19 ナターシャ・フォレストからの卒業
はい、あっという間に結婚式です。
いや~、早かったですね。なんせ婚約を了承した時にはすでに、陛下とお父様の間では婚約の書類にサインをするだけになっておりました。
交際期間1ヶ月、妥当な判断だとは思いましたが、わたしはアルフォンス殿下には一生掌の上で転がされる気がします。
じと、っとした目で王城に戻ってからアルフォンス殿下を見上げましたが、嬉しそうに笑って見つめ返されたら何も言えないじゃないですか! きれいな顔しやがって! ばーかばーか!
……取り乱しました。アルフォンス殿下は何というのでしょうね、とても賢く聡くいらっしゃるのですが、あえて言うならば……わたしバカなんですよね。
一途なのはこの1ヶ月で耳にタコが出来るほど聞かされました。わたしはお菓子が好きですが、こんなに歯が溶けそうになるほど甘いお菓子は食べたことがありません。よく、歯が浮く、とは言いますが、歯が溶けます。
そうそう、お菓子といえば、ちょっとトラウマになってマカロンを避けていたんです。そうしたらなんと、アルフォンス殿下のお手作りのマカロンをいただきました。一緒に庭でお茶にしたんですが、まさか殿下にこんな特技があったとは……おかげでまた美味しくマカロンが食べられます。
お互い、帝王学やら王太子妃教育やらをひと通り受けたのですが、特に問題なく3ヶ月ほどの時間が過ぎた頃には秋になり……えぇ、まぁ、問題なしという事で季節柄もよろしいので結婚式となりました。
秋は社交シーズンで各地から王都に貴族が集まっているというのもありましたしね。王太子と王太子妃の結婚式のためだけにわざわざ人を各地から集めることもありません。
わたしたちの結婚式のおかげで、だいぶ経済効果もあったようです。王都はもちろん潤いましたし、新しいドレスを仕立てる方も大勢いましたので、布地や糸、染料を扱っている地方にもだいぶお金がまわりました。いい事です。
鏡に映るわたしは、ちょっと前まで制服を着て、常に気を張っていたわたしとは思えません。
見た目にもそれは気を遣っていましたが、なんというか、表情が違うように思います。わたしはもう、誰かを守り誰かのために嫁ぐナターシャ・フォレストではなく、愛する人に見染められて望まれて嫁ぐナターシャという女になっています。
わたしの花嫁姿を一目先に見るためにお父様とお母様、お兄様が控え室にいらっしゃいました。嬉しくて、微笑んで出迎えたわたしを見て兄は号泣、行くなナターシャ! などと言っておりましたが、お母様もお父様も目頭を熱くしていらしたのは分かりました。
「お父様、お母様、お兄様。わたしは今日、ナターシャ・フォレストではなくなります。ですが、……とても過密スケジュールで時には嫌になることもありましたが、おかげで本当に好きな方のお役に立てる娘になったと思います。今までお世話になりました」
パーシバル殿下の面倒を見る為、そして将来は守る為に、さまざまな教育と訓練をこなしてきました。おかげで、どこに出しても恥ずかしくない娘になったと自負しております。
この国の未来も憂えることはありません。わたしがしっかり支えれば、アルフォンス様はわたしの手を引いて一緒にこの国を素晴らしい国へとしてくれるはずです。
まだ陛下も王妃様も健在ですからね、今はまだ補佐ということで。きっと実地で学ぶことも多いでしょう。
お母様とまだ泣いているお兄様は、先に式場に戻られました。きっとお兄様の泣き声はパイプオルガンと張り合うことになるでしょうね。
微笑むお父様の腕を取り、わたしは式場へ向かいます。
心は軽いです。守るための存在だったわたしを、守ってくれると言いました。
アルフォンス様はわたしを守ってくれます。
だから、お父様。
「わたしは今日で、ナターシャ・フォレストを卒業します」
「それでもお前は私の娘だ。だが、送り出そう」
式場の扉の前でお父様と言葉を交わします。
光あふれる教会の扉が開かれました。
バージンロードの先には、今日は白い正装のアルフォンス様がいます。ちょっと似合わないのでは、と思いましたが美形は何を着ても美形だと思い知らされました。
来賓の方々の間をゆっくりと進み、お父様の腕から離れ、アルフォンス様の腕に手を乗せます。
どこか影のあった青の瞳は、その影も飲み込んで、今は陽の光の下が似合うようになっていました。
これからの生涯、わたしから逃げられると思わないでくださいませ、アルフォンス様。わたしは、あなたをひとりにしませんからね。




