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終わりと始まり Ⅰ

 気付いた時、”彼”は見知らぬ白い場所にいた。

 ”白い場所”というのもおかしな言い方ではあるが、そうとしか表現のしようがなかった。

 そこには白い靄のようなものが立ち込め、光源は不明だが温かい光で満たされている。

 整えられた大理石張りのような感触の床は屋内のように思わせるが、天井も壁も靄のようなもので隠されているのか確認できない。

(死後の世界・・・というやつかな?)

 死は未体験のはずなのであくまでもイメージだが、そう感じさせる雰囲気がそこにはあった。

 ”彼”はゆっくりと自分の体を確認した後、目の前に掌をかざしじっと見つめる。

(老衰で死ぬ歳でもなさそうだし、事故に遭った様子でもないな。)

 そう、”彼”には自分自身についての記憶が全く無くなっていた。

 一般的な知識とういものは残っているのだが、自分自身に関する情報が全て抜け落ちていた。

 今の体から男であることは分かるのだが、名前や年齢、どのような境遇で生きていたのかがまったく思い出せないでいた。

 掌を見る限りでは成年男性のそれであり、寿命を迎えるほどの老齢とも思えない。

 また、衣服も乱れておらず身体に異常も見当たらないので、何らかの事故に巻き込まれた様子もない。

(まあ、魂というやつになれば、その辺りはリセットされるのかもしれないけど。)

 すでに”彼”は自分が死んだのかもしれないという事を受け入れつつあった。

 不思議な場所や記憶喪失ということだけではなく、日常世界とは異なるこの場所の雰囲気が”彼”にそう判断させていた。

 さてどうしたものかともう一度周りを見回してみると、先ほどは気が付かなかった周りよりも強い明かりが前方にあるのを見つけた。

(あそこに行けということなんだろうな。)

 ここで意表を付いて反対方向に行ってみたらどうなるんだろうか?などどイタズラ心も湧いてくるが、ウケを狙う相手もいない。

 そんな他愛もない事を考える自分に苦笑しながら、前方の明かりに向かって”彼”はゆっくりと歩き出した。


 それはドアだった。

 ”彼”が目指した明かりは光るドアだったのだ。

 壁もないそのままの空間に光るドアだけが存在していた。

 試しに裏にまわって見ると、そこには相変わらず光るドアが・・・無かった。

 手を伸ばしてみても何も触れることはなく、見えないのではなく存在すらしないと判る。

 そのままドアのあったはずの場所を通り抜けて振り返ると、ドアはまたそこに現れていた。

 死後の世界かどうかは分からないが、現実とは異なる不思議世界であることは既に受け入れている”彼”にさほどの驚きは無い。

 ドアは光ってこそいるものの熱は感じなかったので、”彼”はためらわずノブを廻しドアを開け中に入る。

 そこにはそう言った事には疎い”彼”でも判るほどに高級そうなソファ・セットとテーブルがあり、そして2人(柱?)の男がいた。

 1人はこれまた高級そうなスーツに身を包んだ老齢の男性で、正面の1人用ソファに座っていた。

 白くなった髪を後ろになでつけ、目とひげを蓄えた口元は穏やかに笑っている。

 もう1人は黒のスーツを着込んだ30前後の金髪男性で、ソファには座らず老齢男性の後ろに寄り添うように立っている。

(大富豪とその秘書?)

 そんな印象を与える2人だった。

「よく来た。まあ、望んで来たわけでもないだろうが、歓迎するぞ。まずは座りたまえ。」

 老齢男性が口を開き”彼”を手招きする。

 その所作には人の上に立つ者の威厳と自信が溢れていたが、全く嫌味は感じ無かった。

 誘われるままソファに腰を降ろすと、いつの間に用意したのか黒スーツが紅茶を運んで来て”彼”の前に置いた。

「いろいろ聞きたいことはあるだろうが、まず君の状況から説明しよう。」

 ”彼”が紅茶に口をつけ、ひと息ついたところで老齢男性が話を始める。

「薄々気が付いてはいるだろうが、君は死んでここに来た。」

 やはりそうかと”彼”は思う。

 ある程度覚悟は出来ていたのでその言葉にもあまり驚きはしなかった。

「ということはここは天国ということですか?」

 ”彼”の問いに老齢男性は静かに首を横に振る。

「天国と言うものはない。もちろん地獄もない。人は死ねば生命エネルギーに変換され次の生命の元となる。」

「輪廻とういことですか?」

「それとは少し意味合いが違うかもしれん。

 個々人がそれぞれ生まれ変わるわけではなく、一度大いなるエネルギーの中に取り込まれるのだ。新たな生命はそこから分離したエネルギーを元に誕生することになる。

 まあ、大意としては輪廻と言えるのかもしれんな。」

 要するに生命のリサイクル・システムだ。

 科学的な考察は別として、話としては理解出来ないことではない。

 だが・・・。

「ではここは何処なのでしょうか?そして私は何故ここに?死んだのであればその大いなるエネルギーに還るはずでは?」

「それには順を追って説明する必要がある。時間もかかるだろう。・・・茶菓子でもどうかな?」

 老齢男性がそう言うと、またしてもどこから用意したのか黒スーツが紅茶のお替りとクッキーのようなものを運んできた。

 菓子を食べながら気楽に聞くような内容の話でもないとは思ったが、今更慌てても自分が死んだという事実は変えられない。

 大いなるエネルギーとやらに還る前に少しだけこの世界のタネあかしをしてもらえる、その程度で聞けばいいのかもしれない。

 もちろん、お約束としてその考えは見事に覆されるのだが。


「それでは僭越ながら私からご説明させていただきます。」

 元の立ち位置に戻った黒スーツが静かな口調で話し始めた。

 どうやら細かい説明は黒スーツの役割らしい。

 さほど音量を上げていないにもかかわらず心地良く通る美声の持ち主で、よく見れば顔の方も中々のイケメンである。

「まず私共に関してですが、私共は全ての世界を管理する者。その存在をあなた方の言葉で表すのは少し難しいのですが、高位エネルギー生命体あるいは”神”と表現するのが適当かと思われます。」

 これについては想定内。

 ここまでの流れから、ある程度は予測出来ていた。

「そしてここは私共の活動領域の一部ですが、そこに貴方がなじめるように仮想空間を設定しました。嗜好が不明でしたのでこのような殺風景な部屋になってしまいましたが、ご希望があればおっしゃてください。いかようにも設定可能ですので。」

 イケメンの上に気配りも出来る男だった。

 ”彼”はこのまま構わないこと告げたので、黒スーツはそのまま話を続けた。

「世界、私共は次元宇宙と呼んでおりますが、それは無数に存在しています。貴方が住んでおられた次元宇宙はその中の1つに過ぎません。

 通常の生命体には知覚出来ない壁により隔てられているためその存在に気づくことは不可能ですが、実際にはすぐ隣に存在しているのです。」

 黒スーツの話によると各次元宇宙毎に生命リサイクル・システムが構築され、それを管理しているのが彼ら”神”であるらしい。

 それぞれの次元宇宙にそれぞれの担当神(下級神)が存在し、ある程度グループ分けされたエリア内の担当神達を統括するのが中級神、そして複数の次元宇宙にまたがるような案件に関して最終的判断を行うのが上級神とのこと。

(神様の世界も役職とかあるんだな・・・。)

 ”彼”は妙なところで感心していた。

「ご紹介が遅くなりましたが、私は貴方が住んでいた次元宇宙を含むエリアの統括を担当する者です。ユピトとお呼びください。」

 黒スーツ、改めユピトはそう自己紹介した。

 高位の存在が人間に似た呼び名を持つとも思えないので、おそらくは”彼”に合わせるための仮の名前であろう。

 正直なところこの2人を地球を含む次元宇宙とやらの担当神とそのお伴かと思っていたのだが、意外に位が高かったようだ。

 そして、ユピトが統括神だとすると・・・。

「そして、こちらにいらっしゃいますのが私共の中で最も高位におられるお方、最高神様でございます。」

「最高神様!?(まさかの最高神来た!!)」

「そういうことだ。」

 高齢男性、もとい最高神はにこやかに笑う。

「しかし・・・人ひとり死んだだけで最高神様自らおいでになるとも思えませんが、何か理由があるのでしょうか?」

 ”彼”が訝るのも無理ないことであった。

 人の死にいちいち神が関与するのも異例のように思えるところへ、まさか神々の頂点たる存在が現れたのだから。

「それも含めて、追々話すことになろう。」

 最高神はユピトに話を続けるよう合図する。

「それではお話を続けさせていただきます。」

 ユピトが言うには、人を含めた全ての生命は”輪廻システム”(生命エネルギー循環システムでは少々長いのでそう呼ぶことにした)と常にリンクしており、生者も死者もその輪の中から外れることはないらしい。

 生者はそこからエネルギーを得、死者はそこへエネルギーを還す。それが不変のルールであると。

 但し、何事にもイレギュラーは起こり得る。

 ”彼”は、そのイレギュラーによって発生した ”事故” のため命を失い、さらには輪廻システムからもはじき出されてしまったのだと言う。

 そしてシステムとのリンクを失った彼の魂は、大いなるエネルギーへと還ることができなくなっていたのだ。

「そのイレギュラーとは?」

「誠に遺憾ではありますが、神の力を邪に使った者がいるのです。」

 ユピトは申し訳なさそうに答えた。

 神の作り上げたシステムを妨害するには同程度の力を必要とするのは道理である。

 だが、という事は。

「邪神・・・ですか?」

「成した行いを見ればそう表現されるのも仕方の無い事かもしれません。

 私共の中にも次元宇宙の管理方法について異なった意見を持つ者がおります。

 様々な意見を持つこと自体はむしろ健全で問題は無いのですが、中にはそれを強行しようとする者も出てきます。

 今回の件はそういった一部の者により引き起こされたのです。」

「そういった者は処断されないのですか?」

「与えた影響によっては一時的に権限を停止することもありますが、排除するということはしません。あくまでも神としては別の手法を用いただけですので、私共から見れば過ちではあっても罪ではありませんから。

 巻き込まれた側とすれば納得出来るものではないでしょうが・・・。」

 まあ、遥か下位の生命体である人間の命を多少犠牲にしたからといって、それを理由に神が罰せられるというのは有り得ないだろうとは思う。

 あくまでも神話上の話だが、地球の神々はしょっちゅう大量虐殺を起こしているのだから。

 神が罰せられるのは他の神々に害を与えた場合いに限る、というのが大方の神話の相場である。

「とはいえ、我等の同胞が犯した過ちにより被害を受けたのだからな。直接ワビをせねばなるまい。そのために我らはここへ赴いたというわけだ。」

「それはわざわざありがとうございます。私としてもそれなりに思うところはありますが、貴方がたを責めるつもりはありません。」

 最高神の言葉に”彼”はそう答える。

 事実、不思議なほどに怒りという感情は湧いてこなかったのだ。

「そう言ってもらうと我等も救われる。」

 神が人の言葉に救われると言うのもおかしな話だが、比喩的な表現だろうと”彼”は受け流す。

 それよりも大事なことがあるからだ。

「それでこの後、私はどうなるのですか?」

 ”彼”の問いに対する答えは、しばしの沈黙だった。

「元の輪廻システムに戻ることは可能かどうか?と言う問いへの答えとしては”可能”だとお答えすることになります。」

 沈黙の後にユピトが発したのは、どうにも歯切れの悪い回答であった。

「つまり、”可能”ではあるが”簡単”ではないと?」

「その通りです。輪廻システムへの干渉は多大なエネルギーを要します。特に外部素子をシステムに注入する行為は、システムから一部の素子を放出する行為の数倍のエネルギーを必要とするのです。」

 ”素子”というのは、どやら生命エネルギーのことのようである。

 つまり、ここで言う”外部素子”が”彼”のことを示しているのだろう。

「必要とするエネルギーの量はその輪廻システムの完成度にもよるのですが、貴方が住んでおられた次元宇宙のシステムはほぼ完全に近い状態に至っております。従って、必要エネルギー量も膨大なものになると予測されます。」

(その完全に近いシステムにイレギュラーを発生させたのか、”邪神”は。・・・それはそれで凄いな。)

 本来なら恨むべき存在に対し、”彼”は少しだけ感心した。

「私や最高神様であればそれを可能とするだけの力を有しております。ですが、輪廻システム側がそれだけの力に耐えうるかどうかは別の話になります。過ぎたる力はシステムへの歪み、新たなるイレギュラーを発生させかねないのです。」

「つまり私のように弾き出される者が出てくると?」

 ユピトは無言で頷いた。

「もし輪廻システムへ還らなかった場合はどうなるのですか?」

「ひと一人の生命エネルギー量では自己を維持し続けることは出来ません。輪廻システムとリンクした肉体という器の保護を失えば後は大いなるエネルギーと融合する以外維持する方法は無く、そこから外れたエネルギー・・・魂は早々に消滅することになります。」

 答え自体はある程度予想していたが、決断までの猶予はあまりないらしい。

 他人を犠牲にしてでも輪廻システムへの帰還を果たすか、あるいはこのままエネルギーの残滓として消えてゆくか、その判断を求められているのだと”彼”は感じた。

「他人を犠牲にする可能性があるのなら、別段元に戻る必要もないかな、と。寝覚めが悪いというのもありますが、そもそも輪廻システムというものが今ひとつ実感出来ていないせいか、どうしてもという気が起きないんです。」

 輪廻システム。頭ではそういうものがあるのだということは理解した。

 しかし、魂がどうとか生命エネルギーがこうとかいうのは実感覚としてイメージすることが出来なかった。

 死んで”魂”になった今でも。

 そんな状態では戻るメリットと犠牲が出るかもしれないデメリットのバランスが釣り合うはずもなかった。

 ”彼”は自然と穏やかな表情になり、こう答えた。

「このまま消えてゆくことになっても私は構いません。いろいろとお気遣い頂きありがとうございました。」

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