10 スイートポイズン……いや洒落にならん
「なんの御用でしょうか、フィーナ嬢」
わたしの声は氷のように硬く冷たかったはずですが、彼女はわたしを見るなりぱっと笑顔を顔に浮かべ、次いでもうしわけなさそうに頭を下げられました。
「あのときは、ナターシャ様に大変なご無礼をはたらいてしまい、もうしわけございませんでした」
…………えぇと、すみません。この方は頭が大丈夫ですか?
もはやバカをこえてしまったとしか思えないのですが、わたしは二の句が継げません。
学園では基本的に身分は関係ないということになっています。ですので、わたしも侮辱罪をのみこんで立ち去り、王家有責の婚約破棄で話をすませました。でないとパーシバル殿下のお立場が悪くなるので。どこまでもわたしは滅私奉公したのです。
それを、いまさら、ことがすべて済んでから、そのうえ婚約を認められなかったからと、わたしに謝りに、きた?
それで済むとお思いですか、バカも休み休み言ってくださいませ、というのを忍の一文字で耐え、深呼吸します。
「バカも休み休み言ってくださいませ」
はい、これしか出ませんでしたね。
泣きそうになってますが、そんなの嘘泣きなのは女のわたしにはお見通しですよ。
彼女は手荷物の紙袋をわたしに恐る恐る差し出します。
おぉ、これは……!
いま王都で一番人気のポワール・ヘルメのマカロン! 貴族だろうと並ばなければ買えないという超人気店!
しかも箱はそうとう大きいです。ふふふ、これは中身にも期待できますね。
と、いうのを一切表情には出さずに、しかたない、というていで受け取ります。
「ナターシャ」
そこに、わたしの後ろから手荷物を覗き込むようにアルフォンス殿下がお見えになりました。
び、びっくりしたー! 心臓止まるかとおもいました!
アルフォンス殿下の美丈夫っぷりに、謝罪にきたフィーナ嬢もストロベリーブロンドとそろいの色の瞳をぽうっとさせています。あわれパーシバル殿下。
「お菓子? 食べてみていい?」
「あ……」
フィーナ嬢が何か言いかけ、その隙にアルフォンス殿下は箱を開けてマカロンを一口かじり、ご自身のハンカチに吐き出されました。
『致死量の毒でも吐き出せば』
ふと、あの言葉がよみがえります。
フィーナ嬢は顔面蒼白でガタガタと震えています。
「このお菓子、悪くなっているようだ。食べないほうがいいよ、ナターシャ」
「そ、それではわたくしはこれで!」
わたしが何か言う前に、フィーナ嬢は馬車に転げるように乗り込み去っていかれました。
さすがのわたしもサァッと身体中の血の気が引いて玄関にへたりこんでしまいます。
わたしがお菓子をバカ食いするのは、学園でもストレスが溜まればやっていた事なので周知の事実です。
それを知っていて、フィーナ嬢はわたしに毒を盛った……。まして、家族も食べていたかもしれない。アルフォンス殿下がいなければ、わたしは……。
わたしは、フォレスト侯爵家は、殺されかけた。




