5 バカのバカによるバカのためのバカ
「あの時はすまなかった! このとおりだ、許してくれ! 私が愛しているのは君だけだ、ナターシャ!」
バカのバカによるバカのための茶番はまだ続いておりましたの?
それとも、わたしは数日前にあそこまでこきおろされてまだ懐柔できると思うほど簡単な女だと思われておりますの?
いくらバカとは言えバカも休み休み言ってくださいませ、と反射的にでそうになった言葉をなんとか紅茶と一緒に飲み込み、わたしはカップを置いて一つ息を吐きました。
「バカも休み休み言ってくださいませ」
結局これしか出てきませんでしたね。
王族にたいしてバカなどと直接的な物言いをしてしまったのは不敬罪に問われそうですが、まさか侮辱罪を飲み込んで王家有責の婚約破棄の数日後に、ほかの女に学園在籍中の3年間うつつを抜かしていた元婚約者に、頭を下げながら愛しているなどと言われましても。
そもそも我々の間に愛はありませんよ。政略結婚です。ご存知ですか? 政略結婚の意味。
そのあと、愛が芽生える可能性があったとしても、幼少のみぎりより頭の素地がバカな事を見破られていたから、わたしのような(自分で言うのもなんですが)何でもできる(ようになるまで訓練した)女が嫁として用意されていたわけです。
「そこを……なんとか……」
「無理です。……だいたい、恥をかくのは殿下ですよ。王家有責の婚約破棄、こんなのは前代未聞です」
ここまでハッキリ言って、それでも涙目ですがるように見てくるあたり、よほど何か問題があったのでしょう。一体全体この数日でなにがあったのか。気になりますね、どうせ暇でしたし。
「……いったい、何があったのです?」
暇潰しにこのくらいは聞いてあげましょう。話したらスッキリすることもあるでしょうし。
話を聞くというだけで了承するとは一言も言ってないのですが、天の助け! とばかりに嬉しそうに顔をあげないでください。
「実は……フィーナとの婚約を前提に今回のことのあらましを父上に申し上げたところ……」
「大目玉を喰らいましたか」
「ぐ……。そして、母上から、その伯爵令嬢を連れていらっしゃいと言われて……」
「よほどその時の王妃様の声は冷たかったことでしょうね」
「う……。それで、フィーナを連れてきて、一度母上と私とフィーナで茶会をもよおしたのだが」
「ここまでで結構です。つまり、フィーナ嬢は王妃様がふった話題になに一つついていけなかった……陛下のお名前も答えられなかったのではございませんか?」
ちなみに、陛下のお名前はアルバート・スタンレイ国王陛下です。歴史の授業で当たり前にならうのですがね。どこまでおバカだったのか底が知れます。
「まさか……、学園で習ったこと、まして現国王である父上の名前さえ答えられないほど……その、頭が……よくないとは思っておらず……」
「婚約できそうにないんですね? 学園での彼女の成績は下の下ですよ、ご存知なかったと?」
「……予想以上にバカだったんだ」
とうとうバカ王子にまでバカと言われてしまいましたね。ご愁傷様です、フィーナ嬢。
しかし、貴族の令嬢としてあるまじきバカさは聞いていてわたしも頭が痛くなりました。王妃様が婚約を許さなくてほんっとうによかったです。
貴族社会での結婚は親同士がみとめて書類をかわしておこなうもの。つまり、せめて婚約する相手のお父様……つまり貴族の称号を持つ方……のお名前くらいは予習しておくものです。
まして相手は国王陛下。全貴族がお名前を存じていて当然のお方です。平民は王様、で済ませてもいいでしょうが、貴族ならば授業で習うまでもなく知っていて当然。
それでも取りこぼしがないように授業でならいます。なのに、知らなかった。
王妃様にとっては仮の、本当に準備段階の、王太子妃教育の前の前の前の前提としてのさわりとして、お茶会をなさったのでしょうが。
「で、百年の恋もさめましたか」
「……………………さすがに、そこまで常識がないと思わなかったんだ」
わたしとしてもそこは同意です。しかし、だからといってわたしに戻ってこいは虫がよすぎますね。
「お話はわかりました。わたしのお返事といたしましては、一度父に相談はいたしますが……」
「相談してくれるのか……?」
「一応は。しかし、結果は一緒だとおもいますよ」
わたしはもう一度お茶を飲み、喉を潤して長く息を吐きます。
「バカも休み休み言ってくださいませ」




