7 アルフォンス殿下の事情
あまりの事に固まってしまいましたが、一国の王子を跪かせたままというのはよろしくありません。
「あの、とりあえず立ち上がっていただけますか、アルフォンス殿下……?」
「君をこうして真近に見ていられるだけで、私は幸せなのだが……わかった」
すっくと立ち上がったアルフォンス殿下はパーシバル殿下よりずっと背が高いです。何より成長途中のパーシバル殿下に比べてしっかりとした大人の体つき。そして美形で、パッと見頭もよさそうです。
少なくともパーシバル殿下より思慮深いのは確かでしょう。
彼は自らテーブルの上の燭台を灯し、わたしをソファに招きました。たしかに、淑女をいつまでも立たせておくものではありませんが、初対面の殿方の部屋で席についていいものかどうか……迷ったわたしは、素直に席につくことにしました。
ソファが一つなので充分距離を開けて、わたしはアルフォンス様のとなりに腰掛けます。
「いきなりの事で驚かせてしまってすまない。君は、私のことを知らないだろうに……私は君をずっと見ていた。いつかこうして話せる日を……それがたとえ、弟の嫁としてだとしても」
さきほどから大変熱烈に愛を囁かれている気がします。薄暗くてよかったです、いまごろ恋愛耐性0のわたしの顔は真っ赤になっているでしょうから。
「本当はお茶を出してゆっくりと招きたいのだが、今日は両家の懇親会……まぁ仲をとりもとうという会だったはずだ。もう少しだけ、私に君を見つめる栄誉をあたえて欲しい」
見つめる栄誉ときましたか。本格的に恥ずかしいですね。
しかし、これはチャンスなのでは?
今の王位継承権第一位はあのパーシバル殿下。わたしという婚約者を失ったので、正直もう王位につくのは無理でしょう。
そして目の前のアルフォンス殿下。彼は別段病弱には見えません。これはぜひ説得して王位継承権第一位になっていただきたいところ。
「アルフォンス殿下。おっしゃるとおりわたしには本日、あまり時間がございません。ですので、多少言葉は乱雑になりますが、質問とお願いがございます」
「君の話なら喜んで耳を傾けよう」
そんなとろけるように笑ってもダメです。いえ、ダメではないんですが。あぁ、わたしの恋愛耐性0が憎らしい。
わたしはつとめて事務的にお話をしました。
「まず、なぜ貴方様が王位継承権第一位ではないのでしょうか? はっきり言ってパーシバル殿下はバカです。一臣民として彼の治める国には期待できません」
「それは、私が優秀だからだ。……自分で言うのもなんだが、幼い頃から優秀すぎた。おかげで何度か殺されかけている。毒見役も何人か……、そのため、小さい頃から毒に体を慣らしている。寝込む事も多かったが、最近は致死量の毒でもすぐに吐き出せば問題ない程度になった。パーシバルが無事なのは、あいつがバカだからだ。殺すより手玉にとる方がリスクが低い。父上はその事情を鑑みて、私を守るため、そして私がパーシバルを守るために、私は病弱という事にしてあらゆる教育をほどこされた。君もだろう?」
アルフォンス殿下に……第一王子に王位継承権第一位を継がせなかったのは、アルフォンス殿下の命を守るため。陛下の愛ですね……そして、実害が出ている以上見過ごせないことだったのでしょう。
アルフォンス殿下は賢く聡明な方だと、この話を聞いただけでもわかります。実際に子供の頃から自分や周りに死が充満していたとしたら……それに負けない体づくり、そしてパーシバル殿下が学業はできてもバカなままなのは、命を狙われないため。
アルフォンス殿下が命を狙われ続けないように、あえて御しやすいと判断できるパーシバル殿下に国を継がせ、そのパーシバル殿下を操ろうとする誰かをアルフォンス殿下がふるい落としていく。
陛下も考えられましたこと。そして、アルフォンス殿下はそれに納得せざるをえなかったのでしょう。
「毒をあおるようになったのは父上のせいではない、私が嘆願してのことだ。こうして生きながらえ、更にはパーシバルを支えるために、私は影に生きることを選んだ。……ひとつだけ、後悔したのは、君をみつけてしまったこと」
アルフォンス殿下はわたしの長いプラチナブロンドを指に絡めとります。今日は正式な晩餐会ではなかったのでハーフアップにしていたのです。
わたしの緑の瞳を見つめながら、その髪に唇をつけます。よほど……わたしがいうのは恥ずかしいですが、よほどわたしに惚れていらっしゃるのは間違いないようです。
「パーシバルと婚約破棄になったと聞いた。これで私にも……チャンスが巡ってきた。私はこれから、君のため、そして国のために、影の存在は卒業する」
アルフォンス殿下はそうおっしゃると、わたしにそろそろ戻るようにと仰って道を教えて部屋を出しました。
わたしは少しの間、高鳴る心臓に歩き出すことができませんでした。




