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戦乙女と恋心

 魔獣討伐作戦の決行は翌日と決まった。即断である。

 フランセスカらしいと言えばらしいのだが、いきなり過ぎて団員達が戸惑ってしまうのではないかと少々心配になるほどだ。

 だが、後でロードリックにそれを尋ねたところ「いつものこと」と、半分諦めたような答えが返って来た。

 しかし、そこには彼女を非難する響きなど無い。

 フランセスカは切れ者である。一見、拙速に見える彼女の判断も実際には深い思慮の下に行われていることを団員達も解かっているのだ。

 確かにイルムハートの報告を聞いただけで状況を正確に理解し、すぐさま策を考え出すあたり只者ではない。例えそれが彼女の好みに合うやや力任せのものであったとしても、現時点では最善と思われる策なのだから。

 それを理解しているからこそ、団員達も内心多少の愚痴はこぼしながらも彼女を信じ付き従っているのだ。

 どうやらこの第5小隊はワンマン小隊長に振り回されているかのように見えて、その実かなり上手くまとまっているようだった。

 なので、決まってからの動きは速い。

 作戦決定の報せが出ると、すぐさま皆があつまり地図を囲んでの会議となった。イルムハートから魔獣の出現状況を確認しながら配置を考える。

 この作戦では大型魔獣も対象となってはいるものの、それより敵の数の多さに重点を置いたようだ。そのため、隊を4つに分けて配置することとなった。

 1小隊は12名からなっているが、状況によりこれを6人2分隊・4人3分隊・3人4分隊、そして2人6分隊に再編成しても動けるよう訓練を行っている。

 その中の今回は3人4分隊であたることになったわけだ。

 尚、ロードリックは第3分隊の指揮を任されているとのこと。つまり、第5小隊においては3番目の席次というわけだ。

 10小隊ある中でのひとつ、しかもその第3席次などたいしたことはないように思うかもしれない。

 だが、ロードリックは入団してまだ僅か3年弱。普通に考えればかなり早い出世である。決してフランセスカを基準にしてはいけない。彼女の場合は極めて特殊な例なのだから。

 会議の際、フランセスカの副官(兼副隊長)はイルムハート達を後方に配置するするよう提案した。

 見た目は少年少女の低ランク冒険者なのだ。当然の意見ではある。

「どう思う、ダウリン?」

 フランセスカはイルムハートではなく、先ずロードリックに意見を求めた。

 まあ、その時点で後方に回そうなどと考えていないことは明白だった。何故なら、ロードリックがイルムハートの能力を低く評価するはずなどないからだ。何しろ自分を負かした相手なのである。

 そんな意図が見え見えの問い掛けに対し、ロードリックは少しだけ渋い表情を浮かべながら答えた。

「彼等なら前線でも十分働けると思います。」

 おそらく自分よりも、とはさすがに言えない。

「小型や中型も含めれば魔獣の数は相当なものになるはずです。なので、彼等の力を借りるのが賢明かと。」

「と言っているがどうだ?」

 その後でフランセスカはイルムハートに向かいそう尋ねた。

「こちらは特に異存ありません。」

 どうもこうも、既に外堀を埋められた状態ではそう答えるしかあるまい。喰えない人だ、とイルムハートは苦笑する。

「よし、では決まりだな。よろしく頼む。」

 結局、イルムハート達はフランセスカが指揮を執る分隊の隣に配置されることとなったのだった。


 翌日、イルムハート達を伴った騎士団の一行は早朝にデネクの町を出発し、昼前には現地に到着した。元々は魔獣生息域に含まれていたはずが、今となっては緩衝域になっている場所だ。

 途中、何度か小型の魔獣と遭遇したものの、これは無視した。

 今回の作戦においては弱い魔獣など眼中にないのだ。相手にするだけ時間の無駄というわけである。

 到着後には、しばし時間が取られた。配置の確認ということになってはいたが、速度を若干上げ気味に移動してきたため一端休憩を取る意図もあった。

「ふむ、なるほど緩衝域レベルの魔力しかない割にはうろついている魔獣の数が多いな。」

 フランセスカは相手の魔力、と言うよりは気配を感じ取りながらそう呟くと、次にイルムハートの方を向いて尋ねた。

「それで、どんな魔獣がいそうなのだ?」

「感じ取れる魔力からして、大型のものはそのほとんどが猛獣系だと思われます。僕達が見たのも虎と熊の魔獣でしたし。」

「ドラゴンはいないのか?」

「おそらくいないでしょう。竜種はあまり森や平地に棲んだりしませんので。」

 その答えに少しがっかりしたようなフランセスカを見てイルムハートは苦笑いを浮かべる。

「ただ、大蛇の魔獣はいますね。これは確実です。」

「何故そう言い切れる?」

「魔力探知は相手の身体が持つ魔力を印象として捕らえるものなので、その輪郭からおおよその体形が推測出来るんです。

 ただ、通常ならその大きさは分かってもさすがに種類まで判別するのは難しいのですが、蛇系の場合は特殊なのですぐ分かります。」

「成程、確かにあんな細長い体をしているのは蛇くらいなものだからな。」

 フランセスカは面白そうに笑った。

「それで?大物はどれくらいいるのだ?」

 その問いにはイルムハートも一瞬答えを躊躇した。勿論、嘘をつくつもりなどない。そんなことをしてもすぐに見抜かれそうな気がしていた。

 では何故躊躇ったかと言うと、それはフランセスカの目力があまりにも強すぎたせいである。これから起こることが楽しみで堪らない、そこにはそんな光をたたえていたのだ。

「一般的に”大型”とされるサイズの魔獣は分かるだけで100近くいます。特大のものも2桁は軽く超えているのではないかと。

 あと、身体の大きさはそれほどでもないのですが、それでもかなり強い魔力を持った魔獣もいるようです。おそらく強力な魔法を使うタイプでしょう。」

「ほう、そんなにか。」

 その言葉にフランセスカは満足気な表情を浮かべた。それがイルムハートの不安を掻き立てる。

「……本当に全部呼び寄せるつもりですか?」

 今挙げた魔獣達の全てに挑発を掛ければかなり厄介な結果を生むことになる。数が多いというのもあるが、何より周りの小型・中型魔獣への影響が無視出来ないからだ。

 大型の魔獣が大量に移動を始めれば、それに追われる形で他の魔獣達もこちらへと向かってくることになる。そうなれば、半ばパニック状態になったそれらの魔獣が目の前のイルムハート達を敵とみなして襲い掛ってくる可能性もあるのだ。ほぼ、スタンピード状態と言っても良い。

 それを考え不安な面持ちとなるイルムハートに対しフランセスカは無情にも「勿論だ」と言い放ったが、その後で悪戯っぽい目をしながらニヤリと笑った。

「と言いたいところだが、まあ今回はそこまでする必要もあるまい。その半分も倒せば十分だろう。」

 その言葉にイルムハートはほっと胸を撫でおろす。

 実際のところそれでも十分厄介なのだが、”半分”という言葉につい安心してしまったのである。上手く丸め込まれたわけだ。

 後でそのことに気付き憮然とするイルムハートだったが、もはや後の祭りであった。


 作戦は開始された。

 先ずはイルムハート、ライラ、ケビンの3人が魔力を飛ばし大型魔獣への挑発を行う。

 と言っても、ライラとケビンは比較的近くをうろついている連中に対してであり、残るほとんどの魔獣はイルムハートが担当した。

 それがもたらすであろう状況には今だ不安を拭えないものの、既に大型魔獣の数はフランセスカの知るところとなっているため今さら手を抜くわけにもいかない。

 不謹慎と知りつつも、「なるようになれ」というのが今のイルムハートの偽らざる心境だった。

「来ました!」

 少しすると、斥侯として前に出ていた団員がそう叫びながら戻って来た。その後方には遠く魔獣の群れが見える。

 本来ならイルムハート達がいるのだから斥侯など出さずとも魔力を探知すればそれで済むのだが、騎士団には騎士団のやりかたというものがあるのだろう。

「抜剣!」

 フランセスカの声と共に団員達は一斉に剣を抜いて構える。

 尚、この作戦は機動力重視のため装備はやや軽めで、盾も持たず面貌もない。

 騎士団の装備には重量を軽減する魔法が付与されてはいるのものの、それでもやはり重装備になれば防具で覆われる部分が多くなるため取り回しにやや不自由するという難点があった。

 今回、闘うことになる相手はそのほとんどが小型か中型の魔獣と予想される。しかも、ひとかたまりとなって一気に遅い掛かって来るだろう。それに対抗するには手数が必要であり、出来るだけ装備は身軽なほうが良いのだ。

 勿論、本命は大型魔獣なのでその対策にも抜かりはない。

 各分隊ではその中での上位者を前に配置し、左右後方に残りの2名を置くといった布陣が取られた。雑魚は後ろへと流し、大物が来たら前方に立つ者がそれに対処するといった戦法だ。

 それに対しイルムハート達は彼とジェイクが前衛、ライラとケビンが後衛といった隊形を取った。剣士系が前で魔法士系が後ろの、ごくありふれた型である。

 まあライラの場合は近接戦闘も得意としてはいるのだが、パーティーのバランスを取るため普段は魔法士としての役割を優先させているのだった。

 群れがその一体一体まではっきり判別出来るほどまで近付くと、団員達は各自魔獣へと闘気を飛ばす。そのままではイルムハート達だけが狙われてしまうので、分散させるため闘気により再度挑発を行ったわけだ。

 魔獣の第1波にはさっそく大型魔獣がその姿を現した。

 尤も、これは想定内である。近くをうろついてた連中が反応したのだ。他の魔獣を追い立てるようにして大物が現れるにはもう少し時間がかかるだろう。

 虎の魔獣が1体、それと種類は違うが熊の魔獣が計2体。どちらもその体長は4~5メートルほどある。だが、これでもまだ大型魔獣としては”小粒”なほうだった。

 虎の魔獣はフランセスカが、熊の魔獣は副隊長とイルムハートが対応した。勿論、この程度は瞬殺である。

 それに続く形で小型・中型の魔獣が襲い掛かって来た。前衛の者はこれを程々に処理し、残りは後衛が片付けてゆく。

 僅かの時間でおそらく50は超えていたであろう魔獣の群れはあっさりと討伐されてしまった。

 これには魔獣との戦闘が散発的であったせいもある。今はまだ近場にいる連中がそれぞればらばらに向かって来ているにすぎないからだ。

 だが、やがて来る本流はこんなものではない。大型魔獣の追い立てを受けながら、徐々に圧縮された密度の濃い群れとなって襲い来るだろう。

 そしてその予測通り、地鳴りにも似た音と共に魔獣の大集団が姿を現す。

 それは途轍もない数だった。今見えているだけでも、小物まで合わせれば軽く2~300はいるだろう。それが一気に襲い掛かって来るのだ。正直、たまったものではない。

 尤も、連中が間近へ迫ってくるまでゆっくり待つつもりなどイルムハートには無かった。後ろに立つライラとケビンに見えるよう左手を上げると、前に振り出す仕草をする。

 それを合図に3人は魔法を放った。広範囲攻撃魔法だ。

 魔獣の群れのそこここで大きな爆発が起こり、次々と小物が吹き飛ばされていく。広範囲対象のため威力がやや分散してしまい、ある程度の強さを持った魔獣は生き残ったが、それでもかなりの数を削ることが出来た。また、それによりパニックから醒めた魔獣の中には危険を感じ逃げ始めるものもいたため、結果的に群れの規模は半分近くまで減る。

 もし仮に、イルムハートが全力を出せば群れを丸ごと吹き飛ばすことも可能だったかもしれないが、そんなことをすれば辺り一帯に広がる草原は全て火山のクレーターにも似た姿に変わってしまうだろう。それにより生態系が崩れ、別の問題をも引き起こしかねないので今回は控えることにした。

 まあ、まとわりつくようにいる五月蠅い雑魚を排除してしまえば、それに気を取られることも無く後は一体ずつ相手をしていけば良いのだ。ここにいる面子の実力を持ってすれば決して難しい話でもない。

「余計な事を。」

 それを見たフランセスカは思わずそう呟く。だが、言葉とは裏腹に不快気な表情はしていない。それどころかニヤリと笑みさえ浮かべた。

 正直なところ、いちいち小物など相手にするのは面倒だと内心思っていたのだ。彼女が相手にしたいのはそれなりに歯応えのある相手だけなのである。

「さて、それでは本番といくか。」

 フランセスカは剣を握り直しながらどこか楽し気にそう言うと、一気に闘気を高め迫り来る魔獣の群れへと叩きつけるのだった。


(美しい……。)

 それがイルムハートの戦闘を見たフランセスカの正直な感想だった。

 本来、強さとは美しさを伴うものなのだとフランセスカは考えている。彼女の憧れである王国騎士団長がそうであるようにだ。

 団長の剣はそれを交える者に畏怖さえ与える凄みを持ちながらも、それでいて見惚れるほどに美しさを感じさせた。

 イルムハートの場合、それとは多少趣が異なった柔らかさこそあるものの、その動作のひとつひとつが団長の剣と同様にフランセスカを魅了した。

 最初、それに気が付いたのはフランセスカが足場を変えようとした時だった。

 数多くの魔獣を倒した結果、彼女の足元には彼等の血や身体の断片が転がり動き辛くなってしまい、それを避けるために少し立ち位置を移動したのだ。

 その際、ふとイルムハートの姿が彼女の目に入る。

(どういうことだ?)

 真っ先に彼女が感じたのは”違和感”だった。イルムハートは最初の立ち位置からほとんど動いていなかったのである。

 まあ、それ自体はさほどおかしなことでもない。例え足場が悪くともその場に踏みとどまって闘う場合もあるだろう。

 だが、そこでフランセスカの目に入って来たのはほとんど汚れの無いイルムハートの足元だった。魔獣を倒せば必然的に血や肉片が落ちる。なのにその形跡がほぼ無いのだ。

 かと言ってイルムハートが手を抜き闘いを回避しているわけでもない。何故なら彼から少し離れた後方と左右それぞれには夥しい魔獣の屍が山となっているからだ。

(どうしてあんな離れたところに屍が?)

 そんなフランセスカの疑問も彼を見ていることですぐに晴れた。イルムハートはそうなるように相手をコントロールしながら闘っていたのだ。

 イルムハートは突進して来る魔獣に正面からは対峙せず、一端その身を躱しながらすれ違いざまに剣を振るった。すると勢いのついた魔獣はそのまま後方へと駆け抜け、そこで首が落ち絶命する。そのため、血も肉片も彼の足元を汚すことはなかった。

 勿論、全てがそう上手く行くわけでもない。中にはイルムハートの眼前で速度を弱めながら襲い掛かって来るものもいた。

 その場合は極力血を流さないように頭なり心臓なりの急所を刺して息の根を止めると、そのまま横へと蹴り出す。どうやら、左右にある屍の山はそうやって出来たもののようである。

 いくら身体強化のせいで脚力が上がっているとは言え、何メートルもある大きな身体を蹴り出すわけだ。当然、相応の力が必要となるはずなのだが、イルムハートには全く力んだ様子など無い。

 まるでダンスのステップを踏むかの如く優雅な動作で倒した相手を蹴り出すと、すぐさま次の魔獣へと剣を振るう。

(美しい……そして、強い。)

 フランセスカの心はその動きに釘付けとなった。そんな場合ではないと解かってはいても、その意識はついイルムハートの方を向いてしまう。

 あれだけ心待ちにしていた魔獣との戦いも、今となってはどうでも良くなっていた。と言うより、イルムハートとの時間を邪魔される煩わしさしか感じない。

「ええい邪魔だ!鬱陶しい!」

 フランセスカはありったけの闘気を込めて斬撃を飛ばし辺りの魔獣を薙ぎ払った。まあ、要するに八つ当たりである。これにはいくら魔獣とは言え、さすがに同情してもいいだろう。

 そんなフランセスカの心の中ではある思いがどんどん強くなってゆく。

(いつか彼と闘ってみたい。)

 またそれと同時に、ずっとイルムハートの闘う姿を見ていたい、この時が永遠に続けばいいのに、とも思う。

 他の者からしてみれば極めて迷惑な願いでしかないがフランセスカは本気でそう考えた。もはや彼女の頭の中はイルムハートのことでいっぱいになる。

 奇しくもジェイクが言い当てた通り、すこし独特ではあるがそれは紛れもなく恋する乙女の感情であった。

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