第三十四話 反撃
夜明けとともに、俺たちはドリガンが使った通路を探した。
町の中をくまなく探したが、残念ながらここでは手掛かりを見つける事が出来なかった。
目立たぬように、しかも2万もの大軍を動かすことが出来る場所・・・となると。
逆に考えると、こちらからドリガンへ攻めるための通路を作るのなら・・・・。
俺はエレナに、この辺りに洞窟が無いか尋ねた。すると海岸沿いの岩山に、いくつか天然の洞窟があると言う。
俺たちはエレナの案内で、家の中の隠し通路から地下道を通って海へと出た。
そこにはエレナが船で脱出したと思われる入り江があり、そこから海岸沿いに進んで行くと、思った通りシダの生い茂った岩山に、草で隠された洞窟の入り口を発見した。
「ここで間違いねえな・・・」
ネイルのお墨付きが出た。
ここから先は敵の要塞みたいなもの。俺たちは携帯ランプを使わず、発光石の小さな灯りで足元だけを照らし、暗闇の洞窟の中を慎重に進んでいった。
深い闇に包まれた洞窟を手探りで進むと、ツタで覆われた小さな隠し部屋に出た。そこには机が一つと椅子が4脚。そして鉄の扉があった。
扉には鍵がかかっているが、よく見ると壁にスイッチが2つある。右のスイッチと左のスイッチ、恐らくどちらか一つは罠だろう。
「俺、こういうのはいつもダメな方を選んでしまうから、ネイル・・・・」
プチッ!
「え~~~っ?!」
アレンがネイルに選択してもらおうと話していた隙に、リサが無造作に右のスイッチを押した。
するとガシャン!と、鉄の扉の開く音が・・・。
(こ、こういうのは迷うとダメなのか?)
アレンがドギマギしていると・・・。
「あっ!だ、ダメよリサ!! そっちのスイッチを押しちゃ!!」
さも当たり前のような顔をして、もう一つの左のスイッチも押そうとするリサを、慌ててエレナが止めていた。
扉を開けて中を見たが、人の居る気配は全く無かった。
まさか攻め込むために作った通路を、今度は逆に攻め込まれるなどとは思ってもいないのだろう。完全に無防備の状態であった。
俺たちは長い地下通路を先へ進んだ。
人が4列で進める程度の道幅だが、それでもよくこれだけの道を作ったものだ。一体どれだけの時間と労力を費やしたのか・・・。
俺たちは回復魔法を駆使し、三日間昼も夜も走り続けた。そして4日目の朝、単調な通路に変化が起きた。
石畳みの敷かれた、大きく開けた場所に出たのだ。
「おい、これ牢獄じゃねえか!」
見ると頑強な鉄格子の檻の中に、50人ほどの人が閉じ込められていた。
周りに警戒しながら牢屋に近づくと、檻の中の囚人が声を掛けてきた。
「や!キ、キミ達は!!いったいどうやってここへ来たんだ?」
驚く囚人に、アレンは静かに問いかけた。
「あなた達は一体、どうしてここへ?」
「俺たちはポコの村の者だ。ネルソンに雇われて、ここでトンネルを掘らされていたんだ!」
「鉱山の仕事じゃなかったんだな?!」
「そうだ。1つ目のトンネルが開通した後、今度は別の所を掘らされていたんだが・・・。何でも、もうトンネルは必要なくなったらしく、急に作業が中止になり、そしてここに閉じ込められてしまったんだよ」
「そうか!テローペの町へ道を通した後、次はキングラムへ向かって掘らされていたんだな」
「ところが王の道の封印が解け、もうここを掘る必要がなくなったと言う訳か・・・」
アレンの推測に、ネイルが肯定した。
「じゃあ、ここに閉じ込められたのは、口封じのため・・・」
「ひど~い!絶対に許せない!!」
アレンの言葉に、リサが激怒した。
牢獄の奥からその様子を窺っていたもう一人の男が、アレンたちが味方だと気づいたらしく、急いで鉄格子へ走り寄り、アレンに話しかけてきた。
「この奥にも牢獄があるんだ!そこにはテローペの町の人たちも捕まっている。頼む、俺たちをここから出してくれ!」
「何だって!?テローペの町の人も捕まっているのか?!」
アレンは咄嗟にエレナを見た。
エレナは大きな目を見開き、手を組んで祈るような仕草でアレンに頷いた。
「よし!分かった!!俺たちが必ず助けてあげるから、もう少しだけ我慢してくれ」
村人たちを安心させると、アレンたちは急ぎ先へ進んだ。
長い通路を曲がった所に、さらに大きな牢獄があった。
ポコの村人の言っていた牢獄に違いない。薄暗くて中はよく見えないが、エレナが急いで中を確認した。
「クワさん?大臣のクワさんでは?!」
突然の呼びかけに、牢獄の中で疲弊して寝そべっていた者たちは、飛び上がらんばかりに驚いている。
中でも名前を呼ばれた本人は、大慌てて飛び起きた。
「そ、そのお声は!!ま、まさか、巫女様!!?」
大臣の叫びに、中にいた200名ほどの兵士も、一斉に鉄格子の前に駆け寄ってきた。
「おお!巫女様!!巫女様ではありませんか!!!み、巫女様、よくぞご無事で!」
エレナの顔を見るなり、大臣のクワはおいおいと泣き出した。
「クワさん、クワさん、今は泣いている場合ではありません、どうか気を確かに」
エレナに諭され、大臣はよろよろと立ち上がった。
「それにしても、これは一体・・・。どうして巫女様がここへ?」
「今は詳しい事を話している時間はありません。早くネルソンの企てを阻止しなくては!!」
エレナは大臣の問いには答えず、時間が無いことを説明しようとした時・・・。
「おい、おっさん!ここの牢獄の鍵はどうやって開けるんだ?」
ネイルが単刀直入に質問した。
「お、おっさん?!」
「巫女様、この者達は一体何者ですか?」
どう見てもヤバイ輩にしか見えないネイルに驚き、大臣はエレナに素性を尋ねた。
「わたくしを守ってくれている仲間です」
「この子はリサ、ガルダイン殿のお孫さんです」
「ハロ~!」
エレナに紹介されたリサは、挙手して元気に答えた。
「な、なんと!!あのガルダイン様の?!」
「そしてムチを持っているのが蛇使いのネイル。世界最強のトレジャーハンターよ」
「へっ、へっ、へっ・・・。巫女様のボディガード代は、後でたっぷり頂くぜ!」
エレナの仲間の紹介に、囚われている者たちは、みなビックリしている。
そんな者たちに、エレナはアレンを紹介した。
「そして、アレン・・・・。彼はジェイド殿の息子です」
「ええ~~~~~っ!!!?」
「な、なんと!!ジェイド様の?!!
こ、これは、まるで夢を見ているようです!!」
目を白黒させている大臣と兵士たちに、アレンは急いで訪ねた。
「母さんは!オレの母さんは無事なのですか?!」
「ご安心ください、アレン様。エミリア様は、この奥の牢獄におります」
母の無事を聞いて安堵したアレンは、思わず熱いものが胸にこみ上げ、涙が出そうになるのを必死で堪えた。それと同時に、母親を牢獄に閉じ込めた相手に対し、激しい怒りが込み上げてくる。
「よし!じゃあ牢獄の鍵がどこにあるのか教えてくれ。急がねえと時間がねえんだ!」
アレンの母親が無事だと聞き、安心したネイルはすぐさま本題に入った。
「おお、そうでしたな!鍵はグローと言う者が持っております」
「なに!また、あの野郎が絡んでやがるのか?」
ネイルはチッ!と舌打ちしたが、アレンはすぐさま行動に移した。
「よし、行こう!!」
「この先にいる警備兵は、鋼鉄の鎧で武装しています。気を付けて下さい!!」
「アレン様!巫女様をお頼みしますぞ!!」
走り出したアレンたちに、大臣たちは必死に声援を送った。
牢獄からおよそ200メートル先へ進むと、そこから先は警備兵が通路を守っていた。
恐らく敵の中枢に近づいた証拠だろう。
警備兵は分厚い鋼鉄の鎧で武装しているが、アレンたちにとっては何の障害にもならない。
次々とリサのドレインで体力を吸い取られ、ただの鉄くずのように崩れ落ちてゆく。
20名の警備兵を倒し、最奥の扉を開けた。
ちょうどその頃、グローは兵士百名ほどを引き連れ、アレンの母エミリアの入れられた牢獄の前に立っていた。
牢獄の中には女や子供たちが閉じ込められていたが、グローの姿を見るなり、みな悲鳴を上げて一斉にエミリアに縋りついた。
「何をしに来たのです!この者たちに乱暴を働くと許しませんよ!!」
エミリアは矢面に立ち、居並ぶグローたちを一括した。
「ぐふふ・・・。用があるのはあんただよ、さあ、俺達と一緒に来てもらおうか」
グローはそう言うと、部下に命じて牢獄からエミリアを連れ出した。
エミリアを慕っていた者たちは、頼るべき人を奪われ、みな恐怖で泣き叫んでいる。
「何をするのです!わたくしに無礼を働くと、許しませんよ!」
兵士に掴まれた腕を振りほどこうとするエミリアの前に、隊長のグローと副隊長のディックとパットが進み出た。
「勘違いしてもらっちゃ困る」
「そうさ!俺達は、あんたを息子に会わせてやろうと言っているんだぜ!」
グローはエミリアの前に立つと、ニヤニヤと笑いながらそう言い、ディックとパットもそれに追従した。
「わ、わたくしの息子?!アレンに? あ、あなた達!い、いったい!」
「一体わたくしの息子に何を!!」
「何を・・・・って、まるで俺達が、あんたの息子に何かひどい事をしたみたいに・・・」
ディックが少し怒った顔してエミリアを睨んだ。
「ひどい目にあわされたのは、俺達の方だぜ!ね、隊長!」
パットがそうだ!そうだ!と頷き、隊長のグローに同意を求めた。
「お、おう!!オ、オレ様はもう少しで死ぬところだったんだぜ!!
氷の川に落ちるわ、尻を火傷するわ、魔物に襲われるわ・・・」
グローは憤慨して文句を並べたが、居並ぶ部下たちの視線に気づいたのか、慌てて話を元に戻した。
「そ、そんな事はどうでもいいんだ!!いいか、今からお前を息子に会わせてやる!
息子に会ったら、俺達にイリヤの涙を渡すように言うんだ!」
「イリヤの涙を!?」
「そうだ!お前の命と引き換えに、イリヤの涙をもらうのよ!」
「・・・・・・・・・・」
グローがエミリアに要件を突き付けていた時、一人の兵士が飛び込んできた。
「た、た、た、大変です!!て、敵が侵入して来ました!!
警備兵は全滅!我らの部隊も壊滅寸前です!!」
「なに?敵が襲って来ただと?!」
「敵の数は?!」
グローとディックが急いで質問すると、猛烈な勢いで飛び込んできた兵士は、急にばつが悪そうに、もじもじしながら答えた。
「そ、それが、その・・・。子供を含めて四人です・・・。」
「な、なに!?」
「や、奴ら、もうこの通路を発見したのか?!」
てっきり怒鳴りつけられると思い込んでいた兵士は、グローとパットの言葉にきょとんとしている。
「ちょうどいい、こちらから探す手間が省けたぜ!
計画通り、例の場所で待ち伏せするぞ!!」
「へっ、へっ、へっ。さすがのあいつらでも、アレが相手では・・・」
「無傷じゃおれませんよ!!」
クロー達は顔を見合わせニヤッと笑うと、エミリアを連れてアレンの元へ向かった。
警備兵らを壊滅させたアレンたちは、さらに先へと進んだが、頑丈な作りの扉の前で立ち止まっていた。
「くそ!この扉は鍵が無いと開かないぜ!!」
「グローは一体どこに・・・」
ネイルとアレンが開かない扉を諦め、さらに奥へと進んだ時、後ろから聞き覚えのある声が轟いた。
「ぐふふ・・・・。やっと来たか」
声のする方を振り向くと、そこにはグローが立っていた。
鍵の掛かった扉から続々と兵士が出てくる。その数およそ百名。
「へっ、へっ、へっ・・・。
ちょうどよかった!オレたちもてめえを探していた所だぜ!」
ネイルがグローの顔を見て、ニヤッと笑う。
「グロー!俺が”次は無い”と言ったのを覚えているか?」
剣の束に手を掛けながら、アレンが前に進んだ。
その途端に、グローの引き連れていた兵士たちが一斉に騒めき出した。
兵士の中には、ポコの村で手痛い目にあった者も多数交じっていたのだ。
不甲斐ない兵どもにイラっとなったグローは、早速奥の手を使った。
兵も兵なら、隊長も隊長。同じ穴のムジナなのだ。
「おっと!そこまでだ!!それ以上進むと大切な者を失う事になるぜ!!」
そう言うと、グローは後ろの兵士に合図を送った。
合図と同時に兵士の列が割れ、その間からディックとパットに連れられたエミリアが前に引き出された。
「母さん!!」
「アレン!!どうして、ここへ!!?」
「母さん、大丈夫かい!?怪我はないかい!?」
息子の姿を見て驚くエミリアに、アレンは心配そうに声を掛けた。
そしてもう一人・・・。
「エミリアさん!!」
「み、巫女様!!」
エミリアはエレナの姿を見た瞬間、両目から涙があふれ落ちた。
「巫女様、ご無事だったのですね!!ああ、よかった・・・。
で、でも、どうしてアレンと?」
「母さん、今は詳しい事を話している時間はないんだ」
アレンはそう言うと、グローを鋭い目で睨んだ。
「おい!グロー!!貴様、オレの母さんをどうするつもりだ!!」
「へっ、へっ、へっ・・・・。別にどうもしやしねえよ!お前が素直にイリヤの涙を俺達に渡せばな・・・」
「なに!イリヤの涙を?!」
「嫌ならいいんだぜ!その代わり、お前の母親がどうなってもいいんだな!!」
エミリアを捕らえているディックが、勝ち誇ったように言った。
「くそーーっ!汚ねえ手を使いやがって!!」
ムチを握ったネイルの手が、怒りで震えている。
「卑怯者~~~っ!!私たちと、正々堂々と戦って奪ったらどうなのさ!!」
リサもカンカンになって怒っている。
「あほっ!!そんな事が出来たら苦労するか!!絶対に勝つ自信がないから、こんな情けない事をやってんだ!!ね、隊長!」
パットがグローに同意を求めた。
「お、おめえは、少し黙ってろ!!」
さすがにこの場面ではウンとは言えないグロー。
「さあ、どうするんだ?渡すのか、渡さねえのか!?」
グローはアレンに決断を迫った。
「くそーーーっ!!」
アレンが悔しそうに歯噛みをしていると。
「アレン。この者達にイリヤの涙を渡してあげなさい」
エミリアはアレンに向かってそう言った。
「母さん・・・」
思いがけない母の言葉に驚いていると、エミリアは言葉を続けた。
「ただし、わたくしの命と引き換えではありません」
「えっ!!?」
「そりゃ、どういう意味だ!」
グローが慌てて聞き直した。
「ここの牢獄の鍵と引き換えに、イリヤの涙を渡すという事です」
エミリアの言葉に驚いたグローだったが、即座に却下した。
何故なら、ここの牢獄の鍵は共通の鍵になっており、これを渡すと全てフリーパスになってしまうのだ。エミリアはその事を熟知しており、これを条件に出したのである。
「それはダメだ!」
「そうだ、そうだ!それに、あんたはそんな事言える立場じゃないんだぞ!!」
拒否するグローと、エミリアに文句を言うパット。
「では、わたくしをこの場で殺しなさい!そして力ずくでイリヤの涙を奪ってはどうですか? テローぺの町を奪ったように!!」
毅然とした態度でエミリアは言い放った。
「くっ・・・・」
「貴様、俺達がビビッて出来ねえと思っているんじゃねえだろうな!!」
口ごもるパットと、憎々しげに答えるグローに、エミリアは平然と言ってのけた。
「いいえ、その心配なら無用です!わたくしは、誇り高きマイヤの騎士の妻です。あなた方のような汚れた者達の手にかかるくらいなら、わたくしは自らの手で命を絶ちます!」
「あなた方はご存じなのでしょ?わたくしが自滅の魔法を使える事を!
わたくしが伝説の聖魔導士ジェロム様の高弟で、あなた方の主であるネルソンは、わたくしの兄弟子であることを」
「な、なんだと!!?」
「さあ、どうするのです!?牢獄の鍵と引き換えに、イリヤの涙を手に入れるのか・・・。それとも、ここでわたくしの命を絶ち、ネルソンの所へ逃げ帰るか!!」
「ぐ、ぐっ・・・」
判断できずに口ごもるグローに向かって、エレナが叫んだ。
「いいえ!逃がしはしません!!もしエミリアさんの身に何かあれば、わたくしの弓矢が・・・」
「グロー!お前の喉を射抜きます!!」
エレナはグローに向けて弓を引き絞った。
「くっ!!」
エレナに弓矢を向けられ、狼狽えるグロー。エミリアはそのグローにとどめの一言を放った。
「グロー、よく考えなさい!手ぶらで帰ったお前を、ネルソンが黙って許すと思っているのですか?」
「な、なに!!?」
「た、隊長~~~!!」
エミリアとエレナの気迫に飲まれ、ディックとパットはオロオロと狼狽えている。
「し、しかし・・・・。こ、この牢獄の鍵は・・・」
「た、隊長!!捕虜の命より、オレ達の命の方が危険ですよ~!!」
ポコの村でエレナの弓矢の腕前を熟知しているディックは、泣きそうな声でグローに進言した。
「く・・・・。よし、分かった!その条件を呑もう!!イリヤの涙をよこせ!代わりに牢獄の鍵はくれてやる!」
勝ち目がないと悟ったグローは、渋々エミリアの条件を呑んだ。
「よし、分かった!じゃあ、イリヤの涙を渡すから、牢獄の鍵を母さんに預けろ!」
「ほらよ!」
アレンの言葉に従い、グローはエミリアに牢獄の鍵を渡した。
「よし、今からイリヤの涙を渡すから、母さんをこっちへ連れてこい」
「おい、お前が連れて行け!妙な真似をしたら、その時は遠慮なくやれ!!」
グローはディックに命令した。
「ええっ?お、俺が行くんすか?」
「ちゃんとイリヤの涙を持って来るんだぞ!!」
「は、はぁ・・・・」
ディックは嫌そうな顔をしたが、隊長の命令を聞かない訳にはいかず、渋々従った。
アレンとディックはお互いに進み、対峙する両者の中央でアレンはディックにイリヤの涙を渡した。
「ほらっ!イリヤの涙だ!」
「よし、確かに受け取った!!では、牢獄の鍵を・・・・」
ディックはエミリアに鍵を渡すように言った。
「母さん!!」
「アレン!!」
アレンは母の持つ鍵を受け取る際、その手を取って自分に引き寄せた。
アレンに引き寄せられたエミリアは、逞しくなったわが子をその場でしっかりと抱きしめ、愛おし気に頬ずりしている。
「アレン、しばらく会わないうちに随分背が高くなったのね!背伸びをしないとあなたに届かないわ!」
抱き合って再会を喜ぶ二人を、ネイルがグローたちをけん制しながら元居た場所へと引き戻して行く。
一方ディックはイリヤの涙を受け取ると、一目散にグローの元へ駆け戻った。
「隊長、これ!」
「よし!確かに!!」
グローはイリヤの涙を受け取ると、満足そうに頷いた。
そのとき母子の再会を見て、ちょっとウルウルしていたパットが、ふとある事に気づいた。
「あれ~~っ?ちょっと変だな~」
「何が変なんだ?」
グローがパットに尋ねた。
「最初はあいつの母親と、イリヤの涙を交換するって言ってましたよね?」
「そうだ!だが、予定が変わったんだ!お前も聞いていただろう?!」
「はあ、イリヤの涙は牢獄の鍵と交換になったんでしょ?」
「だから、いま交換したじゃねえか!」
「じゃあ、あいつの母親があっちにいるのは変ですよ」
パットは抱き合う親子を指さし、そう指摘した。
「おお!そりゃ、そうだ!鍵と交換だったんだからな!!」
それに気づいたグローは、エミリアに向かって大声で怒鳴った。
「こらっ!お前はこっちへ帰ってこんか!!」
「おめえ、バカじゃねえのか?一度返してもらったものを渡すわけねえだろ!!」
「あほ~~~っ!!」
グローの声に返事をしたのは、ネイルとリサであった。
「あ~~~っ!!くそ~~~っ!騙しやがったな~~~!!」
激怒したグローは、兼ねてからの計画通りに兵士に命令した。
「よ~~~し!おい、やってしまえ!!」
「はっ!」
兵士は頑丈な鋼鉄で出来た檻の横にあるスイッチを押した。
それを見たグローたちは、一目散にもと来た扉に逃げ込んで行く。
檻がガラガラと音を立てて開き、そこから巨大な二体のドラゴンが踊り出てきた。
鋭い目でアレンたちを睨みつけると。よだれを垂らして襲い掛かって来たのだ。
「エレナ!母さんを頼む!!」
そう言うとネイルと共にドラゴンへ向かって走り出した。
「あ!アレン!危ない!!」
慌てて止めようとするエミリアに、エレナは優しく声を掛けた。
「エミリアさん、大丈夫ですよ。
アレンはマイヤの騎士なのですから・・・」
言っている意味が分からず、驚いてエレナを見たエミリアは、すぐにその意味を理解した。
凶悪なドラゴンを相手に、見事な剣さばきで戦っている息子の雄姿を目にしたのだ。
巨大なドラゴンを相手に1体1で戦うアレンとネイルを、後ろからリサが強烈な炎の魔法で援護する。
さすがのドラゴンも、この三人には手も足も出なかった。
少し時間は掛かったが、一方的に倒されてしまったのだ。
目を丸くしてその様子を見ていたエミリアに、アレンは急ぎ伝える。
「母さん!俺達はグローの後を追います!母さんは、牢獄に捕らわれている人たちの救出を頼みます!!」
「分かりました!アレン、巫女様をしっかりお守りするのですよ!!」
ドリガン城の牢獄では、ラテス将軍が囚われた者たちを一瞥し、愉快そうに笑っていた。
檻の中にはソーネリアの王をはじめ、酒宴に参加していた名だたる諸侯や司令官が捕らえられていた。
「ふっ、ふっ、ふっ・・・・。さすがの猛者共も、檻の中では手も足も出せまいて」
ドワーフの王ボルグは、檻の中で横たわったまま、ラテス将軍を睨みつけていた。
(くそ!!酒の中にしびれ薬を仕込むとは、卑劣な手を使いおって)
「何か言いたそうだが、言葉に出せまい?はっ、はっ、はっ・・・。
黒の賢者も呪文が使えなければ、ただの老いぼれよ!」
牢獄を取り囲んで見ていた二百名ほどの兵士が、一斉に笑い声を上げる。
「バカの一つ覚えみたいに、攻撃魔法だけを扱う暗黒魔導師と違い、ネルソン様は薬学にも優れておられるのだ。このしびれ薬を解毒出来るのは、高位の聖魔法を習得したネルソン様だけなのだ」
ラテスは腕を組み、檻の前を一往復しながらそう言うと、取り囲んでいた兵士に目配せした。
「王の道も開通した。イリヤの涙も手に入れた・・・。ネルソン様は、もうお前たちに用はないそうだ」
「な、なんだ・・・・と・・・・」
(イリヤの涙を手に入れただと!!?そ、それではアレン達は!!)
ボルグは必死に声に出そうとするが、言葉にならなかった。
牢獄を囲んでいた兵士たちは、牢獄から50メートルほど離れた場所まで下がり、火矢を放つ準備をしている。
「城の外に陣を張っているドワーフ兵と、ソーネリアの兵に気づかれると面倒だ。さっさと始末するとするか・・・」
そう言うと、ラテス将軍は火矢を構えている兵士の所まで下がった。
「よし!火矢を放つ用意をしろ!!」
ラテス将軍が右手を上げ、合図を送ろうとした時、アレンたちが牢獄の前に現れた。
「むっ!お前たちは何者だ!!」
「お前たちの方こそ、そこで何をしている!!」
ラテス将軍の質問に、アレンは一喝した。
牢獄に囚われていた人々は、すんでの所で突然現れた四人を見て驚いているが、その者たちを知る者は、窮地に希望を見出したことだろう。
ボルグは鉄格子の所まで這ってゆき、口をパクパクさせている。
それを見たアレンは即座に状況を把握し、ボルグに向かって言葉を掛けた。
「ボルグのおじさん!もう大丈夫だよ!
俺たちが皆に代わって奴らをぶっ飛ばしてやるから、そこで見ていてください!!」
その言葉を聞き、ボルグは嬉しそうに何度も頷いた。
「はっ、はっ、はっ・・・。
何を言うのかと思えば、オレ様をぶっ飛ばすだと? ふざけおって!こんな連中に何が出来るというのだ!!見ればまだ子供もいるではないか!!貴様らのかすかな望み、このオレ様が一瞬で打ち砕いてくれる!」
ラテスは現れた者たちを見て、大笑いしている。
二百名の兵士が、今まさに火矢を放とうとしている所に、たった四人で飛び込んで来たのだ。まさに”飛んで火に入る夏の虫”とでも思ったのだろう。
「黙って聞いてりゃ、ずいぶんと舐めた事を言ってくれるじゃねえか!!
その言葉、そっくりてめえに返してやるぜ!!」
ネイルがブチ切れたのは、リサを子ども扱いした事が気に入らなかったのだ。
自分の事は棚に上げて、人に言われると頭に来るのはネイルの得意とするところであった。
「我らが邪魔をするものは、たとえ相手が女、子供といえども容赦はせん!」
「やれ!!」
ラテスは上げていた右手を振り下ろした。
その瞬間、牢獄をめがけて二百の火矢が、一斉にうなりを上げて飛んで来た。
だが信じられないことに、その矢は一本もアレンたちや、牢獄にも届くことは無かった。
その手前の空間の一点に、まるで吸い込まれるように消えて行ったのだ。
驚く兵士たちを見て、リサが腰に手を当てて、ニイッと笑った。
彼女のブラックホールの魔法は光すら飲み込むために、その存在は決して目にする事は出来ないのだ。ただ大量の煙の中でなら、姿は見えなくても、渦潮の様に回転しながら飲み込まれる様子を見る事が出来るであろう。
何が起こったのか理解できず、ポカンと口を開けている兵士に向かって、すかさずエレナがブリザードの魔法を放った。
一瞬にして半数近くの兵士が凍り付き、次々と倒れていく。
それを見たアレンとネイルが、同時に動いた。
ネイルは目の前の兵士を、手当たり次第に叩きのめしてゆく。
アレンはラテス将軍に狙いを定め、剣を抜いた。
ラテス将軍の前に二人の親衛隊が立ちふさがったが、それをアレンは一瞬で切り伏せる。
そしてラテス将軍と剣を合わせた瞬間に、いともたやすく将軍の剣をはじき飛ばした。
「ま、待て!女、子供を相手にしたとあっては、オレの名がすたる・・・。
今日の所は・・・・」
そこまで言ったところで、アレンの渾身の力で放った拳がラテス将軍の顔に炸裂した。
5メートルほど後方まで吹っ飛んだ将軍は、白目を剥いて倒れた。
鼻はくの字にへしゃげ、前歯はすべてどこかへ飛んで行ったようだ。
アレンは女の子の様なやさしい顔立ちをしているため、か弱く非力にみられるが、ドルドガの鉱山で働いていた彼は、実は怪力の持ち主なのであった。
たったの四人に壊滅させられたドリガン兵は、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
気絶しているラテス将軍は、4~5名の兵士に抱えられて王の道方面へと逃走して行った。
その直後、エミリアが牢獄に囚われていた兵士たちを伴って、応援に駆け付けた。
逃げるドリガン兵を見て、キングラムの兵士たちは悔しがったが、武器すら持っていなかったので、かえって良かったかもしれない。
すぐさま牢獄を開放したエミリアは、高度な治癒魔法で全員を治療して回った。
「ボルグ様、お加減はどうですか?楽になりましたか?」
エミリアはボルグに治療を施しながら、具合を尋ねた。
「いや、エミリアさんとは久しぶりにお会い出来たのに、こんな無様な姿をお見せするとは、面目次第もござらん」
ボルグは顔を赤くして、照れながら治療を受けていた。
「おじいちゃん!!」
リサはガルダインの姿を見つけると、もうダッシュで抱きついた。
「おお!リサ!! 見事な戦いぶりじゃったな!!さすがはワシの孫じゃ!!
お前の使った魔法は、あれはブラックホールであろう?」
ガルダインは人目もはばからず、リサを褒めちぎっている。
それを横で聞いていたネイルは、「だから、あんなわがままな娘に育つんだぜ・・・」と、聞こえないように小さな声でぼやいていた。
リサとガルダインが話している所へ、青い顔をした一人の女性が、這いつくばって近づいてきた。
不穏な気配に気づいて振り向いたリサが、驚いて飛び上がった。
何とその女性はマリー先生だったのだ。治療を受けてもまだ良くならず、とても苦しそうにしている。
「リ、リサ様、わたくしがお供をしていながら、ガルダイン様をこんな目に合わせるなんて、な、何とお詫びをしてよいか、本当に申し訳ございません・・・」
「い、いいよ!おじいちゃんも無事だったし・・・。
でも先生大丈夫? すごく具合が悪るそうだけど・・・」
「わっ、はっ、はっ、はっ・・・・。
こやつ、うわばみのように酒を飲んでおったからのぉ!」
「め、面目ございません・・・」
ガルダインに言われ、マリー先生は消え入りそうな声で謝っている。
そんな弱々しい先生の姿を初めて見たリサは、お酒は絶対に飲むまいと、心に誓うのだった。
全員の治療が終わると、アレンとエレナは、エミリアと共にフラム王の所へ挨拶に行った。
「あなた様がテローペの巫女様!?
こたびは我らを救ってくださり、何とお礼を申してよいやら・・・」
フラム王はエレナに丁寧にあいさつをした後、魔王と戦うためにキングラムの地へ立ち入る許可をもらうと、すぐさま出陣の打ち合わせのため、会議室へと戻って行った。
こうしてネルソンの陰謀から危機を逃れた連合軍は、魔王討伐のため、王の道から伝説の地、アステロニアへと向かった・・・・。
「アレン。わたくしはジェイドの事が心配なので、ガルダイン様と先にキングラムへ向かいます。あなたは一度家に帰りなさい」
「家に帰るって、母さん。ドルドガにある自分の家にかい?」
「ええ、そうよアレン。家に帰ったら、部屋にある掛け時計の裏を調べてごらんなさい」
不審そうな顔で見るアレンに、エミリアはそう伝えた。
「部屋の時計の裏?」
アレンはますます不審そうな顔で母を見たが、エミリアはニコニコと笑っているだけだ。
「ソーネリアの王とボルグ殿は、すでに王の道に向かった。リサよ、王の道にはいまだ太古の魔物が潜んでおる。くれぐれも気をつけてな」
「は~~~~い!!」
ガルダインの忠告に、リサは元気よく答えた。
それを確認すると、ガルダインはエミリアを促した。
「では、参りましょうか」
「アレン。巫女様をしっかりお守りするのよ」
「うん・・・」
こうして母たちと別れ、アレンは再び仲間と一緒に行動をする事になった。
ネイルのテレポートでドルドガの村へ戻ったアレンは、母に言われた通り家の時計の裏を調べてみた。
「あれ?こんな所にスイッチが・・・」
アレンがスイッチを押すと、部屋の隅に地下室への階段が現れ、そこにあった宝箱の中には、厳重に包装された”マイヤの剣”が納められていた。
アレンがマイヤの剣を握ると、驚くことに刀身に虹色の光沢が現れ、淡い光芒を放ちだした。
「さすがにすげえ剣だな!剣の輝きが増したってことは、おめえがマイヤの剣に認められたって証だぜ」
ネイルはそう言うと、俺の使っていたジュダの秘剣を、マイヤの剣があった宝箱に丁寧に仕舞った。
「あっ!でも、この剣は父さんが・・・・」
「いや、おめえのおふくろさんがここを教えたって事は、おめえが使えって事だよ」
「それにもしジュダの秘剣も持っていたら、マイヤの剣を取り上げられてしまうぜ!」
ネイルはそう解釈し、俺が使うのが一番だと言ってくれた。
そして用事が済んで家を出ると・・・・。
「よお!久しぶりの故郷だろう?どうだい、せっかくだから、久しぶりに二人でゆっくりデートでもしたら?」
「えっ?」
ネイルがニヤッと笑って、そんな事を言い出した。
「そう、そう。ここんとこ、ず~~っと忙しかったから、たまには息抜きしないと・・・。
それに、最近エレナ・・・。なんか、すっごく寂しそうにしているし・・・」
「そ、そんな!わたくしは別に・・・・」
リサの言葉を慌てて否定するエレナだったが、これはどうやら初めからネイルとリサが企てていた計画だったようだ。
「まあ、そう言わずに!オレ達はその間、村をぶらぶら散歩しているからよ」
「二人の思い出の場所ってあるんでしょ?そこでゆっくりお話しして、仲直りしたら?
じゃあね~!!」
そう言うと、ネイルとリサは逃げるようにどこかへ行ってしまった。
「お、おい・・・・。バカだな、気なんか使って・・・」
アレンはそう言ったが、本当はエレナとゆっくり話をしたいと思っていたところだった。
「少し歩こうか・・・」
「・・・・・・・・・」
二人は海の見える高台へ行った。
「ああ、なつかしいな!この景色、ぜんぜん変わってないね。キミと出会ったあの時のままだ・・・」
「・・・・・・・」
「は、は、は・・・。それもそうか、この村を離れてから、まだ1年も経っていないもんな・・・・」
そう言うアレンに、エレナは小さな声で答えた。
「だけど・・・・。わたくし達は、変わってしまいましたわ。今はもう、あの頃のわたくし達ではありません・・・・」
「どうしてだい?変わってなんかいないよ、俺も、キミも・・・。
少なくとも俺は・・・。俺の気持ちは今でもあの頃とちっとも変わっていないよ」
そう言うと、アレンはエレナの肩に手を掛け、はっきりと答えた。
「俺はエレナ!キミが好きだ!!」
しかしエレナは、そんなアレンに背を向けてしまった。
「俺、本当はキミの記憶が元に戻るのが、何となく怖かったんだ・・・。
記憶が戻ったら、まったく別のキミなるんじゃないかって・・・」
「だけど、今は違うよ。記憶を失っていたキミも、今のキミも同じエレナだったから・・・」
「・・・・・・・」
「エレナ・・・・。どうして無理に自分を作ろうとしているんだい?」
アレンはエレナに優しく尋ねてみた。
「わ、わたくしは別に・・・・。別に、自分を作ろうなどとしてはおりません。
ただ、わたくしはテローペの巫女です。あなたとは、身分も育ちも違うのです。
ですから・・・・」
「だから?」
「・・・・・・・・・・・・」
「記憶なんて・・・・。戻らなければよかった・・・・」
(そうすれば、ずっとあなたを愛し続けていられたのに・・・・・)
長い沈黙の後、エレナは涙を流しながら、ポツリと答えた。
「エレナ・・・・・」
「どうして?!どうしてテローペの巫女だとダメなんだい?」
「そ、それは・・・・・。それは言えません・・・・・」
「お願いだエレナ!わけを話してくれ!キミを苦しめているものは何だい!!?
俺に出来る事は何だってするよ!だって、俺は君を守るって約束したじゃないか!」
「話せない・・・・」
(話せば・・・・。私はあなたに助けを求めてしまう・・・・・。そうすれば・・・。
アレン、あなたは、きっと私にハマンの魔法を使わせない・・・・)
「エレナ・・・・」
アレンは背を向けたエレナの肩に手を掛けたが、エレナの強い意志を知ると、そっと手を離した。
「お~~~~~い!!」
ネイルとリサがこちらに向かって駆けてきた。
「そろそろ行くぜ!」
「仲直りできた?」
リサが心配そうに二人を見て尋ねた。
「う、うん。悪いなリサ、気を使わせて・・・」
アレンはエレナに悲しい思いをさせてしまった事を後悔しつつ、エレナに出発を促した。
「よし、それじゃ出発だ!!」
ネイルはそう言うと、ドリガンの街へテレポートした。




