰の態度を取るつもりはないようである。

「では、失礼させていただきます。」

 イルムハートは誘われるままに腰を下ろした。

 尚、イーボは座ろうとせず男が腰掛けるソファの後ろへと移動し、そのまま直立の姿勢を取る。

 それが敬意の表れによるものか、それとも男性が上下関係に厳しい人間だからなのかは分らないが、イルムハートとしてはどうにも堅苦しさを感じて仕方なかった。

「噂に聞いているが中々の活躍のようだね。その歳でたいしたものだ。」

 男性は先ず挨拶代わりにそう口にしたものの、あまり感情が表に出ないため誉め言葉なのか皮肉なのかが良く分からない。なのでイルムハートは曖昧な笑顔でそれに応える。

 まあ、そんなことよりさっさと本題に入って欲しいところなのだが、ただその前にどうしても確認しておかなければならないことがあった。

「あのー、失礼ですけれどお名前を伺ってもよろしいですか?」

 目の前の男性は一体何者なのか?

 それを確かめない事にはこのまま話を進めるわけにもいかない。

「何だと!?」

 だが、その問い掛けに対し先に口をひらいたのは件の男性ではなく、その後ろに立つイーボだった。

「この方はBランク冒険者のユリウス・ラングさんだぞ!まさか知らないわけはないだろう!」

 と声を荒げるイーボ。

 しかし、そう言われても知らないものは知らないのだ。

「申し訳ありません。お名前を耳にしたことはあるのですが、何分お顔を拝見するのは初めてでしたので。」

 あまりイーボを刺激しても厄介なだけなので、イルムハートはそう言って取り繕った。

 実際、Bランク以上の冒険者は滅多にギルドへ顔を出さないため、名前を聞いたことがあっても顔までは知らないというケースは良くあることだった。

 彼等ほどの高位冒険者ともなれば受ける仕事のほとんどが指名依頼かギルドからの直接依頼になる。なので、いちいち依頼を探しにギルドへ通ったりはしない。”屋敷”で待っていれば向こうの方から勝手にやって来るのである。

 それを考えるとリックは少し変わったBランク冒険者だったのだとイルムハートは改めて思う。

 彼はわざわざギルドを訪れ、条件が折り合わず他の高位冒険者に断られたような依頼を良く受けていた。それは大体があまり金も無い一般庶民からの依頼で、それこそが冒険者本来の仕事なのだと考えるような人間だったのだ。

 それに対し、果たして目の前のユリウスはどうだろうか?

 金やプライドを優先させる人間なのかどうか。それ次第でイルムハートもこの先の対応を考えなければならなくなるだろう。

 だが、彼の反応はひとまずイルムハートを安堵させるものだった。

「何も謝ることはない、最初に名乗らなかった私の方が悪いのだ。こちらこそ申し訳なかった。」

 ユリウスはそう言ってイルムハートに謝罪する。そして、その後イーボに向かって

「ケゼル、お前は彼に私の名を告げなかったのか?」

 と少々きつめの口調で問い質した。

「えーと、あのー、それはラングさんの名を軽々しく口にするのも何かと思いまして……。」

 予想もしていなかったユリウスからの叱責にイーボは口ごもる。Eランク相手ということで雑に対応したツケが回って来た形だ。

「何を馬鹿なことを。

 お陰で私は勝手に呼びつけた上に名乗りもしない無礼な男と彼に思われるところだったのだぞ。」

「……申し訳ありません。」

 すっかり意気消沈してしまうイーボ。

 彼の傲慢な態度には少なからずの嫌悪を感じていたイルムハートではあったが、さすがにその姿を見ると気の毒に思えてきた。

「あまりお気になさらないで下さい。

 その場でちゃんと確認しなかった私にも非はありますので。」

「そう言ってもらえると助かる。」

 イルムハートの言葉にユリウスはそう言い、初めて笑顔らしい表情を見せた。

「改めて名乗らせてもらおう。

 私はユリウス・ラング。この王都本部所属のBランク冒険者だ。」


 とりあえず、今のところイルムハート対するユリウスの態度は紳士的なものと言える。

 しかし、警戒を解くにはまだ早かった。

 彼とて世間話をするためにわざわざイルムハートを呼び出したわけでもあるまい。その目的が分かるまでは用心するに越したことはないだろう。

 そして、どうやらそんなイルムハートの判断は正しかったようである。

「回りくどいのは好きではないので単刀直入に聞こう。君はクロスト伯爵からの指名依頼を断り続けているそうだが、それは君自身の判断かね?」

 そんなユリウスの問い掛けにイルムハートは思わず身構える。

「何故それをご存じなのですか?」

 指名依頼はその名の通り相手を指定して出されるもので、普通の依頼と違い掲示板に掲載されたりはしない。つまり、指名された本人と冒険者ギルドしか知らないはずの案件なのだ。

 なのにユリウスはそれを知っていた。

 まあ、ギルド職員から聞き出した可能性も全く無いというわけではない。だが、秘密厳守が鉄則であるギルドでそんな真似をすればどうなるか、職員だって良く分かっているはずだ。なのでその線は除外しても良いだろう。

 となると、考えられるのは……。

「実はクロスト伯爵とは多少縁があってね、その側近の者から聞いたのだ。」

 ユリウスは意外なほどにあっさりと種を明かした。確かに、回りくどい駆け引きをするつもりは無いようである。

「なるほど、僕を呼びだしたのは伯爵の依頼を受けるよう説得するためなんですね?」

 結局この人は金で誇りを売り、貴族の飼い犬となることを選んだのか。イルムハートはそう思い失望した。

 しかし、そうだと結論付けるのはまだ早かったかもしれない。

「いいや、そのつもりはない。

 伯爵とは縁こそあるが、だからと言って彼のために動く義理まではないのでね。」

 縁はあるが義理は無い?

 その言葉にイルムハートは違和感を覚えた。

 確かに、知り合いだからと言って必ずしも相手が望むことをしてやらなければならないというわけでもないだろう。

 と言ってもそれは、あくまでも立場が対等である場合に限られる。身分が違えばそれは”要望”ではなく”命令”となるからだ。

 一度関わってしまえば、その”縁”を切ることは中々難しい。そんな状態で、おそらく平民の出であろうユリウスが伯爵の”命令”に「ノー」と言えるとは到底思えなかったのである。

 しかし、ユリウスがその辺りについて語ることはなく、すぐに話題を戻す。

「ただ私は君が何故伯爵の依頼を断ったのか、それを知りたいだけだ。」

「別に特別な理由などありませんよ。」

 果たしてユリウスの言葉をどこまで信じて良いのか、それが分からない以上イルムハートも慎重にならざるを得なかった。

「最初の時は生憎と他の依頼が入っていたためスケジュールが会わなかったんです。

 その後にも依頼を頂いたようなんですが、その時にはもう学園の授業が始まっていたものですから。

 ご存じと思いますが私はまだ学生でして、学期中は学業を優先させるため依頼は全て断ってもらっているのです。」

「ギルド長に何か言われた訳ではないのだな?」

「いいえ、違います。

 確かにギルド長も”この手の依頼”をあまり歓迎してはいないようでしたけど、それだけでは断る理由にはなりませんので。」

 イルムハートは敢えて皮肉めいた言葉を使ってみたが、それでユリウスが気分を害した様子は無い。むしろ、少しだけ笑ってみせた。

「まあ、露骨に冒険者を取り込もうとするような依頼をギルドが快く思わないのは当然のことだ。

 何しろそんな話に喰い付いてしまう奴も決して少なくはないのだからな。ギルド長としては苦労が絶えんところだろう。」

 何か思うところのありそうな口調でユリウスはそう言った。その表情を見るに、彼が伯爵側に命じられ動いている可能性は低いようにも思われた。

 では、何のために?

 ユリウスの狙いが読めないイルムハートは黙って次の言葉を待った。

 すると、そんなイルムハートの心の内を見抜いたようにユリウスが口を開く。

「そう警戒する必要はない。別に君をどうこうしようなどとは思っていないさ。

 ただ、私は君に警告をしに来たのだ。」

「警告、ですか?」

 一瞬、脅しをかけるつもりか?とも思ったが、そういった感じではなさそうだ。

「そうだ。

 どうやら君やギルド長は今回の依頼を単なる”冒険者漁り”だと考えているようだが、それは違う。伯爵はそんな無駄なことをする人間ではない。

 彼が側に置くのはあくまでも自分の手足として動く、そんな人間だけだ。

 見せびらかすためだけのペットなど必要としていないのだよ。」

「伯爵のことをよく知ってらっしゃるのですね。」

「言っただろう、多少の縁があると。

 それと彼は極めて慎重な男で、間違いなく君の身元も調べてあるはずだ。

 その上で君を配下として使おうなどと、そんな分不相応なことを考えるとも思えない。」

 つまり、今回の指名依頼にはイルムハートを取り込むためではなく何か別の意図がある、ユリウスはそう言っているのだ。

「では、何が目的なのでしょうか?」

「さすがに、そこまでは私にも分からないがね。

 ただ、何か君を呼び出さねばならない事情があるのは確かだろう。そのために指名依頼を掛けたものの、あっさりと断られてしまったわけだな。

 しかし、これで伯爵が諦めるとは思わないほうが良い。彼の性格からして正攻法が駄目なら別の手段を取ってくる可能性もある。」

「力ずくで、ということですか?」

「さっきも言った通り伯爵は既に君の身分を知っているはずだ。だから、直接君に手を出すようなことはしないと思う。」

「では家族へ脅しをかけてくる、とか?」

「それこそ有り得ないだろう。」

 イルムハートの言葉にユリウスは苦笑する。

 まあ確かに、いくら伯爵であっても辺境伯一家に手を出すような真似をすれば間違いなく身の破滅だ。それは自殺行為でしかない。

「そうなると……パーティーのメンバーですか。」

「伯爵の取り巻きの中には犯罪組織まがいの連中もいるんだ。奴等ならパーティー・メンバーを人質にして君を誘き出すくらいのことはやりかねない。」

 とんでもない取り巻きを従えた伯爵がいたものだ。それに比べれば、単に傲慢なだけの貴族など可愛いものである。

「そこまでやるでしょうか?」

「伯爵の自制心を信じたい所ではあるが、どうやら何か焦っているという話もあるのでね。無いとは言い切れない。

 それに、実行するのは取り巻き連中で伯爵自身が手を汚すわけではないからな。良心が痛むこともないだろう。」

「それは面倒な話ですね。」

 そう言いながらもイルムハートに焦った様子はなかった。ジェイク達なら余程の相手でもない限り何とかするだろう、そう考えたのだ。

 そんなイルムハートをユリウスは感心したように見つめる。

「随分と仲間を信頼しているのだな。」

「まあ、それなりに経験は積んでいますので。」

 特に気負うことも無くイルムハートはそう返す。

 すると、そこへ今まで沈黙していたイーボが口を挟んで来た。

「自信を持つのは結構だが、アイツ等はたかがFランクだぞ。そんな連中に一体何が出来ると言うのだ。」

 相変わらずの喧嘩腰で、その言葉には嘲りの成分が多分に含まれていた。どうもユリウスがイルムハートに対し好意的な態度を見せているのが気に喰わないようである。それだけユリウスに心酔しているということなのだろう。

 とは言え、そう度々突っかかってこられたのではイルムハートとしてもさすがに嫌気がさしてしまう。そのせいで、つい語気が荒くなる。

「ご心配して頂くのは有難いですが、生憎とその必要はありませんよ。

 彼等がFランクでいるのは単に昇格に興味がないからです。どのみち成人するまでDランク以上にはなれませんしね。だったら、今はランクなどどうでも良いと考えているだけなんです。

 ランクだけを見て人間の価値を決めるような人には理解出来ないかもしれませんがね。」

「何っ!?」

 イルムハートの放った言葉に対しイーボは怒りを露にしながら言い返そうとしたが、それはユリウスによって止められた。

「よさないか、ケゼル。今のはお前の言い方が悪い。

 それに、これはアードレー君達の問題だ。彼がどう判断しようと、我々が口を出す筋合いの話ではない。」

 ユリウスにそう言われてはイーボも黙るしかない。渋々といった感じで「はい、すみません」と応えた。

 それからユリウスは再びイルムハートの方へと顔を向けると、先ほどまでとは違うひどく真剣な顔をして見せる。

「君がそこまで言うのだから彼等の実力に問題はないのだろう。

 だが、それでも用心は欠かさないようにするべきだな。

 相手は伯爵だけではない。実際にはその後ろに彼を操っている存在がいるのだ。

 もし、今回の件がその者の命によるものだとすれば、事態はより複雑で厄介になる可能性もある。

 それを忘れないように。」

「伯爵を後ろで操っている?」

 これまたユリウスは、最後の最後にとんでもない爆弾を投げ込んでくれた。伯爵だけでも面倒なのに、さらにその後ろに黒幕がいるとは。

「誰なんですか、それは?」

「ここまで言っておいて何なんだが、実のところそれが誰かまではハッキリしないのだ。

 私なりに見当はつけているのだが、生憎と確証が無くてね。そんな状態で名前を挙げるわけにはいなかいのだよ。すまないね。」

 イルムハートの問い掛けにユリウスは申し訳なさそうな顔で答えた。

 要するに、証拠の無い状態では迂闊に名前が出せないほどの地位と、そして権力を持った相手。そういうことなのだろう。

 思った以上に厄介な状況なのかもしれない。いろいろと対策を考える必要がありそうだ。

「いえ、忠告して頂けただけでも十分有難いです。

 それでは、僕はこれで失礼させていただきます。」

 となれば、ここで時間を潰している暇はなかった。イルムハートは謝意を告げてその場を去ろうとした。

 すると、そんなイルムハートに未だ怒りの収まらないイーボが捨て台詞を投げつけて来る。

「せいぜい仲間の身には気を付けるがいいさ。

 あと、あの女2人もな。」

 その瞬間、イルムハートの顔色が変わった。今まで飄々とした態度を崩さなかった彼もイーボの言葉には思わず動揺してしまう。

 やはり、あの2人のことになると平静ではいられないようだ。これが弱点だったか。そうイーボはほくそ笑む。

 だが、言うまでも無くイーボの考えは全くの見当違いである。

 確かにフランセスカやセシリアが襲われた場合のことを考えると、そこには不安しかない。但し、それは違う意味でだ。

 これがジェイク達であれば身を護る程度に反撃し、頃合いを見て逃げ出すことにより何とか乗り切るだろう。さほど騒ぎになることもなしに。

 でも、あの2人は駄目だ。その程度で済むとは思えない。特にフランセスカ。

 彼女なら襲撃者を返り討ちにして口を割らせ、その後アジトに殴り込みをかけるくらいのことはしかねない。いや、相手がイルムハートの敵だと知れば間違いなくそうするはずだ。

 別に悪党の身を心配するつもりなどないが、さすがに現役騎士団員が街中で大暴れするのはマズいだろう。

(もしそんなことになっても、その時は程々で済ませるよう言って聞かせておかなくちゃ!)

 ユリウスはイーボの言葉を聞いて何か言いたそうにしていたが、イルムハートとしてはそれどころではない。

 挨拶もそこそこに部屋を飛び出すと、フランセスカ達の待つカフェへと急ぐのだった。

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