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”旦那様”と押し掛け妻

 フランセスカがイルムハートに対し剣の試合を挑んでくる。

 イルムハートにしろフレッドにしろ、その可能性を全く予想していなかったわけではない。何しろ彼女がイルムハートの腕前に強い関心を抱いていたのは確かなのだ。

 だが、まさか今この場で試合を申し込んで来るなど、さすがに思ってもみない事だったのである。

「えーと、フランセスカ。君がアードレー君の剣の腕前に興味を持っているのは解るけど、さすがに試合を挑むと言うのはどうかと思うよ。お互いの立場というものもあるのだし。」

 フレッドは何とか思い留まらせようとするが、あまり強い言い方をしてまたヘソを曲げられるのを恐れているせいかハッキリ拒否することも出来ない様子である。

「彼がフォルタナ辺境伯の御子息だからですか?それとも私が騎士団の小隊長という肩書を持っているからですか?

 ですが、私はひとりの剣士としてのイルムハート・アードレー殿に、これもまた剣士のひとりとして剣を交えたいと思っているだけです。

 そこに身分や立場など関係があるとは思えませんが?」

「それはそうなんだが……。」

 フランセスカの正論に対しフレッドは言い返すことが出来なかった。

 まあ街中でいきなり闘いを始めるわけでもなし、正式に試合として行うのであれば貴族だろうと騎士団員だろうとそれ自体が禁止の理由とはなり得ない。要は本人の意思次第なのだ。

「イルムハート君、ちょっといいかな?」

 完全に手詰まりとなってしまったフレッドはイルムハートを連れてフランセスカから少し離れる。そして始まるひそひそ話。

「ああ言っているわけなんだが……どうだろうか?」

「”どうだろうか?”じゃないですよ。僕に押し付けるのは止めてください。」

 貴方の部下なんだから貴方が何とかしてくださいよ。イルムハートの言葉にはそんな思いが滲み出ていた。

「確かに君の言い分も尤もだ。ここは私がきつく戒めるべきではあるのだろう。

 だがね……。」

 そう言いながらフレッドは何故か視線をイルムハートから離し宙を見つめる。フレッドを良く知る者であればそれが何かを企んでいる顔だと気が付くはずだが、今のイルムハートにそこまでは分からない。

「君ももう解かっていると思うがあの娘は強情な子でね、一度言い出したらきかないんだ。

 仮にここで私が止めたとしても、それで諦めるような娘じゃない。おそらく今後、君が試合を受けてくれるまでずっと付きまとってくると思うんだよ。」

「……それって、脅してるように聞こえますけど?」

「いやいや、そんなつもりは微塵も無いよ。私はただ本当のことを言っているだけさ。」

 イルムハートの責めるような視線をフレッドはとぼけた表情で受け流した。

 フレッドの言うことは多分間違いではない。決して長い付き合いではないものの、それでもフランセスカの性格は嫌と言うほどイルムハートも理解していた。

 だが、どうにも腑に落ちなかった。何かこう、上手く嵌められたような気になってくる。

「まさかとは思いますが、ひょっとしてこうなることを見越した上で僕をこの場に呼んだ、などということは無いですよね?」

 考えてみればフレッドは妙にフランセスカを煽っていたようにも見える。元々、何か企んでいたのではないかとイルムハートは疑った。

 しかし、どうやらイルムハートよりもフレッドの方が一枚上手のようである。

「中々想像力が豊かなようだね、君は。でも、それは少々考え過ぎと言うものだよ。私だってこの状況には正直驚いているところなんだ。」

 顔色ひとつ変えることなく平然とそう言ってのけた。

 だが、実のところそれは半分本当で半分嘘だった。

 フランセスカがイルムハートに興味を持っていると知ったフレッドは、今後も接点を維持すべくそれとなく彼女に意識させるよう誘導しようとしていたのだ。

 但し、あくまでもやんわりとである。

 それがまさか、いきなり試合を申し込んで来るとは正直完全に読み違えてしまっていた。

 フランセスカの性格を甘く見過ぎていたのか、或いは女心への理解が足りなかったのか。いずれにしろこの展開はフレッドにとっても全くの予想外だった。

 しかしそこは政略においても百戦錬磨、したたか者のフレッドだ。ならば逆にこの機を利用しようと、そう考えていた。

 間違いなくフランセスカはイルムハートのことを気に入っている。真に強き者に対しては心からの敬意を払う、そんな娘なのだ。

 なのでこの勝負、どっちに転んだところでフランセスカのイルムハートに対する関心はより強まるに違いない。イルムハートにはそれだけの実力があるとフレッドは見ていた。

 そうなればフランセスカのことだ、イルムハートとの距離を(一方的にではあるが)一気に縮めてゆくだろう。要するに今度は共に切磋琢磨する相手として彼を認め付きまとうことになるわけだ。

 それは当のイルムハートにとってはおそらく、いや間違いなく迷惑な話だろうが、彼と騎士団との繋がりを強めたいと考えるフレッドにとっては好都合なのである。

「そう言う訳で、申し訳ないがここは諦めて相手をしてやってもらえないだろうか?

 おそらく、それであの娘も気が済むだろうからね。」

 現王国騎士団の長は類まれな剣の才能を持っていると同時に、稀代の詐欺師としても十分な資質を持っていた。

 後にイルムハートはそれを思い知ることになるわけだがこの時はそんなことなど知る由もなく、結局フランセスカとの試合を半ば無理やりに承諾させられることになったのである。


「何でこんなことに……。」

 イルムハートは辺りを見回しながら思わず呟いた。

 急遽試合が行われることになった練武場には第5小隊以外の団員達も集まって来ていた。皆、興味深かげにフランセスカと、そしてイルムハートを見つめている。どうやら、思った以上に大事となっているようだった。

 とりあえず試合を受け入れはしたものの、やはりどうにも納得がいかない。イルムハート自身にはその理由が無いからだ。

 いっそのことさっさと負けて終わらせてしまおうかなどとも思ったが、まるでそんなイルムハートの考えを見抜いたかのように

「闘うからには本気でやることをお勧めするよ。

 あの娘はその辺り鋭いところがあってね、相手が手を抜いているかどうかすぐ分かってしまうんだ。

 なので、もしそんなことをしても結局はあの娘が満足するまで延々と試合を続けさせられることになってしまうからね。」

 とフレッドに釘を刺されてしまったのだった。

 尤も、イルムハートとしても本気で手を抜こうなどと考えているわけではない。いくら何でもそれはフランセスカに対して失礼というものだ。さすがにその程度の礼儀は心得ている。

 そもそも、団長のフレッドに次ぐほどの実力を持つフランセスカが相手なのだ。気の抜けた試合をすれば大怪我を負うことにもなりかねない。

(やっぱり、やるしかないか……。)

 不承不承ながらもイルムハートは覚悟を決めてフランセスカの前に立つ。

 対するフランセスカと言えば、これは当然ながらひどく嬉しそうな顔をしている。はやる心を抑えきれない、そんな感じだった。

「やっとこうして君の相手をすることが出来るよ。あれ以来、何度夢にまで見たことか。」

 その表情と言葉は、まるで愛の告白の様にも聞こえた。

 但し、剣を握り向かい合ってさえいなければだ。

「はあ、それは良かったです。」

 他に何と言っていいのか全く思い浮かばないイルムハートとしては、どうにも間の抜けた答えを返すしかない。

 そんないまひとつ締まらない空気も審判役を務める副隊長の「双方とも準備はよろしいか?」と言う言葉で一変した。

 先ほどまでのどこか浮かれたような雰囲気はどこへやら、フランセスカは身に纏う闘気を一気に高め戦闘モードに移る。その発する気はイルムハートだけでなく、周囲で見守る人々にすら肌が粟立つ感覚を覚えさせるほどのものだった。

 一方、イルムハートはフランセスカと正反対に極めて穏やかな闘気を纏う。

 しかしこれは決してイルムハートに闘う意思が欠けているというわけではない。単純な戦闘スタイルの違いである。

 強力な闘気を相手にぶつけ圧倒することで闘いの主導権を握る、それがフランセスカの闘い方であった。

 イルムハートの場合はそれとは逆で、相手の闘気を受け流しその勢いを逆手に取る戦法を好んで取る。魔獣の群れの様に数が多い敵を相手にする際、体力の消耗を防ぐためこの方法を取ることが多いのだ。

「これよりフランセスカ・ヴィトリア対イルムハート・アードレーの模擬試合を開始する。

 魔法の使用は許可するが命に関わるレベルのものは使用を避ける様に。」

 その言葉に2人は無言で頷く。

 尤もフランセスカが魔法をも得意としているとは思えないので、おそらくこれはイルムハートに対してのものだろう。

 まあ、どの道イルムハートには魔法を使って闘うつもりなどなかった。勿論、それが卑怯だと思っているからではない。イルムハートは剣士であると同時に魔法士でもある。その魔法士が魔法を使うことに後ろめたさを感じるはずなどあるわけがなかろう。

 それでもイルムハートが魔法を使おうとしないのは、単純にそれが無駄だと分かっているからだった。

 魔法士が剣士と闘う場合に必要なのは間合いである。どれだけ相手から距離を取れるかで魔法士の勝敗は決まるといっても過言ではない。

 ある程度のレベルに達した剣士はその闘気に魔力を混ぜ合わせることで防御魔法にも似た効果を生み出すことが出来る。なので、生半可な魔法では通用しないのだ。

 かと言って、強力な魔法を放つためにはイメージを固めるための時間がそれなりにかかってしまう。もし相手との距離が取れていなければ、その間に間合いを詰められ倒されてしうまだろう。

 これはあくまでも剣の試合として行われるものだ。つまり、剣士の間合いで行われるため魔法を効果的に使うことは難しいのである。

 但し、イルムハートには思考加速という反則技があった。それにより、どんな大魔法でも瞬時にしてイメージを固め発動することが可能だ。

 ただ、今回はさすがにそこまでするつもりはない。命を取り合うような闘いならともかく、純粋に腕前を競う試合においてそれはあまりにも無粋な行為であろう。なので、思考加速による魔法の使用は封印することにしたのだった。

「それでは、始め!」

 そして、試合は開始された。


 副隊長が合図を放つと同時に、フランセスカは一気に間合いを詰めて来る。

 これには正直イルムハートも意表を突かれた。

 世間的に見ればイルムハートよりもフランセスカのほうが格上である。そのため早急な試合運びはせず、じっくりとイルムハートの剣を見定めて来るものと思っていたのだ。

 だが、フランセスカは既にイルムハートを同格かあるいはそれ以上として認めていた。なので、今さら形振り構ってなどいられる状態ではないと判断する。

 そして、それは初撃に形となって現れた。いきなり連撃を放ってきたのである。

 まさか初手で連撃を出して来るとは思っていなかったイルムハートだったが、後ろへ飛び退ることで何とかこれを回避した。

 それを見てフランセスカは面白がるような笑みを浮かべる。

 本来、連撃に対し後へ逃げるのは悪手でしかない。後へ飛ぶことでどうしてもバランスが崩れてしまうからだ。そこを”終の一撃”で攻め込まれてしまえば万事休すである。

 フランセスカだって当然それは知っているはずだ。

 だが彼女は”終の一撃”を放ってはこないし、悪手であるはずのイルムハートの行動に失望した様子も無い。この動きには何か意図がある、そう判断したようだ。

 そんなフランセスカの表情を見て、イルムハートは内心舌を巻く。実際、イルムハートが後ろへと逃げたのは考えがあってのことなのだ。

 ”終の一撃”に対するカウンター。それがイルムハートの策だった。

 勿論、それは決して容易に出来ることではない。後ろへ逃げる自分を未熟な相手と判断し無造作に攻め込んで来る、それがカウンターの必須条件である。

 だが、それはあっさり見破られてしまった。もはやこの手は通用しないだろう。

 尤も、フランセスカ相手に奇策で勝てるなどとは最初から思っていなかった。どの道、真っ向勝負でしか決着はつかないだろうと、そう考えていた。

 なので、イルムハートはすぐさま気を取り直す。

 それから、2人は真正面からの打ち合いを続けた。下手な小細工など無い全力での打ち合いだった。

 そんな中、イルムハートはふと不思議な感覚に襲われる。

 フランセスカの剣はセシリアと比べると決して速いとは言えなかった。勿論、常人では到達出来ない桁違いの剣速ではあるのだが、それでも”剣聖”の恩寵ギフトを持つセシリアにはさすがに及ばない。

 しかし、フランセスカの剣は何故か実際より速く感じられるのだ。他者からすればややトリッキーなイルムハートの剣筋にも余裕で対応して来るし、時折予測を越える動きで切り込んでくることもあった。

(”速い”のとは何か違う。)

 一見、剣速の高さによるもののようにも感じさせるが、日頃セシリアと剣を交えているイルムハートにはそうでないことが分かる。どちらかと言えば先読みでもされているかのような、そんな感覚だった。

(もしかしたら……。)

 イルムハートはとある可能性に思い当たった。そこで、反則だとは思いつつも試してみることにする。

 イルムハートは思考加速という常人よりも時間の流れを緩やかに感じることの出来る能力を持つ。最初それはあくまでも意識のみであったが、訓練を重ねることで多少体もそれに付いていけるようになっていた。つまり、他人の何倍もの速度で動くことが可能なのだ。

 当然、肉体への負荷も大きいため普段は滅多に使うことはないのだが、少しだけフランセスカ相手にそれを使ってみることにした。

 イルムハートはフランセスカめがけて剣を撃ち込む。彼女がそれを受け止めようとしたその時、イルムハートは加速の能力を使って剣筋を僅かに変えた。

 すると、フランセスカはそれをかろうじて受け流した。

 まあ、それ自体は驚く程のことでもない。セシリア相手にも時々稽古で使ってみせているが、彼女は何とか受けることが出来ている。類まれなそのセンスにより直感的に体が動き対応するのだ。フランセスカほどの達人であれば同じことが出来ても不思議は無いだろう。

 しかし、確かにイルムハートの剣を受け流すことは出来たが、それでも彼女の場合は少し様子が違っていた。

 セシリアはあくまでも直感で動く。そこに思考は入らず、反射的にすぐさま身体が動くのだ。

 だが、フランセスカの場合はほんの一瞬、僅かだが剣が迷う。もう一度同じことを試してみたが、やはり同じだった。

 そこから考えると、彼女は無意識にではなく頭で考えて剣を動かしていることになる。つまり、加速したイルムハートの動きが見えているのだ。そして、どうにかそれに対応していると言った感じである。

(彼女も思考加速が使えるんだ。)

 それが結論だった。

 その直後、期せずして2人は互いに距離を取ることを選ぶ。両者その顔には少なからず驚きの色が浮かんでいた。

 イルムハートの驚きは勿論フランセスカの思考加速に対してである。自分以外にも同じ能力を持つ者がいることに驚きを感じていたのだ。

 だが、それと同時に安堵もしていた。

 彼は自分のこの能力が普通の人間としてだけではなく、転生者としても異常なものなのではないかという危惧を抱いていた。神から恩寵ギフトを授かったわけでもないのにこんな反則的な力を持つなどあまりにも不自然だと、そう感じていた。

 しかし、もしフランセスカが同じ能力を持っているのだとすればその懸念も薄れるというものだ。確かに能力としては特異なものかもしれないが、それを持っていること自体が”異常”と言うわけではないと証明されるのだから。

 そんな少し穏やかな表情で驚くイルムハートに対しフランセスカと言えば、こうれはもう真剣に驚いていた。イルムハートの不思議な剣筋とそれを見ることが出来た自分に対して。

 実を言うと彼女には思考加速を使っている自覚が無かったのである。

 精神を極限まで研ぎ澄ました時、相手の動きがいつもより鮮明に見えるとことはあった。そしてそれを的確に捕らえ、追うことも出来る。

 それはあくまでも本来あるべき動きをそのまま、しかしより明確に認識しているだけのこと。フランセスカはその程度にしか思っていなかったのだ。

 だが、先ほどイルムハートの剣は本来”あるべきではない”動きをした。そして、何故か自分にはそれが分かった。

 この事実はフランセスカを大いに困惑させた。と同時に、イルムハートに対する畏怖にも似た感情が湧き上がる。この人は明らかに何かが違うのだと。

 しかしそれも一瞬、フランセスカはすぐさまそんな思いを飲み込み、最後の攻撃を仕掛けるべく闘気を練り上げる。

 最早、このままずるずると闘っていても自分に勝ち目は無いだろう。ならば乾坤一擲、この攻撃で力を示して見せよう。それがフランセスカの決断だった。

「行くぞ!イルムハート・アードレー!」

 フランセスカはそう叫ぶと、ありったけの力を込めて最後の連撃を放ったのだった。


「参りました、さすがです。」

 傍目には接戦かと思われた勝負も最後はあっけない幕切れとなった。イルムハートへと放った連撃の全てが見事に弾き返された時点でフランセスカは負けを認めたのである。

「いいんですか?勝負はまだ互角だったと思いますけど?」

「いえ、そんなことはありません。」

 イルムハートの言葉にフランセスカは笑顔を返す。そこには僅かに悔しさも滲んではいたが、それでも十分満足した表情が浮かんでいた。

「最後の連撃は今の私に出せる最高の技でした。それをああもあっさりと弾き返されたのでは最早負けを認めるしかないでしょう。」

 そんなフランセスカを見てイルムハートはこれで一件落着かと安堵する。

 ……が、何かおかしい。どうにも違和感が拭えなかった。

「えーと、フランセスカさん?」

「何でしょうか?」

 違和感の正体はフランセスカの口調だった。あの男勝りの強気な物言いが消えてしまっているのだ。

「その口調はどうされたんですか?」

「ああ、これですね。

 私とていつもあのような物言いをしているわけではありません。敬うべき相手にはそれ相応の話し方くらいします。」

 どうやら剣の腕を認めたことで自分に対する対応が変わったらしい、とイルムハートはそう考えた。だが、それは少しばかり状況を甘く見過ぎていたようである。

「何しろ貴方は私の夫となる方なのですから。」

「はぁ!?」

 何やら理解不能の発言が飛び出して来た。いや、言葉の意味は当然解かるが……何でそうなるのか?

「私は幼い頃から私よりも強い殿方の妻になるのだと心に決めていました。ですので、私を負かした貴方の妻になります。」

「いやいやいや、ちょっと待ってください。そんなこと勝手に決められても……それに、強い男と言うなら騎士団長だってそうじゃないですか?」

「フレッド様には既に奥様がおられます。

 それに、あの方は少々性格的に問題がありますので結婚対象には適しません。」

 いや、自分より強い相手という条件はどこへ行った?

「貴方が辺境伯家の子息である以上、私のような平民出の女が正妻になるのは難しいことも承知しています。

 ですが、私はそれでも良いのです。側室だろうと愛妾だろうと、何なら愛人として囲っていただく形でも構いません。」

 何やら勝手に話を進めるフランセスカ。

 その勢いに押されがちになるイルムハートは思わず助けを求めてフレッドに目をやるが、声を出さずに腹を抱えて笑うといった奇妙な芸当を見せる彼の姿に救援の望みは断たれる。

 次にパーティーの仲間達に視線を向けたものの、ジェイクは呆然としケビンは興味津々な顔でこちらを見てくるだけだった。そして、最後の砦であるはずのライラは何故か額に手を当て大きなため息をついている。

 どうやら孤立無援のようだった。

 あまりにも不利な状況に呆然とするイルムハートを見てフランセスカは少し悲しげな表情を浮かべた。

「私のことがお嫌いなのですか?」

 まあ、卑怯と言えば卑怯な質問だった。結婚の承諾は別としても、ここで”嫌い”と言い放てるようなイルムハートではないのだ。

「別にそう言うわけではないんですが……。」

 あっさりと罠に嵌まるイルムハート。

「それなら問題ありませんね。」

 そう言ってフランセスカは実に良い笑顔を浮かべた。

「よろしくお願い致します、旦那様。」

「いや、旦那様というのはちょっと……。」

「その呼び方はお嫌いですか?ならば……”ご主人様”?」

「それだけはやめてください。」

 妙に既視感のあるやり取りだった。今時の女性たちの間では”ご主人様”呼びが流行りなのだろうか?

「では、やはり”旦那様”ということで。

 よろしいですね、旦那様?」

 もはや何を言ったところで聞く耳を持っていそうもない。とりあえずここは戦略的撤退と言うことにして、後で落ち着いてからもう一度話そう。その時はフレッドにも思い切り文句を言ってやる。

 イルムハートは諦め気味にそんなことを考えた。

 しかし、それは自ら墓穴を掘るようなものなのだが……イルムハートだけがそれに気付いていない。

 それは春の始まり、心地よい風に包まれた実に穏やであるはずのそんな日の出来事だった。

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