4 第一王子は居なかった
「よく来てくれたな、フォレスト侯爵、奥方、ご子息。そして愚息がまことに申し訳ないことをした、ナターシャ」
陛下のお言葉に、お父様、お母様、お兄様、わたしの順であいさつを述べます。
「本日はお招きありがとうございます、陛下」
「ありがとうございます。王妃様も、ご機嫌麗しゅうございます」
「私のような若輩までお招きいただき感激の至りです」
「いいんですのよ、このような場をもうけていただき感謝します、陛下。王妃様、お久しぶりでございます。……パーシバル殿下におかれましてはご健勝のようでなによりです」
はい、家族の誰ひとり触れなかったのでわたしが触れておきました、パーシバル殿下。我が家の怒り度合いはわたしが一番低いようですね。
挨拶をすませて席に着きます。王妃様のお隣にパーシバル殿下。やっぱり第一王子にはそう簡単に会えませんか……。
しかし、この数日でずいぶんパーシバル殿下はやつれられましたね? お顔色も悪く、わたしの挨拶にも目をそらして「あぁ……」と答えるだけ。はて、何があったのでしょう?
今頃ラブラブで幸せな婚約者(予定)のフィーナ嬢と最後の甘い時間を過ごされているはずですけど……、最後というのはもちろん、婚約したら大急ぎでフィーナ嬢をしあげなければなりませんからね。眠るひまもロクになくなるでしょう。パーシバル殿下はなんだかんだ学業成績はわたしのひとつ下と、バカですけど阿呆では無いので帝王学もそこまでは苦労されないはずです。
……学んだことが活きるかどうかは怪しい所ですが。素地がバカなので。
頭の中でバカにしながら(顔に出すような教育は受けておりません)お母様と王妃様の話に耳をかたむけ、お兄様も時々お父様と陛下の話にまざり、なぜかパーシバル殿下だけがおきざりです。
パーシバル殿下は(バカですが)自信にあふれており、(女の空涙一つにだまされますが)正義感が強く、(立場と状況まで頭のまわらない浅慮さですけど)決断力もあって、こういった会食は何度かありましたが、それなりに会話を楽しむくらいの社交性はある方です。
なのに、はて、今日はだんまりで食事もあまり進んでおられない。
いったい何があったのでしょう。わたしから聞くのもなんですから、ちら、とお兄様に目配せしました。これで伝わってくれるお兄様、大好きですよ。口に出したら場をわきまえずに抱きしめてきそうなので出しませんけど。
なんせ、婚約が無かったことになった日には目にいっぱいの涙を溜めて抱き締められましたからね。あまりお会いできる時間がなかったのに兄はなぜわたしを溺愛しているのか意味不明です。
「パーシバル殿下? お食事がすすまないようですが、いかがなされました?」
兄は階級的には随分下の官僚ですが、今日はフォレスト侯爵家の長男として呼ばれています。殿下にお声がけしても失礼ではありません。
「いや……、あの、すまないナターシャ。よければ食事の後、……サロンでお茶でもいかがだろうか?」
今、すまないと言いました? しかも食事の後サロンでお茶……、陛下と王妃様のお顔を見ると、困ったように笑って受けてほしいと目でうったえてきます。
お父様たちの方をちら、と見て……あー悩ましいですね。
身分的には陛下が目でお願いしているからには受けた方がいいんでしょうけど、家族みんなが「これ以上うちのナターシャになんの用だ?」と微笑みの下からパーシバル殿下にプレッシャーをかけています。
背後に獅子の幻影がみえそうです。陛下も王妃様も状況はわかっているのでお口添えはされませんが……まぁわたしは王家とフォレスト侯爵家の仲直りにきているのでね。王妃様とお母様とサロンでお茶よりはおもしろい展開になりそうですし。
「かしこまりました。ですが、ふたりきりというのは避けたいんですの。扉は開けておいてかまいませんよね?」
「も、もちろん! ありがとう、ナターシャ。招待に応じてくれて感謝する……!」
おや? 殿下の顔色が随分よくなりましたね。さて……、公衆の面前でこきおろされて婚約破棄を宣言をされたわたしにいったい何の御用でしょう。