第二十七話 ポコの村
ドリガンの街を出て5日後、俺たちは問題の渓谷スノーバレーで苦戦していた。
ここに出没する魔物は悪魔系やアンデッド系のものが多く、厄介な魔法を使ってくるのだが、ネイルのマジックバリアや、状態異常を防止するアイテムでカバー出来る程度であった。しかも聖属性のネイルのムチや、リサやエレナの魔法が猛烈な威力を発揮し、戦闘自体はそれほどの脅威ではなかったのだが・・・・。
問題は雪である。絶え間なく降り続ける雪に視界が遮られ、完全に方向感覚が狂ってしまうのだ。
ガラガ砂漠を旅した時は、夜空の星で方角を確認出来たため迷う事はなかったが、ここでは空も地上も、そして目に映る物すべてが白一色のため、目をつむって歩いているのと変わりないのである。一瞬雪が小降りになった時、5メートル先の樹木を目標に進んだのだが、再び吹雪になると、まっすぐに進んでいるつもりがいつの間にか道を逸れて、その樹木にさえたどり着けないのだから、マジで笑えなかった。
雪山で遭難するのは、真っ直ぐに歩いているつもりでも、人は自然と利き腕の方向へ進んでしまうからだそうだ。
この話を聞いた時、アレンは左利きで、それ以外は右利きだったので、「だったら俺たちは真っ直ぐ進めるじゃん!」などとお気楽なことを言っていた結果、今こうして同じ道を行ったり来たりしているのである。
そしてこれは本当に運が良かっただけなのだが、偶然に発見できた炭焼き小屋のお陰で、何とか先へ進むことが出来たのだ。
小屋の中には、炭を焼きながら細々と暮らす一人の白髪の老人の姿があった。
「お!珍しいのぉ~。この雪深い山に客が訪れるとは・・・。ま、何もない所じゃが、ゆっくりして行きなされ」
そう言って俺たちを受け入れてくれたのだった。
凍り付く寸前だった俺たちは、大喜びでいろりを囲み、ようやく暖をとることが出来たのである。
この日はここで一泊させてもらい、次の日、老人から道しるべのある場所を教えてもらうと、雪が小降りの間に出発した。
そしてやっぱりさんざん迷って、ようやく道しるべを発見!しかも、そこからもまたさんざん迷った挙句、ようやくスノーバレーを抜けてポコの村に着いたのは、ドリガンの街を出てから10日が過ぎていた。
北に雄大な氷の山脈を望み、その麓を流れる大きな川の畔にある小さな村。それがポコの村であった。もし晴れた日にその景色を眺めたなら、その美しさに思わず息を呑んだことであろう。
村に近づくと、入り口に美しい看板娘が寒さに震えながら立っているのが見えた。
ネイルはその娘に気づくと、嬉しそうに魔法のプレートを握りしめ、一目散に駆けて行く。
俺はそんなネイルの姿を見て、まるでお小遣いを握って駄菓子屋へ駆け込む子供と一緒だな・・・と思った。
「雪の村、ポコへようこそ!」
「いやぁ~!北国には美人が多いと聞いていたけど、本当だったんだな!
苦労してここまで来た甲斐があったぜ!!」
「まぁ、お上手ですこと!」
ネイルはもう、これでもかというほどの笑顔を振りまいて話しかけている。
ほんのついさっきまで、こんなくそ寒い所へなんか二度と来ねえぜ!と、散々文句を言っていたのが嘘のようだ。
俺たちはポカンと口を開け、そんなネイルの姿をあきれて見ていたのだが、放っておくとここから動きそうもなかったので、魔法のプレートに座標の刻印がされたのを確認すると、娘さんにキララの居場所を聞き、長老の家に向かうことにした。
嫌がるネイルは、ムチの先っぽを引っ張ってリサが無理やり連行した。
長老の家に到着し、そっと扉を開けて中を見てみると、丁度村人たちが集まって集会が開かれているところだった。
「キララよ・・・・。お前たちがこの村へ戻って、かれこれ一か月が経つが、いまだに村を救ってくれる勇者様は現れぬ。本当に来てくれるのじゃろうな?」
見ると長老らしき老人が、キララたち三人を前に質問しているところだった。
「きっと来てくれます!約束を破るような人たちではありません」
「う~~~~む。しかし、これ以上は・・・」
どうやら俺たちの来るのが遅いので、キララたちが疑われている様子だ。
悪いことをしたと思い、俺はさっさと中へ入って行った。
だがそんな俺たちに気づいた長老は、ちょっと意外な言葉を投げかけてきたのだ。
「おや!?あなた方は、どなた様で?」
「えっ?」
いや、このタイミングで来た俺たちをどなた様?って・・・・。俺は何て答えればいいのか返事に困っていると・・・・。
「アレンさん!!!」
振り向いたキララたちが驚いて叫んだ。
だが、もっと驚いたのは村人たちだ。
「えっ!!この人たちが勇者様!!?」
「な、なんと・・・」
長老までびっくり仰天みたいな顔で絶句している。
「・・・・・・・・・・・・・」
なんか残念ショーみたいな空気が流れているので、俺たちもちょっと固まってしまった。
すると部屋の奥から一人の子供が駆け寄り、俺たちの前で立ち止まると、
「な~~~~んだ!ぜんぜん強そうに見えないや!あはははは・・・・・」
と、大声で笑い出したのだ。
思わず顔が引きつる俺たち・・・・。
と、その瞬間、ガボが大慌てで子供に走り寄り、「ボカッ!」と殴った。
「うわ~~~~ん!」
そして泣き出した子供を引きずり、もと居た場所へ連れて行く姿を見た途端、何か、こっちまで泣きたい気分になってしまった・・・。
アレンたちが長老の家で村人たちと会っていたその頃、村の入り口では大変な事が起きていた。
ドリガン親衛隊隊長のグローが現れたのだ。
両脇に二人の副隊長を従え、その後ろには70名の兵士を引き連れている。
「ひっ!グ、グロー!!」
村の看板娘はその姿を見た途端、恐怖で動けなくなってしまった。
グローはそんな怯える娘の胸ぐらをつかむと、恐ろしい形相で質問を始めるのだった。
「おい女!!お前に聞きたい事がある!!正直に話さないと、ひどい目にあうぞ!!」
「ひい~~~っ!」
その悲鳴を聞いた幼い女の子が、その場から慌てて走り去った。
一方長老の家では、ようやくアレンたちがキララの言っていた勇者だと分かり、「これは失礼いたしました。何しろ、まだ幼い娘さんもおられたもので、まさかキララの申していた勇者様たちだとは・・・」と、長老がアレンたちに謝罪していた。
「見ろ!おめえがいると、オレ達が貧弱に見られちまうんだ。
これだから子供連れは嫌なんだよ!」
と、ネイルがリサにボヤいている。多分さっき看板娘から無理やり引き離されたのを根に持っているのに違いない。
だが、もちろんリサも負けてはいない。
「うるさい!そんな事ないもん!!近頃リサもお姉ちゃんになったって、言われるもん!!」
「嘘つけ!!」と、ネイルも言い返す。
(えっ!?リサの事をお姉ちゃん?一体誰がそんな事を・・・)俺もちょっと驚いたが、すぐさま犯人は特定できた。
「ね!!」っとエレナの方を向いたのだ。
「えっ?」
エレナは自分が本当にそんな事を言ったのか確信できない様子だったが、たぶん何かで褒めた拍子にうっかり言ってしまったのだろう。
「そ、そうね・・・」と、引きつった笑顔で答えていた。
「ほらっ!!」
リサは勝ち誇ったように手をグーに握り、それを腰に当ててふんぞり返っている。
ネイルは「くそーっ!」と唸って悔しそうにしているが、こんな俺たちの会話を聞いてキララの話を信じる者はいないだろう。俺は恥ずかしくなって、つい下を向いてしまった。エレナも勿論顔を赤くしてうつむいている。
その時、女の子が家に飛び込んできた。
「た、た、大変でしゅ!!お姉ちゃんが、グローに!!」
「なに!グローーーーッ!!?」
そう叫ぶと、村の人たちは一斉に外へ飛び出していった。
グローは2メートルを優に超える巨体に、大きな角を二本生やした鉄兜を被り、鼻から下を鉄で出来た仮面で隠した、まるで鬼のような恐ろしい大男であった。
それが真っ赤な顔をして怒鳴っているのだから、気の弱い女性ならとっくに気絶していてもおかしくないだろう。
「答えろ女!一か月ほど前に村に帰ってきたヤツは誰だ!」
「ひぇ~~~~っ!そ、そんなの・・・わ、わかりません!!」
娘は辛うじて気を失ってはいないが、目にはいっぱい涙をためて答えていた。
「嘘をつくな!そいつらのおかげでオレ様はえらい目にあったんだぞ!!
あのドワーフのボルグの野郎!!ネルソン様につまらねえ事を話しやがって!!」
そう吠えると、その時の様子を思い出し、ますます怒りで顔を赤く染めるのであった。
そのグローの怒りの理由とは・・・・。
話は少し遡り、ここはドリガンの城・・・。
会議室にはドワーフの王ボルグと、その護衛のドワーフの衛兵二名が増えていた。
「なるほど!レゼムからドリガンの旧道を修復して、ここまで参られたのか!
それは頼もしい!!ぜひ王の道の修復にも、その力をお貸し願いたい!」
フラム王はボルグにそう問いかけた。
勿論ボルグに否やはない。
「勿論!そのために、ここまで参ったのです!!」
協力を取り付ける事が出来た事で、ネルソンは領主としてボルグに挨拶をした。
「ワシはドリガンの領主を任されておる、ネルソンと申します。
ボルグ殿、必要な物があれば遠慮せずにワシに申してください。見ての通りの貧しい国ですが、出来る限りのもてなしをさせていただきますぞ」
「おぉ!あなたがアルモア王と共に戦った勇者の一人、聖魔導士ジェロムの末裔ネルソン殿ですな!いや、ネルソン殿の評判はよく聞いておりますぞ。貧しい民を助ける、良き領主であると」
「これは、お恥ずかしい・・・」
「実はここへ来る途中に、ポコの村から来たという若者達に会いましてな。その者達からいろいろ話を聞き、さすがは勇者の一族、立派なお方だと感心しておりました」
「過分なお言葉、恥じ入りますな・・・・。は、は、は・・・」
と、ここまではネルソンも上機嫌であったのだが・・・。
続くボルグの話からは、少し様子が違った。
「だが!ちと困った噂も耳にいたしましてな・・・」
「困った噂・・・・ですか?それはいかような噂ですかな?」
ボルグは少し顔をしかめ、話を続ける。
「その者達の申すには、村を守るべき兵士が、村を見殺しにした・・・・。そう申しておりました」
「それは、聞き捨てならぬ!村の名前はポコと申されましたな!もう少し説明していただけませぬか?」
ネルソンの顔が見る見る険しい表情へと変わっていく・・・・。
それを横目で見た親衛隊隊長のグローは、顔を真っ青にして、膝がガクガクと震えるのを必死に止めようとしていた。
そして、ボルグは吐き捨てるように言った。
「何でも、倒してもおらぬ魔物を倒したと、嘘の報告をしていると・・・」
ネルソンは怒りで顔を真っ赤にし、グローに向かって大声で怒鳴った。
「グロー隊長!確かポコの村に現れた魔物は、無事に退治したと報告を受けたが?
これはどういう事じゃ!!!」
「は、はい!!そ、その・・・。た、た、た、確かに退治したはず・・・・ですが。
お、お、おかしいな~~~。は、は・・・・なんでだろ?」
身体中から噴き出す汗が滝のように流れ、グローはもはや立っているので精一杯である。
だがボルグは容赦しない。グローを睨みつけ、厳しく問い詰める。
「その者達は兵士が魔物を倒してくれぬので、身分達で村を救ってくれる者を捜していると申しておったぞ!!」
グローは緊張のあまり口の中はカラカラになり、うまくしゃべることが出来ないのだが、それでも必死に言い訳する。
「あ、い、いや・・・。た、確かに倒したと思ったのですが。ひょっとして・・・」
「ひょっとして、なんだ!!」
「し、死んだ振りをしていたとか・・・。
そ、それか、双子の兄弟の魔物で、実はもう一匹いただなんて・・・・」
このお粗末な言い訳に、ついにネルソンが切れた。
「この大バカ者!!!!!!
さっさと確認して来ぬか!!!!!」
「はっ、はいーーーーーっ!!」
「よいか!魔物を倒した証拠を持ち帰るのじゃ!!牙でも、何でもよい!!分かったな!!」
グローは大慌てでその場を飛び出した。
さすがに恥知らずな大馬鹿者でも、居並ぶ諸侯の前で叱れるのは耐えられなかったようである。
まさに身から出た錆なのだが、だが愚か者はすべてを他人のせいにしてしまうらしい。
「オレ様は居並ぶ諸侯の前で、大恥をかいちまったんだぞ!!ボルグの野郎に告げ口した奴らをぶち殺してやる!!さあ言え!!言わねえと、お前もぶっ殺すぞ!!」
「ひぃ~~~~~っ!!ほ、本当に知りません~~~!!」
さらに娘を締め上げようと腕に力を入れた瞬間、「ビシーーッ!!!」という音とともに、娘の胸ぐらからグローの手が離れた。
「イデデデ・・・・」
グローは手首を押さえてうずくまっている。
勿論やったのはネイルだ。
「てめえ、レディー相手に何てことしやがる!」
グローの両脇にいる副隊長たちをけん制しながら、その場に倒れ込んだ娘を支え起こし、エレナに預けた。
「大丈夫?」
エレナが心配そうに声を掛けたが、娘は「は、はい、ありがとうございます!私は大丈夫です」と、はっきりとした口調で答えた。どうやらケガはしていない様子だ。
「そう、じゃあ危ないから後ろに下がっていてね」
そういって後ろで遠巻きに見ている村人の所へ行くように促した。
「お前らバカか?!何を他人の心配をしておるのだ!!」
グローが怒りに顔を染めて立ち上がった。それと同時に70名のドリガン兵が、アレンたちが村から逃げ出せないよう、扇状に取り囲んだ。
グローがここへ来たのは、一応名目は魔物退治なのである。ネルソンの目もあるので、70名の討伐隊を編成し、派手に討伐の“旗印”まで立ててここへ来ているのだ。
厚顔無恥とは、まさにこの男の事を言うのであろう。
勿論魔物を退治する気などは全く無い・・・というか、例え気持ちはあっても、そんな事は出来るはずがないのだ。出来るものなら、最初に討伐に出向いたときに終わっていた話である。
その時も50名の兵士を引き連れ、意気揚々と出陣したのだが、終わってみれば生き残った兵士は10名に満たなかった。
大敗北であるが、これだけの兵士を失い、失敗しましたでは済まされないと考えたグローは、生き残った兵士と結託し、嘘の報告をしたのである。
グローは怒り心頭でアレンたちを睨んだが、その後すぐに冷静になった。
4人を見て絶対に勝てると確信し、余裕が出来たのだ。
それもそのはず、相手はたったの4人で、しかもそのうち二人は女性なのだ。
武装した兵士73対4・・・。これは誰の目から見ても勝負は明らかであった。
後ろで遠巻きに見守る村人たちとて、グローと同じ考えであった。何しろネイル以外は、どう贔屓に見ても強そうには見えないのだから・・・。
村人たちの絶望感は言葉に尽くせぬものであった。
何しろ、やっと村を助けに来てくれた者たちを、今度は村を見殺しにした奴らが殺そうとしているのだから、これは理不尽極まりない話であった。
「くそーーーっ!何て酷いことを!!」
「もう、終わりだ・・・。俺たちは死を待つだけだ・・・」
「あんた達、何とか逃げてくれ!!」
遠くから聞こえる村人達の嘆く声を聞き、グローはもう完全に勝った気になっていた。
そしてそのおごり高ぶった傲慢な態度で、絶対に口にしてはならない事を言ってしまったのだ。
「お前たち、このオレ様を誰だと思っているのだ?ドリガンの親衛隊隊長なのだぞ!
そのオレ様に逆らうと、どうなるか分かっておるのか?」
「さあね?一体どうなるてんだ?でくの坊さんよ!まぁ、おめえが何者であっても、オレはレディをいじめるヤツは許せねえんだよ!!」
ネイルはいつもの挑発行動に出た。
だがグローは、この言葉を負け惜しみとして受け取っている。
「グフフフ・・・。何を言っておるのだ、このオレ様も女には優しいのだぞ?特に美人にはな・・・。だから痛い目を見たくなかったら、そこの弓矢を持った女をオレ様に渡してとっとと失せろ。そうすれば今回だけは見逃してやる」
「グヒヒヒ・・・。なに、その女はオレ様が毎晩かわいがってやるから安心するがいい!グヒヒヒヒ・・・・」
この言葉はグローの悲運を決定付けてしまった。何故なら、出来れば穏便に済ませたいと考えていたアレンを激怒させてしまったのだ。
また隊長が馬鹿なら、やはり部下たちも馬鹿だった。
グローのこの言葉に反応したのは、副隊長で聖魔導士のパットと、同じく副隊長で剣士のディックだった。
「グロー隊長!自分はあの青い髪の女の子がいいであります!自分はあのかわいい女の子をもらいたいのですが・・・」
剣士のディックが唐突にグローに申し出た。
それに負けじと続いて聖魔導士のパットも・・・。
「グロー隊長!俺はですね、本当は弓矢の女の子が好みでありますが、そこは隊長にお譲りしますので、俺にはあの剣を持った女の子をください!」
もう滅茶苦茶である。
「あっ、やべ・・・。アレンが切れているぞ!」
アレンを女の子と勘違いしている事に突っ込もうとしたネイルだが、さすがにまずいと思ったのだろう。
いつもなら真っ先に仕掛けるネイルが、この場はアレンに代わって皆に指示を出した。
「こいつら一応これでもドリガンの正規兵だからよ、できれば殺さねえ程度に痛めつけようぜ・・・」
「特にリサ!おめえ、ちゃんと手加減しろよな!!」
このネイルの言葉を聞いたドリガン兵は、一瞬意味が分からずポカンとしていたが、グローの言葉を聞いて大笑いを始めた。
「グワッ、ハッ、ハッ、ハッ・・・・。聞いたか?オレ様に手加減しろだとよ!!アリンコ共が、像に向かって手加減しろと抜かしおったぞ!!」
大爆笑する兵士たちに向かって、最初に動いたのはエレナだった。
普段は一番控えめなエレナであったが、先ほどのグローの言葉が許せなかったのだろう。
一度に3本の矢を弓につがえ、そしてドリガン兵に向かって放った。
「ヒュン!」という風を切る音と共に、兵士たちが掲げていた3本の討伐隊の旗印目掛けて飛んで行く。
そしてそれぞれの矢が見事に旗印の柄を粉砕し、討伐隊と書かれた旗はひらひらと地に落ちた。
それを見たドリガン兵たちからは、一瞬で笑いが消える。
「うふふ・・・。そんな出来もしない旗を掲げていては恥ずかしいでしょ?」
エレナの一言に大爆笑するアレンたち。
この大胆不敵な行動に、ドリガン兵もポコの村人たちも度肝を抜かれ、唖然としている。
「はあぁ・・・。あ、あんな見目麗しいお嬢様が・・・・」
と、ポコの長老などは、腰を抜かさんばかりに驚いている。
そしてアレンは声高々に宣言する。
「貴様ら本当にクズだな!弱い良民を助けるべき立場の者が、いたぶって喜んでいるのだから・・・。
俺はマイヤの騎士の名に懸けて、そんなクズ共は絶対に許さない!!
貴様らにはそれ相応の報いを与えるから、覚悟しろ!!」
今のエレナの行動で理性を取り戻したアレンは、ドラゴンソードを訓練用の刃のない剣と持ち替えた。
この宣戦布告にぶち切れたのは、言うまでもなくグローである。
「なんだとぉ!!クソ弱いガキが偉そうに!!せっかく女を差し出せば穏便に済ませてやろうっていうオレ様の温情を蹴りやがって!!お前たち、遠慮はいらん!さっさとやってしまえ!!」
かくして73対4の激しい戦闘が始まった。
エレナはアレンの宣戦布告の直後、真っ先にトルネードの魔法を発動させた。ただし魔法の操作で、風の刃を消した極大のトルネードである。
右手を左肩から前に優雅なフォームで差し出すと、それだけで猛烈な竜巻が発生する。
「グオーーーーッ!!」という轟音と共に出現した竜巻に、15名ほどの兵士が、まるで木の葉が舞うように7~8メートルほどの高さまで一気に巻き上げられた。そしてそこからエレナは一瞬で風を消し去る。
巻き上げられた兵士たちは、そのまま地面めがけて真っ逆さまに墜落した。
ガシャ!ガシャ!ガシャーーーーン!!!
立ち上がれる者など一人もいなかった。
左側の一角では、兵士の集団がまるでダンスを踊るように飛び跳ねていた。
ピシ!ピシ!ピシーーッ!!
「ヘッ、ヘッ、ヘッ・・・・。いいね!いいね!キレッキレのダンスを見せてくれよ!」
飛び跳ねる兵士の足元を、ネイルのムチが容赦なく襲う。
避け損ねた者は足の指の骨を折られ、その場でうずくまっている。その数が5人、6人と増え続けていた。
アレンはエレナとリサの前に立ち、襲ってくる兵士たちを、まるで舞を舞うような優雅な剣さばきで次々と倒していく。そのほとんどの者は、二度と剣を握れないように手首を打たれているのだが、アレンの温情で刃の付いていない剣を使っているため、手首が無くなる事はない。だが達人の域を超えた剣は、軽く当てただけでも骨を断つ。
アレンの周りには、うめき声を上げて倒れる兵士が続々と増えていった・・・。
リサは・・・。
彼女はなぜかグーに握った手を腰に当て、難しい顔をして突っ立っていた。
いつもなら元気いっぱいに大暴れしているはずなのに・・・。
実はこの時、リサはすごく困っていたのだ。
その原因はネイルの言葉にあった。
(もう!手加減ってなにさ?!)
いつも全力少女であるリサは、手加減の仕方が分からないのだ。
間違って兵士をまる焼けにでもしょうものなら、後でネイルから何を言われるか分からない・・・。それが嫌で固まっていたのだ。
ふ~っ!とため息をつき、何気なく後ろを振り向いたリサは、遠くからこちらを見ていたガボとトントの二人と偶然目が合った。その瞬間、なぜか二人が「ヒエ~ッ!」と叫んで飛び上がったのだ。
そう、この二人、以前リサに尻を焼かれた事がトラウマになり、今でもリサに睨まれると無意識に体が反応するのである。その様子を見たリサは、思わず目を細めてニタッと笑う。
さらにビビるガボ達を置き去りにして、リサは再び前を向くと、魔法で炎の塊を10個出現させた。
本当はもっと一杯出したいのだが、精度を上げるために10個に限定したのだ。
それをドリガン兵めがけて放り投げる。
炎の塊はまるで彗星のようなオレンジ色の尾を引きながら、ドリガン兵たちの尻をめがけてぶっ飛んで行った。
「ギヤーーーッ!!」
「アヂヂヂヂ!!」
悲鳴を上げながら逃げ惑う兵士たち。尻に火のついた兵士たちは、狂ったように突っ走り、次々と凍える川に飛び込んでいった。
それを見たリサは大喜びで、ポンポンと新しい炎の塊を出現させては、兵士めがけて放り投げた。
戦闘が始まってまだ30分も経っていない。
なのにアレンたちの目の前に立っているのは、たったの3人だけである。
隊長のグローと、副隊長のディックとパットだ。
それ以外の者はすでに戦意を失い、ガタガタと震えながら、いつでも逃げられるように村の入り口付近に集まっていた。
「お、おのれ小童どもめ・・・・。目に物を見せてくれるわ!!」
不甲斐ない兵士を睨めつけながら、グローは剣を抜いた。
「お前の相手は俺がしてやろう!
他の仲間が相手をしたら、うっかり殺してしまうかもしれないからな・・・」
アレンが笑いながら一人で前に出る。
「ぬ、ぬ、ぬ・・・・。ふ、ふざけるな!!そこにいる青髪のガキなど・・・」
オレ様の鼻息で吹き飛ばしてくれるわ・・・と言いかけたその時。
ガガガガーーーーーーーーン!!!!
ものすごい音とともに、聖魔導士パットの足元に雷が落ちた。
大地が激しく振動し、深くえぐられた穴からはバチバチと音を立てて火花が飛び散っている。
パットはすっころんで、口をパクパクさていた。どうやら腰を抜かしてしまったようだ。
「ちょっと、アンタ!!今度余計な真似をしたら、次は脳天に落とすからね!!」
リサがえらい剣幕で言う。
グローの左後方にいたパットが、魔法の詠唱を始めたのが気に食わなかったのだ。
リサの怒鳴り声にパットは声も出せず、口をパクパクさせたまま、大きく頭を縦に振って頷いている。ズボンから湯気が立っているのは、たぶん気のせいだろう・・・。
グローの右後方にいた剣士のディックは、剣を半分ほど抜きかかっていたのだが、リサの怒鳴り声を聞いた途端、そ~~っと剣を鞘に戻し、頭を縦に振りながら、後ろへ下がっていった。
あんなすごい魔法を見せられたら、誰だってそうするであろう。
遠くから見ていた村人たちも、一瞬なにが起きたのか分からなかったが、リサが魔法を放ったのだと分かると、
「はあぁ・・・。あ、あんな愛らしい娘さんが・・・・」
と、ポコの長老は、へなへなと座り込んでしまった。
「だから言っただろ!!すごい魔法使いもいるって!!」
さっきまでビビっていたガボとトントが、偉そうに胸を張り、村人たちに自慢していた。勿論、キララたちの言った言葉が真実である事を、今は疑う村人など一人もいなかった。
(くそーっ!こ、こんな滅茶苦茶な話があるか!!あんな魔法を食らったら、絶対に死ぬではないか!!)
あの青い髪の娘が相手でなくて良かった。そして相手がこの剣士で本当に良かったぜ・・・と、グローはちょっぴり自分の幸運に感謝した。
何故ならグローは、自分の剣の腕というか、力に自信を持っていたからである。
巨体から繰り出す剣は、大きな岩をも砕くパワーを持っていた。相手の身体に当たらなくても、剣でまともに受けたなら、アレンの身体などそのパワーで吹き飛ばす自信があったのだ。だからグローは全力でアレンに斬りかかった。
「ウォーーリャーーーーッ!!」
グローの剣が見事に空を切る。
いかに威力のある剣でも、当たらなければ意味がない。
アレンからすれば、グローの剣などまるでハエが止まりそうなスピードにしか見えない。
最初は軽く受け流して様子を見ていたが、グローの実力を見切ったアレンは、一気に反撃に出た。
・・・あっという間にボコボコにされるグロー。
「ちょ、ちょっと待って!タンマ!タンマ!」
這いながら慌ててアレンから離れるグロー。
「おめえ、何をやってやがる?まだ始まったばかりだぜ?!」
ネイルがグローに向かって文句を言っているが、グローはそんな事は気にしない。
自分の言いたいことだけを言うのだ。
「き、急用を思い出したのだ!今日のところはこれぐらいで勘弁してやる!」
「はぁ?」
ネイルでさえもあきれる言い訳であった。
グローが退却宣言をした瞬間、副隊長の二人も声を揃えて叫んだ。
「お、お前ら覚えてろよ!!」
「今度会ったときはボコボコにしてやるからな!!」
そういうが早く、あっという間に逃げ出した。
グローが振り向いたときには、すでに兵士たちはそこにはいなかったのだ。
「あっ!!バカモ~ン!!わしを置いて先に逃げるヤツがあるか~~!!」
慌てて逃げ出すグローにアレンは警告した。
「魔物は俺たちが倒す!お前たちは二度とこの村へ来るな!いいな、次は無いぞ!!」
こうしてドリガン兵との戦いは、あっけなく終わったのであった。
「ありがとうございます!おかでげ助かりました。本当に、なんてお礼を言っていいのか・・・」
助けられた村の看板娘は、ネイルに向かって深々と頭を下げた。
「いや、村の仲間をかばって名前を言わなかったあんたの態度は立派だったぜ!オレはあんたに惚れちまいそうだぜ!!」
「まぁ、もう、からかわないでください。ぽっ・・・」
村の人々も俺たちを取り囲み、口々に感謝の言葉を述べていたが、さすがに長旅と戦闘とで疲れた俺たちは、長老のはからいもあり、この日は早々に宿屋へと引き上げた。




