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騎士団の戦乙女と女冒険者の直感 Ⅱ

 フランセスカという台風は大きな傷跡を残し過ぎ去っって行った。

 但し、約1名に対してではあるが。

「……先輩も苦労されてるんですね。」

「言うな、イルムハート。同情されると余計ダメージが増す。」

 ロードリックは手をかざしイルムハートの言葉を遮った。その表情に少々生気が欠けて見えたのは決して気のせいではないだろう。

「あの人も決して悪い人ではないんだが、何というか自分に正直過ぎるところがあってだな。」

「マイペースを極めたらああなるって感じの人よね。」

 ライラがド直球を投げ込んだ。それにはロードリックも苦笑で返すしかなかった。

「同じようなことをうちの団長も言っていたよ。」

「王国騎士団長のお墨付きとなれば本物でしょう。世の中にはそんな人もいるんですね。」

 ケビンが面白そうに言う。皆は「お前が言うか」と心の中で思ったがさすがに口にはしない。

「でも実力の方は確かみたいよね。だって歳はロードリック先輩と大して変わらなさそうなのに、向こうはもう小隊長なんだもの。」

「こっちは平団員で悪かったな。」

「あ、別に深い意味は無かったんですけど……。」

 ロードリックに睨み付けられて焦るライラ。

「冗談だよ。」

 そんなあたふたし始めたライラをみてロードリックが笑う。まあ、本気で怒ったわけではない。

「まあ確かに私など剣の腕ではあの人に遠く及ばないからな。いや、私どころかあの人に勝てるのはおそらく団長くらいなものだろう。」

「そんなに!?」

 これには皆が驚いた。

 それはそうだろう。王国騎士団と言えば最精鋭の集まりである。その中で団長に次ぐ強さを持つとなれば王国内においても屈指の実力であることを意味するのだ。しかも、あの若さで。

 だが、だとすれば少々腑に落ちない点もある。

「でも、それほどであれば普通は副団長なりプライマリーの隊長なりになるはずでは?」

 イルムハートが不思議そうに尋ねた。

 王国騎士団は10の小隊から構成されており王家と王族の警護を行っている。その内、第1小隊から第3小隊までは国王とその家族の警護専任となっており、別名プライマリーと呼ばれていた。

 もしフランセスカが騎士団長に次ぐ実力の持ち主なのであれば、副団長かそのプライマリーで小隊長を務めるのが当然であろう。

 だが彼女の、そして目の前のロードリックが着けている隊章は”第5小隊”となっていたのだ。

「その辺りは色々と事情があってな。」

 ロードリックの話によるとフランセスカが第5小隊の隊長となったのは昨年、18歳の時らしいのだがその際には紆余曲折があったとのこと。

 彼女の場合、その実力については問題ないものの年齢や自由過ぎる性格からか、小隊長への昇格自体を不安視する声があったらしい。

 またフランセスカ自身、地位に縛られることを嫌っていたため一時は昇格を見送られそうになったのだが

『あの娘は放っておくと何を仕出かすかわからないからね。小隊長に上げて自覚を持たせるようにしたほうが良いだろう。』

 という騎士団長のひと声でとりあえず第5小隊の小隊長に収まったのだそうだ。

「ああ、小隊長にすることで勝手な真似をしないよう縛りをかけたわけですね。」

 確か、某辺境伯家の騎士団でも同じようなことがあったような無かったような……。

「まあ、そんなところだな。」

 そう言ってロードリックは苦笑した。

 それにしても、随分と変わった騎士団長だとイルムハートは思う。

 イルムハートにとって王国騎士団とは、アイバーンの件を抜きにしてもあまり接点を持ちたくはない相手だった。どうにも厳格で権威主義的なイメージがあったのだ。

 まあ、この国の政治体制や身分制度からすれば程度の差こそあれどんな組織にもそれは当てはまるとは言え、王家や王族を相手にしている王国騎士団においては特に顕著なのではないかと勝手に思い込んでいた。

 だが、ロードリックの話を聞く限りにおいてはそうでもないらしい。

 そんな、騎士団本来の目的に対しある意味どうでも良いような理由で18の娘を小隊長に任命するなど、融通の利かないただの堅物に出来る事ではない。

 かつては権力を求める俗物に支配されていた騎士団を本来あるべき姿に立て直したその手腕と発想がこんなところにも発揮されているのだろう。

 中々に面白そうな人物である。

 一度会ってみたいな。そんな風に考えるイルムハートだった。


「ところで先輩、騎士団が魔獣の討伐をしに来たというのは本当なんですか?」

 話がひと段落付いたところで、改めてライラがロードリックに尋ねた。だが、ロードリックとて任務内容を簡単に話すわけにもいかないだろう。そうイルムハートは考えたのだが……。

「ああ、そうだ。」

 なんとロードリックはあっさり答えた。これにはむしろイルムハートのほうが心配してしまう。

「いいんですか?任務の内容をそんな簡単に教えて?」

「今回は王国からの命令があって動いているわけではないしな。言ってみれば訓練の延長のようなものなので、別に隠すまでのことではないんだ。」

「訓練の延長ですか。でも、騎士団が王都から離れた場所で訓練するなんて珍しいですよね?」

 騎士団というものは常に要警護対象の近くにあって、何か起きた場合は即時対応が可能な状態でいなければならない。例え訓練だとしても単独で王都を遠く離れることなど滅多にないのである。

「まあ、実際は訓練だが名目上はいちおう任務ということになってるわけでだな……。」

 ロードリックの言葉はどこか歯切れが悪かった。本人もどう説明して良いのか迷っている風にも見えた。

「……今年、隣領のハーゼン伯爵が在位20周年を迎え、その式典が行われることを知っているか?」

「はい、上の姉が父の代理で出席することになっています。」

「実はその式典には王太子殿下が出席されるんだよ。」

「殿下がですか?」

 その言葉にイルムハートは驚く。

 確かにハーゼン伯爵家は王国古参の名家ではあるが、その在位記念などあくまで領内だけの祝事であって国政に関わるものではない。本来なら王族の誰かを名代として送れば済む程度の話なのである。

「ああ、少し前に公表された。

 で、その際に旅程も発表されたのだが、行きはこのトパからハーゼン領の領都までを馬車で行幸することになっているんだ。」

「わざわざ馬車で?何でそんな面倒なことするのかしら?」

 ライラが不思議そうな声を出す。まあ、彼女の疑問も尤もではあるだろう。

「領民に知らしめるためだよ。」

 それにはロードリックに変わってイルムハートが答えた。

「知らしめる?領民に?……何を?」

「王家とハーゼン伯爵家の繋がりが強い事をだよ。伯爵の在位記念にわざわざ王太子殿下が参加されるほど王家は伯爵家を重要視している。そのことを示して見せるのさ。

 行きも帰りも飛空船で行った方が確かに楽ではあるのだけれど、それだと領都の人々にしかアピール出来ないだろ?

 わざわざ馬車で行幸するのは街道沿いの領民達にも多くそれを知らしめるためなんだよ。」

「へー、いろいろ気を使ってるってわけね。」

「そうみたいだね。」

 確かに気を使っているように見える。それもかなり。

 今回の件でハーゼン伯爵の株は爆上がりすることになるだろう。王太子の式典参加といい馬車での行幸といい、王家の側から伯爵へ格別の厚意が示されたのだから当然である。これは在位記念の破格過ぎるプレゼントとなるわけだ。

 ただ、これが全て王家側の善意によるものかと言えば少し疑問はある。

 やり過ぎれば王家が伯爵におもねっているようにも見られかねないし、また一部貴族ばかりを厚遇してはいらぬ軋轢を生むことになるだろう。それは王家としても望むところではないはずだ。

 何か他の思惑もあるのではないか?と、どうしてもそう考えてしまう。

(派閥を強化しようとしているのかな?)

 国王が絶対的存在として君臨するはずのバーハイム王国であっても、内部には様々な派閥が存在している。当然、現国王に批判的な派閥もだ。

 そんなことはあって欲しくないが、もしかするとそのパワーバランスがゆらぎかけているのかもしれない。そこで王家側は足固めに動いている。そんな可能性も無いとは言えなかった。

(……いや、いくら何でも考え過ぎか。ギルド長のせいで、どうも裏に何かあると疑う癖がついてしまったみたいだ。)

 そんな事を考えていると不意にニヤリと嗤うロッド・ボーンの顔が浮かび、イルムハートは思わず苦笑してしまった。


「それで、在位式典と魔獣の討伐はどう関係するのですか?もしかすると、魔獣の首をお土産に持っていくつもりなんでしょうか?」

「そんなわけあるか!」

 本気なのか冗談なのか、良く解からないケビンの問い掛けにロードリックの声が大きくなる。

「そんなもの貰って誰が喜ぶんだ。ただの嫌がらせだろうが、それは。」

「そうでしょうかね、僕なら喜んで頂きますけど。」

「……お前は相変わらずだな。」

 その首を貰ってケビンが何をするのか、思わず想像してしまったロードリックはちょっとゲンナリした表情を浮かべた。

「我々が魔獣を討伐しに来たのは露払いのためだ。」

「露払い?……ああ、この町から出発される王太子殿下のために予め危険を取り除いておこうという訳ですか?」

「まあ、建前はな。」

「建前?」

 そう言えばロードリックは最初”王国の命令ではない”と口にした。また、”訓練の延長”だとも。

 つまり、訓練のため王都を離れる口実が王太子の通る道筋の露払いということなのだろうか?

 しかし、何故そんな回りくどいことを?

 そんな皆の疑問に対し、ロードリックはひとつため息をついた後に種明かしし始める。

「フランセスカ隊長が第5小隊の小隊長に就く際、団長にひとつ要望というか条件を出したんだ。実戦での訓練を認めてくれとな。」

 小隊長に昇格させてもらう身でありながら、逆に条件を出すとはいかにもフランセスカらしいと言えばらしかった。

「”実戦”での訓練ですか?実戦形式ではなく?」

 イルムハートが不思議がるのも当然である。”実戦”と言うからには相手を殺すことをも含むのだ。そんなものは”訓練”ではない。少なくとも人間を相手にするのであれば。

「そう”実戦”だ。

 しかし、団員同士で命の取り合いをするわけにもいかないし、そもそもがそう簡単に殺し合いなど出来るものではない。戦争しているわけではないのだからな。

 かと言って魔獣相手に闘うにしても、知っての通り王都近辺には碌な魔獣はいない。一般人でも相手にできるような弱いヤツばかりだ。

 なので、これには団長も困ってしまってな。」

「当然、その要求は却下されたんですよね?」

「いや、それが勢いに押されて受け入れてしまったんだ。

 まあ、のらりくらりと胡麻化していればそのうち小隊長としての自覚にも目醒め、気も変わるだろうと考えたらしいんだが……。」

「あのフランセスカさん相手にそれは悪手のような気もしますが。」

「そうなんだよ。」

 ロードリックは再度、さらに大きなため息をついた。

「団長の思惑とは違い、あの人は決してそれを忘れなかった。それどころか、中々許可してくれないものだから最近は顔を合わせるたびにその話ばかりしてくるようになっていたらしく、団長もかなり参っていたようだ。」

「でも、それは団長さんが悪いわよね。」

 ライラにズバリそう言い放たれてはロードリックも苦笑いするしかない。

「それでだ、今回王太子殿下の行幸に関して順路の調査を行ったわけなんだが、その際にこのトパ周辺で通常より多くの魔獣が姿を現してことが分かってな。

 これ幸いと厄介払い……じゃなくて、約束を履行することにしたわけだ。」

「魔獣相手に思い切り暴れて来い、という訳ですね。」

 なるほど、とイルムハートは納得した。だが、少し気懸りな事もある。

「でも、今のところそれほど強い魔獣は出て来ていないらしいですよ。相手は小型かせいぜいが中型の魔獣になりますけど、それでフランセスカさんが満足するでしょうか?」

「そうなのか?」

「はい。」

「それは困ったな。

 実を言うと、その辺りの情報を貰うためにここへ来たんだが……そうか、大物はいないのか。」

 ロードリックからすれば、それは有難いことではあった。何より楽だからだ。

 だがイルムハートの言う通り、フランセスカはそれで満足などしそうもない。下手をすると魔獣生息域の奥深くまで獲物を探しに行きかねないのだ。

 そんな未来にうんざりした表情を浮かべるロードリックだったが、ふと何かに気付く。

「その情報を持っているということは、もしかしてお前達の仕事というのも我々と同じでその魔獣を討伐することなのか?」

「いえ、僕達が受けた依頼は討伐ではないんです。」

 イルムハートは依頼の件をロードリックに話して聞かせた。

「そうか、魔力分布が変わっている可能性があるわけか。

 となると、今魔獣を討伐しても行幸の際にはまた元に戻ってるかもしれないな。」

「そのおそれは十分にありますね。

 なので、こちらの結果が出るまで討伐を見送るというのもアリだと思いますが?」

「それを聞き入れると思うか?あの人が?」

「……思いませんね。」

 イルムハートとロードリックは苦笑いを交わす。ただ、ロードリックのほうには若干疲れた表情が混じってた。

「まあ、あの人がどう判断するかはかなり不安ではあるが、それも今さらだな。なるようにしかならんだろう。

 それより、お前は早いとこ姿を消したほうがいいんじゃないか?

 戻って来たら間違いなくまた絡まれるぞ。」

「それは勘弁してほしいです。」

 確かに、フランセスカはイルムハートの腕前にかなり興味を抱いているように見えた。雑魚ばかりの魔獣討伐では物足りず、その憂さ晴らしでイルムハートに勝負を吹っかけてこないとも限らない。

 なので、ロードリックの気遣いに感謝し、イルムハート達は早々にギルドを出ることにした。

 ロードリックひとり残すのは申し訳ない気もしたが、どのみちイルムハート達がいたところで彼の苦労が軽減されるわけでもないのだから。


 ギルドを出て宿へと向かう途中、ライラはジェイクの様子がおかしいことに気が付いた。妙に黙り込んだままなのだ。

「どうしたの?そう言えばギルドでも妙に大人しかったけど、体調でも悪いの?」

 その言葉にジェイクは顔を上げる。その目にはどこか怒りのようなものも感じられた。

「なんでまたイルムハートなんだ!?」

「はぁ?」

「フランセスカさんだよ!フランセスカさんまでイルムハートのことばかり。何でお前ばっかりモテるんだよ!」

 それは血を吐くような叫びだったが、残念ながら誰の胸にも響くことはなかった。

「またそれですか。」

 ケビンが呆れたような声を出す。

「いい加減イルムハート君と比べること自体が間違いだと言うことに気付いたらどうですか?

 それに、彼女はイルムハート君の剣の腕前に興味を持っているだけで、モテているのとは違うと思いますけど。」

 いつもならここで言い返せずやり込められてしまうところだが、今日のジェイクは違っていた。

「いや、お前は解かっていない。あれはフランセスカさんなりの愛情表現なんだ。そういう人なんだよ、彼女は。

 あの目を見たか?

 あれはな、イリヤさんやマヌエラさんと同じなんだ。イルムハートに好意を持ってるお姉さん達と同じ目なんだよ!」

「……とりあえず、街中で変な事を叫ぶのは止めてくれないか?」

 ジェイクの魂の叫びに対し、イルムハートはそう言って頭を抱えた。

「うーん、今日のジェイク君はひと味違いますね。何というか、鬼気迫るものがあります。

 よっぽど悔しかったのでしょう。何せあれだけの美人ですから。

 でも、イリヤさんやマヌエラさんと同じなのであれば、一般的に言う恋愛感情とは少し違うような気もしますけど……。

 ライラさんはどう思いますか?」

 普段は真っ先に突っ込みを入れるはずのライラが何故か妙に静かだった。それに気付いたケビンが話を振ると、彼女はいつになく大人し気な口調で返す。

「まあ、独特な愛情表現とか好意を持ってるお姉さんの目とか、その辺りは全く意味不明だけど……。」

 但し、それでもジェイクをディスるのは忘れない。

「けど、あの人がイルムハートに興味を持っている理由は決して剣の腕前だけじゃなさそうって点には私も同意するわ。」

「ほらみろ、俺の言った通りだろうが。」

「いや、アンタが嫉妬するのは解かるってだけで、言ってることにはこれぽっちも共感する気は無いわよ。」

 結局、いつものごとくジェイクは撃沈されてしまう。

 がっくりと肩を落とすジェイクとそれを見て笑うケビン。そして、乾いた笑みを浮かべるイルムハート。

 そんないつもの光景の中、ライラは嫌な予感に頭を悩ませていた。そして、王都にいる金髪の小柄な少女を思い浮かべながら心の中で語りかけた。

(セシリア、もしかしたらアンタに強力なライバルが現れたかもしれないわよ。)

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