16 アルフォンス殿下との婚約
保守派全体と、中立派の中からいくつかの貴族がアルフォンス殿下の後ろ盾につくことを表明し、王宮は落ち着きをみせています。
改革派の中ではなかなか力を持っていたカルティエ伯爵は、宰相であり侯爵家の娘であるわたし、及びフォレスト家全体に対する殺人未遂により……まぁ残念な末路を辿りました。言及はさけましょう。
アルフォンス殿下がいなければ、本当に死人に口無し状態になっていたと思うと、詰めが甘かったとも言い切れないのが何とも言えません。
ですが、思ったのです。あれは偶然では無かったのではないでしょうか。
王位継承権第一位のパーシバル殿下の婚約者であることで、わたしは逆にその肩書に守られていた側面もあります。傀儡に使おうと思っていたバカ王子の身の回りに不穏なことがあれば、パーシバル殿下だって頭を使いはじめます。たぶん。
だからわたしに手を出せなかった、婚約がなくなるまで。そして婚約者ではなくなったわたしの半分くらい(わたしの過密スケジュールを考えたら高い評価です)、カルティエ伯爵令嬢が頭がよければ婚約者におさまれたはずです。
しかし、陛下の名前すら言えなかった。婚約者になりえなかった。
そうなると、学園でパーシバル殿下と親しくしていた自分の娘以外……つまりは保守派から新たな婚約者を選ぶ流れになります。
わたしとの復縁、それが外から見た時一番高い可能性だったのではないでしょうか。
そして、王家とフォレスト侯爵家の仲は悪くなっていないと示す晩餐会。これは少し調べれば誰でもわかりますし、我が家も家紋入りの馬車で王宮に向かいました。
その翌日のできごとだと考えると、アルフォンス殿下は、ある程度我が家に危機がおとずれるのを見越していた可能性があります。
と、一緒に王宮の庭園を散歩しながらななめ上にある少し影のある綺麗な顔を眺めながら考えていました。
「何かついてるか? ナターシャ」
「いえ、きれいなお顔だけです、殿下」
少し目を丸くしてから、ふっ、と吹き出すその表情まできれいです。
いやぁ……、わたし、この方とお付き合いしているんですね。ふしぎな感覚です。夢でもみているんでしょうか。
わたしは過密スケジュールではないにしても、再び訓練や勉強をはじめました。アルフォンス殿下の隣に立つには、わたしは衰えてはいけないと思ったからです。
この美しくも影のある殿下の頭のキレと、影で行われていた努力はわたしよりも過密スケジュールでした。それはそうです、舞台裏にいる人の方がなんだかんだ全体を見渡して補強する、穴を埋める、なんでもできなきゃいけないものです。わたしは己の慢心を蹴り飛ばし、隣の人に恥ずかしくない人になりたいと思いました。
今度は守るためではありません。支え合うためです。
そう思えたのも、アルフォンス殿下の熱烈な……えぇ、基本的に熱烈に愛されてます、わたし。今も手を握って離してくれませんしね。わたしも離す気はないんですが。
そうして連れられてきたのは、王宮の裏庭……つまり王族の方しか立ち入りを許されない、アルフォンス殿下の秘密の訓練場所でした。
「……すてきですね」
「あぁ。私しか使わなかったからな、野の花ばかりだが……悪くないだろう?」
「えぇ。ここで、アルフォンス殿下は頑張っていらしたんですね」
「そうだな。……きみを守れてよかった、ナターシャ」
そう言って、アルフォンス殿下の顔が近付いてきます。
わたしはまだ慣れずにぎゅっと目を閉じてしまいます。彼は額や頰に唇を落とし、空いた片手でわたしの頭を撫でて、もういいよ、とばかりに伝えてきます。
交際をはじめて1ヶ月、わたしたちは口付けも交わしていません。アルフォンス殿下が紳士なのか、わたしがあまりに恋愛経験がないからなのか……大事にされています。
「ナターシャ、今日はお願いがあってこの場所につれてきたんだ」
「お願い、ですか?」
アルフォンス殿下はわたしをいわゆるお姫様抱っこという形で抱き上げ、近くのわたしの顔を笑顔で見つめます。
「私と婚約してくれ、ナターシャ。私はずっと、きみの事を守る」
本当はお父様や陛下の許可を得たりしなければなりませんが、わたしはいま、それどころではありません。
わたしのことを守る。ずっと、家を、国を、パーシバル殿下を守らなければと思って人生を捧げてきたわたしです。ですが、わたしもまた守られていました。そして何より、小さい頃からわたしを見守っていてくれて、絶妙なタイミングでわたしを助けてくれて……。
もし、この先、わたしが人生を捧げるなら。
「はい、アルフォンスさま」
このひとが、いいです。




