ひとまずの落着と波乱の予感
「おっ、戻って来たぞ!」
「良かった、無事だったのね。」
皆の元へと戻ったイルムハートをジェイクとライラがそう言って迎えた。
「何とかね。」
それに応えるようにイルムハートは笑って見せる。
「すまん。手助けに行きたかったんだけど、ケビンに止められて……。」
「そんなことしてもイルムハート君の足手纏いになるだけですからね。」
済まなさそうに言うジェイクの言葉をケビンがバッサリと切り捨てた。
「まあ、確かにアタシ達じゃあ何の役にも立たなかったでしょうしね。
それにしても、ホント無事でよかったわ。」
ライラは薄っすらと涙を浮かべる。
勿論、イルムハートの力を信じてはいた。だが、それでも不安はぬぐえなかったのだ。そのため、無事な姿を見てつい気がゆるんだようである。
さすがに今回ばかりはジェイクも茶々を入れるような真似はせず、優しい笑顔でライラを見つめていた。
「ところで、シリルさんは?無事なのかい?それと、調査隊の皆は?」
この3人以外には姿が見えなかったのでイルムハートはケビンにそう問い掛けた。
「シリルさんなら大丈夫です。まだ意識は取り戻していませんが命に別状はないと思いますよ。
今は調査隊の皆さんと外のキャンプで休んでいます。」
遺跡内では安全が確保出来ないと判断し、いったん調査隊の面々を外に避難させたとのこと。適切な判断だ。
「それで、龍族はどうしました?始末したんですか?」
ケビンらしいストレートな質問だった。これにはイルムハートも苦笑いを浮かべる。
「そんなことはしてないよ。
結局、あの後もう2体龍族が出て来たんだが……。」
「3体もの龍族と闘ったのか!?すげーじゃねえか!」
その言葉に思わず声を上げたジェイクだったが、「いいから黙って話を聞きなさい」とライラに睨まれてしまう。
「いや、その中に話の分かる龍族がいてね、彼のおかげで何とか丸く収まったよ。」
「なんだ、それで終わりか?つまんねーな。……痛っ!」
懲りるということを知らないジェイクはライラに後頭部を引っ叩かれ悲鳴を上げた。
「そうですか、ひとまずは一件落着というところですかね。それで、あの転送ゲートはどうするんですか?」
そんなやり取りを完全に黙殺したまま、ケビンとイルムハートの会話は続く。
「あれはもう動いていないよ。島に帰った龍族が機能を停止させてしまった。」
「まあ、それが賢明かもしれませんね。あれが存在する限り、今回のような不幸な事故がまた起こらないとも限りませんから。」
「そのことなんだが……。」
イルムハートはガルガデフから聞いたことの一件を話して聞かせた。これにはさすがのケビンも驚きを隠せないようだった。
「調査隊は龍族に殺されたわけではないということですか?」
「そうみたいだ。」
「嘘をついている可能性は無いの?」
ライラの疑いは尤もだったがイルムハートは首を横に振る。そして、何故か妙にゆっくりとした口調になってそれに答えた。その表情はどことなくぼんやりとしている。
「多分……それは無い。彼等は誇り高い種族だった……なので、そんなつまらない嘘など……つくとは思えないんだ。」
「そうなの、アナタがそう言うならそうなのかもね。
……って、どうしたの?顔色悪いわよ?大丈夫?」
ライラがイルムハートの異変に気付いた。つい先ほどまでは普段と変わらない顔色だったものが急に蒼ざめ始めたのだ。
「ああ……少しばかり無理をしたからね……その反動が……来たのかも……。」
急激な体調の悪化に自分自身でも驚きながら、イルムハートはなんとか声を絞り出す。
いくらダメージを軽減しながらの段階的な力の開放だったとは言え、ストッパーを外してしまったことによる体への影響は避けられない。どうやら皆の顔を見て気が緩んだことにより、そのツケが一気に回ってきたようだ。
イルムハートは眩暈と共に全身から力が抜けていくのを感じた。
「ちょっと、イルムハート!しっかりしなさいよ!イルムハート!」
取り乱したように叫ぶライラの声を遠くに聞きながら、イルムハートの意識は深い闇の中へと落ちて行ったのだった。
それから数日間、イルムハートは寝込むこととなった。
最初の丸一日は全く目を覚ます様子すら無かったが、翌日にはどうにか意識を取り戻し皆を安堵させた。
が、それでもまだ体調は戻っておらず、ベッドから出ることが出来ない。力の全開放は予想以上にリスクのあるものだったようだ。
とは言え、そんな状態にあってもゆっくり休んでいるヒマは無かった。遺跡の奥で何が起きたのか、それを知るのはイルムハートだけなのだ。
そのためベッドの上に起き上がった状態でオリンドやデルクに経緯の説明を行うことになる。勿論、龍族相手に無双した話は除いてだが。
「ひとまずは無事で良かった。話の分かる相手がいたのは幸運だったな。」
イルムハートの話を聞いたオリンドは大きく息をつきながらそう声を漏らす。いちおうジェイク達からあらましは伝え聞いていたのだが、実際本人の口から説明されることで事に重大さを改めて感じたようだった。
「しかし、仲間を逃がすためとは言え龍族相手に立ち向かうなんて……君も無茶するものだ。(ケビン)ケンドール君から聞いた時には寿命が縮む思いだったよ。」
デルクはと言えば驚きと呆れの入り混じった複雑な表情でイルムハートを見る。
「すみません、ご心配をお掛けしました。」
「いや、謝る事ではないがね。
お陰でシリルは救われたのだし、改めて礼を言わせてもらう。」
そう言うとデルクは深々と頭を下げた。どうやら2人は単なる仕事上の相棒という訳でもないらしい。個人的な繋がりもあるのだろう。
「そう言えば、シリルさんの様子はどうなんですか?」
「君達のお陰で無事命は取りとめたよ。
特にケンドール君の治癒魔法は見事で、実に的確な処置だと医者も驚いていたくらいだ。」
ケビンの人体構造に関する知識は医者に勝るとも劣らなかった。何でも魔法を効果的に使うため覚えた知識らしい。ただ、その”魔法”とやらが治癒魔法なのかそれとも別の魔法なのか、その辺りを深く追求するのはやめておいた方が良さそうである。
「今はカレリ所長に紹介してもらった医者の元で療養している。
まだ動けるほどではないが経過は順調で、ふた月もすれば仕事にも復帰出来るだろうという話だ。」
「それは良かったですね。」
人探しのはずが思いもかけず龍族と相対することになったのだ。この状況で死人が出なかったのは幸運だったと言えよう。残念ながら探し人のほうは不幸な最期を迎えてしまったわけではあるが。
「それにしても、調査隊を殺害したのは一体誰なんだろうな。龍族からは何か聞き出せなかったのかね?」
「いえ、何も。名前など聞く前に問答無用で焼き殺したみたいです。
それに龍族にとっては人族など皆同じに見えるでしょうから、特徴なども覚えていないでしょうしね。」
オリンドの問いにそう答えたイルムハートは、次いでデルクに向かって語り掛けた。
「状況からすれば例の後から追加になった……確かベルガドさんでしたか?
彼が一番あやしいとは思いますが、でもその人は冒険者を相手に出来る程の腕をもっていたんでしょうか?
いちおうは学芸院の学者なんですよね?」
「彼は生粋の研究職でね、産まれてこの方剣など握ったこともないような人間だ。冒険者どころか、普通の人間にも勝てるかどうか。」
デルクの言葉は否定的だった。
だが、そこでオリンドが意外な可能性を示唆してくる。
「もし調査隊に加わっていたのがマノロ・ベルガド本人ではなかったとしたら?」
「どういうことですか?」
「元々ベルガドは学芸院の王都本部に勤めていたわけではないようなんだ。地方の分室勤めだったものを例の理事が急遽呼び寄せて調査隊に加えたらしい。
つまり王都の人間はベルガドの顔を知らないんだよ。もし入れ替わっていたところで誰にも気づかれないだろう。」
それを聞いたイルムハートとデルクは驚きの表情を浮かべる。だが、それぞれ驚いた理由は全く違うものだった。
「これは驚きました。冒険者ギルドはそこまで調べ上げていたんですか?」
「まあ、実を言えば昨晩やっとその情報を掴んだらしいんですがね。情報統制が敷かれているせいでギルドとしても苦労しているようです。」
やや皮肉めいたオリンドの言葉にはデルクも苦笑するしかなかった。そこは色々察してくれと言うことなのだろう。
そんなデルクに助け舟を出すかのようにイルムハートが口を開く。
「それで、この後あの遺跡はどうするんですか?」
「当面は封鎖することになるな。君のおかげで龍族に襲われる危険が無くなったとは言え、まだ確実に安全と判断するわけにもいかないからね。調査の再開は王国軍あたりが確認してからということになるのだろう。」
「あそこには亡くなった人たちの遺骨が残っています。それだけでも早く回収してあげたいのですが。」
「それは私から伝えておこう。」
デルクはこの後すぐ報告のため王都へと戻る予定になっていた。魔力通信機で一報を入れてあるものの、詳細についてはやはり口頭で伝えねばならないのだ。
「明日には私も王都へと向かうつもりだ。今回の件についてはロッド・ギルド長に直接会って話す必要がありそうだからね。」
とオリンド。
「僕もお供しましょうか?」
「君はまだ体調が万全ではないのだから無理をしてはいけない。
この町でしばらく休養し、調子を取り戻してからゆっくり帰路につけばいいさ。」
確かに、まだ立ち上がると眩暈を感じるほどだった。これでは王都までの旅は難しいだろう。なのでイルムハートは素直にオリンドの言葉を聞き入れることにした。
「分かりました。では、そうさせてもらいます。」
こうして古代遺跡を巡る一件はひとまず落着となった。まだ色々と謎は残っているが、それはイルムハートの関与出来る事案ではない。差し障りの無い程度にはなるだろうが、いずれ詳細も教えてもらえることだろう。何よりも今は体力の回復が先だった。
ゆっくり休むとしよう。そう考え、オリンド達が帰った後の部屋でベッドに潜り込み眠りにつこうとするイルムハート。
だが、そんな彼の安息を破るかようにジェイクが乱入して来た。次いで、騒ぎ立てるジェイクを部屋から引きずり出そうとライラが続く。そして、当然のように始まる2人の口喧嘩を見て笑うケビン。そんないつもの見慣れた光景がそこに展開することとなった。
(……やっぱり、所長と一緒に王都へ戻ったほうが良かったかな?)
一気に騒がしくなった部屋の中、布団をかぶり喧騒を避けながらふとそんなことを思うイルムハートだった。
それから数日後の夜、王都のとある屋敷では2人の男が酒を酌み交わしていた。
「何でも、今度は龍族と遭遇したらしいじゃないか?
全くもって話題の尽きない少年だな、彼は。」
そう言って笑ったのはこの屋敷の主で王国騎士団長でもあるフレッド・オースチン・ゼクタス子爵だ。
勿論、”彼”というのはイルムハートのことである。
「笑い事ではないぞ、フレッド。」
そんなフレッドをたしなめる男性がビンス・オトール・メルメット男爵。彼は王立情報院の特別補佐官であり、カイル・マクマーンという名で第3局の捜査官も務めている。
「ひとつ間違えば命に関わっていたのだからな。」
「まあ、もし仮にそうなったとすればそれが彼の天運ということなのだろう。」
そう言い切るフレッドをビンスは意外そうな顔で見つめた。
「これは思いもよらない台詞だな。彼を護るのではなかったのか?」
「勿論、そのつもりでいる。だが、過ぎた干渉をするつもりはない。それではただの過保護だからな。
彼は自ら冒険者という職業を選らんだのだ。それが危険と隣り合わせの道であることくらい十分承知しているはずだろう。」
「万一、依頼の遂行中に命を落としたとしても、それはそれで止む無しと言うことか?」
そう言って険し気な視線を送るビンスにフレッドは苦笑いを返す。
「そこまで割り切れるものでもないがね。ただ、余計な手助けは却って彼に対する侮辱にもなりかねん。他人の手を借りねば冒険者としてやっていけない、そう言っているようなものだ。」
「そんなものかね。」
「そんなものさ。おそらく”あの人”も同じ考えだろう。」
「……アイバーン・オルバス殿か。」
「ああ。」
ビンスの言葉にフレッドは酒の入ったグラスを見つめながら頷いた。
『イルムハート様を陰ながら見守ってやってほしい。』
それはイルムハートがアルテナ高等学院へ入学するにあたり、アイバーン自らが訪ねて来てフレッドに言った言葉だ。
入学前、見習い冒険者として活動していた際にはかつて騎士団の先輩だったリック・プレストンがその役目を担っていた。
しかし、イルムハートの入学と同時にリックはAランクへの昇格とギルド長研修のためアンスガルドへと旅立ってしまった。
それにより空席となった見守り役の後任としてアイバーンはフレッドを選んだのである。
「この先彼はまだまだ成長してゆくだろう。それを邪魔するような真似はしたくない。
むしろ、邪魔しようとする連中から彼を護るのが私の役目だと思っている。あの人もそれを望んでいるはずだ。」
「今回の一件でより一層注目を集めることになるだろうからな。」
イルムハートの冒険者としての名声が高まれば高まるほど、それを取り込もうとする者が多く出てくる。中には悪意を抱いて近付いて来る者だっているだろう。
そう言った冒険者本来の仕事からは外れた部分での”敵”を排除する。それこそが己の成すべきことだとフレッドは考えていたし、そのためにビンスにも手を借りているのだった。
尤も、ビンスにしても仕方なく手を貸しているわけではない。彼もイルムハートには並々ならぬ興味と、そして期待を抱いていた。
「まあ、そっちは任せておけ。良からぬことを企む連中には痛い目を見させてやるさ。」
ビンスが捜査官を務める情報院第3局は言わば秘密情報部のようなもので、不穏な動きがあれば全て耳に入って来るのだ。
勿論、イルムハートのために職権を濫用するわけにはいかないが、そもそも下心を持って彼に近付くような人間には何かしら良からぬ目的があると思っていいだろう。つまり、叩けば埃の出る人間ということだ。となれば遠慮する必要などない。むしろビンスにとっては一石二鳥の好機とも言えた。
「宜しく頼むよ。……やり過ぎない程度にな。」
ビンスのやや過激な発言にはフレッドも苦笑するしかなかった。
その後、話題は古代遺跡での一件に戻る。
「それで今回の一件、裏で動いていたのは一体何者なんだ?」
おかしな動きをした学芸院理事とその失踪、そして調査隊の惨殺。それにはどんな裏があったのか、フレッドはそれを尋ねる。しかし、ビンスの答えはあまり思わしいものではなかった。
「それがまだ分からないんだ。当初は大規模な窃盗団の関与を疑っていたため司法省が管轄し、こちらには回ってこなかったのさ。」
通常の犯罪については司法省が捜査することになっていた。ちなみに、警察の役目を担う警備隊も司法省の所属である。
この場合、捜査と裁判が同じ組織で行われることになるわけだが、そもそも王政と言う政治形態上、三権分立という概念が成立しないのだからそれも仕方あるまい。
「それで、今は?」
「龍の島への転移ゲートがあったと言う話だからな。それが目的だった可能性が高いため治安維持案件となり、第3局も内務省も動き始めた。」
「例の”教団”が関与している可能性は?」
再創教団。破壊神を信奉し、この世界の破滅を企む者達。
フレッドはその関与を心配したのだが、ビンスはあっさりとそれを否定する。
「いや、それはないな。古代の転移ゲートなど使わずとも、連中には龍の島へ行く手段などいくらでもあるはずだ。わざわざこんな手間を掛ける必要など無いだろう。」
再創教団は神の御業を再現すると言われる”始まりの言葉”を使うことが出来るのだ。転移ゲートごときにこだわるとは思えなかった。
「それもそうだな。となるとゲートの秘密を知る他の組織なり集団なりの仕業ということか。
問題はそいつ等の目的が何か?だな。単なるお宝目当てとも思えんし……もしかすると龍の島へ攻め入り紛争を起こすことが目的ということもあり得る。」
そう言いながらフレッドはチラリとビンスに目をやった。が、ビンスは何の反応も示さない。その態度はあまりにもあからさまだった。
「……成程、これには面倒な連中が関わっている可能性があるわけか。」
「今は何も言えん。例え相手が王国騎士団長だとしてもな。」
ビンスは回答を拒否したが、それこそが答えとも言えた。
「やれやれ、また厄介な事に関わってしまったものだな、彼も。」
フレッドはそう言って頭を掻く。ビンスの反応からすると、この件はまだまだ尾を引きそうな気配だ。となればイルムハートがそれに巻き込まれる可能性だって出てくるのだ。何しろ彼は龍族と遭遇し交渉を行った唯ひとりの人間なのだから。
「これは何かしら手を打っておいたほうが良いかもしれん。
ビンス、少し手を貸してくれないか?」
「情報は渡せんぞ。」
「そうではない、少しばかり根回しを頼みたいのだ。」
「根回し?どこへだ?」
「それはだな……。」
その後、フレッドの申し出を承諾しビンスが屋敷を辞して行った。
彼を見送り再び部屋へと戻って来たフレッドはグラスに酒を注ぎ直すとそれを持ってテラスへと出る。
「どうやらそう遠くない内に君と対面することになりそうだな、イルムハート・アードレー。」
フレッドはそう夜の闇に向かって語り掛けたが勿論返事など帰っては来ない。ただ夜空の星々と赤い大きな月が彼を見降ろすだけだ。
だが、それでもどこか満足そうな笑みを浮かべながらグラスの酒を飲み干すと、フレッドは屋敷の中へと戻って行ったのだった。
申し訳ありませんが来週と再来週は更新をお休みさせて頂きます。
次回の更新は年明け1月第2週の予定です。
今年もお付き合い下さりありがとうございました。
まだ少し早いですが、みなさんどうぞ良いお年を。