第三十五話 伝説の地アステロニア
「ボルグ!やっと来たな!!」
キングラム城に到着したボルグを、ジェイドが出迎えた。
「おぉ!!生きておったかジェイド!!わっ、はっ、はっ、はっ・・・。
城を取り囲んでおった魔物どもめ!!いきなり敵が後ろから攻めて来たのに驚き、一目散に逃げて行きおったわい」
キングラム城を取り囲んでいた魔物を、王の道より進行した連合軍が蹴散らしたのだ。
火山の爆発以降、おびただしい数の魔物に取り囲まれ、ジェイドたちは援軍が来るのを待って、籠城していたのだった。
「ジェイド様、よくぞご無事で!」
遅れて駆け付けた大臣のクワが、ジェイドに挨拶をした。
「クワ大臣!あなたは確か、ネルソンに捕まったと聞いていたが、これは一体・・・」
「そうです、私もエミリア様もネルソンに捕まっておりました。だが、助けていただいたのです!ジェイド様!あなたの息子のアレン殿に!!」
「な、なんですと!?息子のアレンですと!!?」
意味が分からず、大臣は何か勘違いをしているのでは・・・。そう思ったのだが、もう一人の人物の登場で、ジェイドはそれが本当の事だと理解した。
「さよう、実に良き息子を持たれ、羨ましい限りです」
その者は漆黒のローブを纏い、ただならぬオーラを発している老人であった。
「おぉ!あなたはもしや、ガルダイン殿では?」
「やっとお目にかかれましたな。第三の勇者、マイヤの騎士殿!」
初対面でありながら、二人はまるで百年の知己を得たように、しっかりと握手を交わした。
「ジェイド!」
「エミリア!!よかった!キミも無事だったのか!!」
ジェイドとエミリアは抱き合い、お互いの喜びを分かち合った。
「ええ、わたくしもアレンに助けられました。それだけではありませんわ!
巫女様もご無事なんですよ!!」
驚くジェイドの後ろから、一人の美しい女性が歓喜の声を上げた。
「娘が!エレナが無事なのですね!!」
美しい女性はエレナの母、キングラムの女王サーナであった。
「はい、サーナ様!ただいまわたくしの息子と一緒に、こちらへ向かっております」
「なんと!アレンと?!これは一体どういう事だ?!」
まったく話について行けないジェイドは、ただ驚くばかりであった。
「わっ、はっ、はっ、はっ・・・。ジェイド、お前の息子は大した奴だ!」
「さよう!こうして我らがここに来られたのも、みんな彼のお陰だからのう」
「な、なんと・・・・し、しかし・・・」
当代の英雄である、ボルグとガルダインまでもがアレンを絶賛するのを聞き、ジェイドはただ戸惑うばかりであった。
その後、続々とキングラム城へ到着する名だたる諸侯の対応に追われ、その日は慌ただしく時間が過ぎて行った。
そして三日後に諸侯が一堂に集まり、重要な会議が開かれた。
キングラム城内の大会議室に集まったのは、キングラムからは女王のサーナ、アレンの父ジェイド、母のエミリア、大臣のクワの四名。
ソーネリアからはフラム王、大臣のアルバート、黒の賢者ガルダインの三名。
そしてドワーフの王ボルグであった。
その者たちの従者を入れると、総勢200名ほどである。
「う~~~~む。そうでしたか・・・。巫女様がドルドガの村へ・・・」
ようやく事の次第を理解したジェイドが、大きく唸って頷いた。
「これはきっと、アルモアの星のお導きに違いありませんわ」
エミリアは祈るように手を合わせた。
「しかし、驚く事ばかりだ!アレンがワシの所に来たのにも驚いたが・・・。
まさか、あの時の娘さんが、テローペの巫女様だったとは・・・」
ボルグはあまりの奇遇に、エミリアと同じく何かの意志が働いたのではないかと、疑っている。
そんなボルグに、ジェイドが尋ねた。
「しかしボルグよ!よくアレンだと分かったな?」
「うむ!ワシも最初は分からなかったのだが、きっかけはイリヤの涙だよ。
ところで、あのイリヤの涙は一体何をする物なのだ?もう、教えてくれてもよいのではないか?」
マイヤの騎士である証のイリヤの涙が、一体どういう物なのか、ボルグは以前から気になっていたのである。
「うむ。あれは嘆きの塔の鍵なのだよ」
ジェイドはあっさりと秘密を教えてくれた。
「嘆きの塔?!」
集まる諸侯が一斉に尋ねた。
そして、その疑問に答えたのはエミリアだった。
「ええ、アステロニアには二つの塔が聳え立っています。
お城の西に見えるのが、暗黒の塔・・・。ここは伝説の魔王、ギーガが封印された塔です。そして、東に見えるのが嘆きの塔です。この塔にはアルモア王の妻、イリヤ王妃が祭られております」
「イリヤ王妃とは・・・。魔王の呪いで石にされた御方ですな?」
フラム王がエミリアに尋ねた。
「ええ、そうです・・・。
谷から吹き付ける風が塔に当たって発する“もがり笛”が、とても悲しい叫び声に聞こえるため、人々は、これはイリヤ王妃がアルモア王を想う気持ちに違いない・・・と。そしていつの日からか、嘆きの塔と呼ばれるようになったのです・・・。」
「そして、この塔にはネルソンが奪おうとしている、ゾルドの魔法書があるのです」
ジェイドがエミリアの説明に補足した。
「な、なんですと!!?」
一同は驚きの声を上げた。
「で、では!我々を助けるために渡したイリヤの涙で、ネルソンはすでにゾルドの魔法を手に入れてしまったのでは?」
大臣のクワが、慌てて尋ねた。
「だとすれば、これは厄介な事になりますな・・・・」
ガルダインも難しい顔で考え込んでいる。
ところがエミリアは、そんな諸侯に淡々と話した。
「いいえ、ご心配にはおよびません。ネルソンはゾルドの魔法書を見つけても、どうする事も出来ないはずです・・・・」
「なんと!魔法書を見つけても、どうする事も出来ないですと?」
ガルダインが驚いて聞き返した。
「そうです。ネルソンだけではありません。ゾルドの魔法はもう、誰にも手に入れる事が出来ないのです」
「それに・・・・。たとえ手に入れる事が出来たとしても、奴にはそれを使う事は出来ません・・・」
ジェイドもエミリアと同じく、きっぱりと言い切った。
「なんと、ネルソンには使えないと申されるのですか?」
フラム王は、驚きと安堵の入り混じった複雑な表情で聞き直した。
「そうです。ゾルドの魔法は、もう既に無くなったのに等しいのです。
そうとも知らず、今頃奴は必死になって魔法書を探していることでしょう」
ジェイドは笑みを浮かべてそう説明した。
話が一区切り付いたのを見計らい、今度は女王のサーナが口を開いた。
「ところで、先ほど娘は記憶を失っていたと言われましたが・・・」
エレナの母が心配そうに尋ねた。
「ご安心ください、サーナ様。今はもうすっかり治っておられます」
サーナに気遣って、エミリアはにこやかに答えた。
「そうですか・・・・。でも・・・・・・。それはあの子にとって、本当に良かったのでしょうか・・・・」
「えっ?」
エミリアはサーナの言っている意味が分からず、不敬とは思いながら、つい聞き直してしまった。しかしサーナはそんな事は気に掛けず、言葉を続ける。
「そのまま、記憶が戻らない方が、あの子にとっては幸せだったのでは・・・・」
「そ、それは・・・・・・」
エミリアはテローペの巫女の定めを思い出し、言葉に詰まった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
他の者たちも、娘を思う母親の気持ちを察し、言葉を無くしてしまった。
だが、ここにその事実を知らない者が一人いた・・・・。
「お、おい!みんなどうしちまったんだ?急に深刻な顔になっちまって!!病気が治ったんだ、良かったに決まっているではないか!!」
ボルグの言葉に、サーナは暗い面持ちで、黙ってしまった。
ドワーフの王ボルグは、ハマンの魔法の事を知らなかったのだ。
そしてボルグは話を続けた。
「それと、あの二人がここへ来る前に、話しておきたい事があるのだが・・・。
魔王との決戦の前に、こういった話は、まだするべきでは無いかもしれないが・・・」
そう前置きし、アレンとエレナの事を話し出した。
「実は、ワシはあの二人に約束したのだ!
魔王を打ち倒し、再び平和が戻た時、お前たちの結婚式を派手にやろうってな!!」
「えっ!!!」
「うん?みんな、何を驚いておるのだ?あの二人を見て、気づかなかったのか?
だから、このワシの顔を立てて、ぜひ、この話を承諾して欲しいのだ!!」
「サーナ様、いかかであろう?」
一気にそう言うと、サーナに承諾を求めた。
「ボルグ様・・・・」
返事に困っているサーナを見て、ジェイドがボルグをたしなめようと声を掛けた。
「ボルグ!!」
「嫌とは言わせないぞ、ジェイド!!お前は知らんだろうが、あの二人はお互い愛し合っておるのだからな!!」
邪魔はさせじとばかり、ボルグは先に言い放った。
「あの子が巫女様を・・・・」
エミリアはその事実を初めて知り、すっかり驚いている。
さらにボルグは強硬に押し切ろうと、一気に畳みかけた。
「お似合いのカップルじゃないか!まさか、今更格式がどうとか・・・・」
言葉を続けようとするボルグに、ジェイドは慌てて問いただした。
「ボルグ、お前・・・。巫女様の宿命を知らなかったのか?」
驚いた顔で尋ねるジェイドに違和感を覚えたのか、ボルグは少し戸惑いながら答えた。
「何だそりゃ!?まさか巫女様は一生結婚出来ないとでも言うのではないだろうな?それならサーナ様はエレナ様を・・・・。いや、たとえそうだとしても、魔王を倒してしまえば、もうあの御方が巫女でいる必要は無くなるではないか!!」
ボルグの言葉を聞き、サーナは泣いていた・・・。
それに気づいたボルグは、自分は何かとんでもない事を言ってしまったのではないかと、急に怖くなり、狼狽え始めた。
そんなボルグに、ジェイドは諭すように話した。
「ボルグ・・・。 魔王を倒した時は・・・。巫女様も亡くなるのだよ・・・・」
「な、な、な、なんだと!!?亡くなるだと!!?ど、どういう事だ!!」
ボルグは一瞬で血の気が引き、目の前が真っ暗になった。
「ハマンの魔法とは・・・・。我が命と引き換えに、相手の命を奪う差し違えの魔法なのじゃよ・・・・」
ガルダインが静かに答えた。
「そ、そんな・・・・・・。そ、その事を巫女様ご自身はご存知なのか?!」
「知っておられる。それを覚悟で、巫女になられたのだ」
ジェイドが断腸の思いで答えた。
「で、では!アレンは!!?あいつはその事を知っているのか?!」
「・・・・・・・・・・・・・」
誰も答える者はいなかった。
「うおーーーーーーーーーっ!!!!くそっ!!
こんな、こんなむごい話があってよいのか!!!」
ボルグはやり場のない怒りで、気が狂ってしまいそうになった。
そんなボルグに、サーナは静かに話しかけた。
「ボルグ様・・・。あの子は、とても意志の強い子でした。もし、記憶を失っていなければ、きっと戒律を守っていたでしょう・・・」
「戒律?」
戒律とは一体・・・。ボルグは冷静になってサーナに尋ねた。
「巫女の間は、だれも愛してはならないという決まりです。だけど、わたくしは、これでよかったと思います」
「あの子も年頃の娘です。普通の娘の様に、素敵な恋をする事ができたのですから・・・。
恐らく、あの子はハマンの魔法の事を、愛する人には話してはいないでしょう」
サーナの言葉に、エミリアも頷いた。
「わたくしも、そう思います。もし、その事を知ったら・・・・。アレンは巫女様をここへは来させないでしょうから・・・・」
「ですから・・・・。あの子の気持ちを察して、ハマンの魔法の事は黙っていてください。お願いします」
サーナはそう言って、ボルグに頭を下げた。
「くっ・・・・・。ワシの口から、そんなむごい事を言える訳がない・・・・。
くそっ!!あの二人に合わせる顔がないわい!!うお~~~~っ!!」
ボルグの泣き声が、静まり返った会議室に響き渡った。
「大きな門だな・・・・」
「この門を見ただけで、どれだけすげえ力を持っていたか分かるよな・・・」
アレンとネイルは王の道の前に立ち、開け放たれた巨大な門を見上げていた。
王の道は、アステロニアとドリガンの国境を縦断する山脈を突き破って作られた、全長7キロメートルに及ぶ貿易路であった。
誰もが驚く巨大な門は、キングラムの威厳を見せるために作られた、力の象徴でもあったのだ。
遅れて来たエレナとリサが合流し、四人は門をくぐって中へ入った。
美しい石畳の敷かれた道幅50メートルの大きな道が、7キロメートル先のアステロニアの森まで、延々と続いている。
道の両脇には、見たこともない巨大な柱が等間隔で立ち並び、さらに500メートルおきに、歴代のキングラム王の巨大な石像が、威厳を放って立っていた。
周りの作りがどれも大きいため、感覚が麻痺してしまいそうだ。
巨像の足の指の間からひょっこりリサが顔を出したときは、びっくりしてズッコケそうになってしまった。
この道を通れば、キングラムに敵対しようと考える者は、まずいないであろう。
そんな強大な力を持つキングラムが、領土を手放し、なぜ王の道を封印してアステロニアへ引きこもったのか・・・。アレンはそんな事を考えながら、まだ見ぬおとぎ話の世界、伝説の地アステロニアへ思いを馳せるのだった。
王の道を抜けると、目の前には美しいアステロニアの森が広がっている。
木々の間に美しい花々が咲き誇り、清らかな水がサラサラと流れるその森は、偉大な賢者たちの散策の場として長年愛されてきた所だ。
その森を抜けると、目の前には広大な平野が広がり、アレンたちの視界の中に巨大な建物が三つ飛び込んできた。
その内の一つ、中央に見える巨大な美しい城・・・。それはキングラム城であった。
ソーネリアの地に存在する、どの城よりも巨大で美しい城であった。
そしてその城の右には、白く美しい立派な塔がそびえ立っている。
その塔の名は”嘆きの塔”と言うらしい。
アルモア王の愛する妻、イリヤを祭っている塔だと、エレナは教えてくれた。
そして城の左にそびえる巨大な黒い塔・・・。
遠くから見ただけでも、その異様な姿に恐怖を覚える。
これこそが魔王ギーガを封印している、暗黒の塔であった。
よく見ると、塔の周りを黒い霧のような物質が取り巻き、大きく渦を巻いていた。
封印した当時は何もない黒い塔だったのだが、最近はどんどんその霧のような物質の量が増えているのだとエレナは言う。
「あれはきっと、魔法の元になる暗黒物質だわ!」
リサが俺たちにそう教えてくれた。
「それって、魔力の源ってことかな?」
俺の質問にリサは大きく頷き、そして恐ろしいことを言い出した。
「あれがどんどん増えたってことは、魔王の力がそれだけ強大になっているって事だわ!
もしあの暗黒物質を自分の魔力に変換できるのなら、魔王は強力な魔法を無限に使えるのかも知れないねっ!」
(ねっ!・・・って。そんな他人事みたいに言う?)
リサの説明に俺たちはちょっと固まってしまったが、とにかく城へ着いてから対策を考えようという事になった。
ボルグとジェイドは、アレンたちを迎えるために城の入り口に向かっていた。
アレンたちがアステロニアの森を抜け、城に向かっていると言う情報が城内に流れたのだ。
そして二人が城の中庭に差し掛かった時、突然ボルグが足を止めた。
見ると金色の髪を後ろで束ねた美しい女性が、中庭に咲き乱れる花の中に座り、無心に花を摘んでいたのだ。その女性が摘んだ花を、二人の若い侍女が上手に編んで、髪飾りを作っているようだった。
そして出来上がった髪飾りを女性の頭に飾ると、その女性はとても嬉しそうに立ち上がり、歌を歌いながらクルクルと舞いだした。
しばらくすると、楽しそうに舞っていた女性は草花に足を取られたのか、ヨロヨロと倒れながら地面に膝をついてしまった。
すると今度は急に膝を抱え、メソメソと泣き出してしまったのだ。
二人の侍女は慌てて女性の元へ行き、優しく声を掛けてなだめている・・・。
そして、ようやく泣き止んだ女性は、二人に支えられながら城の中へと戻って行った・・・・。
姿は成人した女性に見えるのだが、そのしぐさはまるで幼い子供であった。
その事を不思議に思ったボルグは、ジェイドにその女性の事を尋ねてみた。
「あのお方は、サーナ様の後にテローペの巫女になられたイディア様だ」
「えっ?あのお方がテローペの巫女だと?」
「ああ!」
そう言うと、ジェイドはボルグに事情を説明した。
サーナがテローペの巫女としての任期を全うした後、次の巫女に選ばれたのが、あの金髪の女性イディアであった。
イディアが巫女に任命された後、サーナはキングラムの女王となり、結婚してエレナを授かった。
テローペの巫女は王位継承者となるため、サーナは一代だけの女王である。
イディアが次の女王になれば、自分と娘のエレナは元の貴族に戻れるので、サーナはその日が来るのを楽しみにしていた。
ところがエレナが16歳になる頃、魔王が復活するのではないかという、暗い噂が流れ始めたのだ。
やがてそれらしき兆候が徐々に表れ始めた頃、イディアはテローペの巫女と言う重圧に耐えられなくなり、徐々に心の病に侵されて行った。
そして魔王の復活が真実味をおびてきた時、イディアは今の様な哀れな女性になってしまったのだ。
魔王が復活するかも知れないという重大な局面で、テローペの巫女がその役割を果たせなくなってしまった事に焦った司祭たちは、無情にもエレナに白羽の矢を立てたのである。
巫女になる資格があるのは、キングラムの王位を継承する資格を持つ貴族の内、16歳~22歳までの娘の中から、最も優れた者が選ばれるのであった。
この事にサーナは深く悲しみ、心を痛めたが、女王という立場である以上、国を守らなくてはならなかった。そして母の立場をよく理解していたエレナは、母を苦しみから救うために、自分が巫女になる事を決心したのである。
「何という事だ!」
ボルグはやり場のない怒りで、身体が震えた。
「だからボルグよ!これで終わらせなければならないのだ!!
この負の連鎖を、私たちの手で打ち砕かなければ!!」
「そうだ!ワシはたとえこの身を八つ裂きにされようとも、必ず魔王を倒して見せるぞ!」
ジェイドの言葉に、ボルグは力強く答えた。




