第二十六話 ドリガンの街
ドワーフ軍がドリガンに到着したころ、アレン達はドリガンへ向かう旧道にいた。
この道はアレンとエレナが二人で旅をしていた時に一度訪れており、その時は災害による被害の大きさに驚いたものだが、今は道を塞いでいた大岩は綺麗に撤去され、快適に進む事が出来た。
「すごいな!あんなにひどかった道路が、こんなきれいに整備されているなんて・・・・」
道を進みながら、アレンはドワーフの技術の高さと機動力に感心していた。
「これだと、すぐに追いつけそうね!」
エレナも見違えるほどきれいになった道を見て、すっかり驚いている。
レゼムからドリガンまで、道が普通に通れるなら十日ほどの距離であった。
アレン達はまさか道が完成しているとは思っていなかったので、途中でボルグ達と合流できる事を楽しみにしていたのだ。
だが三日経っても、四日経っても、ドワーフの姿は一向に見えない。
どこまでも整備されたきれいな道が続き、そして十日目には遠くにドリガンの城が見える所までやって来た。
ドリガンの城は小高い丘の上に建っており、壮大で美しいその姿は、ソーネリアの城と比べても全く見劣りはしなかった。
それもそのはず、銀の時代の王が住んでいた城を、そのまま今の領主である聖魔導士ネルソンが使用しているのだから。
丘の上にあるお城までは、絶壁の丘に作られたトンネルのような地下道を通らなくては行くことが出来ない。
鉄壁の守りを誇り、難攻不落の城と言われたドリガン特有の作りである。
地下道を300メートルほど進むと、噴水のある大きな広間があり、そこから道は3方向に分かれている。噴水の前に立てられた標識には道案内が記されていた。
北・・・ドリガンの街
東・・・ポコの村
西・・・王の道
俺たちはドリガンの街へ入る前に、王の道がどうなっているか様子を知りたかったのだが、残念ながら関係者以外は立ち入れないよう、閉鎖されていた。
やむなくドリガンの街へ向かったのだが、街へ入る早々兵士に呼び止められ、
「お前たちよそ者だな!この国で妙な真似をすると、監獄にぶち込むからな!」
と、ご丁寧なあいさつを受けた。
もちろん俺は笑顔で頷き、エレナは慌ててリサの口を押えたのは言うまでもない。
案の定、リサはエレナの手の中で、モガモガと何か言っている。
ネイルはずる賢いので、こういう事にはうまく立ち回れるのだが、リサはわがまま・・・いや、元気いっぱいに育った箱入り娘だから、思ったことを口にすると同時に、すぐに行動(攻撃)に移すのである。
兵士が去った後、俺とエレナは、リサに絶対に街中で魔法を使わないように言い聞かせた。何しろ剣を抜くのと同じ速さで魔法を放てるリサは、超危険人物なのである。
ジュダの人は恐ろしい魔法使い・・・という触れ込みを、地で行く美少女なのだ。
街中では、平和な暮らしに陰りが生じて来た事を懸念する、たくさんの声が聴かれた。
そして伝説の魔王の復活を口にする者も現れ、世界の滅亡説まで、誠しなやかにささやかれ始めているのである。
それを裏付ける要因となったのは、この国にソーネリアの王様やジュダの領主、そして自国の領主ネルソンが集まっている事や、王の道と言われる封印されし道を復旧している事、またそれを妨害するため、おびただしい魔物がソーネリアとドリガンを結ぶ街道と橋を襲撃し、たくさんの兵士や労働者たちが被害にあった事などが挙げられる。
そして極めつけはドワーフの大軍である。
ドワーフの大軍がこの国へ来た時は、戦争が始まるのではないかと大騒ぎになったが、王の道の復旧に来た援軍だったと分かり、人々は胸を撫でおろした。だが、万を超える大軍が集まる事自体、もはやただ事ではないということを、国中の者が悟った瞬間でもあったのだ。
さて俺たちだが、ドリガンの城に来ているガルダインに、どうにかして会えないものかと試行錯誤していた。だが、驚くほど厳重な警備で、城の中は愚か城壁に近づく事さえも許されない有様であった。
「ま、こんなご時世だ、ジュダの領主に会わせろなんて所詮無理な話だぜ」
ネイルはさっさと諦めて、ポコの村へ行こうと言うのだが、なかなか諦められないのは、おじいちゃん子のリサである。しばらく駄々をコネていたのだが、何やらいい考えが思い浮かんだらしく、ニコニコ笑顔でとんでもない事を言い出した。
「リサがここに居るって、おじいちゃんに分かればいいのよね!
だったら、魔法(神の雷)でお城の屋根を吹き飛ばせば・・・」
「はい、ダメ~!!」
ぷ~~~っ・・・と膨れるリサをエレナに任せて、旅の準備のための買い出しをする事にした。いつまでもお城の前に居ると、リサが何を仕出かすか分かったものではないのだ。
街の人の話では、ポコの村へ行くには、スノーバレーと呼ばれる渓谷を越えなければならないらしい。この辺りは豪雪地帯で、雪に慣れた地元の者でも、冬の間はここの渓谷越えは危険極まりなく、よほどの事がない限り通らないのだそうだ。
通常なら道案内を雇うのが定石なのだが、魔物が暴れまわっている今、そんな仕事を請け負う命知らずなどいる訳もなかった。
まぁ俺たちは最悪の場合、ネイルのテレポートで街へ戻れば良いのだが、それではポコの村へ行くのが遅れるばかりなので、そうならない様に、寒さ対策をしっかり行う事にした。
衣類や食料をいっぱい買い込んだ後、最後に街の武器屋へ寄ってみた。
ここの店では、高額だがなかなか性能の良い武器を取り扱っていた。
中でも異彩を放つていたのは、25000ゴールドという破格の値段が付いたドラゴンソードだ。一般の剣より一回り大振りな剛剣である。
俺はその剣を一目で気に入ったのだが、値段を見て考え込んでしまった・・・。
その様子を見ていた店の親父だが、特に俺に勧めに来るようなそぶりはなかった。商売をする気が無いわけではないのだが、店の親父は知っているのだ。そこそこ腕に自信のある程度の剣士では、この剛剣を扱う事が出来ないことを。
俺がその剣を手に取ると、パイプをふかしていた店の親父は、あからさまにバカにした目で俺を見ていた。
(へっ!どうせ冷やかしに決まっているぜ、こんなかわいい女の子に、この剣が振り回せる訳がない。手に持つだけで精一杯・・・って、まさか男じゃないだろうな?!)
疑っているのは剣の腕ではなく、そっちか!
そんな親父の考えなどつゆ知らず、アレンは剣を握りしめ、そして目にも止まらぬ速さで剣を振る。
剣の達人だからこそ出来る、まるで舞うような美しい剣技で、刃に反射する光の閃きだけが流れるように乱舞する。
それを見た店の親父は、驚きのあまり口にくわえていたパイプを床に落としてしまった。そしてパイプを拾おうともしないで、そのままアレンの剣技に見入ってしまったのだ。
「よぉ、えらく気に入ったみてえだな?」
ネイルが俺に話しかけたのを切っ掛けに、「あぁ!」と返事をしながら、俺は剣を元の場所に戻した。
「あれ?買わないの?」
リサが不思議そうな顔で俺に尋ねた。
「いや、欲しいんだけど・・・値段がちょっとね・・・」
俺はそう言って諦めかけたとき、店の親父が慌てて駆け寄ってきた。
「あんた、すごいな!!この剣をそこまで扱えたのは、あんたが初めてだよ!」
「俺の知っている限りでは、世界最強の剣は”ジュダの秘剣”と言われているが、店で売っている剣では、このドラゴンソードこそが最強だと自負している。ぜひともあんたみたいな剣の達人に、こいつを使って欲しいのだが・・・」
店の親父は興奮しながら、そう言って俺に勧めるのだが・・・。
「ねぇ、アレン。あなたが気に入っているのなら、私のはまた今度でいいから、それ買っちゃえば?」
そう言ってエレナも勧めてくれた。
実はエレナの弓も買い替える予定だったのだ。
腕を上げたのはアレン一人では無かった、エレナも既に達人の域を超えているのだ。
彼女の場合は、実戦で身に付けたのか、あるいは元から達人だったのか分からないが、とにかく天才である事には違いなかった。
そんな二人の会話を聞いた店の親父は・・・。
「よし、分かった!二人がうちで買ってくれるなら、今使っているあんた達の武器をいい値で買い取ろうじゃないか」
そう言って、俺のミスリルソードを5000ゴールドで、エレナのミスリルボウを4000ゴールドで買い取ってくれた。
そして俺はドラゴンソードを、エレナは18000ゴールドの狩人の弓矢を購入したのだ。
ドリガンの街には三日間滞在し、色々な情報を集めて回ったが、氷の杖に関する有力な情報は手に入らなかった。ただ、ポコの村の最北には“氷の谷”と呼ばれる所があるそうで、ポコの村の長老様なら、何か知っているかも・・・という話は聞くことが出来た。
それ以外では、パブで食事をしていた時、「うん?氷の杖・・・とな?う~~~む、知らんのぉ。だがわしの杖でよかったら、特別10万ゴールドで譲ってやってもよいぞ!」と、寝ぼけた事を言う爺さんを、ネイルがぶん殴ろうとしたので慌てて止めたぐらいである。
四日目の朝、俺たちはポコの村へ行くため、地下道の通路に突っ立っていた。
そこで検問をしている兵士に、通行証明書を見せろと止められたのである。
「なに?通行証明書を持っておらんだと?すると、お前たちはよそ者だな!!」
「ウオッホン!あ~~~~っ、ここから先は、よそ者を通す事は出来ない規則になっておる・・・。ま、事と次第によっては通してやらん事もないがな・・・」
と、兵士は俺たちをチラチラ見ながら話を続けた。
「それにしても、まずは通行証明書を見せてもらわん事にはな・・・。なに、なに?それはどこで手に入れるのかだと?」
「ウオッホン、それは勿論お城に決まっておる!まさかお城で発行してもらう物が、街で売っておるはずはなかろう!しかも”パブ”などに!!」
「あ~~~~。分かったら、さっさと行きたまえ!」
こちらからは何も聞いていないのに、兵士は一方的に話すだけ話すと、そっぽを向いてしまった。全く取り合うつもりが無いのは見え見えである。
「ちっ!公然と賄賂を要求しやがったぜ!」
街へ戻る道すがら、ネイルがブツブツと文句を言っている。
「キララの話では、ネルソンは良い領主だと褒めていたけど、隊長のグローはあんなんだし、兵士たちにもロクな奴がいないように感じるな・・・」
俺はその異常なギャップが気になったのだが、ネイルは「それはここでは口にしない方が身のためだぜ。誰かに聞かれると牢屋にぶち込まれるかも知れないぜ!」と、皆に釘をさした。
俺たちは街に戻ると、ネイルが「ちょっとここで待っていてくれ」と言い残し、一人でパブのマスターの所へ交渉に行った。
「おい、マスター!オレ達はポコの村へ行きたいんだが・・・」
「し~~っ!お客さん、声が大きいですよ・・・」
店のマスターはキョロキョロと周りを見渡し、手元のスイッチを押した。
するとカウンターがパカッと開き、マスターはネイルをカウンターの中へと招き入れる。
外からはカウンターが邪魔で見えないが、店の隅に地下へ下りる階段があるのだ。
「どうぞ、そこの階段を下りてください」
言われるままに階段を下りると、そこには小さい部屋があり、太った怪しい人物が一人で椅子に座っていた。この男に1500ゴールドを支払うと、偽の通行証明書を作ってくれる手はずになっているのだ。
「いいかい、これは偽造の証明書だ。兵士に見せる時は一人につき200Gの賄賂を手渡すんだ!そうすれば通してくれる」
ネイルは1500ゴールドを支払い、偽の証明書を受けた取った。
「ウオッホン!通行証明書を拝見する!」
ネイルは偉そうな態度の兵士に証明書を見せながら、こっそりと賄賂を渡した。
「うむ!確かに・・・。よし、通っていいぞ!」
ネイルはニヤニヤと、他の三名はブスッとした顔つきで、ポコの村へ向かう通路を進んで行った。
その頃ポコの村では、長老の家に村人たちが大勢集まり、何やら騒いでいた。
「長老大変だ!また村の牛が二頭やられた!!これで三度目だ。このままじゃ、村の牛は全部あの化け物に食われちまう!」
「牛がいなくなれば、今度はオレ達が食われちまう。長老!何とかならねえのか?」
二人の村人が、血相を変えて長老に訴えていた。
長老はそんな二人に、「う~~~~む・・・。わしも色々と手を尽くしておるのだが・・・。何しろ、あんな恐ろしい化け物が相手ではのぉ・・・」
長老はほとほと困った・・・という顔つきで、大きくため息をついた・・・。
実際こうなるまで、ただ手をこまねいていたわけではなかったのだ。
長老は村の者を手分けし、方々へ村を助けてくれる人を捜しに行かせたのだが、結局みんな空振りに終わり、残すはキララ達三名だけとなっていたのだ。
中には村を捨てて他所へ移ろうという意見も出たのだが、雪深い痩せた土地しかないこの国では、それこそ路頭に迷って野垂れ死ぬのは目に見えていた。しかも今はいたる所で魔物が暴れているのである。安住の地など、もはやどこにもなかったのだ。
「くっそー!あのグローの奴め!俺たちを見殺しにしやがって!!」
「ネルソン様に、この事をお知らせする事が出来ればなぁ・・・」
ここへは50人ほどの村人が集まっていたが、もはや良い策が浮かぶはずもなく、口から出るのはドリガン兵に対する怒りの言葉だけであった。
そんな時、待ちに待ったキララ達が帰ってきた!
「長老!ただいま帰りました!!」
「おお!キララや!待っておったぞ!!」
長老の声と同時に、村人たちの目が一斉にキララたちに注がれた。
「それで、どうじゃった?村を救える勇者は見つかったのか?」
長老の期待がこもった言葉と同時に、アッと言う間に村人たちに取り囲まれるキララ達。その様子を見たガボが、村を助けてくれる人がまだ見つかっていない事に気づき、深くため息をついた。
「はぁ~。この様子じゃ、誰も見つけられなかったようだな・・・。」
ガボの落胆した様子を見た長老は、やはりキララ達も無理であったのだと勘違いし、ガックリと肩を落として尋ねた。
「そうか・・・。やはり、見つける事は無理じゃったのか・・・」
力なくそう言い、そして最後までよく頑張った・・・と、労いの言葉を掛けようとした時、キララの力強い返事が返って来た。
「いいえ、長老!見つかりました!!」
「見つかった!!?」
長老はわが耳を疑い、そして目を丸くしてキララに聞き返した。
「はい!4人の勇者たちが、村を救ってくれます!!」
「おお!!そうか!見つける事が出来たのか!!ようやった!!で、どこにおられるのじゃ?その勇者様は?」
長老はキョロキョロと周りを見渡し、それと同時に2~3人の村人が家の外へ様子を見に駆け出して行った。
それに驚いたキララは、慌てて手を横に振った。
「そ、それが・・・・。事情があって、ここへはお連れできませんでした」
「なに、連れてこられなかった?」
「でも必ず来てくれます!ちゃんと私たちに約束してくれました!」
キララはガボやトントと顔を見合わせながら、力強くそう答えたのだが・・・。
「なんだ・・・・。やっぱり、ダメだったのか・・・・」
「こんな萎びた村を救うために、あんな恐ろしい魔物と戦う人なんかいる訳ないんだよ」
「お前たち、田舎者だから、からかわれただけなのさ・・・」
キララたちに対する村人たちの反応は冷ややかなものだった。
「そんな事ないよ!きっとアレンさん達は来てくれる!!」
「そうさ、きっとあの化け物を退治してくれるさ!!」
「すごい魔法使いもいるんだぞ!!」
キララ、ガボ、トントは必死で村人たちにアレンたちとの約束を説明したが、一人抜け、二人抜け・・・・
やがて、そこに残っているのは長老と、キララたちだけとなってしまった・・・。




