騎士団長の招待状と初めての王城
中間休みも終り学院の授業が再開した頃、イルムハートの元へ王国騎士団長からの招待状が届く。
何でも過日の件での助力に対し謝意を述べたいとのことだった。
”過日の件”とはデネク近郊で騎士団と協力し魔獣の討伐を行った件である。
結局、あの討伐作戦は過ぎる程の戦果を上げ成功裏に終わった。数百にものぼる夥しい数の魔獣が討伐され、その後はぱたりと姿を見かけることすら無くなったほどだ。
今は念のためトパの警備隊から増援を送ってもらっており、その間に本格的な対応が取られることになるだろう。
イルムハートとしてはあくまで依頼の延長として騎士団に協力したに過ぎず、わざわざ感謝されるほどの事ではないと考えていたが、さすがに騎士団長直々の誘いを断るわけにもいかない。
それに、何より騎士団長には一度会ってみたと思っていたので招待を受けることにした。
翌日、さっそくジェイク達にその話をすると、どうやら彼等も招待状を受け取っていたらしかった。中々の手回しである。
「なあ、やっぱり行かないとマズいかな?」
尚、ライラとケビンは招待を受けるつもりでいるようだが、珍しくジェイクが渋っていた。いつもならこちらが心配になるくらいノリノリになるお祭り男がだ。
「何か不都合なことでもあるのかい?」
イルムハートがそう尋ねるとジェイクはちょっと困ったような顔をした。
「だって、食事会もあるって書いてるだろ?
俺、マナーなんてさっぱり分からないしさ。」
まあ、ジェイクの心配も尤もではある。
騎士団長が開く食事会ともなれば、貴族のパーティーほどではないにしてもそこそこ格式張ったものと考えるのが普通だろう。イルムハートやケビンのような貴族の子でもない限り、尻ごみしてしまうのも仕方ないことかもしれない。
ちなみに、その点ライラは悠然と構え臆する様子も無い。同じ平民でも冒険者を親に持つせいか自由人気質が沁み込んでおり、多少のことでは動じないのだ。
まあ、実のところ騎士団にいるであろう筋肉マッチョが目当てで食事会など二の次のようなのだが、そこはイルムハートも敢えて触れないようにした。
「それについては心配する必要無いんじゃないかな。内々での食事会って書いてあっただろ?」
騎士団員はその多くが平民出身である。いちおうマナー教育も受けてはいるが、仲間内の集まりまでそんな堅苦しいルールに縛られてはたまったものではないだろう。なので、その場合は作法を気にする必要の無い無礼講となることが多いのだ。
「そうなのか?
なら大丈夫そうだな。」
イルムハートの話を聞いてジェイクの表情が晴れる。それどころか先ほど迄の不安はどこへやら、「どんなご馳走が出るんだろうな?綺麗なお姉さんもいるんだろ?」などとすっかり上機嫌になった。
「うん、それでこそジェイク君です。さすがですね。」
ケビンはそんなジェイクを見て笑った後、今度はイルムハートに目を向ける。
「ジェイク君のことは放っておくとして、それよりイルムハート君は心配しなくていいんですか?」
「何をだい?」
「フランセスカさんのことです。」
「ああ、それか。」
ケビンの言葉にイルムハートは苦笑する。
確かに、フランセスカはイルムハートの剣の腕前に興味を持ったようで、一時は試合を挑んできそうなほどの勢いだったのだ。しかし、今はその心配もないとイルムハートは考えていた。
「多分、大丈夫だと思うよ。もう僕には興味無くなったみたいだしね。」
討伐作戦終了後、イルムハートに対するフランセスカの態度は妙によそよそしくなったように感じられた。交わす言葉も事務的な内容のものばかりで、それまでのように会ったばかりとは思えぬ異常な距離感で接してくることは無くなったのだ。
「おそらく魔獣と闘うことで満足したんじゃないかな。だから、いきなり試合を吹っかけてくるなんてことは無いだろうさ。」
「そう言われてみるとそうですね。別れの時の挨拶も「それではな」とか、実にあっさりしたものでしたし。
どうやらジェイク君の見立ては外れたようですね。」
「いやー、すまないな。俺の勘違いだったようだ。」
そこへジェイクが割り込んで来た。その表情は言葉とは裏腹にひどく嬉しそうである。
「まあ、イルムハートでも振られる時があるってことだ。残念だったな。」
「振ったとか振られたとか、元々そういう関係じゃなかったんだから勝手に話を盛るのはやめてくれないか?」
イルムハートはそう抗議したのだがジェイクのニヤニヤは止まらず憮然とする。
「全く、アンタ達ときたら揃いも揃って……。」
そんな中、ライラが呆れたような声を上げる。
「鈍感なのはイルムハートだけかと思ったら他の2人も大して違わなかったみたいね。全然、何も解かって無いわ。」
と言われたところで何のことやらさっぱり分からず、3人はただ首を傾げるだけだった。
「ホント、うちの男どもは……。」
ライラはあきらめたように大きくひとつため息をつく。
その後、”うちの男ども”がいろいろ質問してはきたものの、ライラは取り合おうとしなかった。
コイツ等には話すだけ無駄。イルムハート達3人はそう判断されてしまったのである。
それから少し経った後の休息日。イルムハート達は騎士団の差し向けた馬車で王城へと向かっていた。
ただ、馬車が目指す場所は正確に言うと”王城”ではなかった。目的地は城の”外郭”だ。
外郭にはかなり広い土地が取られており、そこには工房や厩、そしてそこに働く者達の宿舎などがあって集落のようなものが出来ていた。そして、騎士団の本部もその外郭にあった。
そこは城壁の内部にはあるものの、かと言って城の中というわけでもない。城壁の中に入ると更にもうひとつ高い壁があり、その中が本当の”王城”なのである。
ギルド前で一行を乗せた馬車は王城の正門へと向かう橋ではなく、迂回して別の橋を渡る。
その橋を渡り終えると大きな十字路があり、その内の直進する道は緩い下り坂になっていた。馬車がそこを降りて行くとやがて両側は高い”壁”となってゆく。
尚、その”壁”の上には貴族街が広がっていた。と言うことは、つまりこの道が貴族街から隔離された状態にあるということになる。
何故そのようになっているかと言えば、これが平民の利用する道だからだった。
王城の正門を通ることが許されているは貴族と特別に許可を受けた者だけである。一方、王城で働く者や出入りの商人等は正門を使用することが出来ず、別にある通用門から出入りすることになっていた。
今、イルムハート達が通っている場所こそがその通用門へと向かう道であり、平民を貴族街へ近づけさせないためにこのような造りとなっているのだった。
馬車を進め、やがて王城が近付いてくると今度は道が上り坂となり、それを登りきると通用門の前へと到着した。
幅20メートルは有りそうなその門は大きく開け広げられており、一見自由に出入り可能なようにも見える。
だがその先は防壁と衛兵によって厳重に守られ、検問所を通過しなければ中へと進めないようになっていた。
いくつかある検問所の内のひとつに馬車は進む。そこには他と違い検査待ちの行列が出来ていない。どうやら騎士団員のように特別な人間が使用する窓口のようである。
検問所ではいくら騎士団の馬車と言えどもフリーパスとはいかないようで許可証と人数の確認は行われたが、持ち物を調べられるようなことまでは無かった。
検問所を通り抜けると一気に視界が広がる。
王城の外郭は思っていた以上に広かった。その先にはもうひとつの”城壁”があるのだが、かなり距離があるためそれほど圧迫感は感じない。中央には大きな道が走り、その両側には多くの建物が並んでいて沢山の人々が行き来していた。
「これはもう、ひとつの”町”ね。」
そんな景色にライラが驚いたような声を上げた。
「ああ、さすがに広いな。」
イルムハートも驚きと共に同意する。実家であるラテスのフォルテール城にも外郭のような場所はあるが、ここは規模が違い過ぎた。
「イルムハートって、王城は初めてなの?」
そんなイルムハートの様子を見てライラが不思議そうに尋ねる。
「うん、初めてだよ。」
「辺境伯の子供なのに?」
「王城は貴族の子だからと言ってそう簡単に出入り出来る場所じゃないんだよ。
それどころか、例え当主であっても入るには許可が必要なくらいなんだ。」
「そうなの?
てっきり多くの貴族がひっきりなしに出入りしているものかと思ってたわ。」
ライラのような勘違いをしている者は意外に多かった。四六時中貴族が入り浸り、常に何らかの催し物が行われていると思っているのだ。
しかし、実際は違う。
確かに、王国の行事や他国からの賓客が訪れた際などには多くの貴族が集まり盛大に催事を行うが、その他は意外にも閑散としている時が多い。
行政府の建物は王城の外にそれぞれ建てられており、日頃貴族達が出入りするのはそちらの方だった。そのため、城内では王室庁の文官と奉公人しか見かけないという場合すらある。
尤も、この外郭に関してはその限りではなさそうだが。
「貴族と言っても王都には上から下まで含めて500もの家があるわけですからね。家族も含めれば数千人になります。
いくらなんでも、その全てを自由に出入りさせるわけにはいきませんよ。警備の衛兵がいくらいても足りません。
それに、神聖なる王家の居城なわけですからむやみに立ち入ることなど許されるはずもないでしょう。」
珍しくケビンがまともな解説をする。さすがに、王城に関して茶化すような台詞は吐けないようである。
「ただお城に入るだけなのに随分と面倒なのね。
まあ、アタシには一生関係無い話だろうからどうでもいいけど。」
そう言ってライラは肩をすくめるとイルムハートの方を見る。
「イルムハートのとこもそうなの?やっぱり領主の住む場所だから滅多に人を近づけないとか、そんな感じ?」」
「んー、僕のところはちょっと違うかな。」
ライラの問いにイルムハートは故郷ラテスを思い出しながら答えた。
「王城とは違って行政部門も城の中に置いてあるから人の出入りは多かったよ。
まあ、誰構わず通すわけにはいかないけど、入城の許可を取るのはそこまで難しくもなかったような気がする。
尤も、僕のところはあくまでも地方領なので王城と同じに考えるのは間違いなんだけどね。」
「そういやお前ん家も”城”なんだよな。」
それを聞いたジェイクがしみじみと口を開く。
「城に住むってのはどんな感じなんだ?
全く想像つかないぞ。」
「そうですね、イルムハート君の王都屋敷もかなりの広さですが、あれよりさらに大きいのでしょうね。」
「どんだけなんだよ、それって。いっぺん見てみたいもんだよな。」
そんなジェイクとケビンの会話にイルムハートは少しだけ苦笑いを浮かべる。
「王城と比べられても困るけどね。何なら一度行ってみるかい?」
「そうは言っても、フォルタナはちょっと遠いしな……。」
「うちの飛空船を使えばいい。それなら1日もかからないよ。」
「ホントか!?それいいな!」
ジェイクは思わず身を乗り出した。もはや行く気満々のようだ。
「でも、いいんですか?」
一方、ケビンの方は少し遠慮がちにそう聞いてくる。
「ああ、ラテスには一度皆を連れて行こうと思っていたんだ。両親も君達に会いたがっていたしね。
それに、ちょうどセシリアともそんな話をしていたところだったのさ。」
「セシリアさんと?」
「うん、僕達が依頼で王都を留守にすると彼女だけ取り残されたみたいになってしまうだろ?
それを寂しがってるようでね。”みんな”と旅行がしてみたいって言い出したんだ。
それなら全員でラテスに行ってみようかという話になってさ。彼女もかなり乗り気みたいだったよ。」
「そうなんですね。それなら喜んで。
セシリアさんにとっても良い気分転換になりそうですしね。」
「よくやったぞ、セシリア!誉めてやるぜ!」
既にラテス行きが決定したかのように浮かれるジェイクとケビンだったが、何故かライラだけは難しい顔で黙り込んだままだった。
「全く、アンタ達は……。」
やがて大きなため息の後、ライラがポツリと呟く。
それは決して大きな声ではなかったものの、イルムハート達が思わず会話を中断してしまうだけの剣呑さを含んでいた。
また何か地雷でも踏んだのか?と、3人は引きつった顔を見合わせる。
「えーと、僕達何か変なことでも言ったかな?」
「近頃のライラさんはたまに不機嫌になる時がありますよね。何かあったのでしょうか?」
「どーでもいいけど怖えーよ。誰か何とかしてくれ。」
ひそひそと話し合うイルムハート達を見てライラはもう一度ため息をつき、3人を更に縮みあがらせる。
そんな重苦しい空気の中、馬車はどうにか目的地である王国騎士団本部へと辿り着いたのであった。