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恋する乙女の策略ととある冒険者からの警告 Ⅰ

 6月になりイルムハート達は5年生へと進級した。

 いよいよ最終学年、アルテナ高等学院での生活も残すところあと1年となる。

 学年末休みに請け負った、というかギルド長のロッドに押し付けられた依頼は言うまでも無く面倒なものだった。

 難易度自体は決して高いものではなかったのだが、何やらいろいろと注文が多くその割に依頼料は低い。これでは他のパーティーが敬遠するのも無理無い話だ。

 どうやら王国からの依頼の様で、貸しを作るため低料金にもかかわらず敢えて受けたものらしい。

「まあ、実入り自体はそれほどでもないが、その分高めに評価をつけといてやるからよ。何とか頼むぜ。」

 当然、イルムハートだって面倒な依頼は出来る限り避けたい。しかし、最後はそう拝み倒されてしまい不承不承ながらも受けることになったのだった。

 尚、その際に”評価”からの流れでジェイク達のランクアップに関する話題が出た。

 彼等も冒険者となって既に4年。

 学業の合間とうことでそれほど数をこなしているわけではないが、それでも重要な依頼をいくつかこなしているし実力も確実に上がっている。なので、そろそろEランクへの試験を受けてみてはどうかという話をされたのだ。

 なるほどと思いロッドとの面談の後、イルムハートはジェイク達にその話をしてみたのだが意外にも反応は薄かった。

「あー、そういや俺達ってまだFランクだったな。忘れてた。」

「何ボケたこと言ってるのよ。

 でも実際イルムハートといるともっと上のランクの依頼まで回って来るから、自分達がFランクだっていうことを忘れがちになるのは確かよね。」

「そうですね。それに、イルムハート君がいればパーティー単独で依頼を受けることも出来ますので、現状特に不便さは感じませんしね。」

 と、それ程興味が無い様子。

 通常、冒険者の中にはランクを上げるため躍起になる者が多い。ランクによって受けられる依頼が制限されてしまう規則上、それは収入に直接影響を与えるからだ。

 だが、確かにライラの言う通りパーティーが受ける依頼は明らかにFランクのレベルを超えたものも多かった。中にはEランクですらなく、Dランクが受けてもおかしくなさそうなものまである。

 それに彼等はまだ学生で冒険者活動により生計を立てているわけではない。アルバイト程度の収入があればそれで十分だったし、実際にはそれ以上の実入りがあった。

 となれば、それ程ランクに拘らないのも当然なのかもしれない。

「今のところEでもFでもどっちでもいいわ。別に支障はないしね。

 まあ、卒業後のことを考えればいずれDランクにはなりたいと思ってるけど。」

 EやFの下位ランクの場合、冒険者として活動する地域に制限が掛けられていた。基本的に所属する本部・支部の管轄内でしか活動出来ないのだ。

 だがそれもDランクになれば解除される。国内どころか国外でも自由に活動出来るようになるわけだ。ライラはそのことを言っているのである。

「まさか、今Eランクになっておかないと卒業時にDランクへ上がれないとか、そんな話じゃないよな?」

 それを聞いたジェイクが少し心配そうな顔をする。

「いや、それは大丈夫だと思うよ。

 実のところギルドの資格基準上、EとFとでそれほど違いがあるわけでは無いみたいなんだ。まあ初心者はFランク、ある程度慣れてきたらEランクといった程度らしい。

 それなりに経験を積んでるとギルドが認めればFランクの者でもDランク試験を受けることは可能だってギルド長が言ってたからね。」

 そもそもE・Fランクというのはその者の資質や素行を見極めるためのいわば”試用期間”であり、それさえクリアすれば後はギルド長権限により無試験でDランクへ昇格させることも可能だと、以前ロッドから聞いたことがあった。

「そうか、なら問題ないな。」

 そんなイルムハートの言葉にジェイクは安堵の声を漏らした。勿論、それにはお約束のようにライラ達の突っ込みが入る。

「何が「問題ないな」よ。まるで試験さえ受けられれば合格して当然みたいな言い方じゃない。

 いい?Dランクってのはね、普通なら7、8年地道に実績を積み重ねてようやく上がれるランクなのよ?

 そんな簡単なものじゃないんだからね。」

「それにジェイク君はいつも出だし油断して窮地に陥ることが多いですからね。試験でそれをやったら一発で不合格になるかもしれませんよ。」

 これにはジェイクも返す言葉がなく、渋い顔をするしかない。

 実際のところそれほど厳格なものでもないのだが、裏事情を知らないライラ達にとってはジェイクの考えが甘いものに感じられるのだろう。

(大丈夫、君達なら間違いなくDランクに上がれるよ。)

 そう思うイルムハートだったが、敢えてそれを口にはしなかった。

 別に彼等の気が緩むことを心配したわけではない。ただ、ひとり拗ねるジェイクの姿がちょっと面白かったのだ。

 そう、それだけの理由でイルムハートはつるし上げをくらう友を見捨てたのである。

 哀れ、ジェイク。

 まあその後、何事も無かったかのようにすぐ立ち直るのもまたいつものことなのではあるのだが。


「そろそろ休憩にしましょうか。」

 そうイルムハートが声を掛けると、「はい」と2人の女性の声が答える。フランセスカとセシリアだ。

 今、イルムハート達は冒険者ギルドの施設を借りて剣の訓練を行っていた。

 フランセスカが非番の日にはセシリアだけでなく、時折イルムハートとも手合わせをしているのである。

 本来この施設は冒険者のためものであるのだが、学院ではフランセスカの立ち入り手続きが面倒なので無理を言ってここを使わせてもらっているのだ。極力、ロードリックを巻き込まないようにするために。

「旦那様と剣を交えるといろいろ勉強になりますね。」

 流れ落ちる汗を拭きながらフランセスカが言う。

 彼女はいまだにイルムハートのことを”旦那様”と呼んでいた。

 結局、例の結婚話は保留となっただけで、決してリセットされたわけではない。なので彼女はまだイルムハートの妻となることを諦めていないし、それ故”旦那様”呼びを止めるつもりもないのである。

「いえ、僕の方こそフランセスカさんに教わることが多いですよ。」

 慣れとは恐ろしいもので、今やイルムハートもそう呼ばれることを抵抗なく受け入れてしまってた。徐々に洗脳されつつあるのかもしれない。

「それにしても、2人とも強過ぎです。いつまで経っても追いつける気がしませんよ。」

 同じく汗を拭きながらセシリアが愚痴る。

 騎士科席次1位であるはずのセシリアも、さすがにイルムハートやフランセスカが相手では苦戦を強いられてばかりいるのだった。

「そんなことはありません、セシリアは着実に力を上げていますよ。大丈夫、自信を持ちなさい。」

 そう返すフランセスカの言葉は決して慰めなどではない。実際、最初は手も足も出なかったフランセスカ相手にも、今では十分闘えるほどになっていた。

 だが、実力は確実に上がっているにも拘らずこの2人には毎度後れを取ってしまうせいで、どうも実感に乏しいようである。まあこの場合、相手が悪過ぎると言えよう。

「でも、2人の強さは反則レベルですよ。ひょっとして、フランセスカさんも恩寵ギフト持ちじゃないんですか?」

「”恩寵ギフト”?」

 セシリアがつい漏らした言葉にフランセスカが反応した。

「”天賦の才”ってことですよ。

 セシリアは1年の時、既に席次1位に匹敵する実力をもっていて、その力は神から与えられたものだと評されていたんです。」

 慌てて胡麻化した後でイルムハートはこっそりセシリアを睨み付ける。いくらフランセスカが相手であっても転生の秘密を明かすわけにはいかないのだ。

「そ、そういう意味で言ったんです。

 ”天賦の才”っていう言い方より、”恩寵ギフト”のほうがカッコイイかなぁと。」

 セシリアはそう笑って見せるが、その顔は少し引きつり気味だった。

「なるほど、そういことですか。」

 言い訳としては少々苦しかったものの、根が純粋なフランセスカはそれで納得してくれたようである。

「そう言えばセシリアは「100年にひとりの天才」と呼ばれているそうですね。フレッド様も在学中はそう呼ばれていたそうです。

 と言うことは、いずれはあなたも王国騎士団長に匹敵する剣士となるかもしれませんね。」

「そんな、私なんかが……。」

 いちおう謙遜してみせるセシリアだったが、その顔にはまんざらでもないような表情を浮かべていた。

「まあ、それはいいとして。」

 なんとかセシリアが機嫌を直したところで、イルムハートは唐突に話題を変える。実はずっと気になっていたことがあったのだ。

「えーと、フランセスカさん、その恰好なんですけど……。」

 イルムハートは少し視線をズラしながらフランセスカに尋ねる。改めて面と向かうと何とも直視しづらかったからだ。

 皆、訓練の際には当然着替えをする。汗をかくせいもあるが、何よりも動きやすくするために。

 で、着替え終えたフランセスカの恰好が、何というかここ最近妙にアレだった。ハッキリ言うとあまりにも露出が多すぎるのである。

 前世のゲームやアニメに出てくるような”ビキニ・アーマー”とまではいかないものの、それでもかなり刺激的な姿だ。

 まあ、これが夏場なら”暑いから”で済ませられなくもないような気もしないでもないが、今はもう秋の終り、冬の始まりなのだ。

 なのに何故そんな恰好をするのか、イルムハートずっと疑問に思っていたのだった。

「どこかおかしいですか?」

 しかし、当のフランセスカには一切気にする様子など無い。

「おかしいと言うわけではないんですが……何というかその、寒くはないのかなと。」

 まさか目のやり場に困るとも言えず、イルムハートはとりあえずその場しのぎの理由を口にした。

「大丈夫です。旦那様のためなら我慢出来ます。」

「僕のため?」

 すると、何やら思わぬ方向に話が進んでゆく。

「その恰好は僕のためにしているのですか?」

「はい、殿方はこういった服装を好むのだとセシリアに教えられましたので。」

 ようやく腑に落ちた。どうやら、この件には黒幕がいたようである。

「セーシーリーアー。」

 地の底から響いて来るような声を出しながら、イルムハートはセシリアを睨み付けた。

 要するにフランセスカのこの姿はイルムハートを挑発するためのものだったわけだ。

 おそらく、フランセスカ自身にその自覚はないと思われる。彼女の場合、剣一筋で生きて来たせいかその辺りについてはかなり疎いのだ。

 だがセシリアは、情報過多社会とも言える前世の記憶を引き継いでいるせいで無駄に知識が豊富だった。それをフランセスカに吹きこんだに違いない。

「フランセスカさんになんて真似させるんだ。」

 厳しく問い詰めるイルムハート。しかし、セシリアも負けてはいなかった。

「だって、師匠が悪いんですよ。」

「何で僕のせいなんだ?」

「あれからもう半年以上経つのに全然ハッキリしてくれないじゃないですか。

 私たちだってとりあえず我慢してますけど、内心ではかなり不安なんですからね。

 たまには「好きだ」の一言くらい言ってくれてもバチは当たらないと思いますけど。」

 そう言われ、イルムハートは返す言葉に詰まった。確かに自分でもグズグズしているという自覚はあるのだ。だからこそセシリアの言葉が胸に刺さる。

「不安にさせたのは悪かったと思ってる。僕もこのままじゃいけないと思ってはいるんだ。

 でも、まだ自分に自信が持てないんだよ。果たして僕は君達に相応しい男なのかどうか、その自信が。」

「何をおっしゃいます、旦那様以上に素晴らしい殿方などいるはずがないではありませんか。

 それに、そもそも私達は旦那様と共にいられればそれで幸せなのですから、そのような心配など無用です。」

 フランセスカが優しい目をしてイルムハートに語り掛けると、それに合わせセシリアも無言で頷く。

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、でもそれじゃ駄目なんだ。自分自身が納得できない。

 だから、申し訳ないけど自信を持って答えが出せるようになるまでもう少し待ってくれるかな?」

 イルムハートの言葉に2人は「勿論です」と言って嬉しそうに笑う。

 穏やかな空気が辺りを包み、それで一応丸く収まった……かに見えたが、残念ながらそうもいかなかった。

「で、それはそれとしてだ。」

 イルムハートの目が再びすっと細められる。

「だからと言って今回の件を大目に見るわけにはいかないよ、セシリア。

 君の気持ちは分かったけど、他人を利用するような真似は頂けないな。」

 自分でアピールするならまだしもフランセスカを使い、しかもこんな格好までさせて何とかしようとするのはいかがなものか。そんな姑息な行為を見逃すわけにはいかなかった。

 勿論、セシリアもイルムハートの言うことが正しいと分かっていたし、それなりに罪悪感も持っている。しかし、それでもこうするしかなかったのだ。

「それは分かってますよ。でも、仕方ないんです。」

 その声にはどこか悲痛な響きがあった。

「何が仕方ないんだ?」

「だって、フランセスカさんのようなスタイルの良い女性ならともかく、私がそんな恰好したところで全く意味無いじゃないですか!むしろギャグになっちゃいますよ!

 何せこの歳になっても、まだ出るべきはずのところが全然出てないんですから!」

 そこまで言ってセシリアはハッと我に返った。そして蒼白な顔で力無く膝から崩れ落ち、「しまったぁ」と絶望感漂う声を出す。

 勢い余ってついコンプレックスである己の幼児体形を自ら暴露し、盛大に自爆してしまったのである。

 これにはイルムハートもフランセスカも何と声を掛けて良いものやら、その言葉に困った。

「ま、まあセシリアはまだ成長期なんだし、これから発達して行く可能性も無いわけではないはずだから、希望は捨てない方がいいんじゃないかい?」

「そうですよ。

 そもそも、こんなもの単なる脂肪の塊で剣を振るうには邪魔になるだけです。無い方が身軽で良いと思いますよ?」

「……もう、いいです。」

 全くフォローになっていない2人の慰めの言葉に追い打ちをくらい、セシリアは全てを諦めたような表情を浮かべる。まるで魂の抜け殻のように。

 その後、必死に力付けようとするイルムハート達の努力の結果……かどうかは分からないが、どうにかセシリアの生気が戻ったのはそれからしばらく経った後のことだった。


「お前がイルムハート・アードレーだな?」

 訓練を終えて着替えを済ませた後、イルムハート達は施設内のカフェのような場所で寛いでいた。

 すると、そこへ何者かが声を掛けて来る。

 声のする方へ目を向けると30歳前後の冒険者らしき男が睨み付けるような目でこちらを見ていた。先程名を呼んで来た声の響きやその態度からして、およそ友好的な相手のようには見えなかった。

「そうですが、貴方は?」

「俺を知らんのか?

 Cランク冒険者のイーボ・ケゼルだ。覚えておけ。」

 イルムハートの問い掛けにイーボは不機嫌そうに応えた。

 確かにCランク冒険者は数も少なく、名前も顔もそれなりに売れている者は多い。

 だが、周りの人間全てが自分を知っていて当然と思うのは少々自惚れが過ぎるだろう。面倒臭い相手だなとイルムハートは思う。

「それは申し訳ありませんでした。

 それで?僕に何か御用ですか?」

「用があるから声を掛けたに決まっているだろう。」

 イーボは何故か分からないがいちいち突っかかってくる。

 その様子にイルムハートは腹立ちよりも戸惑いを感じた。初対面の相手に喧嘩を売られるような心当たりなどないのだ。

 が、時折フランセスカの方をちらちらと見るイーボの姿を見て何となくその理由が分かった気がした。

 傍から見れば自分は、美女と美少女(と言うことにしておく)2人を侍らせ楽しくやっているように見えるのだろう。そのことに反感を持つ者がいたとしても、それはそれで仕方ないのかもしれない。

 そう考え、飄々と構えるイルムハート。

 だが、生憎と女性2人の方はそこまで寛容ではいられないようだった。自分に対してならともかく、イルムハートへの暴言にも似た物言いは到底見逃せるものではなかったのだ。

 彼女達から発せられる危うい殺気を含んだ空気がその場を満たした。しかし、当のイーボはそれに気付いていないようである。

(この人、本当にCランクなんだろうか?)

 どうにもイーボの場合、イルムハートの知る”Cランク冒険者”とは実力も人格も少し違っているように見えた。

 まあ、それはともかくとして、このままではフランセスカ達がいつ暴発するか分からない。イルムハートはさっさと用件を済ませてしまおうと考える。

「えーと、それはいったいどのようなご用件でしょうか?」

「お前と話したいと言う方がいるのだ。」

「僕と話したい?どなたがですか?」

「来れば分かる。いいから黙って付いて来い。」

 イーボがそう言い捨てた時、それを聞いたフランセスカが僅かに体を動かす。イルムハートは彼女がテーブルの下で剣に手を掛けたことを感じ取った。

「はい、解かりました!行きましょう!今すぐ行きましょう!

 悪いけど2人共、少しここで待っていてくれ。」

 こんなところで刃傷沙汰でも起こされてはたまらない。

 イルムハートは慌てて立ち上がるとせかすようにイーボを促した。

「お。おう。」

 状況が理解出来ていないイーボはそんなイルムハートに少々戸惑いながらもその場を離れることになった。

 己が命拾いしたのだということに全く気付くこともなく。

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