第三十三話 エレナの苦悶
記憶を取り戻したエレナ。
彼女は悲劇の始まりを振り返った・・・・
そこにはテローペの神殿の前に立つ、アレンの父ジェイドの姿があった。
「それでは、これよりキングラムへ赴き、魔王を封印した暗黒の塔の様子を見てきます」
「ジェイド様、どうかお気を付けて・・・」
心配そうに声を掛ける神官長にジェイドは笑って答えた。
「は、は、は・・・。心配には及びませんよ。
後4~5日もすれば、ドワーフの王ボルグ殿もこちらへ到着するはず」
「おお、そうでしたな!ガルダイン様と、ネルソン様へもキングラムの使者が参っておるでしょうし・・・」
神官長は思い出したようにそう言うと、幾分不安が消えたように安堵の顔を見せた。
「うむ、キングラムの使者が派遣され、すでに二か月になる。近いうちに参られるであろう・・・・」
「エミリア。ボルグ殿が到着するまで、巫女様の事は頼んだぞ!!」
ジェイドはエミリアにそう言うと、兵士に出発の合図を送った。
「はい、あなた。どうか無理をなさらないように・・・」
見送るエミリアに、神官長が声を掛けた。
「ジェイド様たちがドルドガの村を発たれて、すでに二か月が経ちましたな。エミリア様には村に残してこられたご子息が、さぞかしご心配でしょう・・・」
「え、ええ・・・・。ボルグ様が到着されたら、わたくしはドルドガへ息子を迎えに行きたいと思っています」
「おぉ、それは良いお考え。確かお名前はアレンと申されましたな?お年も巫女様と同じぐらいだと・・・」
「ええ!」
エミリアはアレンの顔を思い浮かべ、きっと巫女様の良い話し相手になるだろうと、つい笑顔がこぼれるのだった。
「はっ、はっ、はっ・・・。いや、いや、巫女様にも良いお話し相手が出来て楽しみですな」
「ええ、早くお会いさせたいですわ・・・」
二人は笑顔でジェイドを見送るのだった。
だが、ジェイドたちがキングラムに向かった三日後に、魔王の策略によって火山が爆発。風の谷テローペは、外界から閉鎖されてしまったのだ・・・。
エレナに近況を説明するため、神官長が屋敷を訪れた。
「火山の爆発により、風の谷が閉ざされてからすでに20日が経ちました。
だが、キングラムへ向かわれたジェイド様からは、何の連絡もありませぬ」
「わたくしもジェイド殿の事が心配です。ご無事だとよいのですが・・・」
エレナが心配そうな顔で、神官長に答えた。
「巫女様、ご安心ください。今朝ここにいる兵士の半分をキングラムへ向かわせました。先発隊と合わせて3万の兵力です。ご心配には及ばぬかと・・・」
エレナの心配を軽減しようと、大臣のクワがエレナに説明したその時、兵士が慌ただしく駆け込んできた。
「クワ様!只今ドリガンの領主、ネルソン様が兵2万を連れてテローペに到着されました!!」
「なんと!!ドリガンのネルソン様が参られたと!?」
「そうか!それは何とも心強い!!巫女様!御味方が参りましたぞ!聖魔導士ネルソン様が来て下されば、ここも一安心です!」
大臣のクワと神官長は、顔を見合わせてエレナに進言した。
「わたくしは早速ネルソン様にお会いし、テローペの近況を報告いたしますので、これにて失礼いたします・・・」
そう言うと、大臣のクワと神官長は速足で出て行った。
その二人と入れ違いに、今度はエミリアがエレナの元を訪れた。
「あら巫女様。どこかへお出かけですか?」
外へ出る用意をしていたエレナに、エミリアが尋ねた。
「え、ええ・・・。先ほどネルソン殿が町に来られたようなので、ちょっと様子を見に・・・」
「えっ!?なんですって!!?」
その言葉を聞いたエミリアは、鋭い直感で危険が迫っている事を察知した。
「それは何かの間違いでは?二十日前の火山の爆発で、風の谷は完全に閉鎖されてしまっているのです。ですから、ドリガンからネルソン殿がテローペに入れる訳が・・・・」
そこまで言うと、確信したかのように二人の家臣に命令を下した。
「クロス!急いで町の様子を見てきなさい!!ネルソンがどの方角から来たのか、確かめるのです!!」
「ケープ!あなたは手勢を連れて港へ行き、用意していた船が出航出来るよう準備をするのです!急ぎなさい!!」
「エミリアさん、これは一体?」
エレナはエミリアの様子にすっかり驚いて、だだ、おろおろとするばかりであった。
「巫女様、心配はいりません。あなた様にもしもの事があれば、取り返しのつかない事に・・・。ですから、用心するのに越した事はないのです・・・」
「何しろ・・・・。もし、今ここが襲われるような事でもあれば、ひとたまりもありませんから・・・」
ガガガーーーーーーン!!!!
エミリアがエレナを安心させようと説明していたその時、大きな地響きと爆発音がした。
「巫女様、急いで隠し通路へ!!」
「エミリアさん・・・」
エレナは驚きのあまり、どうしていいのか分からなくなっていた。
「巫女様、よくお聞きください。この通路を使って急いで海へ出るのです!そして、町に異変が見られたら、すぐに船にお乗りください!」
エミリアがエレナに説明している時、家臣のケープが飛び込んできた。
「エミリア様大変です!!ネルソンが裏切りました!!奴の狙いは黙示録第三巻です!急いでここからお逃げください!!」
「巫女様、急いで!!」
「エ、エミリアさんも、一緒に・・・」
エレナは泣きそうな顔でエミリアに縋りついた。
「わたくしは、ここで時間を稼ぎます!!さあ、早く!!」
「で、でも・・・」
不安に押しつぶされてしまいそうなエレナに、エミリアは優しく諭した。
「巫女様、あなた様にもしもの事があれば、この世界は永遠に闇に閉ざされてしまうのです!さあ、急いで!!今ならまだきっと間に合いますわ!!」
「エミリアさん。エミリアさんとは、きっとまた会えますよね?」
「ええ、きっと会えますわ!ですから、今はご自分の事だけをお考えください!」
エミリアはエレナの手を握りしめてそう言うと、家臣のケープを付き添わせ、隠し通路へ送り出した。
もしもの時に備え、予め用意されていた船には、エミリアが魔法でドルドガの座標を刻印していたのだった。
エレナを見送ったエミリアは、目を瞑り祈った。
「巫女様・・・。どうか、巫女様にアルモアの星のご加護がありますように・・・・」
ここまで話すと、エレナは変わり果てた屋敷の中を見回し、そして目を閉じてうなだれた。
「味方を分断され、手薄になったテローペは、一瞬にしてネルソンに落とされてしまいました・・・」
「わたくしは、味方の兵士に助けられ、何とか船に乗ることが出来たのですが・・・」
「その後テローペがどうなったのか・・・。船の中で、燃えさかるテローペの町を見たのを最後に、それから先の事は何も覚えていないのです・・・」
「エミリアさんの事も、お母様のことも・・・・」
「母さん・・・・。くそっ!!ネルソンの奴!絶対に許さない!!」
アレンは激しい怒りで体が打ち震えた。
「ネルソンは、黙示録第三巻を手に入れるためにテローペを襲ったのね?」
「じゃあ、ネルソンの野郎は、黙示録第三巻を手に入れたんだな?」
リサとネイルはエレナに確認した。
「手に入れているはずです。この部屋にあったのですから・・・」
エレナは二人の質問に頷いた。
「ねえ、ねえ、黙示録第三巻には一体なにが書かれていたの?」
「ゾルドの魔法と、その魔法のある場所が記されています。恐らくネルソンはゾルドのある場所をすでに知っているでしょう」
「え~~~っ!大変!!あいつがゾルドの魔法を覚えたら、一大事だわ!!」
リサはエレナの返事を聞いて慌てふためいている。
「おい、ゾルドの魔法って・・・。死者を蘇らせる魔法なんだろ?なんでそんな魔法がすごいんだ?」
(えっ!今更それを聞くのか?)
アレンはちょっと驚いたが、リサが憤慨してそれに答えた。
「なに、のん気な事を言ってるのよ!ネルソンが自分の兵士にゾルドの魔法を使ったらどうなると思うのよ!」
「死を恐れぬ、無敵の軍隊が出来てしまう。ヤツは、その軍隊を使って世界を征服するつもりなんだ!!」
アレンがリサの答えの続きを補足した。
「げっ!そりゃ、まずいじゃねえか!!」
ネイルはようやく事の重大さを理解したようだ。
「あっ、そうか!あいつ、魔王も倒そうと企んでいたんだ!!だからエレナを捕まえようと・・・」
「裏で魔物と手を結び、ゾルドの魔法を手に入れたら、裏切るつもりでいやがったんだな!!汚ねえ野郎だぜ!!」
リサとネイルの意見にアレンも頷いた。間違いなくネルソンはそのつもりで事を運んでいるのだろう。
「だけど変だな・・・。ゾルドの魔法を手に入れたなら、何か行動を起こしてもおかしくないはずなのに・・・・」
アレンはその点がどうも腑に落ちなかった。
「そう言われてみれば・・・・」
「は、は~~~ん・・・。あの野郎、まだゾルドの魔法を手に入れてねえんだな・・・」
「エレナ。キミは知らないのかい?ゾルドの魔法のある場所を・・・」
アレンはエレナにそれとなく尋ねた。
「わたくしは存じません。黙示録の第三巻を手にする事が許されたのは、マイヤの騎士だけです」
「おいアレン!ひょっとして、ゾルドの魔法はキングラムにあるんじゃねえのか?」
「そうか!!それでネルソンは、おとなしく王の道の復旧作業を手伝って・・・」
俺はネイルの考えで間違いないと確信した。
「えっ!じゃ、じゃあ、王の道が通れるようになったら?」
リサが慌ててアレンに聞いた。
「きっと本性を現すさ!」
「大変!!その前におじいちゃん達に、この事を知らせなきゃ!!」
アレンの返事を聞いたリサが、大騒ぎを始めた。
「知らせるって、どうやって!?もう来た道は引き返せないんだぜ!」
「あんたテレポートの魔法が使えるじゃん!」
確かにネイルのテレポートを使えば、一瞬でドリガンまで行くことが出来る・・・はずだった。
だが魔法が発動出来たのは、キュバスと戦った洞窟へ入るまでだったのである。
あの洞窟はキングラムが要塞として使用していた所だ。恐らく侵入者を防ぐため、強力な結界を張り巡らせているのだろう。
強大な権力を誇ったキングラムなら、それぐらいの事は当然やってのけるであろう。
アレンはその事に薄々気づいていた。何故ならテレポートの使い手は、何もネイルだけではないのだ。アレンの母であるエミリアならば、きっとテレポートの魔法も使えたはず。ならばテローペが襲われたとき、エレナを連れて逃げない訳がない。
「エレナ、父さんはここからキングラムへ向かったって言ったよね?その道はどこにあるんだい?」
アレンは完全に孤立してしまった、ここテローペから脱出する方法が無いか模索していた。
「テローペの神殿からキングラムへ通じる道があります。だけど、今はもう使えないでしょう」
「どうして?」
リサはテレポートが使えない事を知り、とても焦っている。
「この町にもしもの事があれば、即座に封印されるようになっているのです。もしネルソンがその道を通っていれば、すでにゾルドを手に入れているはず・・・」
「あっ、そっか・・・」
リサは残念そうに、その場に座り込んだ。
「あった!!元に戻れる道が!!」
「えっ!!」
突然のアレンの大声に、リサとネイルは驚いて飛び上がった。
「アレン、それどういう事?」
リサは慌ててアレンに聞き返した。
「ネルソンがここへ攻め込んだ時の道を使えば、ドリガンへ行くことが出来る!!」
「そうだわ!ネルソンがここを襲ったのは、風の谷が閉鎖されてからだもん!」
「敵の使った道を通って、今度はオレ達がドリガンへ攻め込むんだな!!面白いじゃねえか!!よし!早速様子を見て来るぜ!!」
ネイルが急いで外へ飛び出した。
「あっ!わたしも~~~!!」
リサも慌ててネイルの後を追った。
にぎやかな二人が居なくなり、急に静かになった部屋には、降りしきる雨音だけが響いていた・・・。
「エレナ・・・。全ての記憶が戻ったんだね・・・」
「・・・・・・・」
「どうしたんだいエレナ?様子が変だよ。体が震えているじゃないか!」
雨に打たれ、身体が冷え切っているのだろうと思い、アレンは自分の上着を脱ぐと、エレナに掛けた。
だが、そんなアレンにエレナは思いがけない言葉を投げかける。
「わ、わたくしに気安く話し掛けてはなりません」
「えっ?」
「わたくしは、テローペの巫女・・・。キングラムの王位継承者です。もう、あなたの知っているエレナではありません・・・」
「エレナ・・・。キミは、もう以前のキミじゃないって・・・そう言うのかい?」
「そうです。あなたといた時のわたくしは、本当のわたくしではありません・・・」
「・・・・だから。だから、どうか以前のわたくしを忘れてください」
エレナはうつむいたまま、小さな声でそう言った。
「ごめんねエレナ。
キミはキングラムの王位継承者、俺が気安く話していい相手ではなかったね。
今度から気を付けるよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「だけど・・・以前のエレナも、本当のエレナだよ。
今のエレナも、記憶を無くしていた時のエレナも、何も変わっていないと思う」
「・・・・・・・・」
「ねぇ、エレナ・・・。一つ聞いていいかい?」
「・・・・・・・・・」
「もしかして、記憶を無くしていた時の自分を忘れなければならない、何か訳があるのかな?」
「わけ・・・・・・・」
エレナは思い出していた・・・。
神殿で儀式を受け、テローぺの巫女になった時の事を・・・・。
「エレナよ・・・・。テローペの巫女として、ハデスとの契約を交わす心の準備は出来たのかの?」
「はい、司祭様。わたくしはテローペの長の娘として、この儀式を受け入れます」
「うむ・・・・。エレナよ、恐れる事はないぞ。テローペの長の娘は、代々この儀式を受け継いで来たのじゃからな」
「はい、司祭様」
「エレナよ・・・。この儀式が済めば、お前はテローペの巫女として、生きなければならない・・・。つまり、神に命を捧げる事になるのじゃ・・・」
「ハマンの魔法の事は存じております。暗黒の魔王を倒すため、我が命を引き換えにしなければならない事を・・・」
「うむ・・・。忌まわし定めじゃが、恐ろしい破壊から世界を守るためには、無くてはならなぬ掟じゃ」
「多くの命を守るため、わたくしは我が命をハデスに捧げることを、厭いません」
「エレナよ、よくぞ決心した。じゃが、巫女としてその身を神に捧げておる間、そなたには厳しい戒律が課せられる」
「厳しい戒律・・・」
「エレナよ、巫女は恋をしてはならぬ。異性を愛する事はできぬのじゃ・・・」
「えっ!?恋をしてはならない・・・?」
「異性を愛せば、死を恐れるようになる。愛する者に助けを求めようとするじゃろう。いくら強い意志を持っておってもな・・・」
「若い娘にとって、恋とはそれほど強い力を持っておるのじゃ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「分かったかの?
エレナよ、テローペの巫女の間は、異性を愛する事は断じてならぬぞ!」
「はい、戒律を守ります。わたくしは、誰も愛しません・・・」
「この命を神に捧げる事を誓います」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「わ、訳などありません。
ですから、もうわたくしの事は忘れてください・・・」
「エレナ・・・」
アレンが何か言おうとした時、ネイルとリサが帰ってきた。
「だめだ!もう暗くなって来たし、この雨のせいで辺りが良く見えねえ!!
明日の朝、夜明けを待ってからもう一度調査・・・って。ありゃ?どうかしたのか、おめえたち?」
「ケンカでもしたの?」
リサが心配そうに尋ねた。
いつもと雰囲気の違う二人を前に、リサとネイルは少し戸惑っているようだ。
「違うよリサ。エレナはね、自分の生まれ育った大切な町や、大切な人々を失ったショックで記憶を無くしてしまったんだ」
「だけど今その記憶が戻った。
それはつまり、悲しい事実を受け入れなければならないと言う事なんだよ・・・」
アレンはリサにそう説明し、エレナを一人にしてあげようと、そっと二人を誘い出した。
「ご、ごめんねエレナ。私、エレナの気持ちを・・・・」
「ううん・・・いいの。私の方こそ、ごめんなさい・・・」
そう言うと、エレナはうつむいて小さく肩を震わせている。
この時アレンは心に誓った。
エレナを悲しませた奴らは、たとえ相手が人間であれ、魔物であれ、絶対に許さないと。
その頃ドリガンの城では、ネルソンとグローが密談をしていた。
「なに!テローペの町に入っただと?」
「はっ!途中まで追っていたのですが、崖崩れにあって、進めなくなりました」
グローは追跡を中断したのは、不可抗力である事を強調して話した。
「ふっ、ふっ、ふっ・・・。まさに袋のネズミだな」
「よし、例の坑道を使ってテローペに行け!よいか、必ずマイヤの騎士からイリヤの涙を奪うのだ!!」
「はっ!!」
グローに命令すると、ネルソンはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
だが当のグローは、なぜかネルソンの前に突っ立ったままである。
「何をしておる!さっさと行かんか!!」
「はっ!し、しかしネルソン様・・・。あいつらアレで結構強くて・・・」
無策のグローは、自分ではアレンたちに勝てない事は重々承知していたのだ。
「ふっ、ふっ、ふっ・・・。いくら腕が立つと言っても、所詮はまだ子供。
自分の母親の命と引き換えなら、素直にイリヤの涙を引き渡すであろう?」
「あっ!な、なるほど・・・その手がありました!」
「分かればすぐに行け!!」
「はい~~~っ!」
今度こそすっ飛んでいくグローを見送ったネルソンは、不敵な笑みを浮かべている。
「ふっ、ふっ、ふっ・・・。それでは、そろそろこちらも用意をするとするか・・・」
「はっ、はっ、はっ・・・・」




