第二十八話 雪の中の二人
二日間ゆっくりと休養したアレンたちは、三日目の朝、長老の元を訪れた。
部屋にはすでに村人たちが集まっていたが、リサの姿を見つけたガボとトントは、慌ててリサの所へ駆け寄った。
そしてリサに向かって、「俺たち、これからはリサさんの事をアネゴと呼ばせてください」と頼み込んだのだ。
「アネゴ?」
その言葉を聞いてきょとんとしていたリサだったが、「それって、お姉ちゃんてこと?」
と聞き直した。
「はい、そう呼ばせてくださいアネゴ!!」声を揃えて言う二人。
お姉ちゃんという意味が気に入ったのか、少し考えてから「そ、そうね・・・。別にいいかな?」そうつぶやくと、手をグーにして腰に当て、偉そうにふんぞり返って「分かった!いいよ!」と返事をした。
「やったー!」とガボは喜び、トントはそのまま後ろに倒れかけたリサを慌てて支える。
キララはエレナの所へ一目散に駆け寄ると、「私、エレナ様の事を心より尊敬します!!」
と、目をその名の如く、キラキラと輝かせながら宣言している。
「私、エレナ様の弓矢でも驚いたのに、さらにあんなにすごい魔法まで・・・」
尊敬の眼差しで見つめられ、エレナは「ちょっと、やりすぎちゃったかな・・・」と、照れ臭そうにしていた。
皆が少し落ち着いた頃合いを見計らって、アレンが長老に声を掛けた。
「それでは、俺達これから魔物退治に出かけます」
「おぉ!やってくださるのですか!ありがとうございます!!」
「なにとぞ、よろしくお願いします。この村は、あなた様だけが頼りです!!」
村の人々も、全員がすがる思いでアレンたちを見守っている。
アレンはそんな村人たちに向かって、堂々と宣言した。
「わかりました!きっと魔物を退治し、村の平和を取り戻してみせます!」
リサも得意のポーズで答える。
「ぜんぜん、心配しなくていいよ!わたしが付いているから!!」
「・・・・・・」
「あら?ネイルさん、今日はブチブチ文句をいわないんですか?」
珍しく大人しくしているネイルを不審に思い、エレナがそう尋ねた。
「いやだな~、エレナちゃん。オレはいつだって、この国の平和のために戦っているじゃないか!!わっ、はっ、はっ、はっ・・・・」
(ゾ、ゾ、ゾッ・・・・)
ネイルの不自然な態度に寒気を感じたエレナが、リサに耳打ちする。
「ねえ、リサ。ネイルってちょっと変だと思わない?だっていつもだったら、面倒くさいとか、しんどいとか言って、渋々ついてくるのに・・・」
リサは「ちょっと、ちょっと!」と言って、エレナを連れて後ろに下がった。
「あのね、ネイルの奴、昨日ホタルちゃんとデートしていたのよ!」
エレナは驚いて聞き直した。
「えっ!デ、デート!?」
「ホタルちゃん・・・って、だれ?」
アレンもそれは聞き捨てならぬと、話に加わった。
「ほら、グローに絡まれていた女の子!」
リサの答えにエレナも気づいたようだ。
「あっ!!村の入り口にいた・・・。看板娘の?」
「そう!もう、すっかり舞い上がっちゃってるの!!」
「ふ~~~ん、それで機嫌がいいのね?」
エレナは納得したようだ。
「だったら、早いとこ魔物退治をした方がよさそうだな」
アレンはそう判断し、リサもその意見に賛同した。
「そうよね!もし彼女にフラれたりしたら・・・」
「きっと、一人で帰っちゃうわ!!」
エレナの言葉が決定打となった。
三人が額を寄せ合ってヒソヒソと話をしている姿を見た村人は、何とも言えない複雑な気持ちであった。何というか、魔物との決戦を前にして緊張感が無さ過ぎというか・・・。
本当に大丈夫かと不安にもなるのだが、先日の戦いでその実力は十分に実証済みである。
ならばこの状況は余裕がなせる業・・・とも言えるのだが・・・。
村人たちがヤキモキする中、ようやく元の場所に戻ったアレンたちは、
「それでは、行ってきます!!」と、長老に告げた。
「おぉ!では、よろしくお願いします!!キララや、勇者様達に船の用意を!」
「はい、長老様!船はすでに用意してあります!アレンさん、魔物の住む洞窟は、川の対岸にあります。そこまで、船を使ってください!」
「うん、わかった!!じゃあ、行ってくるからね!」
船に乗り込むアレンたちに、村人たちは総出で声援を送った。
噂のホタルも手を振りながら、「皆さん、がんばってくださいね!ネイルさん、気を付けてね~」と声援を送っている。
「おう!まかせてくれ!ビシッと一発で決めてくるぜ!!」
こんな頼りになるネイルの姿を見るのは初めてであった。
愛の力ってすごいな・・・と、アレンは自分の事は棚に上げて、感心するのであった。
小雪の舞う川面を、船は東へと進む。
村から離れ、渓谷の間を進んでいくと、やがて北の絶壁に大きな洞窟が現れた。
洞窟の中に入ると、そこには広大な氷の空間が広がっていた。
周りは氷と雪に覆われた複雑な地形をしているが、どうも人工的に作られたような不自然な形跡も見えるため、最奥へ進む前に氷で出来た大地に降り、しばらく辺りを探索してみる事にしたのだ。
歩くこと30分。細い氷の道を進むと、氷の柱が何本も建つ少し開けた神殿跡にたどり着いた。そしてそこには緑色に輝く美しい宝箱が奉納されており、中には神聖な力を秘めた古代のムチ、”ライトウイップ”が入っていた。
これはネイルの持つエルフのムチの上位クラスの武器で、邪悪な魔物に対する攻撃力はもちろん、混乱と沈黙を与える特殊能力をも秘めている。
ネイルが大喜びしたのは言うまでもない。
「へっ、へっ、へっ・・・。こいつを使ってサクッと魔物を退治するか!」
俺たちは再び船に戻り、洞窟の最深部へと進んだ。
最深部では川の水が完全に凍っており、これ以上船を進めることが出来なかった
仕方なく船から降り、氷の上を徒歩で進み始めると、何やらとてつもなくデカい化け物の気配が漂ってきた・・・。
現れたのは七つの頭を持つ巨大な竜、ヒュドラであった。
爆弾を使うと洞窟が崩れ落ちる心配があったので、俺はガードの魔法とネイルのマジックバリアで防御を強化し、パワーアップで攻撃力を上げ、剣で戦いに挑んだ。ネイルは驚いたことに、2本のムチを同時に使って戦っている。
ヒュドラの攻撃は七つの頭を活用した連続攻撃と、吹雪のブレスであった。ネイルのマジックバリアは炎、冷気、雷を防御する。威力も大幅に上がっているお陰で、致命的なダメージを防ぎつつ、俺たちに有利に戦う事が出来た。
ただ厄介だったのは、こいつもクラーケンの使っていた闇の宝玉を持っており、回復力がすさまじかったのだ。
だが今回は群れではなく一体だけであったのと、エレナのトルネードのパワーもレベルⅢまで上がっており、さらにリサの炎系の魔法が思った以上に敵に刺さったため、時間は掛かったが何とか無事に倒すことが出来た。
ヒュドラを倒した後、さらにその奥を調べてみると、先ほど見つけたのと同じ緑色した宝箱が見つかった。
「これを守るのも、こいつの役目だったのかも知れないな・・・」
俺はそう言いながら宝箱を開けると、中には美しい宝石が散りばめられた腕輪が入っていた。
早速ネイルがミューゼの書でそのお宝を調べてみると、何とそれはキングラムの秘宝の一つ“タイタンの腕輪”であることが分かった。
実はミューゼの書に書かれている文字は古代の文字で、俺達には全く意味が分からなかったのだが、ネイルのたってのお願い(わがまま)で、賢者のセロ様にお願いし、お宝のイラストが描かれた部分だけを解読してもらっていたのだ。
それによると、タイタンの腕輪は戦士に特化した能力を秘めた腕輪であるようだ。
この腕輪は全員の意見の一致で、アレンが装備する事に決まった。
ちなみに、先ほど手に入れたライトウイップもミューゼの書に記載されていたが、この書のランク付けではムチの中で3番目のお宝であった。これよりすごいムチが、後2つもある事になる。
こうして無事に魔物退治も終わり、貴重なお宝まで手に入れた俺たちは、意気揚々とその場を後にした。
陽が落ちる前に船着き場に着いた俺たちは、村人たちから拍手喝采で迎えられ、そしてその夜は村を挙げての大祝宴が開かれたのだ。
酒宴の席で長老と話し込んでいた俺は、いつの間にかこの場から仲間たちが居なくなっている事に気づいた。
(あれ?みんなどこへ行ったのかな・・・・)
不思議に思って外へ出てみると、先ほどまで降っていた雪がいつの間にか止み、空には綺麗な明るい月が出ていた。
そして辺り一面の雪が月明かりに反射し、キラキラと宝石を散りばめたように美しく輝く、幻想的な世界を造り上げていたのである。
(うわ~っ!なんて綺麗なんだろう!)
少し飲んだお酒で火照った身体が、キーンと張りつめた冷たい空気に触れて、とても気持ちが良い。大きく深呼吸していると、すぐ近くでリサの声が聞こえたので、声のした方に歩いて行くと、大きな雪だるまの横に一人で突っ立っているのが見えた。
「やぁ、リサ・・・」
「なぁに?わたし、今すっごく忙しいのよ!」
話しかけようとしたら、無下もなく断られてしまった・・・。
「忙しいって・・・。何もしていないみたいだけど・・・」
「・・・・・」
(ダメだ・・・。全然相手にしてくれないや・・・)
「あっ!きた、きた!」
見ると向こうの方から、小さな男の子が急いでこちらへ駆けて来るのが見えた。
「はぁ、はぁ・・・。取って来たよ、お姉ちゃん!はい、これ!」
男の子は手に持っていた黒い炭を、リサに渡した。
「ごくろう!」
そう言うと、受け取ったその炭で雪だるまの目と口を作っている。
「次はまだかな~。あっ!きた、きた!!お~~い!早く、早く~~っ!!」
また別の子供が大急ぎでこちらへ走って来るのが見えた。
「はぁ、ひぃ・・・。お姉ちゃん、これでいいかな~?」
「うん、これでいいよ!」
そう言うとリサは二本の木の枝を受け取り、それで雪だるまので両腕を作っている。
「遅いな~~~~」
今度は小さな女の子が、転びながらも全力で走って来るのが見えた。
「はぁ、ひぃ、ふぅ・・・。お姉ちゃん、持ってきたよ!」
「よ~~~~し!これで全部そろったわ!!」
リサは受け取った毛糸の帽子を、男の子を踏み台にして雪だるまの頭に被せた。
「できた~~~~!!完成~~~っ!!」
子供たちは大喜びでピョンピョン飛び跳ねている。
リサは満足そうに雪だるまを眺めると、「よ~~~し!今度は何して遊ぼうかな~~~!」
早速次の遊びの相談を始めた・・・。
(ダメだ・・・俺の事なんて全然眼中にないみたいだ・・・)
アレンは諦めてトコトコと歩きだした。
村の隅にある小さな池の近くを通ると、ネイルの声が聞こえてきた。
どうやら噂のホタルちゃんと、デート中のようだ。
何か気まずいな・・・と思いながらも、後ろからネイルに声を掛けてみた。
「やあ、ネイル!エレナを見かけなかった?」
「んな訳でよ、まぁ、言ってみればオレがあいつらの保護者みたいなものさ!はっ、はっ、はっ・・・」
「まぁ、すごいですね、ネイルさんって!!」
(あれ?完全に無視?)
トントンと肩を叩いてみる・・・。
「いや~!オレも何かと苦労が絶えないないんだよ。おてんば娘と、変に生真面目な・・・
って、誰だ!オレ様の肩を気やすく叩いている奴は!!人のデート中に、まったく気の利かねえ野郎だぜ!」
「おわっ!!な、なんだ~。いたんなら、声をかけてくれればいいのに~」
振り向いたネイルは、いま話をしていた本人が後ろに居たので、かなり驚いた様子であった。
「あのさ・・・」
「お!そうだ、紹介するぜ!オレの彼女のホタルちゃん!!さっき話したアレンだ!こいつよ、伝説の勇者の一族なんだぜ~。同じ勇者の一族のリサなんか、すげえ大きな屋敷に住んでいるのに、こいつすげえボロ屋に住んでんだぜ!すごいだろ!!」
(お前・・・一体何を自慢しているんだよ・・・)
ホタルはアレンを見ると、丁寧にお辞儀をした。
「こんばんは、アレン様。先日は危ない所を、どうもありがとうございました!」
「こんばんは、ホタルさん。ネイルをよろしくお願いしますね。
ちょっと変わっているけど、根はいい人なので・・・。それと、ちょっと大人気ないところもありますが、大目に見てやって下さい。あと、人の話を聞いていない事がよくありますが、別に聞いていても行動は変わらないので、特に気にしなくてもいいと思います。
あ!そうだ!あとね、飲みすぎるとたまに・・・」
「アレン!あのよぉ、お前今すごく忙しいだろ?だったら、もう行ってもいいよ!じゃあな!!」
ちょっと腹が立ったので、ネイルに仕返しをしてやるつもりだったのだが、強制的に追い払われてしまった。
(エレナの事聞きたかったのに・・・)
仕方なくまたトコトコ歩いていると、ようやく北の川沿いでエレナを発見した。
「エレナ、こんな所で何をしているんだい?」
「あっ、アレン!雪を見ていたの・・・。
私の住んでいたテローペも雪の多い所だったから・・・。何だか、懐かしくて・・・」
そう言うと、エレナは空を見上げた。
「雪か・・・・。いっぱい空から落ちてくるね・・・」
さっきまで出ていた月がどこかへ隠れ、また雪が降り出していた。
「あ、そうだアレン。私、あなたにお話ししたい事があったの・・・」
「え?俺に話したい事?」
「うん、この前話そうと思っていたんだけど、話しそびれちゃって・・・」
(えっ?なんだろう?)
「どんな話?」
「うん、それがね・・・。もしかすると・・・」
エレナはちょっと下を向き、話すのをためらっているかのようだった。
だから俺は話しやすくなるよう、エレナを促した。
「もしかすると?」
エレナはそれでようやく決心したように、アレンの顔を見た。
「もしかすると、私・・・・。テローペの巫女かもしれないの」
「えっ?テローペの巫女!!?」
驚きのあまり、俺は飛び上がった!
いや、もしかして・・・と、心の隅では思ってはいたのだが、さすがに本人の口からその言葉が出ると・・・・。
「本当かい?エレナ!」
「うん、たぶん・・・」
エレナが言うのだから、間違いないだろう。俺は少しも疑わなかったが、気になるのはどうしてそれに気づいたかだ・・・。
「どうしてそれが分かったんだい?」
「私の手首にあるアザ・・・。黒い月と、墓標のマーク・・・」
そう言うと、エレナは左手を俺に差し出した。
ドワーフの地底湖で、エレナが思い出した記憶の断片・・・・。
薄く滲んだように見える情景の中で、少しずつ蘇る過去の出来事の一つ。
エレナの母が、神殿の扉の前で心配そうに立っている。
静かに扉が開き、そこから出てきたエレナに、母が優しく声をかけた。
「エレナ・・・。気分はどう?大丈夫?」
「はい、お母様」
「巫女になるための儀式・・・。冥界の王、ハデスとの契約は無事に済んだのね・・・」
「はい・・」
母はそれを確かめるべく、エレナに問いかけた。
「それでは、巫女になった証・・。あの印は?」
「はい、ここに・・・・」
「・・・黒い月と、墓標のマーク・・・。
あぁ、エレナ。あなたは、もうテローペの巫女になったのですね・・・」
悲しそうに印を見つめる母の手を取り、エレナは静かに、そしてはっきりと答えた。
「お母さま、悲しまないで・・・。誰かが巫女になり、古の災いに終止符を打たなければ・・・。
わたくしは、他の誰でもない、わたくしにその役目が与えられた事を誇りに思っています。
だからお母様、どうか巫女になった事を悲しまないで・・・」
母はポロポロと涙を流し、エレナに詫びた。
「いいえエレナ、わたくしは悲しまずにおられません・・・。災いの種は、遠い昔の事。なのに、一族の長になった者の娘だけは、あの日から時が止まったままなのです・・・。普通の娘たちのように、自由に生き、恋をすることもできない・・・。こんな事がいつまで続くのか・・・。いっそ、わたくしが巫女だった時に、その時が訪れてくれていたら・・・。
あぁ、あなたにこんなに悲しい思いをさせずに・・・」
「お母様・・・」
エレナの記憶が蘇ったのは、そこまでであった。
なぜ母があんなに悲しんでいたのか・・・・。
エレナはどうしてもその理由が思い出せないのだった。
アレンはエレナの手を見てつぶやいた。
「エレナがテローペの巫女・・・」
「うん、驚いた?」
アレンはニッコリ微笑みながら、エレナの顔を見た。
「いや!俺、何となくそんな気がしていたんだ!初めてキミと会った時から、どこか他の人とは違うって感じていた・・・」
そう言うと、アレンは一つ大きく頷いた。
「そうか・・・。でも、良かった!」
「何がよかったの、アレン?」
アレンを不思議そうに見つめるエレナに、はっきりと答えた。
「エレナに会えた事さ!きっとアルモアの星が、オレ達を導いてくれたんだね!」
「アルモアの星が?」
「そうさ!だって、マイヤの騎士は、巫女を守るのが役目なんだもの!!俺、父さんの代わりに巫女を守ってみせるさ!」
「アレン・・・」
「って、本当はマイヤの騎士とか、テローペの巫女なんて、どうでもいいんだけどね!エレナを守るのが、オレの役目さ!!」
エレナはその言葉を聞くと、嬉しそうに頷いた。
「ありがとうアレン!」
「あ!そうだエレナ・・・」
「なぁに?」
「テローペの巫女って、ほら、すごい魔法が使えるんだろ?え~~~っと、なんて言ったっけ?」
「ハマン!?」
「そう、そう!唯一魔王を倒す事の出来る、究極の魔法!!それ、使えるの?エレナ」
エレナは少し首を傾げ、少し考えるような仕草でアレンに尋ねた。
「アレン、ハマンの魔法が見たいの?」
「う、うん。ちょっとだけ・・・」
そう答えたものの、今のエレナの仕草が気になり、ひょっとしてエレナは見せたくないのかも・・・。いや、もしかしたら危険な魔法なんじゃ・・・。嫌な予感がしたアレンは、慌てて取り消そうとした、その時。
「じゃあ、ちょっとだけ・・・」
「えっ!?本当に?」
「いいわ、でも危ないから少し離れていてね」
そう言うとエレナは複雑な印を結び、静かに詠唱を始めた・・・・。
詠唱を始めて少しすると、美しい光の粒がエレナの足元から溢れ出て、それが徐々に頭の方へ渦を巻きながら舞い上がっていく。そして、やがて不思議な紋様の魔法陣を描き始めたのだ・・・。
(大丈夫かなエレナ・・・)
少しアレンが心配になったその時、目を奪うような光を発してその魔法陣は四方八方に砕け散ってしまった。
一瞬光で目がくらんだアレンが、次に目を開けた時には、その場に倒れるエレナの姿が・・・。
「エレナ!!?」
アレンは慌てて駆け寄り、倒れているエレナを抱きかかえた。
「どうしたんだい!!?エレナ!!」
呼んでも、体を揺すっても返事をしないエレナに、アレンは自分の体から血の気が引いていくのが分かった。
「しっかりしろ!!」
倒れたエレナの顔に付いた雪を払いながら、アレンは必死に叫ぶが、エレナは目を閉じたままピクリとも動かなかった。
(どうしょう!?どうしたらいい?)
アレンの目から大粒の涙があふれ出たその時だった・・・。
「うっ・・・。か、顔が・・・」
「えっ!?顔?」
「顔が冷たい・・・・。でも、すっごく気持ちいい・・・」
アレンは気が動転しているので、エレナが何を言っているのか全く分からなかった。
「えっ!?気持ちいい?」
「くす、くす・・・」
エレナは笑い声と同時に、雪の塊をアレンの顔にぶつけて元気よく飛び起きた。
「あ~~~~~っ!!」
「うふふ・・・。驚いた?アレン!」
そう、これはエレナのいたずらだったのだ。
アレンは本当に心配したので、ちょっとだけムッとなったが、だけどエレナが無事だった事と、顔に雪を掛けられたお陰で泣き顔を見られずに済んだ事で、すぐに笑顔の自分に戻ることが出来た。
「あ~~~~びっくりした!!心臓が止まりそうになったよ!
じゃあ、ハマンの魔法は?」
「うん、まだ思い出せないの」
「な~んだ!そうだったのか。ちょっと、残念だったな~」
口ではそう言いながら、本当はもう、絶対に見たくないと思うのだった。
「だけど、ねえ、エレナ。テローペの巫女になるのは悲しい事なの?」
その事が気になっていたので、エレナに尋ねてみた。
「わかんない!それが・・・。どうしても思い出せないの。
お母様はなぜ、私がテローペの巫女になる事を悲しんだのかしら?」
(魔王と戦わなければならないからかな?)
アレンはそう思ったが、それは口には出さなかった。
「でも私、ぜんぜん悲しくなんてないわ!」
「えっ?」
「だってアレンが、いつも私のそばにいてくれるから・・・」
「エレナ・・・」
アレンはエレナの言葉を聞いて、少し照れながらも、嬉しそうに笑った。
泣いたり、笑ったり・・・。
小雪の舞う中、大切な二人だけの時間がゆっくりと流れていった・・・。
丁度その頃、一隻の船がヒュドラの洞窟に入っていった。
「どうだ、見つかったのか?牙の一本でもいいんだ!!」
2メートルを超える大男、ドリガン親衛隊隊長のグローだった。
「おかしいな~。あいつら、魔物を倒してどこかへ持って行ったのかな?」
探しているのは副隊長のパットとディックだ。
「そんな訳ないだろう!!もっとよく探せ!!それを持って帰って、オレ様が退治した事にするんだからな!へっ、へっ、へっ・・・」
魔物を退治した話を聞きつけ、自分の手柄にするためにここまで来たのである。
バチッ!ジジッ・・・。ジジッ・・・。
「うん?何だ今の音は??」
グローが振り向くと、そこに激しいプラズマが発生し、いきなり魔物が現れた!!
「うわわわっ!! 魔王の使い、キュバス!!」
グローはその悪魔の姿をした恐ろしい魔物を見て、それがネルソンから聞いていた魔王の使いであることを一発で見抜いた。それほど恐ろしい姿をしていたのだ。
悪魔の姿をしたその恐ろし魔物はグローたちを一瞥し、耳まで裂けた赤い口を開いた。
「我が同胞を倒したのはお前たちか?」
グローは大慌てで答える。
「うわわ!!ち、ちがう!!オレ達じゃねえ!オレ達はネルソン様の部下だ!!」
「ネルソン.・・・」
グローはさらに言葉を続ける。
「やったのは、若い4人組だ!!オレ達は様子を見に来ただけで・・・」
キュバスは戦いの跡をつぶさに観察し、ある事に気づいた。
「風の傷跡がある・・・」
「クラーケンの時も同じ傷跡があった。答えろ!風の魔法を使ったのは女か!!」
グローは早く答えなければと、無い頭を必死で回転させた。この魔物はアレンのように甘くはないのだ。下手をすれば一瞬で殺されてしまう。
「か、風の魔法?」
「た、隊長!ほら、あの4人組の中の美しい娘!!たしかあの娘が風の魔法を・・・」
副隊長のディックが慌てて助け舟を出した。
「若い娘だと?そうか、ぐふふ・・・・。ついに見つけたぞ!テローペの巫女!!!」
そう言うと、小物などには用は無いとばかりに、その場から一瞬で消えた。
「消えた・・・」
グローは命拾いしたと、冷や汗をぬぐいながらその場に座り込んだ。だがキュバスの言葉を思い出し、急に慌てだした。
「おい!!今あの魔物の野郎!確かテローペの巫女とか言っていたな?!」
「は、はい!では、あの風の魔法を使う娘は・・・。テローペの巫女!!」
グローは自分の聞き違いではなかったと確信すると、
「大変だ!!こうしちゃいられねえ!!ネルソン様に報告せねば!!」
大慌てで船に乗り込んだ。
アレンたちの知らないところで、事態は急に大きく動き出したのだ・・・。




